第76話 そして終わりの火が灯る
静かな教会の中、響き渡るクロードの宣戦布告の言葉。
それを聞いたミュハトはやや俯きククッと短く声を上げて笑う。
「我等忠実なる神の僕を神の下へ送るか。随分な大きな口を叩いたなものだな魔術師」
そこまで言って顔を上げたミュハトが左右に視線を飛ばす。
その視線を受けて講堂内にいる鎧で身を固めた22人の男達が一斉に動き出し、鎧の立てるガチャガチャという金属音がクロードの前後左右へと広がっていく。
「躾がなっていないな。教会では静かにしろと牧師から教わらなかったのか?」
室内で耳障りな音を立てる男達に対し、少し呆れ気味に皮肉の言葉を口にしてクロードはタバコを一本取り出し口に咥える。
そうしている間に鎧姿の兵士達は展開を完了し、攻撃の態勢を整える。
クロードの立っている通路は建物の中央の通路で出入口から祭壇までは一本道。
通路を外れ横に出る事は出来るが、通路の左右に配された一度に8人程が一度に座れる程の大きく重たい長椅子が邪魔だ。
だから前後を塞ぐだけで退路がなくなり、実質的なクロードに対する包囲網は完成する。
流石に戦闘に特化した専門部隊だけあって動きに無駄がない。
言っている事は狂人そのものだが、戦闘に関しては至って合理的な思考を持っているらしい。
その証拠に包囲の形も隙がなく、ここで確実に仕留めるという意思が表れている。
失態をやらかして解散させられていなければ今も他国にとって脅威の存在となっていただろう。
クロードに対する包囲が完成したのを確認したミュハト・リーガは手にした剣の先を真っ直ぐとこちらへと向ける。
「残念だったな。我々が神の下に召される時は大地に蔓延る邪悪なる者を全て滅した時と決まっている。故に貴様の様な邪心にまみれた輩では到底我等を討ち果たす事は出来ん。それこそが神の法であり、あるべき世界の正義だ」
つまるところが神の意思を成し、神に愛されている自分達は死なない。
そう言いたいらしい。もちろんそんな事はありえない。
どれ程強く化け物染みた存在であっても、命の核となる部分に短刀一本突き立てる事が出来れば簡単に殺す事が出来る。
人間も、亜人も、魔族も、精霊でさえもその命の仕組みから逃れられはしない。
当然クロードとてその例から漏れる事はない。
子供でさえ知っている様な世の理を神への信仰如きでどうにか出来ると言い張る盲目さと、愚かしさに思わず失笑が漏れる。
(滑稽だな。どうやらこのバカ共は何故自分達が同じ神を崇める者達に切り捨てられたのかが未だに理解出来ていないらしい)
ガルネーザファミリーの乗っ取りなんていう大それた計画を立てて遂行するだけの頭脳と行動力を有しておきながら、なんというお粗末でおめでたい脳味噌をしている事だろう。
ここまでの妄執、愚かさを見せつけられると目の前の敵が少し哀れに思えてくる。
「なら俺は哀れみを込めてお前達の言う神の法とやらを砕くとしよう」
「そんな事は不可能だ」
「なら試してみるか?そうだな・・・・」
クロードは少し考えた後、口に咥えたまだ火の点いていないタバコを上に向け右手の人差し指で指差す。
「このタバコを吸い終わった時、それをお前達の命の刻限としよう」
「ふざけた事を!ここで死に往け世界を蝕む毒虫めが」
ミュハトが憎々し気に言葉を吐き捨てると同時に長椅子を挟んでクロードの左右に展開していた兵士がナイフを飛ばす。
決して視界が良いとは言えぬ薄明りの中、それを目で追う事すら無く虫でも払う様に左右の手で払い除ける。
が、その程度の事は向こうも織り込み済みである。
「余程自分の力に自信がある様だが1人でここへ来たのが貴様の過ちだ!」
左右からのナイフ攻撃と同時に動き出していた兵士が前と後ろから迫る。
鎧姿の男2人が50m程の距離をあっという間に詰めてクロードへと肉薄する。
「ウオラァッ!」
「セハァッ!」
やや腰溜めに構えた剣を手に一気にクロードの懐へと飛び込んでくる。
相手の判断を一瞬でも惑わせる為、敵を挟んで鏡合わせの様に寸分の違いなく同じ動き同じタイミングで突きが繰り出される。
