第85話 裏で糸引く者達

リットンの死体が発見されるおよそ8時間前。

教会という場所にはおよそ似つかわしくない濃厚な血の臭いの立ち込める中、室内を軽く見渡してからクロードは比較的破損個所の少ない長椅子を見つけて起こす。


「では話を聞こうか」


長椅子に腰を下ろしたクロードの前にひれ伏すリットン。

プライド等かなぐり捨てて生にしがみ付こうとするその姿からはもうガルネーザファミリー幹部としての威厳などは微塵も感じられない。


「何でも聞いてください。その代わりに命だけは・・・」

「それはお前次第だ」


リットンの言葉を遮り、クロードは新しく取り出したタバコの先端を突きつける。

こんな事を言ってはいるが実際生かしておくつもりは全くない。

リットン自身も恐らくその可能性が限りなく小さい事は分かっている筈だ。

そうと分かっていて何故こんな気を持たせるような言い方をするのかというと、僅かでも生き延びる可能性がある事を示す事でそれに縋りつこうとするリットンから少しでも有益な情報を引き出す為だ。

リットンの様に頭の回るタイプにとって情報はまさに生命線。

情報による駆け引きが命を分ける事を理解している以上、簡単には口を割らない。

だが流石に今回は自分の命が掛かっている。

自分の有用性を示さなければ死ぬと分かっているから普段は硬い口も必然的に軽くなる。


「まずは手始めに俺に刺客を放った理由を聞こうか」

「第七区画の鴉と呼ばれる貴方の実力を知る為、弱ければ討ち取って名を上げようと思ってました」

「まあ、そんな所だろうな」


クロードの思惑通り生き残るためにリットンは素直に質問に答える。

欺瞞や偽証は自身の命を縮めるだけだという事をよく理解している。

この分なら他の質問についても問題なさそうだ。

クロードは長椅子に刺さっていた刃の欠けた剣を引き抜くと足下でチロチロと燃えていた蝋燭の灯を剣先で掬い上げてタバコに火を点ける。


「なら次は強盗共を第七区画に逃がした理由について聞こうか」


水を向けられたリットンはコクコクと頷き、質問に答える。


「実は以前から首領ドンナレッキオよりビルモントファミリーを潰すか、もしくは大打撃を与えられる様な策を立てる様に指示されておりまして、その為の方策の一つとして持ち上がった奴等を送り込む作戦です」

「なるほど。お前達はあんな連中にビルモントファミリーがどうにか出来ると思っていたのか?」


声に少し不快感を滲ませるクロードに、リットンは首を左右に振って否定する。


「いえ、流石にそこまでは期待してませんでした。ただ、しばらくの間逃走、潜伏させて手間取らせられれば良いと思っていました。少しでも彼等を捕まえるのに手こずればその結果を使って""裏9区画会談"でビルモントファミリーを糾弾するつもりでした」

「なるほど。やはり裏9区画会談か」


"裏9区画会談"。

ここレミエステス共和国に存在するマフィアの9大首領達が一堂に会する唯一の場。

確かにその会合の場を利用してビルモントファミリーを糾弾する事が出来れば、9大組織の一角としての立場を危うくする事も出来る上に、組織の力を削ぐ事も出来るだろう。

しかしそれが実現可能だとはクロードには思えない。

何故ならナレッキオ1人の言葉に他の7人の首領達が簡単に乗るとは思えないからだ。

他の組織の首領の事は噂で聞いた程度でしか知らないが、少なくともナレッキオ・ガルネーザ1人の言葉に簡単に乗せられる様な者達ではないはずだ。

何せ大組織の首領を務める程の者達、曲者揃いであろう事は容易に想像できる。

それに加え裏9区画会談を開催するには3組織以上の同意が必要。

今回の場合、ガルネーザファミリー以外にあと2つの組織が開催に同意する必要がある。


(第9区画の首領マードック・ドミニオン辺りはナレッキオ・ガルネーザと旧知という話だから賛同する可能性もあるが、それ以外は・・・)


