第84話 愚者は掌の上で踊る
自信に満ちた余裕の笑顔を浮かべるクロードに、幹部達が無言のまま視線を向ける。
別に彼の言葉に納得した訳ではない。現にバルキーやモウストを除いたほとんどの幹部がクロードに対し疑いの眼差しを向けている。
当然だ。この場において最も疑わしいのはキャトルではなくクロード。
第三区画から正式にこの地に派遣されてきたキャトルと違い、クロードが第八区画を訪れた理由は街の視察という取って付けた様な理由でしかない。
しかも彼にはリットンから一度刺客が差し向けられており、その報復と考えれば動機も十分にある。
疑うなという方が土台無理な話だ。
しかし、それでもクロードが言ったアリバイを彼等は簡単に否定出来ない。
(俺のアリバイを否定する事は自分達の手落ちを認めるという事に他ならない)
つまり言えば自分達の無能を晒す事になる。
ただでさえマフィアというのは人一倍プライドが高い生き物。
加えて第八区画のマフィアたる自分達が格下と思っている第七区画のマフィア1人に出し抜かれた事を認める等、彼らのプライドが許さない。
「どうかされましたか?皆さん急に黙り込んで」
彼らの心の内を分かっていながらワザと煽る様な言葉を口にするクロード。
その言葉に彼を敵視している幹部達が忌々し気に表情を歪める。
「こんの野郎」
「調子に乗りやがって」
この男が怪しいのは間違いないのに、その最も疑わしい容疑者のアリバイを彼ら自身が証明してしまっている。
それ故に誰もクロードを犯人扱いする事が出来ない。
プライドに捉われ不甲斐ない序列下位の幹部達を余所にNo.2のバルキーは平然とクロードへと切り込んでいく。
「ウチの者が無実を証明するという事だったが、昨夜は夕食の後からずっと部屋にいたのか?」
「ええ、お疑いなら監視役の方に確認いただいて結構ですよ」
クロードの言葉にバルキーはしかと頷く。
「分かったそうしよう」
そう言うと、バルキーはテーブルの上に置いてあったベルを鳴らす。
すぐさま、部屋の外で待機していた黒服が扉を開けて中に入ってくる。
「お呼びでしょうか」
「昨日の夜から今朝までクロード氏の部屋の前で見張りを担当した者をここへ呼んで来い」
「畏まりました」
用件を仰せつかった黒服が恭しく一礼し、部屋を出ようとした時。
何かを思い出した様な仕草でクロードが口を挟む。
「おや、部屋の前だけでいいんですか?」
「なに?」
クロードからの横槍にバルキーが鋭い視線を向ける。
「それはどういう意味だ?」
「いえ、大した事じゃないんですが、確か私の部屋を監視していた方は廊下の方だけじゃなく、部屋の外、ベランダの辺りにも数名いたとそう思っただけですよ」
『っ!』
軽く間違いを指摘する様にサラッと口走ったクロードの言葉に幹部達の間に緊張が走る。
彼等がそれ程に驚くには理由がある。、
何故なら部屋の前にいる監視役の他に監視を付けているという話はクロードにしていない。
しかも廊下にいた監視役とは違い隠密に長けたガルネーザファミリーの諜報担当がその任を担っている。
彼等はここにいる幹部達でさえ見張られれば存在に気付くのが不可能な程の手練れ揃い。
そんな者達が自分に見張られているとこの男は気付いていたというのだ。
「・・・この男、気付いてやがったのか」
思わず幹部の1人が口にした迂闊な一言にバルキーが鋭い眼光を飛ばす。
余計な事を言うなと言う無言の圧力に幹部の顔はみるみる青ざめ下を向く。
「もしかして知らないフリをしてた方がよろしかったですか?」
「いや、問題ない」
恍けた事を言うクロードに対し、僅かに怒気の篭った声で答えたバルキーは部屋の扉の前で立ち止まっていた黒服に再び指示を出す。
「クロード氏を"監視していた者を全員"を後で俺の部屋に連れてこい」
