第77話 過去は煙の向こうに消え
土煙の中、火の点いたタバコを咥えたクロードはその煙を味わう様に一度肺の奥深くにまで吸い込んで肺の中を満たした後、ゆっくりと煙を吐き出す。
「やはり鉄火場で吸うタバコはいいな。気分が昂る」
そう言ってからクロードは衣服に付いた埃を軽く叩いて落とす。
あれだけの攻撃に晒されながら掠り傷はおろか服にさえ破損が見られないのは一体どういう事なのか。
多くの兵士の間に動揺が走る。歴戦の彼らにとってもこんな事は初めてだ。
「一体どうなってるんだ」
「あれだけの攻撃をどうやって・・・」
兵士達の間に微かに動揺が広がる中、ミュハトだけは冷静に状況を分析していた。
そこでふとクロードの左右にあったはずの長椅子が無くなっている事に気づく。
よく見ればクロードの足元には無数の木片が散らばっている。
どうやら直撃の瞬間に椅子を盾にして攻撃を凌いだらしい。
「それにしても本当に大した馬鹿力だな」
あの長椅子とて成人男子3人分程度の重さがあり、決して軽い物ではない。
亜人族でさえ一瞬であれだけの怪力を発揮できる種族は少ない。
一体何をどうすればあんな事が可能になるのか皆目見当もつかない。
力の勝負ではどうあっても勝ち目がないのは分かった。
だからといって勝ち目までが潰えた訳ではない。
魔法を防御したという事は攻撃は通る。決して倒せない相手ではないという事だ。
「ヤツは防御しただけだ。攻撃が効かぬ訳ではない!怯むな!」
『ハッ!』
ミュハトの檄に背中を押され、兵士達がすぐさま士気を取り戻す。
流石は教会に部隊を解散させられて今も尚、これだけの部下を従えているだけあって大したカリスマだ。
魔術師達が再度魔法の詠唱を再開し、攻撃の魔法が使えない他の兵士達は近接の武装を握りしめ時を稼ぐべくクロードへ攻撃を仕掛ける。
「まだ向かってくる気概があるか、なら相手をしてやろう」
クロードはそう言うと両の拳を握りしめると肘を曲げて拳を自分の顔の高さに構える。
その構えを見たミュハトは妙な違和感を覚える。
あまり見慣れないはず構えだというのに、かつてどこかで見た記憶がある。
「あの構え・・・どこかで・・・・」
そこで目の前の男が最初に隠していた自分の本当の名を呼んだ事を思い出す。
何故この男は自分の事を知っている。この男と自分は面識があるのか?
もしあるとするなればそれは一体いつどこで?
何か記憶に引っ掛かりを感じたミュハトは埋没した過去の記憶に手を伸ばす。
もしかしたらその記憶が目の前の男を倒す為の切っ掛けになるかもしれないと思って。
その間にも事態は動き、4人の兵士が4方向からクロードへと斬りかかる。
「ハァアアアアアッ!」
「テェイヤアアアア!」
雄叫びを上げながら突っ込んでくる敵を見渡すクロード。
そこへ魔術師を守っている盾役の兵士がさらに手投げ斧を投げ込んでくる。
どうやら少しでもこちらの気を散らしてミスを誘う魂胆らしい。
が、その程度の小細工では今のクロード相手に通用しない。
倒す順番を頭の中で決めたクロードは、最初に右手側から接近する相手へと攻撃に出る。
相手が間合いを詰めるよりも早く、自分から相手の間合いへと飛び込むと打ち下ろし気味に右のストレートをその胸板に叩きこむ。
直撃の音はなかった。代りにズドンッという衝撃が男の体を激しく揺さぶった。
喉元から何かの液体がせり上がってきて、男の口から溢れ出す。
「ゴボッ・・・・なに・・・が?」
目の前にいるクロードの手が真っ直ぐに自分の方に伸びている。
ゆっくりとその腕の先の方へ視線を映すと、鎧もろとも貫かれた自身の胸に辿り着く。
そこで男の視界は暗転し、その生涯に幕を下ろす。
男の胸からクロードは血に塗れた拳を引き抜くと、死体を放り出して次の標的へと向かう。
それから僅か数秒の間に4人を惨殺したクロード。
間もなく詠唱を完了しようとしている入り口付近の魔術師目掛けて最後に仕留めた男の死体を投げつける。
