第36話 暴力的な解決法

VIPルームに乗り込んできた戦鬼達と向かい合ったクロードは、両隣に立ったロックとラドルの2人に交互に視線を向ける。


「掃除を始める前に2人共。この店でのルールは分かってるな?」


クロードの問いに対し、2人は首を小さく縦に振って頷く。


「うすっ!もちろんです」

「アレだろ?店の物は壊すな。キャストを泣かすな、料金を値切ろうとするな」

「後は店の客とは揉めるな、揉めても殺すなですね。ただし・・・」

『迷惑な客には容赦をするな』


声を揃えて答える2人の言葉に、クロードはフッと口元に笑みを浮かべる。


「それが分かっているなら大丈夫だな」


戦鬼という戦闘に特化した種族を前にまるで動じる様子のないクロード達。

戦う意思を見せる相手に戦鬼達が嘲笑の笑みを浮かべる。


「なんだコイツ等、俺達相手にやる気なのか?」

「まったく鬼族が1人いるだけで俺らに勝てると思うなんて、頭がどうかしてるぜ」


戦う前から既に勝った気になっている戦鬼達。

それも当然。戦鬼は魔族の中でも戦闘能力に特化した種族。

同じ鬼であるラドルならいい勝負になるかもしれないが、後の2人はどう見ても普通の人間。

自分達より性能が劣る普通の人間相手に負けるはずがないとタカを括っている。


「おい、お前等。謝るなら今の内だぞ?」

「そうだぜ。ゴブリンなんてゴミ相手にペコペコしてる様な奴が俺らに勝てるかよ」


酔っているとはいえ自分達が格下相手に自分達が負けるはずがない。

多少の差こそあれそのように考えた戦鬼達の挑発。

だが、クロードは彼等の挑発を無視して敵の頭数を確認し始める。


(9・・・10・・・11。相手の数は11人か。まあ、問題はないな)