その辺のゴロツキやマフィアどころか正規の軍人でさえ到底出来ない研鑚に研鑚を重ね、磨き上げたからこそ成せる技。
たかだかマフィア1人を葬り去るには勿体ない程の洗練されたその攻撃を前にし、クロードは冷汗をかくどころか余裕の表情を浮かべる。
「まったく、まだタバコの火も点けてないというのにせっかちな連中だ」
誰にともなくそう呟いた後、軽く拳を握ったクロードは前方から迫る敵の動きに併せて躊躇なく前へと一歩踏み込む。
この前後からの同時攻撃のメリットは二方向からの同時攻撃によって相手を動揺させ、対応に焦った所を責め立てる事にある。
しかも人間の目は前にしかついていないので、前と後ろからの同時攻撃となると非情に精神を揺さぶられ対処に焦ってパニックに陥りやすい。
だが、生憎とクロードはその程度で動揺する様なヤワな神経を持ち合わせていない。
確かに恐るべき練度の技だが、クロードにとってはそんなもの街で見る大道芸と同じだ。
そして精神的揺さぶりが効かないければこの攻撃に大した意味はない。
むしろピッタリと同じ動きなので仕掛けてくるタイミングが計りやすく迎撃が容易。
しっかりと引き寄せてから攻撃のタイミングを崩せば、同時攻撃のメリットは奪うだけでなく、逆に相手の意表を突く事が出来る。
自身の間合いまで敵を引き入れた瞬間、皮手袋に覆われたクロードの左拳がヒュッという風切り音を上げて走る。
前方から伸びてきた剣の先をまるでガラス細工の様に容易く粉砕し、そのまま相手の鎧の胸部を強打する。
「グホッ」
巨大なハンマーで殴られた様な衝撃が兵士の体を襲い、そのあまりの衝撃に兵士は呼吸を詰まらせ目を見開く。
両足が地面から離れ、胸を打った拳の勢いそのままに祭壇の前まで吹き飛んで地面を転がる。
そうして敵を自身の間合いから弾き出す一方で、左拳を引きつつ体を反転させたクロードは背後の敵へと向き直る。
僅かに距離が空いた事で攻撃が遅れた背後の敵が必死の形相で剣を前へと突き出す。
「遅い」
振り返ったクロードは突き出された刃を簡単に躱すと、目の前に迫った兵士の顔面にカウンターの右ストレートを叩き込む。
突進の勢いにクロードの拳の威力が見事にプラスされ、金属性のヘルムの中で炸裂した拳の力が男の頭部を叩き潰す。
頭部を潰された肉体から急激に力が抜け、床の上に転がってピクピクと痙攣を始める。
そんな無残な姿となった敵の姿をクロードは冷たい目で見下ろす。
「残念、早くも1人脱落の様だ。余程神とやらへの面会が待ちきれなかったらしい」
その一部始終を見ていた者達の間に戦慄が走る。
次の攻撃の体勢に入っていた者まで思わず動きが止まっていた。
別に誰も油断をしたつもりはなかった。
相手は単身でこれだけの数を相手に乗り込んでくる様な輩だ。
ある程度自分の実力に自信があるとは警戒していた。
それでもまさか拳の一振りで人間の頭を潰す様な化け物だとは思わなかった。
「ゲホッ・・・ゴホッ・・・化け・・・物」
胸を打たれた男が血を吐きながら上半身を起こす。
見れば胸を守るはずの鎧の胸部装甲が大きく内側に破れて男の胸に突き刺さっていた。
教会に属していた頃に使っていた物よりも質が悪いとはいえ、決して安くはない鎧。
屈強で知られる戦鬼族が殴ってもあんな形に壊れたりする代物ではない。
目の前の事実に照霊騎士団と呼ばれていたかつての精鋭部隊は自分達の認識の誤りを知る。
長年戦闘を生業としていただけあって事実から目を背けたり、まぐれなどと都合よく解釈したりはせず事実をありのままに受け入れる。
「この力、貴様は上位魔族か?それとも余程怪力の亜人か?」
「いいや、どちらも違うな」
「そうか。いずれにしろ大した力だ」
ミュハトは落ち着いてそう告げると、その場にいる全員に再び視線を向ける。
たったそれだけでその場にいる全員の目の中に今までになかった険しさが宿る。
それは最早一介のマフィアを相手にする目つきではない。
死地に赴く戦士の目だ。
「貴様は神の力の全てを出して相手をせねばならんらしいな」
彼等は元々前線で基礎能力で勝る魔族相手に戦っていた部隊。
