第67話 陰謀が渦巻く地 1
夕食にはまだ少し早い時間、クロード達の居る部屋の木扉を何者かが叩く。
この様な時間に誰かと会う約束などしていないし、こちらには知己の相手もいない。
まだ誰も味方につけてはいない以上、屋敷の中にも外にも敵しかいないそんな状況で一体誰が会いにくるというのだろうか。
疑問を抱いたままクロードは廊下へと繋がる木扉の方に向かって声を掛ける。
「どちらさまでしょうか?」
「突然失礼します。先程、ロビーでお会いしたキャトル・マキウィです」
扉の向こうから返ってきた答えにクロードはより強い疑念と警戒心を抱く。
(何故あの男が俺を訪ねてくる?)
キャトルとは今日ロビーで初めて会ったばかりで、それ以外の接点など皆無だ。
しかもあの男は友好的に近づいてきた挙句クロードに向かって魔術を仕掛けてきている。
仕掛けた術の経過を確認しに来たにしてはあからさますぎるし、そもそも発動してから効果が出始めるまでは時間があるはず。
少なくともこのタイミングでわざわざ自分の部屋を訪ねてくる理由が思い浮かばない。
(ガルネーザファミリーの差し金か、それともキャトルの独断か?)
相手の思惑について考えてみるが、手元にある情報だけではこの状況に納得のいく答えを出すには乏しすぎる。
ここはもう少し相手の出方を見る必要があると判断する。
「キャトル殿でしたか、私に何か御用ですか?」
「はい。少し話をしたいのですが、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
入室の許可を求められたクロードは、どう答えるか少し思案する。
とはいえ相手がいる以上、廊下に待たせたままにする事は出来ない。
あまり待たせすぎれば要らぬ不信感を相手に与える事になる。
長考するにはあまりに時間が足りなすぎる。
(仕方ない。ここはこのまま流れに身を任せてみるか)
どの道相手の申し出を断るいい口実もない以上、入室を許す以外の選択肢はない。
ならば直接キャトルと対峙する事で少しでも相手から情報を得るべきだ。
「やれやれ、次から次へと慌ただしいな」
「いいじゃないか退屈しなさそうで」
まるで他人事のような相棒に辟易しつつクロードは木扉の方へと移動する。
「何でもいいが姿は隠しておけよ」
「分かってるよ」
クロードが精霊術師だという事は割と広く知られている話だが、それでも敵対関係にある相手に姿を晒してやる理由もない。
アジールが自身の影に消えたのを確認してからクロードはドアノブを回し扉を開く。
扉の向こう、廊下にはキャトルとロビーで見た彼の取り巻きらしい2人の男の姿があった。
その他にガルネーザファミリーの人間が一緒にいない事から考えると、どうやらキャトルの方には監視はついていないらしい。
その辺りを見てもクロード達との待遇の違いが垣間見える。
「どうぞお入りください」
「失礼します」
入室を促されたキャトルは仰々しく一礼すると取り巻き2人と共に部屋の中へと入る。
その隙に廊下にいる監視役の様子をチラリと横目で見ると、当然こちらのやりとりには気付いているが口を出しはせず黙って見過ごす。
接触を止める様子が無い事から見ても事前に根回しは既に済んでいる様だ。
(ガルネーザファミリー側も承知しているという事か)
それが一部の人間だけなのか、それとも組織全体かまでは判断できないが、キャトルの来訪にガルネーザファミリーの誰かが関わっているのは間違いなさそうだ。
そこまで確認して廊下の監視役と目が合う前にクロードは扉を閉める。
「いやはや夕食前の時間にお邪魔してすみませんね」
「いえ、構いませんよ。こちらも暇を持て余していましたので」
互いに薄っぺらな社交辞令の言葉を交わした後、クロードは招き入れたキャトル達3人を室内に備え付けられているソファの方へと案内する。
3人掛けのソファへと案内されたキャトル達が先に腰を下ろしたのを確認し、クロードも反対側の椅子に腰掛ける。
「で、私にお話があるという事でしたが?」
「そうなんですよ。ただ本題に入る前にこちらから2,3お聞きしても宜しいですか?」
「分かりました。ただ、お答えできるかは質問の内容にもよりますが」
あらかじめ質問してくる内容についての予防線を張っておくクロード。
迂闊な情報は出してやらないという相手への意思表示。
「ええ、それで構いませんよ」
