第82話 無情なる末路

ヒサメが暗殺者達を全員打ち倒すまでの一部始終を遠くの地より"観測"していたアジールはその結果をクロードに伝える。


「ヒサメの方はもう心配なさそうだよ」

「まあ、そうだろうな」


アジールから報告を受けたクロードは当然の結果だと返しタバコの煙を吹かす。

キャトルがどれ程の腕利きを第三区画から引っ張り出して来たかは知らないが、ヒサメの前ではそんなもの物の数ではない。

ヒサメ単独でも戦力は国内トップクラスの実力を有しているが、そこに彼女の精霊であるスズシロの"万象を凍結させる"能力が合わさるともう英雄か魔王クラスの実力でもない限り手が付けられない。

実際過去に彼女と全力の死闘を演じたクロードもあの能力で随分苦戦した。

正直、アジールと魔銃リンドヴルムの力がなければ勝つのはまず無理だったと思う。

ヒサメとまともにやり合って勝てる相手等世界中を探してもそうはいないだろう。


「そういう訳でお前が望みを託した連中は見事にウチのヒサメに返り討ちにあった。残念だったな」

「そんな。・・・嘘だ」


クロードから伝えられた事実にリットンは力なく項垂れたまま首を左右に振る。


「こんなはずは・・・こんなはずでは・・・」


小声でボソボソと呟くリットンを見下ろし、クロードは冷たく言い放つ。


「別に認めなくても構わない。どんな感想を持つかはお前の自由だ。だがな、今のお前にそんな事を気にしている余裕が果たしてあるのか?」

「っ!?」

「もう自分の命を諦めたのか?それともお前の交渉カードはもう品切れか?」


クロードの言葉にハッと我に返るリットン。

そうだ自分の命は今、目の前の男に握られている。

他の作戦が失敗した事など気にしている場合ではない。

リットンは頭をフル回転させてなんとかクロードの気を引く事が出来そうな話がないかを考える。


「待って!待ってください!私を生かしておけば必ず役に立ちます!」

「やめろリットン!」


なんとか食い下がろうとするリットンをミュハトが怒鳴りつける。


「神の使徒たる照霊騎士団が見苦しい真似をするな!その男は我等が神の教えに唾する大罪人。その様な者に命乞いするなどそれこそ我等が神への裏切り行為だと・・・」

「五月蠅い!アンタは黙ってろ!」


ついさっきまで神の様に敬っていた相手に対して怒鳴り返すリットン。

まさか反論されると思っていなかったミュハトは何が起こったか分からずに目を白黒させる。

そんな彼の前で命の危機にリットンは心に溜め込んでいた感情を爆発させる。


「なんなんですかさっきから偉そうに!こうなったのは全部アナタのせいでしょう!アナタがマフィアを乗っ取ってこの国を滅ぼすなんて計画を立てなければ・・・・。いいや、アナタがやりすぎなければ私達がこんな目に遭う事なんてなかったんだ!!」