「させんっ!」
咄嗟に盾役がそれを防ぐ。が、その動きは既に予測済みである。
むしろ盾役と魔術師達を密集させる事こそが狙い。
クロードは手近なところに置いてあった長椅子をつま先で引っ掛けて蹴り上げる。
「こいつはオマケだ」
宙に浮いた長椅子を掴むと入り口付近に集まった敵兵目掛けて投げる。
先程の倍以上の大きさと重さを持つ長椅子での追撃。
盾役1人だけでは受け止めきれず、背後にいた3人の魔術師もろとも講堂の壁に叩きつけられ意識を失う。
これで入り口側にいた敵は全員死ぬか、行動不能になった。
「さて、大分片付いてきたな」
そう言ってクロードは祭壇にいるミュハトとリットンの方へと体を向ける。
直後、祭壇側にいた魔術師達の術の詠唱が完了する。
「邪悪なる者よ。聖なる神の力をその身に受けよ!ホーリーランス!」
先程放った術よりも更に上位の術が魔術師達の手の中より頭上へ放たれる。
薄暗い講堂内が光に満たされ、眩き光の槍が講堂の天井付近に現出する。
自身を貫こうと頭上に現れた3本の光の槍を見てクロードは右手を前にかざす。
「
「っ!?」
目の前の男が放った言葉にミュハトは己の耳を疑った。
それはアーデナス教を信奉するある国において"英雄"と呼ばれる者達のみが操る事が出来る神の武器を呼びだす為の言葉。
選ばれし者許されぬ言葉を、たかだか一介のマフィア如きが口にした。
信じられないと目を見開くミュハトの前で、男の手の中にこの世界ではまだ目にする事のない
クロードは手の中に出現した
ガオンッ ガオンッ ガオンッ
3度の発砲音が鳴り響くと、クロードの頭上に迫っていた光の槍が一瞬で消し飛ぶ。
犠牲を払って放った必殺の魔法が幻の様に掻き消えた事に魔術師達が呆然とする。
「そんな・・・バカな・・・」
「上位魔族すら射殺す神の槍が・・・消えた」
上級魔術防壁でなければ防御すらできないはずの術が簡単に破られた。
流石にこの事実は相当に堪えたらしくミュハトのカリスマでもどうにもならなかった。
完全に勝つ見込みを失った魔術師達は心が折れてその場にペタンと座り込む。
その姿を見た他の兵士達にも怯えの感情が伝播し、戦意を奪う。
周囲に絶望の色が広がる中、ミュハトだけが狂ったような笑い声を上げる。
「ハハハハハッ、まさかこんな所で再開できるとはな。聖王殺しの大罪人」
ミュハトの言葉に反応し、クロードは呆れた様な顔をする。
「なんだ、ようやく思い出したのか?」
「ああ、思い出した。思い出したぞ!黒鋼の短筒とあの独特の接近戦の構え、そして何よりもその顔の傷!間違いない。貴様は酒木蔵人だ!聖王ユリアネス十七世陛下とその側近の十三神官、そして刀剣の英雄を殺した男だ!」
部下達が今まで見た事もないような喜々とした表情で饒舌に語るミュハト。
彼の言葉に部下達の間にさらに動揺が広がっていく。
「聖王殺しだと」
「この男があの災厄を起こした悪鬼」
「堕ちた・・・英雄」
聞き覚えのあるものからないものまで次々と兵士達の口に上る。
「俺の知らぬ内に随分と呼び名が増えたな」
「当然だ。お前のせいで聖王だけが持っていたとされる英雄召喚の知識は失われ、以来新たな英雄はこの地に現れていないのだからな。多くの者に恨まれるのは当然だ」
「俺の知った事ではないな」
ミュハトの言葉にまるで悪びれる様子もなくクロードは手の中の
「だろうな。貴様の様な悪魔は得てしてそういうものだ。だが今この時ばかりは貴様が生きていた事を、この巡り合わせを神に感謝せねばなるまい」
「あん?」
憎むべき自分を前に感謝するといったミュハトに、クロードは懐疑的な目を向ける。