クロードの条件を受け入れたキャトルは両手の指を合わせて少しだけ身を前に乗り出す。
「では早速ですが、今回は第八区画へ視察でいらっしゃったと伺いましたが間違いありませんか?」
「ええ、市場調査の目的で」
「それ以外の目的はないという事でよろしいんですよね?」
「はい。ただ初めての土地なので少しぐらいは観光出来ればと思っていたんですがね」
冗談めかした物言いで淀みなく嘘を並べ立てるクロード。
「その話でしたら私も聞きましたよ。なんでもこちらにいる間はずっと監視付きで行動も制限されているそうですね」
「そうなんですよ。おかげで常に見られてる感じがしてどうも落ち着きませんね」
「それはまた難儀ですね」
やれやれと首を振るクロードに、同情する様な視線を向けるキャトル。
傍から見ると普通に世間話をしている様に見える2人だが、実際のところはというと相手に見せている表情や態度は全て演技であり、腹の底では相手の言動から少しでも手の内を引き出せないか言葉を選びながら話をしている。
(なんだこの男、こんな下らない世間話をする為に来たのか)
このまま牽制し合っているだけではいつまで経っても話が進まない。
その事を焦れったく思っていると、不意にキャトルから流れてくる空気が変わる。
「そう言えば先程少し小耳に挟んだ話なのですが」
「はい。なんでしょうか?」
「クロードさんは最近どこかの刺客を差し向けられて命を狙われたという風に聞いたのですが、相違ありませんか?」
先程までの雑談とは明らかに声のトーンが違う。
間違いなくこの問いこそが本題であり、彼がクロードの元へ訪れた理由に関係している。
ただ、質問の意図が分からない以上、素直に答えてやるつもりはない。
「さあ、どうだったでしょうか?」
「お心当たりがありませんか?」
「いえ、逆です。この様な仕事柄ですから命を狙われる事などむしろ日常茶飯事で、一体どの出来事の事を言っているのか正直分かり兼ねています」
襲撃があった事を否定はしないが、あくまでも白を切るクロード。
クロードの返答に、キャトルの隣に座る2人の男が不快気に表情を歪ませる。
ただ、質問した当の本人はというと意外にも余裕の笑みを浮かべている。
「フフッ、確かに"第七区画の烏"と言えば超の付く有名人ですからね。名を上げようとして向かってくる敵も多いでしょう」
「ご理解頂けますか?」
「はい。なのでもっと具体的に伺いますね」
クロードの答えにキャトルは追求の姿勢は崩さずにより具体的な内容を提示する。
「ここ一カ月以内に酒場で刃物を持った3人組の男からと第七区画の裏通りでスキンヘッドの大柄な男の6人組から襲撃を受けましたよね」
キャトルが口にした内容は間違いなくリットンとドルバックがクロードに対して放った刺客の事だ。
明らかに事情を知るものでない限り知り得ない情報の提示。
つまりこの男は間違いなく事情を知っていると確信する。
「もしかしたらそんな方々が居たかもしれませんが、それが何か?」
あくまでも知らぬ存ぜぬを決め込むクロードを無視してキャトルは話を続ける。
「実はその人たち、ガルネーザファミリーから送り込まれた刺客だったんですよ。ご存じありませんでしたか?」
薄く開けた目の奥から確信の篭った目でこちらを覗き見るキャトル。
その視線を正面から受け止めつつ、クロードはシガーケースからタバコを1本取り出す。
「それは初耳ですね」
「クロード・ビルモントともあろう方がですか?」
「ええ、貴方は私を買い被りすぎだと思うのですが?」
「果たしてそうでしょうか?聞くところによるとクロードさんは組織とは別で優れた情報網をお持ちだという話があるんですが」
「ただの噂ですよ」
そこで会話が停まり、クロードは口元に運んだタバコに火を点ける。
相手の立場が読めない以上、クロードに相手の言い分を認める気はない。
しかし、このまま躱し続けているだけでは埒が明かないのも事実。
ここは少し相手の思惑に乗ってみるのも手かもしれない。
「仮にですが、もし私がそれを知っていたとしてそれがキャトル殿とどのような関係が?」
否定も肯定もせず、あくまでも第三者的な立ち位置を崩さない解答。
向こうの望み通りとはいかないが、これで会話を続ける条件は提示されたはずだ。
「実はその件についてある方から部下の先走った行動を謝罪したいと申し出がありましてね。僭越ながらと私が和解の仲介役としてお邪魔した形になります」
「なるほど、そういう事ですか」
