第83話 発覚する事件

ナレッキオ・ガルネーザの屋敷の一室、カーテンの隙間から差し込む光に網膜を刺激されクロード・ビルモントはソファの上で目を覚ます。


「ッ!・・・眩しいな」


眠りを遮られた事に若干の苛立ちを覚えるが、相手が太陽では怒った所でどうにもならない。

カーテンをしっかりと閉め忘れた自分が悪いと諦め、上半身をゆっくりと起こす。

コキコキッと音を鳴らし首回りの筋肉をほぐした所で壁掛け時計に目をやる。


「もうこんな時間か」


見れば時計の針が間もなく10時を指そうとしている。

部屋に戻ってすぐに眠りについたのだが、あまり休息をとる事は出来なかった。

昨晩の1件の後、リットンから全ての情報を聞き出したクロードが屋敷に戻ったのは明け方になってから。

部屋に戻る際は偽装領域を使っていたので簡単に戻ってくる事が出来た。

当然ながら誰からも自分が屋敷から好き勝手に抜け出している事を悟られてはいない。

ただ、このまま眠らずに今日の視察に行く気にはならなかったので、朝食の時間を削って睡眠の時間に当てる為に代役を立てた。

なので現在2人の姿をしたドルバックの手下が屋敷の食堂で朝食を摂っているのだが、今日は10時半から視察の予定を入れているので間もなく帰ってくる。


「仕方がない。出掛ける準備をするか」


流石に戻ってきた敵の前で寝こけている訳にもいかず。

クロードは長い髪をかき上げ一度溜息を吐いた後、気持ちを切り替えソファから起き上がる。


「スゥ・・・スゥ・・・」

「ん?」


起き抜けにどこからか聞こえる寝息に毒気を抜かれそうになったクロードは、その出所となっている人物に視線を向ける。

そこにはベッドの上で体を小さく丸め気持ちよさそうに眠るヒサメがいた。

クロードよりも少し早く戻った彼女だったが、疲れが溜まっているのかまだ眠ったままだ。

足音を立てない様ベッドの傍に近付いてその顔を覗き込んでみると、すっかり緩み切った表情で口元からだらしなく涎を垂らしている。


「ムニャ・・・ごはん」

「・・・おいおい」


もうすぐ20歳にもなろうという年頃の娘が寝言でごはんと言うのは如何なものだろう。

少なくとも緩み切ったその寝顔と併せて余所様の前では絶対に見せられないし、聞かせられない。

だが、そんな表情を見られた事に少しだけだが嬉しさもある。


(出会った頃のヒサメなら絶対にこんな表情は見られなかっただろうな)


こんな緩み切った顔をした彼女がかつて"血染め雪"と呼ばれ裏社会で恐れられた冷酷にして無慈悲なる暗殺者だとは誰も思わないだろう。

今しばしこうして彼女の穏やかな寝顔を見ていたい気もするが、時間がそれを許さない。


「起きろヒサメ」

「・・・ふにゃ?」


クロードが肩を掴んでその小さな体を軽く揺らすと、ヒサメが薄く目を開ける。

焦点の合わない目がクロードの方を向いてジッと見上げる。


「もう・・・朝?」

「ああ、そろそろ出かける時間だ」

「んぅ・・・分か・・・った」


眠たそうに目元を擦りながらヒサメが身を起こす。

メトロノームのように体を左右に揺らしながらベッドの上を移動し、ベッドから降りる。


「ほら、洗面所に行くぞ」

「連れ・・・てって」

「・・・仕方ないな」


ヤレヤレと肩を竦め、クロードはヒサメの背中に手を回し洗面所へと誘導する。

それから少しして洗顔と歯磨きを済ませて戻ると朝食から部屋に帰ってきたクロードとヒサメの姿をしたドルバックの手下がソファに座っていた。

2人はこちらに気付くとソファから立ち上がり一礼する。


「自分の姿をした奴に頭を下げられるというのはなんとも妙な気分だな」


小さな声でそう呟いたクロードはパチンと指を鳴らす。

すると2人の姿を偽装していた魔力が剥がれ落ち、元の黒スーツを着た男の姿が現れる。

元の姿に戻った2人の男は見慣れた互いの姿を見て肩の力を抜く。

そんな2人に向かってクロードは現在の状況について確認する。


「何か問題は?」

「特になかった。こちらの正体には誰も気付いていないはずだ」

「そうか。ならばこの後も手筈通りに」

「ああ。分かっている」


互いにこの後の予定についての簡単な確認を行い、クロードとヒサメは視察に向かうべく部屋を後にする。

案内役の後ろについて玄関前に用意された馬車に向かう途中、ロビーを差し掛かるとガルネーザファミリーの下っ端達が集まって何やら騒いでいるのが見えた。


「何かあったようだな」


クロードの言葉に案内役の2人が無言で顔を見合わせる。


「確認してくるので少しお待ちを」


案内役の1人が急ぎ足でその場を離れ、人だかりの方へと駆け寄る。

その様子を遠目に見つつクロードはポケットからシガーケースを取り出す。

彼等が何を騒いでいるのか、原因については大方察しがついている。

タバコの火を点けて一服した所で様子を見に行った案内役が戻ってきてもう1人の案内役に今聞いてきた内容を耳打ちする。

話を聞いた案内役はギョッとした顔をした後、チラリとクロードの方に視線を向ける。


「どうかされましたか?」

「いえ、・・・・なんでもありません」


蒼い顔で俯いた案内役は少し視線を彷徨わせた後、話を聞いてきたもう1人の案内役に何かを伝えてどこかへと走らせる。


「すいません。少し確認が必要になりましたのでこのままこの場で少しお待ちいただけますか」

「ええ、構いませんよ」


クロードはタバコを咥えたまま小さく頷く。

いくら待たされたところで全く問題はない。

所詮、街の視察は建前であり、クロードの本来の目的ではない。

それからしばしの間待たされたクロードは戻ってきた案内役から大広間に来るように伝えられる。


「大広間ですか、それは一体どのような理由で?」

「理由については私からは何とも・・・。そこで幹部の方からお話があると思いますので」

「幹部の方からですか・・・分かりました」


事情について説明もないまま大広間へ通されると、ファミリーのナンバー2であるバルキー、古参幹部のモウストとドルバック、他に5人程の幹部の姿とクロードと同じ様にこの場に呼び出されたキャトル達の姿があった。