相手が自分より格上と分かれば出すべき全力の質さえも変えられる。
ガルネーザファミリーの幹部全員を前にした時に匹敵するだけの気当たり。
それだけの強烈なプレッシャーの中に、立たされたクロードはポケットの中に手を突っ込んだまま咥えたタバコの先を上に向ける。
「どうでもいいが誰かライターを持っているか?どうやら部屋に忘れたらしい」
そう言って挑発する様に咥えたタバコを上下にピコピコと動かすクロード。
死すら覚悟した相手を歯牙にもかけていない余裕の振る舞い。
そんなクロードの態度にどこかから舌打ちが聞こえる。
「我等の本気を前にさえ動じないか。だが、最後に立っているのは我々だ!」
ミュハトの合図に再び周囲の兵士が動き出す。
先程よりも軽装の兵士が5人、前後左右を縦横無尽に飛び跳ねながら接近する。
移動に邪魔な長椅子すらも利用して物陰から出たり入ったりを繰り返しかく乱。
これではいつどこから攻撃が来るかが全く読めない。
しかもその間に前後からは盾を持った重歩兵がジワジワと距離を詰めてきており、その後ろではリットンや魔術を扱える者達が強力な術を放つ準備をしている。
「前線で魔人将をも葬った我が部隊の力を見てあの世に往け魔術師よ」
そう告げる目線だけで部隊を意のままに操るかつての聖騎士長と呼ばれた男。
対するクロードは火の点いていないタバコを咥えたままで答える。
「なら俺は魔族の王を半泣きで土下座させたマフィアの力を見せてやろう」
直後、長椅子の影から一斉に飛び掛かってきた兵士達。
この数での同時攻撃ならば先程の様に順番に殴り倒しては間に合うまい。
先程とは違い何人か犠牲が出る事を覚悟した上での戦法。
それを目にしてもクロードは至って落ち着いていた。
「こちらはまだ武器も持っていない丸腰だというのに」
そう言って足下でまだ痙攣を続ける兵士の死体の足首を掴んで勢いよく振り上げた。
次の瞬間、振り上げた兵士の死体を思い切り横に振り抜いて目の前に飛び上がった3人目掛けて叩きつける。
「げはっ!」
「ぐはっ!」
予想外の強烈な一撃を喰らった3人は衝撃のまま講堂の隅の方までまとめて吹っ飛ばされる。
残る2人がナイフを持って背後から襲い掛かるが慌てる必要はない。
彼等の動きは前から近付いてくる兵士の持つ綺麗に磨かれた盾にバッチリと映りこんでいる。
(歴戦の兵士も使い慣れた道具じゃないと大した事無いな)
クロードは盾に映った姿だけを見て振り返る事無く背後からの攻撃を躱し、逆にクロードを通り過ぎて着地した2人の背後へと回り込む。
「馬鹿なっ!」
「どうなっている!」
完全に不意をついたと思った2人が驚きの声を上げるのを眺めつつ、クロードは背後から2人の首根っこを掴む。
「理由なら後でお前等の仲間に聞け」
『っ!?』
2人の背中を冷たい感覚が駆け抜けた直後、クロードが指先に力を込める。
たったそれだけで2人の首筋からゴキゴキッと骨が砕ける音が響き、剣を握っていた手が両肩から力なくダラリと垂れさがる。
動かなくなった2人の死体をその辺に放り出したクロードが顔を上げると正面にあった盾が道を開け、奥から燃える炎の矢と高速回転する石の円盤、鋭い氷の刃が飛び出す。
咄嗟に後ろを振り返ると、背後からも同じ様に魔法が一斉に放たれていた。
前後から異なる魔法が波となってクロードへ向かって押し寄せる。逃げ場はない。
直後、魔法が同士がぶつかって弾け辺りを土煙が包み込む。
「どうだ見たか!これが神の力だ!」
今のは避けられない。完全に決まったとミュハトが確信する。
そんな上司を横目にリットン・ボロウは内心でまだ安堵出来ないでいた。
彼は
だから思ってしまう。あの男が本物の
どうか自分の思い違いであってほしい。死んでいてくれと願うリットン。
そんな彼の前で少しずつ土煙が晴れていく。
鼓動が早まる。何故だか嫌な予感がして手汗が止まらない。
そしてリットンは目にする。人の形をした"絶望"を。
「ああ、これでようやく"火が点いた"」
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