第68話 陰謀が渦巻く地 2

すっかりと日が落ちた頃、クロードとヒサメは屋敷の中庭にいた。

夕食だという事で呼ばれて黒服に案内されてきてみると中庭に案内された。

なんでも第三区画と第八区画から来客中という事で食堂での会食から、ナレッキオの思い付きで交流を名目とした立食パーティへと変更になったらしい。

その様な席に招かれたクロードは中庭に集まった者達を隅の方から遠巻きに見つつワイングラスを片手にポツリと呟く。


「さて、どうしたものか」


友人どころか知人もいない場に放り出されたクロードとヒサメ。

当然ながら明確に敵対している組織の人間にわざわざ話しかけてくる様な者は少なく、こちらから近づいても体よく断られるか逃げられる。

仕方がないのであちこちのテーブルを移動しながら料理だけをつまんでいく。


「クロ・・・これ・・・おいし」

「そうか、それは良かったな」

「うん・・・よかった」


敵地のど真ん中であってもヒサメが楽しそうで何よりだ。

そんな事を考えつつクロードは視線を左右に動かす。

テーブルの移動を繰り返している間に、クロードはこの場にある違和感を感じていた。

クロードの視界のあちこちでガルネーザファミリーの者達が談笑している。

談笑している筈なのだが、何処か歪な空気を感じる。


(さっきから感じるこの違和感は一体なんだ?)


違和感の原因を確かめるべく視線を動かしていた時、クロードの目が2つの大きな人の集まりに目が留まる。

輪の中心にいるのはリットン・ボロウとドルバック・ガルネーザ。

言わずと知れたファミリーの次の首領候補者の2人だ。


「流石にあの2人の周りには人が多いな」


その光景を見ている内にある事に気付いたクロードは改めて周囲を見渡す。

そして自身が先程まで感じていた違和感の正体に気付く。


(なるほど、そういう事か)


よく見ると談笑している者達はリットンかドルバックの近くでグループを形成しており、同じグループの人間同士とでしか会話をしていないのだ。

つまりこの場にいる人間の多くがリットン派かドルバック派のどちらかの勢力に属している。

しかも驚くべきことにその中には昼間の席で見かけた幹部の姿も見られる。

アジールの話で昼間の会談の後で幹部の半数が屋敷を離れたと聞いていたが、まさか残った幹部がこんなところで派閥争いに参加しているとは思わなかった。


(しかし、ここまで対立しているとはな)


ざっと見た所だがリットン派の方が数が多いように見受けられる。

その事が分かっているからかドルバック派の表情はあまり楽しそうに見えない。

派閥争いの方はどうやらリットン派が優勢らしい。

中には中立の立場の者もいる様だが、今後の動向までは分からない。

そんな混沌とした会場の中を歩いていると中立派から近しい場所にいる人ごみの中にキャトルの姿を見かける。

どうやら表面上はどちらの勢力にも属していない中立の立場を取るつもりらしい。


(流石に表立って動くような真似はしないか)


結局、キャトルから持ち掛けられた仕事を引き受けるかについての回答は保留とした。

提示された報酬の額面や今後の協力関係などについての話は確かに魅力的ではあったが、急な話で決断するには時間が欲しいと伝えた。

流石に向こうも長くは事情が事情だけに待てないという事で、回答は2日以内にという期限付きでなんとかその場を治めた。

部屋から出ていく間際、振り返ったキャトルの言葉を思い出す。


「くれぐれも判断を間違われないよう。良い返事を期待してますよ」


聞きようによっては脅しともとれる捨て台詞を残して去っていったキャトル。

実質その通りの意味で発したとは思うが、こちらに魔術を仕掛けた口でよくもまあそんな事が言えたものである。

そもそも協力をと言っているが、心から協力する事を望んでいるかは怪しい所だ。


(実際の所は俺の事を捨て駒として利用できれば程度にしか思っていないだろうな)


