第86話 鴉の意趣返し

リットンの話から今回の事件の裏に第三区画の企てがあると知ったクロードは、その報復に彼らがこの地に遣わせたキャトル達を利用する事を決める。


「利用するって簡単に言うけどさ。そううまくいくものなのかな?」


右肩に乗った相棒からのもっともな指摘にクロードは軽く笑って見せる。


「今回に関してだが奴等を陥れるのはそう難しい話でもない」

「そうなの?」

「ああ、むしろここまでの過程に比べれば簡単な方だと言えるな」


要は奴らがどんな言い訳をしても言い逃れできない程の状況証拠を整えればいい。

現代的な科学捜査技術が発展していないこの世界において、多くの者が目で見た状況こそが何よりの証拠となる。

その事を利用して他人に罪を被せる事等クロードにとっては造作もない。


「幸いな事に手元には使えそうな道具もある事だしな」


そう言ってクロードは足元に転がるリットンの死体を片手で持ち上げる。

目立った外傷はないが口からは血が零れ出ており、顔には呪印の痕が薄っすら残っている。

恐らく発動と同時に体の内側を破壊されたであろう事が推察できる。

しかし、その結果自体はクロードにとっては別にどうでもよかった。


「思った通り状態は悪くない。これなら使えそうだ」


徐々に肉体を腐らせたりする術だったり、どこかから大量に血が出ていると痕跡を消すのが難しく流石に運び出す事を断念するしかなかったがその心配は無用だった。

これならクロードが考えた作戦に浸かっても問題なさそうだ。


「リットンの死体なんてどうするんだい?」

「なに、大したことじゃない。迷惑を被った分コイツには少し役に立ってもらうだけだ」


死んだ人間を利用する事に抵抗がない訳ではないが、今まで駒としてミュハト・リーガに仕え数々の虐殺を繰り返し、ナレッキオ・ガルネーザの下に付いてからも散々悪事に加担してきたこの男だ。最初から同情の余地などありはしない。

亡骸をどう使われようとこの男に文句を言う資格などない。

むしろ今まで世の中に迷惑を掛けた分、世の中の為に有効利用させてもらうとしよう。


「文字通り最後の見せ場だ。せいぜい活躍してもらうとしよう」


そう言ってリットンの遺体を担いだクロードは一路ナレッキオ屋敷への帰路へと着いた。

屋敷に戻ってすぐに先に屋敷に戻っていたドルバックとヒサメと合流。

そこでドルバックにキャトル達をリットン殺しの犯人に仕立てあげる策を提案した。

もちろん、その裏側にあるガルネーザとサベリアスを仲違いさせるというクロードの真意は伝えずに。


「・・・・・・いいだろう。好きにしろ」


話を聞いてしばらく黙り込んだドルバックは意外にもすんなり提案を受け入れた。

てっきりクロードに対する感情が邪魔して提案に露骨に難色を示すものだと思っていたが、そんな考えは杞憂に終わった。

その際に少し気にかかったのが決断の言葉を口にするまでドルバックがしきりにヒサメの反応を気にしている様に見えた事だが、理由については大方見当がつくのでスルーしておく。

ともあれこれで策を実現させるために必要な条件はクリアされた。

ヒサメと共に部屋に戻り、眠りにつく前にクロードとヒサメの姿をしたドルバックの手下にその後の作戦の内容を伝えた。

この時、伝えた作戦の内容は至ってシンプルなもの。

リットンの件が露見し、その件でキャトル達が部屋を離れたらその隙にクロードの部屋からリットンの死体を彼らの部屋に運び込むだけ。

とはいえキャトル達が在室中に死体を運び込む事は出来ないし、誰かに見つかってはまずいのでタイミングはついては考慮した。

キャトル達が部屋を離れ、かつ誰にも見つからないタイミングの見極めを屋敷内の人の動きを全て把握できるアジールが行い、その連絡にはリットン達が緊急時の連絡手段にと用意した双実の鈴ツインズベルを利用する事にした。


その後クロード達が視察に向かう際に、リットンの件で騒ぎが起こると同時に作戦開始。

クロード達がバルキー達とキャトルを1Fの大部屋で引き付けている間に、絶好のタイミングをアジールが双実の鈴を使って報せ、その連絡を受けたドルバックの手下達が手筈通りにキャトルの部屋にリットンの死体を運び込んだ。