当初この場で部下の証言を聞こうと思っていたがバルキーだったが、この男の前でこれ以上情報を開示するのは危険だと判断し対応を変えた。
「かっ畏まりました」
改めて指示を受けた黒服はバルキーの圧力から逃げる様に慌てた様子で部屋を出ていく。
だが、バルキーは既にこの時点で部屋に呼んだ者達が後でどう答えるかは分かっていた。
自身がどの様な監視下に置かれているかを正確把握していたクロードが、監視役にバレる様なやり方をとるとはまず考えられない。
間違いなくシロだと言わせる事が出来るだけの自身がこの男にはある。
だから監視役の報告を聞いた所でもはやそれは無意味でしかない。
恐らくクロードが犯人だとしても、彼のアリバイを証言で崩す事は出来ないだろう。
「クロード氏の話は後で監視役から聞くとして、キャトル氏の方は何か潔白を証明する方法はありますか?」
「わっ私達ですか・・・」
急に水を向けられた事に必要以上に狼狽えてしまうキャトル。
正直、ここに来た時からキャトルの心中は決して穏やかとは言えない状態だった。
何故なら彼等にとって協力関係にあったリットンが消えた上、自分達が呼び寄せた暗殺者による作戦も失敗するという2重の痛手。
決して看過できぬ状況の中、僅かな時間でガルネーザファミリーの幹部達を手駒に取ったクロード手腕に動揺を隠しきれず反応が遅れてしまった。
だが。そのせいで幹部達から自分達に向けられる疑いの目が厳しさを増す。
「私達も昨晩はずっと部屋に居ました」
「それを証明出来る者は誰かいるか?」
「それは・・・」
そんな者はいない。何故なら昨日はドルバック暗殺成功の報告が来るのを部屋で待っていたため部屋には誰も呼んでいない。
本来であれば暗殺成功の報が届くと同時に屋敷内にいるリットンの協力者達に報告に行く手筈だったが、いつまで経っても連絡は来なかった。
おかげで自分達のアリバイを証明する方法も第三者による証言も彼等にはない。
「私達以外は誰も・・・おりません。ですが決して私達は関わっておりません!」
「それはこちらで判断する」
一通り話を聞き終えたバルキーは小さく息を吐いてから僅かに俯き腕を組む。
「今回の1件。首領が大変にお怒りだ。折角協力関係を築いた憲兵局長が死んだ上、幹部の中でも金銭面で組織に多大な貢献をしていたリットンの行方不明。犯人はどんな手を使ってでも見つけ出し、一番惨い死を与えてやると仰っている。だから・・・」
そう言ってバルキーは俯けていた顔を少し上げ、クロードとキャトルを睨む。
「犯人がどこの誰であろうとこの件に関して我々は徹底的に追い詰め、報いを与える」
バルキーの言っている事はつまり組織間の抗争に発展する事も辞さないという事。
組織を代表したバルキーの意思表示に場の緊張感が一気に高まる。
「そういう訳で今我々にとって最も疑わしい存在であるのは他区から来たお前達だ。だから今から2人に貸している部屋の中に立ち入り調べさせてもらう。もちろん持ち込んだ荷物も全てだ」
「それは!」
まさかの展開に焦ったのはキャトルの方だ。
もちろん彼等はリットン達を襲撃してはいないのだが、持ち込んだ荷物の中には見つかるとマズイ魔術の道具等も入っているからだ。
何故そんな物が荷物の中に入っているかと言うと、今回の1件が片付いた後にもう一つ別の計画があり、その為にリットンが手配したからだ。
その計画とはドルバックの参謀である疑いの高いモウストを暗殺する計画。
ドルバックを殺してすぐに直接的な暗殺手段だと疑いの種を残すと考え、キャトルの術による呪殺を目論んでいた。
だが、その為の用意が今回、完全に裏目に出た。
実際に使用したものでなくても呪いを掛けるために用いる様な物も入っているので相手に誤解を与えるには十分過ぎる。