別にそれでも構わない。こちらとて元より仕事を引き受けるつもりは毛頭ない。

何故なら彼の言う依頼主はクロードにとっての標的だからだ。


(キャトル達の依頼人はリットン・ボロウで間違いない)


キャトルは最後まで依頼主について明かさなかったが、クロードは依頼主が誰なのかは最初から大体の予想が出来ていた。

それはナレッキオとの会談の席で見たリットンとドルバック双方の態度が答えだ。

終始余裕のある態度を取っていたリットンに比べ、ドルバックの方はずっとイラ立っている感じで随分と余裕が無かった。

普通に考えれば余裕のない方が協力者を求めるものだろう。

だが、あの場におけるクロードに対するドルバックの評価は決して良くはなかった。

あの場に居なかったキャトルはその事を知らない。

まさか標的の方から先に協力を持ち掛けられるとは思わなかった。

さらに付け加えて言えばドルバックのあの気性では気に入らない相手に裏で根回しする様な腹芸はこなせるとは思えない。

それだけならばまだ可能性が高いだけで確信とは呼べなかったが、この場に来てその予想は確信へと変わった。

決定打となったのはこの場でのリットンとドルバック両者の反応だ。

余裕をもって自身の取り巻きと接しているリットンに対し、ドルバックは協力者と話をしている間もチラチラと視線が動いていた。

その視線が追っていたのはクロードとキャトルの2人の姿だ。


(キャトルのヤツが味方なら何度もその動向を目で追う必要はない筈だ)


つまりドルバックはキャトルをクロードと同様に自身の敵であると認識しているという事だ。

本人はなるべく動揺を知られたくないはずなので、普通に振る舞っているつもりの様だが

少なくともクロードにはバレている。


(味方の数も相手より少なく、その上でさらに他区の人間まで敵に回すとればかなりの劣勢。平静を装うのも楽ではないだろう)


その心中は暗澹たる心中を察しつつ、クロードは再びキャトルの方を見る。

状況だけを見れば次の首領はリットンと見るのが当然だろう。

恐らくそれを見越した上でキャトルはリットン側についたのだろう。

クロードなら同じ結論に至り、同じ様にリットン側につくとあの男は考えている。

確かに勝ち馬が分かっているのならばそれに乗っかるのは当然の事だ。

マフィアとしては当然の帰結であり、それ自体を否定するつもりはない。


(確かに利害関係だけ見ていえばそれが正しい判断だ。ここに来た動機が違えば俺もキャトルの話に乗っていただろう)


だが生憎とクロードの目的は利益でもなければ報復でもない。

あくまでも自身にとって障害となり得る可能性の排除。

行動の動機と目的が違う以上は、キャトルとは最初から相容れる事はない。

個人的な感情も含めればあの男はなんとなく気に入らない。


(せいぜい今のうちに笑っているがいい。すぐにその顔から笑みを消してやる)