その後はキャトル達の部屋にガルネーザファミリーの幹部達が向かう様に仕向けるだけ。

これについても彼等の思考を誘導する事は簡単だった。

クロード自身が疑われるであろう事は最初から分かっているのでそれを逆手にとって利用すれば良かった。

その後、クロードの予想通りに事態は推移し、クロード部屋とキャトル達の部屋への立ち入り調査が行われる運びとなった。

思わず笑ってしまいそうなくらいに全てがクロードの計画通りに進み今に至る。


「おのれぇえええええ」


自分達がクロードの術中に嵌った事を悟った哀れなネズミ達が怨嗟の篭った目を向ける。

女性受けの良さそうな綺麗に整った顔を醜く歪めるキャトル。

これほど怒りを露わにしては折角の美形も台無しである。

だが、これこそがキャトル・マキウィという男のマフィアとしての本性なのだろう。

クロードに向かって怒りの声を上げるキャトルをガルネーザファミリーの幹部達が取り囲む。


「どこを見ているキャトル・マキウィ」

「早くこの状況を説明しろよ」


殺気立つガルネーザファミリーの幹部達と構成員達。

無理もない。この状況を見せられてはキャトルを疑わない事の方が難しい。

自分達を取り囲む幹部達の殺気にキャトルは慌てて弁解する。


「待て!待ってくれ!騙されてはいけない。これはあの男の罠だ!」


必死になってクロードの方を指差して声を上げるキャトル。

指を向けられたクロードは何食わぬ顔でタバコの煙を燻らせる。


「自分のした事がバレたからといってそれをこちらのせいにしないで頂きたいな」

「黙れ!そもそも私達にはリットンさんを殺す理由がない!」

「そう思わせるのが貴方の作戦だったのでは?」

「そんな事があるものか!彼と我々の間には確かな契約がっ!」


そこまで言い掛けたキャトルはハッとなって慌てて口をつぐむ。

リットンとの間に結ばれた契約。それはドルバックを暗殺し彼を後継者の座に就かせる事。

しかしそれは決して表沙汰にして良い内容ではない。

何故ならそれは首領であるナレッキオの息子を自分達が殺すという事であり、サベリアスファミリーが後継者争いに介入しようとした事の証明となる。

この事がバレてしまえばガルネーザとサベリアスの間に結ばれようとしている同盟関係の破綻は必至。

例え自分のみに何があろうと決して漏らしてはいけない秘密。

いくら気が動転していたからと言って迂闊に口に出してはいけなかった。

しかし今更口を閉ざした所で既に手遅れ。今の発言はこの場にいる全員が耳にした。


「リットンとの契約?なんだそれは」

「詳しく聞かせてもらおうじゃねえか」


バルキーとモウストがキャトル達に詰め寄る。

自分の迂闊さを呪った所でもうどうにもならない。

自分で自分の首を絞める結果に動揺を隠せないキャトル。

だが、この事態に動揺したのは彼だけではなかった。

見ればこの場にいる他の幹部の中にも数人、青い顔をしている者がいる。

何を隠そう彼等はリットン派に属していた者達だ。

彼等が恐れているのはキャトルの口からリットンの計画や自分達の事が漏れる事。

リットンという旗頭を失った以上、次の後継者はドルバックに決まったも同然。

そうなればリットン派に属して第三区画の介入を許したとして自分達が粛清されるのは火を見るより明らかだ。

この状況をどうにかしなければならないのはキャトル達だけではなくなった。

そんな中、リットン派に属していた幹部の1人がバルキーとモウストを押しのけ、懐に忍ばせていたナイフを抜いてキャトル達に襲い掛かる。


「よくもリットンさんをぉおおおおおおお!」

「なっ!」


味方のはずのリットン派幹部に斬りかかられるキャトル。

咄嗟に取り巻きの1人が隠し持っていた短刀を抜いて応戦する。


「よせ!私達ではない!」

「うるさい!リットンさんの仇め!殺してやる!」


必死の形相で襲い掛かってくる幹部の男。

どうやら彼はキャトルの口から情報が漏れる前に、彼をリットン殺しの犯人として消してしまおうと考えたらしい。

その考えに同調したらしい他のリットン派の幹部達も手持ちの武器を取り出す。

ガルネーザファミリーの幹部の持つ武器は魔道装具と呼ばれる殺傷能力の高い魔法を放つ事が出来る対魔人族用の武器。