そこまで考えたところでクロードは何故キャトル・マキウィがこの第八区画に滞在していたのか、その真の目的に思い至る。


(なるほどな。そういう事か)


第三区画の人間であるキャトルがこの第八区画にいるのはリットンに協力してドルバックを討つ為だけだと思っていたが、それは間違いだ。

むしろリットンへの助力の方はその先を見据えた上での一手であり、本命は別にある。

ドルバック・ガルネーザを利用し、まずはビルモントファミリーを不利な立場に陥れる事こそがこの策を考えた人間の真の狙いだ。


(誰が考えたかは知らんが随分とふざけた真似をしてくれる)


ドルバック・ガルネーザとアルバート・ビルモントの因縁を利用してまずはビルモントファミリーから力を奪ってから潰し、その後第八区画の後継者となるリットンにもう1人のドルバック暗殺する事でる事で恩を売り、彼が組織の次期首領になった際にはガルネーザファミリーを実質的に支配する。

自分達は最小の労力しか使わずに2つの組織を弱体化もしくは乗っ取り漁夫の利を得るというなんとも大胆な策略。

もしクロードが介入しなければこの策が露見すらせずに実現した可能性がある事を考えるとなんとも恐ろしい話だ。


「これだけの事をやってのけるとなると策を練る頭だけじゃなく組織を動かす実権も必要になる。まさかと思うがこの1件にジェイガン・サベリアスも噛んでいるのか?」


第三区画の首領ドンジェイガン・サベリアス。

『掃滅の狼牙』と呼ばれる狼人族の男であり、組織を率いる長としての統率力もさることながら個人としての武勇にも優れた裏社会の怪物の1人。

もし彼が絡んでいるとなるとこの件は非常に厄介な事になる。

だが、リットンの答えはクロードの思っていたものとは違っていた。


「恐らく・・・そのはずです」

「恐らく?」


ここに来て急に煮え切らない言葉を口にするリットンにクロードは眉を顰める。

ジェイガンでなければ一体誰がこれだけの事を実現できるというのか。

クロードは険しい顔で目の前のリットンを睨む。


「聞かせろ。そもそも今回の画を書いたのは一体誰だ?」

「ドルバック暗殺の作戦を考えたのは私とキャトル・マキウィ。ですが戦略や根回しを行ったったのはサベリアスファミリー幹部・・・"第三区画の白狼"。シオン・グランハーディ殿です」


リットンが口にした男の名を聞いてクロードはギリリと奥歯を噛みしめる。


(今回の件を裏で操っているのはヤツか!)


クロードと同じ区画番号保持者セクションナンバーホルダーであり、キレ者であるとも噂される彼ならば今回の話も納得できるというものだ。

これだけの作戦を練る頭脳とその策を実行する行動力、策を実現するのに必要な組織内での立場、そのどれも彼の人物は兼ね備えている。


「お前とヤツとの関係は?」

「2年前に第三区画に訪問した際に向こうから声を掛けられました。キャトル・マキウィを紹介して下さったのもはシオン殿です」


リットンの話を聞いてこれまでの全てがようやく一本の糸として繋がった。

とはいえその糸がまさかこの国を裏で支える9大組織を崩そうする程大きな動きをに繋がっているとは思わなかった。


(シオン・グランハーディ。相当の策士だとは聞いていたがこれ程とはな)