「なっ!貴様っ!」


信頼を置いていた部下のまさかの反逆にミュハトが怒りに震える。

だが忠実な部下だったリットンがこうなった責任はミュハトにある。

この国に入ってすぐミュハトの立てた計画を遂行するためにマフィアとなったリットン。

ガルネーザファミリーに溶け込む為にマフィアらしい生活を送っていた。

そうしてマフィアとしての活動を続ける間に本人も気付かぬ程この国の裏社会の色に染まっていた。


「馬鹿な!我らの使命を忘れたか!」

「我等を救わぬ神などもうどうでもいいわ!」


言い争う2人をクロードはタバコ片手に愉快そうに眺める。

別に彼等に対し個人的な恨みがある訳ではないが、心底嫌っている教会の人間同士が仲間同士で争う様は見ていて気分がいい。


「クロード。凄く悪い顔してるよ」

「さあ、なんのことだ?」

「・・・まあ、別にいいんだけどさ」


ヤレヤレと呆れた様にアジールが首を左右に振る。

醜く互いを罵り合う2人の姿を見せられて、生き残った他の者達が複雑な表情を浮かべる。

人間、極限状態に追い込まれた時には知らず知らず本性が露わになるもの。

今日までミュハトの言葉に忠実に従ってきたリットンを罵るミュハトの姿。

ミュハトに向かって言い返すリットンの的を射た言葉の数々。

その2つがミュハトに従っていた者達の心に不信感を芽生えさせる。


「そうだ。リットンさんの言ってる通りだ」

「俺達が国に居られなくなったのはアイツのせいだ」

「アイツのせいで俺達はこんな目に」


一度は目を瞑った過去に再び目を向けた時、彼等の心にドス黒い火が灯る。

原因となった自分達の行いから目を逸らし、責任だけを誰かに押し付ける。

もちろんその矛先が向かう先は一つしかない。


「許さない」

「絶対に許さない」


一度ついた黒い火はあっという間に燃え上がり、周囲へと燃え広がる。

どれほど神への信仰を口にしたところで人の心は脆く移ろいやすい。

それは例え世が変わったとしてもそうそう変わったりはしない。

自身へと向けられる部下達からの殺意に気づいたミュハトが慌てる。


「お前達落ち着け!惑わされるな!」

「我々は惑わされてなどいない!」

「人の心を惑わす悪魔はアンタの方だ!」

「俺達はあの時、やりすぎだと言ったのにアンタが!」


黒い感情に支配された男達にもはやミュハトの声など耳に届かない。


「武器をとれ」

「今こそこの悪魔を八つ裂きにするのだ」


さっきまで力なく項垂れていただけだった者達が武器を手に立ち上がる。

体が動くなら今すぐにでも斬りかかりそうな目でミュハトを睨み付ける部下達。

長年目を掛けてきた部下達にそんな目を向けられ、ミュハトは思わず後退る。


「俺は悪くない。俺は・・・神の意思に従っただけだ!」


ここに至って信じた神に責任転嫁とは笑わせてくれる。

思わず吹き出しそうになるのを堪え、クロードはリットンに問いかける。


「確認だが、あの男に今も教会との繋がりはあるか?」

「ありえません。教会は完全にあの男に絶縁を突き付けています」

「奴の指示でガルネーザファミリーを動かした事は?」

「ないです。互いに地位を固める為動いてましたので、作戦の立案と実施は私の判断で行っておりました」


少しでも生き残る確率を上げようとクロードに対し包み隠さず答えるリットン。

もうすっかりクロードに逆らう気力は失ったらしい。


「そうか。ならソイツにもう用はないな」


クロードはそう言ってパチンッと指を鳴らす。

するとミュハト以外の全員の体を支配していた術が解けて体が動くようになる。

なんのつもりかと視線を向けてくる彼らにクロードは悪魔の囁きをする。


「お前達の気持ちを汲んで慈悲ってのを与えてやる」

「どういう事だ」

「その男を許せないんだろ。だったらその怒りを存分に叩きつけるといい」


タバコを咥え、さあどうぞと手をミュハトの方へと差し出すクロード。

追い詰められて逃げ場を求めていたありとあらゆる感情が、向かい先を与えられて一斉に噴き出す。


「うあぁああああああああああああああ!」

「この野郎ぉおおおおお!」


生き残ったミュハトの部下達が剣を握りしめて神の如く仰いだ男に次々に斬りかかる。


「ぎゃああぁあああああああああああああああああ!」


四方から繰り出された我が身を切り裂く刃にミュハトは悲鳴を上げる。

かつて敬った男のそんな悲鳴を聞いても部下達は攻撃の手を止めない。


「死ね!死ね!死ねぇえええ!」

「お前のせいだ!お前のせいだ!」


叫び声を上げて無茶苦茶に剣を振り回す男達。

感情だけで振るわれる殺意の剣に、かつて多くの種族を葬った必殺の剣技の面影はない。

そんな力任せに振るわれる剣を幻術で遠近感を僅かにズラす事で致命傷となる一撃が入らないよう介入するクロード。


(その男に楽な死は与えない)


別に今まで殺された者達の仇などと言うつもりはない。

ただ、この男は自分の今まで行った過去の行いの僅か分でも苦しみを味わって死ぬべきだ。


「確か聖典騎士団の剣はこの世の悪のみを斬り裂くんだったな。どうだ?お前達が言う正義の剣とやらで斬り刻まれる気分は」


全身を襲う激痛の中、クロードの声がミュハトの耳に確かに届く。

今まで味わった事のない苦痛の中、ミュハトは喉の奥から微かに声を漏らす。


「たす・・・け・・・て・・・くれぇ」


悲痛に満ちた瞳で許しを乞うその言葉にクロードは顔の笑みを消して冷めた目を向ける。


「お前はその言葉を今まで何度無視してきた?自業自得だ。それに・・・」


クロードはゆっくりと手を持ち上げて指先を祭壇の方へと向ける。

そこには彼等が崇める神の像が鎮座していた。


「俺に救いを求めるのは間違いだ。それこそお前の信じてやまない神に頼め。もっとも、聞き入れられるかどうかは知らないがな」


クロードの一言でミュハトは理解した。自分の信じる神が決して誰も救わない事を。

そもそも信じるべき神などこの世にはいなかった。まやかしだったと。

ミュハトの心を支えていた信仰という一番の柱が完全に折れる。


「あああ・・・・ああああ・・・・アアアアアアアアアッ!」


全てに絶望したミュハトが最後の叫び声を上げて天を仰ぐ。

その声に恐怖に駆られた誰かが突き出し刃が彼の心臓を貫く。

無数の罪なき命を奪い続けた聖人気取りの狂人に裁きの時が訪れる。

上を向いたまま数度口をパクパクと動かした後、ミュハトの体はその場に崩れ落ちる。

自分達を先導し続けた男の死体を前に、虚無感に苛まれ誰も言葉を発しない。

そんな彼らに向かってクロードが拍手を送る。


「ご苦労だったな。これでお前達を縛るものはなくなった訳だな」


クロードの言葉に生き残った者達の間に安堵が広がる。

ミュハトを殺した事でもしかして自分達は許されたのではないか。

そんな根拠のない考えを心に抱く彼らに向かってクロードは告げる。


「良かったな。これで何の未練も残さずお前達も逝ける」

『へ?』


クロードが再び指を鳴らした直後、剣閃が走りリットン以外の兵士達の首が宙に舞う。

何が起こったか分からない兵士が脳が機能を停止する前に最期に見たのはミュハトの近くに集まった味方同士が互いの首を斬りあうという常軌を逸した光景だった。

ゴロゴロと仲間の首が地面を転がるのを見てリットンの顔から血の気がなくなる。

顔色が蒼を通り越して白くなるリットンの頭上にクロードの声が響く。


「さてリットン・ボロウ。何故お前1人だけがまだ生かされているか分かるか?」

「私に・・・まだ・・・利用価値があるからです」


リットンの答えにクロードは頷き、タバコの煙を吐き出す。


「そういう事だ。お前にはまだ聞きたい事がある」


自分に刺客を放った事、第八区画に強盗を逃がした事、教会側との繋がり、キャトルとの繋がり、ガルネーザファミリーとサベリアスファミリーの関係等、全ての中心にいるこの男から聞き出すべき事は山ほどある。


「まだまだ夜は長い。聞かせてもらうぞお前の全てを」

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