このままでは言い訳する事も出来ぬ内に全員殺される。

かといってここで反撃すれば自分達が犯人だと認めるも同然。

選択を迫られる中、キャトルは苦渋の決断を下す。


「止むを得ん。この場は一先ず撤退だ」

『了解!』


幹部達の魔道装具が魔法を放つよりも一瞬早く、キャトルが魔法を発動させる。

室内を眩い光が包み、同時に発生した煙が部屋の中に充満しその場にいる全員の視界を奪う。


「うわっ!」

「目が!」

「攻撃を止めろ!同士討ちになるぞ!」


光と煙に視界を遮られほとんどの者がキャトル達の姿を見失う。

その隙に駆け出したキャトル達は自分達に襲い掛かってきた者達を押しのけ部屋から脱出を計る。


「なんとしても逃げ延びてこの事を若様に報告せねば!」


なんとか逃げ伸び今日あった事を伝え、後日組織を通じて改めて自分達の無実を訴える外ない。

そう考えて部屋の窓に向かって駆け出すキャトル。

そんな彼の背後、浴室の方から突如誰かの悲鳴が上がる。


「うぎゃあぁああああああっ!」

「ぐぁああああああっ!」

「っ!?」


背後から聞こえた悲鳴、直後キャトルのすぐ傍に黒い影が現れる。

その姿を見た瞬間にキャトルの背筋に凄まじい悪寒が走る。


「何故・・・・見えているんだ」


蒼い顔でクロードを見上げるキャトルを見下ろし、クロードはタバコを咥えた口元に邪悪な笑みを浮かべる。

直後、浴室の方から信じられない言葉がキャトルの耳に届く。


「うわぁああああああ!」

「クソッ、2人殺られたぞ!」


浴室から響いた声にキャトルは身を凍らせる。

当然ながら自分達は一切反撃していない。

あの場から逃走する事だけを優先し目くらましに魔法を放っただけ。

誰1人として殺してなどいない。

ならば何故浴室で新たに人が死ぬのか、その答えを目の前の男は知っている。


「リットン殺しの汚名だけじゃなく、邪魔なガルネーザファミリーの幹部を消すのにまで協力してくれた事に感謝する」


耳元で囁くようにクロードが告げる。


その言葉だけでキャトルは全てを理解した。自分達が完全に罠に嵌められたという事を。


「よくもやりやがったな!」

「絶対に逃がすな!」

「捕まえて八つ裂きにしてやる!」


怒りに駆られた大勢の声がキャトルの耳に届く。

本当はキャトルの術で視界が埋まった瞬間に浴室内でモウストとドルバックがリットン派に属する幹部2名を隠し持っていた短刀で殺害していたのだが、それを知らない他の者は状況証拠から犯人はキャトル達であると決めつけてしまっている。

こうなってしまってはもうどの様な弁解の言葉も意味をなさない。


「私達ではない。私達はやっていない!」


思わず足を止め首を左右に振って叫ぶキャトル。

そんな彼の胸倉を掴んでクロードが小声で囁く。


「罪を被ってもらう礼だ。お前達が逃げるのを手伝ってやろう」


直後、キャトルの体がフワリと浮いて窓の方に向かって投げ飛ばされる。

窓ガラスを突き破ったキャトルの体はそのまま屋敷の塀を越えて敷地の外まで放り出される。

続けて取り巻きの男達も同様に屋敷の敷地外へと吹っ飛ばされる。


「がぁっ!」


地面に叩きつけられたキャトルは落下の衝撃で肩を骨折する。

痛む肩を抑えながらヨロヨロと立ち上がったキャトルは怯えた様な目で屋敷の方を見る。

これだけの事件になった以上、サベリアスとガルネーザの同盟関係の破綻は確実。

今更犯人でないと自分が言った所で信じてもらう事はまず不可能。

しかもこのまま潔白を証明せずに第三区画に戻ったとして、これだけの事件の犯人に仕立て上げられた自分を組織が守ってくれるとは思えない。


「ああああ・・・アアアアアアアアアアアアッ!」


逃げる宛てなどない。だが逃げねばこのまま殺される。

八方塞がりとなったキャトルは叫び声を上げてその場から逃げ出す。


「外に逃げたぞ!」

「追え!追いかけろ!」


煙が晴れた室内、幹部や構成員達が次々に部屋の外へとキャトルを追うべく駆け出していく。

その姿を見送りながらクロードは口に咥えたタバコを吹かす。


「用も済んだ事だし、視察に行くとするか」

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