多くの者が気付かぬうちにまさかこれ程の網を張り巡らせていようとは。

もしかしたらこれすら彼の策の一部であり、他にも各組織に網を張り巡らせている可能性すらある。

しかもこれで区画番号保持者セクションナンバーホルダーの中でも最年少の20歳だというのだから全く末恐ろしい限りだ。


「会ったのは2度だけでしたが、今まで会った区画番号保持者セクションナンバーホルダー中では一番美しく"2番目"に恐ろしい人でしたよ」

「ほぅ、それほどか」

「ええ、白狼などと呼ばれていましたがそんなものは生温い。あれは"美しき魔獣"ですよ」


リットンはどこか遠くを見る様なウットリとした目でそう呟く。

噂ではシオンは男と思えない様な美しい容姿をしていると聞いた事がある。

どうやらリットンもそんな彼の姿に魅了された1人であるらしい。

会った事のないクロードには正直今の彼の気持ちは分かり兼ねる。

陶酔するリットンの姿を呆れた様な目を向けていたその時、リットンの体に異変が起こる。


「うぐ・・・・ぐぐ・・・・うぅううう」


突如として喉元を抑え苦しそうに呻きだすリットン。

床の上で苦しみながら転がる彼の体をクロードは掴んで引き起こす。

見るとその顔には薄らと赤い刻印の様なもの浮かび上がっている。


「これは!」


リットンの体に浮かんだのは特定の呪いが発動した時に表れる呪殺印と呼ばれるもの。

つまり何かしらの条件が満たされて呪いが発動したという事だ。


「ぐるし・・・い・・・・だず・・げ」

「チィッ!星神器召喚コール・ジ・アストライオス


蒼い顔をして苦しそうにもがくリットンを見て、クロードは咄嗟に星神器を召喚する。

だが、実体化した魔銃リンドヴルムの銃口をクロードが向けるよりも早く呪いがリットンの命を喰らい尽くす。


「がみ・・・ざ・・・ば・・・」


全ての魔術を無力化する弾丸が放たれるよりも早く命の炎は掻き消された。

最期、天に向かって助けを求める様に手を伸ばしリットン・ボロウは絶命した。

目から光が消え、力なく足下に横たわる骸を見下ろしクロードは唇を噛む。


「クッ、やられた」

「まさか禁言呪術カースワーズが仕掛けてあるとはね」


クロードの肩の上で一緒になってアジールがリットンの死体を覗き込む。

禁言呪術は術者が指定した特定のキーワードによって術が発動するトラップである。

ただ、先日キャトルがクロードに仕掛けた様な時間が経過する程進行するタイプの術と違いキーワードの設定など細かい細かい術式を書き込む必要があり仕掛けるには時間がかかる。

それゆえに直接相手の体に仕掛けるのは非情に難しいタイプの術だ。


「恐らくだけど彼の身に着けてる装飾品のどれかに仕込まれてたんだね」

「・・・だろうな」


しばらく死体の見分をしていると、リットンの右手中指に付いていた指輪が輝きを失い真っ黒に変色しくしていた。

恐らくそれが術の媒体に使われた道具と見て間違いないだろう。

もっともそれが分かった所で今更どうにもなりはしないのだが。


「この男にはまだ聞きたい事が残っていたんだがな」

「仕方ないよ。でもこれで当初の目的は果たせたんじゃない?」

「そうだな」


リットンの言葉の中で一体何がトリガーになったかは未だに分からないが、ともかく仕掛けられた術が発動して彼は死んだ。ただそれだけの事だ。

アジールの言う様に当初の目的は果たす事が出来たという結果に今は満足し、クロードは今後の事を考える。


「リットンは死んだ。なら計画を次の段階に動かすか」

「アリバイ作りは問題ないみたいだし、後は第七区画に戻るまで大人しくしていればいいんじゃない?」

「俺も最初はそう思っていたんだが、少し気が変わった」

「ん?」


リットン・ボロウという存在を消せば済むと思っていたが、他区に第七区画を狙う動きがあると分かった以上はそれを黙って見過ごすつもりもない。

特に自分達で好き勝手に引っ掻き回して高みの見物を決め込もうとする第三区画の者達には相応の報いを受けさせねば気が済まない。


「今回の1件。キャトル・マキウィとヤツの仲間を犯人に仕立て上げる」

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