そう意気込むクロードだが、置かれた状況は決して芳しいものとは言い難い。

ドルバックに渡りを付けようにもドルバック側から一切の接触がない。

どうやら先程キャトルが自身の部屋を訪れた事が既に各所に知れ渡っており、ドルバック派からは敵だと認識されているらしい。

だかといってこちらから近づけばリットン派から警戒される事になる。

おかげでドルバックに近付くどころか交渉する為の糸口さえ掴む事が出来ない。

この状況でどう動くべきか、思考を巡らせるクロードの背後に人が近づく気配。


「随分と居心地が悪そうだな小坊主」


突如、背後から掛けられた声に振り返ってみると、そこにはグラスを片手に顔を赤らめたナレッキオと無表情のまま隣に立つアンダーボスであるバルキーの姿があった。

組織のトップとNo.2揃ってのお出ましとあって周囲にいた手下達が一斉に頭を下げる。


「そんな事はありませんよ。お食事はどれもおいしいですし連れも満足しています」

「ハンッ、口の減らぬ若造め」


不満を口にしつつも余裕に満ちた顔をクロードへと向けるナレッキオ。


「どうだ小坊主。昼間といい、今といいこれだけの顔ぶれに囲まれて何を企んでいるかそろそろ喋りたくなったか?」

「企んでいるなんてトンデモないですよ」

「まだ喋る気にはならんか。まあいい」


そこまでいった後、ナレッキオはクロードの隣に立つヒサメの方へと視線を移す。


「昼間の時も思っていたが中々いい女を連れているな」

「は、はぁ、どうも」


突然何を言い出すんだと思うクロードの前でナレッキオの目が厭らしいものに変わる。

ナレッキオの隣ではバルキーが険しい表情でまたかとボヤキながら額に手をやっている。

何か嫌な予感がする。そう思った直後、ナレッキオがとんでもない事を口走る。


「どうだ小坊主。この女を俺に差し出す気はないか?」

「ご冗談を・・・」

「冗談だと?俺は至って本気だぞ」


少し苛立った様な口調になるナレッキオにクロードの顔が引き攣る。

酔っ払い特有の戯言だと思っていたが、この目は本気だ。

そこでクロードはこの男が女好きで知られていた事を思い出す。


「もちろんタダで寄越せとは言わん」


そう言うと赤ら顔のナレッキオは近くにいたウェイターを呼びつけて何かを耳打ちする。

言いつけられたウェイターは一度頷くと他のウェイターを呼びつけて近くのテーブルの上を片付けさせ、自身は屋敷の奥の方へと駆け足で去っていく。


(一体何をするつもりだ)


これから何が起こるのかと警戒しつつ待っていると、しばらくしてウェイターが酒の入った大きめのボトルを5本抱えて戻ってくる。

戻ってきたウェイターはテーブルの上に5本を並べると、その全ての栓を抜く。


首領ドン。ご用意が出来ました」

「うむ、ではこれよりガルネーザ式酒傾戦だ!我こそはという者は前に出ろ!」

『おお~~~~っ!』


ナレッキオの言葉を合図に中庭にいる男達から一斉に歓声が上がる。


「酒傾戦?」

「なんだ知らんのか?要は早飲み対決だ」


そう言ってナレッキオはテーブルの上のボトルを指差す。


「このボトルを一番先に飲み干した者が勝ちだ。簡単だろう?」

「お待ちください。その勝負を受けると言った覚えはありませんが?」

「お前の許可など必要ない。そもそもマフィアとは理不尽なものだ違うか?」


ここ第八区画の首領である己こそがルールであると言わんばかりの傍若無人。

だがそんなルールがまかり通る。まかり通らせる事が出来るのが裏社会だ。

強引に断ろうかと思うが、間違いなく怒りを買う事になり計画は頓挫する。


「要は勝てばいいのだ。勝てばその女の事は忘れてやる。負ければその女は俺の物。実にシンプルで分かりやすい構図だろう」


恥ずかしげもなくジャイアニズムを振りかざすナレッキオに、呆れつつクロードはヒサメの方を見る。

商品扱いされている彼女が嫌だと言うのなら、最悪作戦を放棄してこの場を逃げ出す事も考える。

そうなった場合、幹部昇格の話もなくなるだろうがそれは仕方がない。

そこまで考えているクロードの思惑とは裏腹に当のヒサメはと言うと特に気にする風でもなくテーブルの上の料理をつまんでいる。

もちろんクロード達の話を聞いていない訳ではない。

彼女の中ではクロードが負けるとは最初から考えていないのだ。

唯一の味方からそう思われている以上、ここは勝負に出るしかないと腹を括る。


「・・・分かりました。お受けしましょう」


全く気乗りはしないが、どの道拒否権がないのなら勝って前に進む。

こうして第八区画にてクロードにとって負けられない最初の戦いの幕が開く。

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