「どうしたキャトル・マキウィ。何か見られて困るものでもあるのか?」
「いえ、そういう訳では・・・」
必死になって言い訳を考えるキャトル。
今のタイミングで荷物を見られたら自分達は完全に終わりだ。
焦るキャトルの横でクロードがさらに追い打ちを駆ける。
「私達はいつでも構いませんよ。いくらでも気のすむまで調べてください」
「っ!」
本来疑われるべき存在であるはずのクロードからまさかの調査を後押しする一言。
クロードが調査を快諾した事でキャトル達はまずます追い詰められる。
ここで自分達が反対しようものなら、犯人扱いは確実だ。
「わっ、分かりました。こちらも異論はありません」
震える声でなんとかその一言を絞り出したキャトルは目線を伏せる。
幸い荷物の中に暗殺に関するやり取りを記した物などは残していない。
ヤバい魔術道具の方はどうにもならないが、
見る者が魔術に見識が深くなければ用途が分からないものもあるから、その僅かな可能性に賭けるしかない。
「では今すぐ2人の部屋の調査を行う。勿論2人にも立ち会ってもらう」
「分かりました」
「・・・はい」
こうしてクロードとキャトルは幹部達を伴い、借りた部屋の立ち入り調査へ向かう。
先にクロードの部屋を調べる事になり、屋敷にいたガルネーザファミリーの人間を総動員して調査が始まった。
最も疑わしい人物の調査だけあって念入りに部屋の調査は行われたが、何も出てこない。
クロードの鞄はもちろん、ヒサメのリュックも調べたが何も出てこない。
1時間半程部屋の中を調べたところで調査も大方終わりに差し掛かる。
「何も出ないか。ならば次はキャトル達の部屋だな」
調べが終盤に差し掛かったのを見計らいバルキーは残りの調査を部下に命じ、キャトル達の部屋へと移動する。
キャトルは魔術道具の事をどうやって弁明するか、その事ばかりを必死に考えながら部屋に入る。
その瞬間、部屋の中に今までと違う微かな違和感を感じ取る。
何かがオカシイ。部屋を出る前と何かが変わっている。
しかしそれが何なのかはまるで分からない。
胸の奥がザワついてキャトルの中で嫌な予感が膨らむ。
そんな彼の横を通って黒服達が次々に部屋の中へと入っていく。
「うわぁああああああああああああああっ!」
直後、浴室の方から叫び声が上がり室内が騒然となる。
「どうした!何があった!」
バルキー達幹部が一斉に風呂場の方へと走っていく。
浴室の方には何もなかったはず、そう思い首を捻るキャトルと取り巻き達。
だがそんな彼等の耳に直後信じられない言葉が飛び込んでくる。
「リットン!リットン!目を開けろ!」
「クソッ!駄目だ!もう死んでる!」
「なっ!」
ありえない言葉を聞いてキャトル達が慌てて浴室に駆け込むと、真っ赤に染まった浴槽の中にプカリと浮かんだリットンの姿があった。
「そんな・・・バカな・・・」
まさかの光景を目にして思わず後退るキャトル達に周囲から殺意の篭った視線が向けられる。
「キャトル・マキウィ。これは一体どういう事だ」
「俺達が納得のいく説明をしてみろや!」
「違う!違う!私じゃない!私は断じてこんな事は!」
そこでハッと何かに気付いたキャトルは浴室の外へと目を向ける。
彼が視線を向けた先には、この状況を作り出したであろう張本人がタバコを片手にこちらを見ていた。
その目の中には他の者からは分からぬであろう喜悦の色が浮かんでいた。
その目を見て全てを悟ったキャトルが絶叫する。
「貴様ぁああああああああああああああああああああああ!」
自身が嵌められたと知った愚か者の叫び声を聞きながらクロードはタバコの煙を吹かす。
(俺の代わりに罪を被ってもらうぞ。キャトル・マキウィ)
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