奥の方で険しい表情で話をしている幹部達は声を掛けられる雰囲気ではないので、クロードは部屋の出入り口の傍に近い位置に立っていたキャトルの方に近付いて声を掛ける。


「おはようございますキャトルさん」

「えっ、ええ、おはようございます」


クロードからの挨拶に僅かに動揺した様子でぎこちなく挨拶を返すキャトル。

その動揺に気付かぬフリをしてクロードは何食わぬ顔で話を続ける。


「何かあったみたいですが、キャトルさんは何かご存知ですか?」

「いえ、私もまだ何も聞かされていないんですよ」

「そうですか。一体何があったんでしょうね」


そんな話をしていると、話し合いをしていた幹部達がこちらを向く。


「急に呼び立ててすまんな2人共。とりあえず適当な所に座ってくれ」


アンダーボスであるバルキーの言葉にクロードとヒサメ、キャトルとその取り巻き達が部屋の中央にに置かれた丸テーブルを囲むように配された椅子に腰を下ろす。


「さて、早速だが2人はここに呼ばれた理由を聞いているか」

「いえ、まだ何も聞いてません」

「こちらもです」

「そうか。ではまずその説明からだな」


無表情を崩す事無くそう告げたバルキーに対し、他の幹部が苛立ちの篭った声が上がる。


「バルキーさん。そんな回りくどい真似は無しですぜ」

「そうだ。犯人はコイツ等2人のどっちかだろうからな」


集まった幹部達の間から不穏な言葉が飛び交う。


「犯人?一体何の事ですか?」


まるで何の事を言っているか分かっていないという顔をするクロード。

キャトル達全く同意見と言わんばかりに調子を合わせ頷く。

何か言い返そうとする幹部達をバルキーが手で制する。


「昨晩、幹部の1人であるリットン・ボロウが消息を絶った」

「なっ!」

「それは本当ですか?」


心底驚いた表情をするクロードとキャトルにバルキーは頷き、言葉を続ける。


「ああ、間違いない。昨日とある人物との会談に出掛けてから戻っていない。今日は早朝から幹部数人と屋敷で会う予定があったのだが約束の時間になってもヤツが現れなくてな。ヤツの部下に確認して事態が発覚した」


バルキーの話を聞いたクロードはバルキーに疑問を投げかける。


「それならその会談の後どこか他の所に立ち寄っているという可能性もあるのでは?」

「奴の性格からそういった事はあまり考えらえない。ヤツは時間に対し厳格な一面があったからな。とはいえ一応可能性を考慮して今朝からヤツの足取りを追わせてみた」

「それで何か分かったんですか?」

「ああ」


キャトルの問いかけにバルキーは静かに頷き、衝撃の事実を口にする。


「昨晩からの奴の足取りを追い会談場所である教会に人を向かわせて確認したところ、リットンの会談相手だった男と2人の護衛と思しき者達の死体が発見された」

「なっ!」

「それは・・・」


バルキーが口にした内容を聞いて2人は言葉を詰まらせる。

顔を真っ青にして下を向くキャトルと口元を抑え押し黙るクロード。

当然ながらクロードの方はそこで何があったか等全て分かっている。

分かった上でまるで今初めて知ったような演技をしている。

まるでそう見えない表情と態度。実に大した役者ぶりである。


「ちなみに確認ですが、その場にリットン殿の死体はなかったのですか?」

「ああ、リットンの死体は愚か身に着けていたものすら発見されなかった」

「なるほど。何者かが意図してリットン殿を誘拐した。そういう訳ですね」

「恐らくそうだろう。だが今回の件は不審な点が多く犯人の目星がつかん」

「それはどういう事でしょうか?」

「現場を見た者の話だと死体には味方同士で争ったような痕跡があるそうだ」

「仲間割れしたという事ですか?」

「流石にそれは・・・」


あり得ない。それはその場にいる全員が思った所である。

だとすると護衛の中に誘拐犯が紛れていたというのが最も有力な線だが。


「我々は現場の状況は犯人グループと争った結果だと考えている。現に死体の中にはそれ以外の殺害方法の死体もある事からこちらをかく乱するための何者かの偽装工作の可能性があると見ている。だが、この第八区画にそれだけの事の出来る者達に心当たりがない」


そこまで言ってバルキーは改めて2人の方を見る。

ここまで言われれば彼が何を言わんとしているかは2人にも分かる。


「つまりバルキー殿やガルネーザファミリーの方々は疑っているのですね。我々のどちらかが犯人ではないかと」

「そういう事になるな」


バルキーの言葉で両者は互いの顔を見合わせる。

どちらかが犯人だとするならどちらが犯人か等もはや考えるまでもなく両者には分かっている。

静まり返る室内で互いに視線をぶつけ合う両者。

幹部達の冷たい視線が2人に集まる中、先に口を開いたのはクロードの方だった。


「なら私のアリバイを証明する必要はありませんね」

「どういう事だ」


全員の視線が集まる中、クロードは自身の確固たるアリバイを証明するカードを切る。


「私が昨夜一歩も部屋から出なかった事は部屋の外で私を見張っていたガルネーザファミリーの方々が証明してくれますから」


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