「今日まで苦汁の日々もこの時を迎える為に神が与えられた試練だったのだ。そうだ。そうだ。そうでなくてはおかしい。神の敵を滅ぼし、神の教えに背いた神を浄化の火で焼いた忠実な神の僕である我等がこの様な不当な扱いの末、こんな蛮族共の国でコソコソしなくてはならない事が正しい筈がないのだ。つまり今日ここで貴様を討ち果たす事が神の意思であり、我等照霊騎士団こそが真に正しき神の使徒だと世に示す機会なのだ」
「急に何を言い出すかと思えばトチ狂った事を・・・」
コイツ等が追放されたのは他の誰のせいでもなくコイツ等自身の責任だ。
決して誰かの手の上で踊らされた訳でも、ましてや神の思惑とやらでもない。
「遂に本格的に頭がおかしくなったか」
「ほざいていろ悪魔!この戦いが神の望みならば他の者の手は借りぬ。この俺自らの手で斬り殺してやる。そうすれば我々は再び聖典騎士団に返り咲く事が出来るのだ!」
「いや、どう考えても無理だろう」
「やかましい!貴様の首を教会本部へ持ち込んで私の正しさを証明してやる!」
「ほう、そこまで言うならやってみろ。ただし、気を付けろ残り時間はあまりないぞ」
クロードはそう言って半分以下になった口元のタバコを指差す。
「そのタバコの火ともろとも貴様の命も消してやる!」
武器を構えたミュハトが祭壇の前から一気にクロードの前まで移動する。
人としてはもう全盛期を過ぎた年齢のはずだが、その動きは驚くほど速い。
「ゼェアアッ!」
手にした魔法剣を巧みに操り、重く鋭い斬撃を連続して繰り出すミュハト。
クロードはその斬撃の1つ1つを的確に銃身で受け流す。
「剣術が苦手だったが貴様にこれが受けきるか!」
「一体いつの話をしているんだお前は?」
「少なくとも私が剣を教えてる時の貴様は今程濁った前はしてなかったな」
「記憶のねつ造はやめろ。お前は今も昔も変わらずのクソ野郎だ」
「ぬかせっ!」
ミュハトは腰に装備していた短剣をクロードの足元目掛けて投げつける。
咄嗟にバックステップでそれを躱したクロードの前でミュハトは剣を引く。
彼の得意技、魔法剣術発動の態勢に入る。
「受けろ我が聖法剣レイ・オブ・トゥルース!」
渾身の突きを繰り出すと共に光の刀身が大きくなりクロードに向かって真っすぐ伸びる。
「俺にその技は効かん」
クロードは腹部に目掛けて迫る光の刀身に向かって銃口を向けて引き金を引く。
その一撃で光の刀身は幻だったかのようにその刃を消失させる。
直後、光の刃が消えた向こうからミュハトが2本の剣を持って飛び込んでくる。
「その武器の特性は知っている!もらった!」
そう言ってミュハトは手にした剣でクロード目掛けて斬りつける。
だが、ミュハトの刃はクロードの体を斬り裂く事はなかった。
代わりに硬質な金属でも斬りつけたかの様な手応えがミュハトの手の中に残る。
「なにっ!」
「残念だったな。その"黒"はお前じゃ斬れない」
ミュハトの刃を腕で受け止めたクロードはそのまま腕を振ってミュハトを弾き返す。
何が起こったか分からないと言った様子のミュハトが自身の剣を見下ろす。
「馬鹿な。何故斬れない」
「さあ、どうしてだろうな?教えてやってもいいが・・・・」
クロードがそこまで言った所で、口に咥えていたタバコの火がフッと消える。
「残念。時間切れだ」
そう言って火が消えたタバコを手に取ると適当にその辺に投げ捨てる。
「何が時間切れだ。こちらはまだ戦えるぞ」
ミュハトの言葉に応じる様に、教会の外にいた連中が一斉に講堂内に雪崩れ込んでくる。
まだこれだけの手駒がいる。連携すれば勝つ方法はまだある。
そう考えるミュハトに対し、クロードはやれやれと呆れた様に首を左右に振る。
「何をしても無駄だ。俺の相棒が力を使う以上お前達にもう逃げ場はない」
「相棒だと?」
「これ以上は今から死ぬだけのお前は知らなくていい事だ」
クロードは左手を天にかざし、そしてアジールに術の発動を告げる。
ミュハト達にとっての実質的な死刑宣告となる言葉を。
「
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