本来ならそういった交渉は直接本人が出向いて行うのものだが、組織内での立場上表立って謝罪するのは憚られる。
そこで第三者であるキャトル達を通じて謝意を伝えに来たという事だろう。
理屈は分かる。だが、たったそれだけの為に関わりがないキャトル達が動いたという事がどうにも解せない。
これは勘だが、この話にはまだ何か裏がある。
「心配いりませんよ。最初から恨んでなどいませんから」
「そうなのですか?」
「ええ、先程も言いましたが襲撃などは日常茶飯事。一つ一つに恨みを持っていてはキリがありませんからね」
「その言葉、信じてもよろしいのでしょうか」
「ええ、お疑いなら誓約書でも一筆したためましょうか?」
もっともらしい事を言っているが、マフィアとしては些か優等生すぎる解答。
流石にそれを素直に受け取る程向こうも馬鹿ではないはずだ。
だがこれでいい。これはあくまで向こうに話を切り出させる為の謂わば布石。
相手もそれを承知の上で次の話を切り出してくるはず。
案の定、クロードの答えを受けたキャトルは少し思案した後、笑顔で頷く。
「いえ、流石にそこまでは必要ありませんよ。先方には私の方から伝えておきます」
「そうですか?では、よろしくお伝えください」
「はい、きっとお喜びになられるでしょう」
「それで、話は終わりでしょうか?」
「いいえ、ここからは少しビジネスのお話を」
「ビジネスですか?」
「はい。なので・・・」
言い掛けてキャトルはクロードにも分かるようにベッドの上に寝転がっているヒサメの方をチラリと見る。
人払いをしろと言いたいのだろうが、生憎とこちらもこの屋敷内での行動は制限されている。
敵だらけの場所でヒサメを目の届かないところに置いておきたくもない。
「すみませんがこのままお話頂いて構いませんか?」
「難しい注文ですね。こちらもあまり無関係な人に話を聞かせたくはないのですが」
「彼女は自分の同行者なので無関係ではありませんし、心配しなくても口外するような娘ではありません」
「そう言われても流石によく知りもしない相手を信じるのは・・・」
相手の言い分は理解できるがこちらにも事情がある。
そもそも勝手に押しかけてきたのは向こうの方だ。
なのでここは多少強引にでもこちらの方針に従ってもらう。
「でしたら申し訳ないですがお話はこれまでです。お引き取りください」
ワザと交渉はこれまでという空気を作って席を立とうと椅子から腰を浮かせるクロード。
もちろん話を打ち切るつもりは毛頭ないのでこれは演技だ。
話を打ち切る素振りを見せて相手の出方を
こちらの言い分を通す為のあくまでブラフだ。
問題は相手がこちらの思惑通りに動くかどうかだが。
「・・・分かりました。こちらも話ぐらいは聞いて頂かないと依頼主に報告出来ませんからね」
やれやれと首を振って大袈裟に溜息を吐いて見せるキャトル。
彼の口にした言葉の中に気になるキーワードを耳にしてクロードが尋ねる。
「依頼主というのはもしや先程お話に出た方ですか?」
「ええ、詳しくはお答えできませんが実は今回の仲介と併せて仕事を頼めないかと仲立ちも頼まれています」
「そういう事ですか」
つまりリットンかドルバックのどちらかが、和解を口実にクロードを自身の陣営に引き入れようと画策しているという事。
そしてそれは同時にキャトルはどちらかの勢力に属しているという事を意味する。
「どうされますか?引き受けて頂けるなら、お相手の事をお伝えしますが?」
キャトルの口にした内容にクロードは僅かな疑問を抱く。
もしかしたらこの男はクロードが刺客を送り込んだ相手を特定しているという事は知らないのではないか。
もしその事を知らないならば逆に利用できるかもしれない。
内心でほくそ笑みながらクロードはあくまで平静を装いつつ話を聞く。
「急にそう言われましても・・・。それに引き受けるかどうかは仕事の内容を教えて頂かない事にはお答えできかねます
「それはごもっともですね」
そう言うとキャトルは合わせていた両手の指を離して、顔を上げる。
「仕事の内容ですが、クロードさんにとっては実に簡単なものです」
「簡単ですか」
「はい。ある人物の抹殺です」
笑顔のままそう告げるキャトル。
男達の陰謀が交差する中、屋敷の上を真っ黒な雲が覆っていく。
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