戦鬼達と違って冷静に体格や精神状態を見て戦力分析をし、相手の戦力評価を終えたクロードは正面に立つ今夜の生贄の前に向かって歩き出す。


「俺の客を侮辱した貴様等には相応しい罰を与えてやろう」

「ぬかせ人間不在がっ!」

「後悔するのはテメエだっ!」


挑発したはずの相手に逆に挑発し返されて、頭に血が上った戦鬼が2人、拳を振り上げてクロードへと襲い掛かる。

直後にクロードの両脇に立っていたロックとラドルが前に出て2人を迎え撃つ。


「だっしゃらぁああああっ!」


殴り掛かってきた相手の拳に対し、ラドルがカウンター気味にラリアットを放つ。

相手の拳を首を傾けて着弾点を外す事で躱し、力任せに相手の喉元に己の腕を振り抜く。

太い腕が喉に食い込んだ戦鬼の足が浮き上がり、宙に浮いた戦鬼の体はその場で一回転してから床に叩きつけられる。


「ぶしゃっ!」

「ハッハーッ!どうだこの野郎!」


一撃で意識を絶たれ白目を剥く戦鬼を見下ろし、ラドルが勝ち名乗りを上げる。

一方のロックは、相手が拳を打ち下ろすよりも早く懐に飛び込み、相手の右膝を鋭く蹴りつけて相手の膝の皿を砕く。


「あがっ!」


苦悶の声を上げ相手の膝が折れて頭が下がったところへ両腕を伸ばし、戦鬼の頭部に生えた2つの角を掴んで自分の方へと引き寄せ、相手の顔面に思い切り膝蹴りを叩きこむ。


「ウオラァッ!」

「ぐぎゃっ!」


鼻がメキメキと音を立ててひしゃげ、戦鬼は奇怪な声を上げながらその場に崩れ落ちる。

何の見せ場も作れず一方的に打ちのめされる戦鬼2人に見ていた仲間の戦鬼達から怒りの声を上げる。


「馬鹿野郎!何やられてやがる!」

「なんてダラしねえ奴等だ!」


仲間をやられた事への怒りではなく、格下相手に簡単にやられた味方に対する怒り。

この期に及んでもまだ、彼等はクロード達の実力を正しく認識できていないらしい。


「まったく、馬鹿の相手は疲れるな」


肩を軽く回しながらクロードはロックとラドルの間を通って戦鬼達の前に進み出る。

部屋の壁に掛かった時計をチラリと見て時間を確認する。

倒すと宣言してから大体30秒が経過している事を確認したクロードは戦鬼達に視線を戻す。


「残りざっと2分30秒。1人ずつ相手にするのは面倒だからまとめて掛かってこい」

「なんだと!」

「ざっけんな!ただのマグレで調子に乗るんじゃねえ!」

「今すぐ捻り潰してやるよ!」


クロードの挑発に乗って簡単に怒りに火が付いた戦鬼が3人クロードに向かって突撃する。

次々に戦鬼から繰り出される拳が、風を切ってクロードへと迫る。

だが、クロードは動じない。それどころか余裕の笑みを口元に称えている。


「それでいい」


クロードはそう言って体を少しだけ前に倒し、軽く両肘を引く。

直後、刹那の合間に放たれた閃光の様な拳が目の前に繰り出された3人の拳打とぶつかる。

戦鬼の拳と真正面から打ち合ったクロードの拳は、相手の拳を拳を押し返し、体格的に圧倒的優位にあるはずの戦鬼達の体が反動で後ろへと弾かれる。


「ゲェッ!」

「なっ!」

「馬鹿なっ!」


まさかこんな事が起こるなど予想だにしていなかった戦鬼達が目を見開く。

自分達がパワー負けするとは全く予想だにしていなかったらしい。

驚きに染まる彼らの姿を眺めつつクロードはつまらなさそうに呟く。


「見た目の割に随分と軽い拳だな」

「っ!?」


直撃すれば人の頭蓋骨など簡単に砕く事が出来る戦鬼の拳を"軽い"と評するクロードに、3人の戦鬼の体に戦慄が走る。

ここで初めて相手との実力差に思い至るがもう遅い。

後ろへ仰け反る3人に冷たい視線を向けたクロードは、拳を弾かれてガラ空きになった相手の懐に飛び込み3人の腹部目掛けて容赦なく拳を繰り出す。


「寝てろ」

「ヒィッ!」


クロードの拳は3人の鍛えられた筋肉にメリメリと減り込み、アバラをへし折り、内臓に衝撃を与える。

3人の腹部をハンマーで殴りつけた様な衝撃が襲い、3人の体が"く"の時に折れ曲がる。

たった一撃で意識までも刈り取られた3人は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。


「は?」

「どういう事だ」


目の前で起こったことが信じられずに茫然とする戦鬼達。

まるで赤子の手を捻るように仲間を打ち倒す目の前の男達に、はじめて恐怖を覚える。


「ありえねえだろ」

「俺達は戦鬼だぞ。それをこうも簡単に・・・」


ほんの数秒の間に仲間の半分を打倒された戦鬼達の表情は完全に引き攣っており、ここに至ってようやく相手の脅威を理解した彼らの間に動揺が走る。


「おい、コレってやべえんじゃねえか」

「どっ、どうすんだよ」


目の前で起こった予想外の事態に流石の戦鬼達も落ち着きを失い、完全に酔いが醒めて狼狽え始める。

そんな状況になって尚、リーダー格の戦鬼だけが不遜な態度を崩さない。


「ビビるんじゃねえよ。ちょっと虚を突かれただけだ」

「しかし・・・」


そうは言うが現に殴り掛かった5人は簡単に返り討ちにあっている。

これを虚を突かれただけというのはあまりにも無理がありすぎる気がする。

しかし、それでもリーダー格の戦鬼の態度は変わる様子を見せない。


「誇り高い戦鬼の男がなんて情けない顔をしてやがるんだ」


何とも情けないと溜息を吐いたリーダー格の戦鬼が頭を振る。

それからもう一度前を向いて手下たちに指示を出す。


「しょうがねえ。そこの長髪は俺がやるからお前等はそっちのオレンジ頭の若造とゴブリンに頭を下げる鬼族の面汚しを片付けろ」

「いや・・・でも・・・・」


先程の一方的な展開を目の当たりにして及び腰になる戦鬼達。

当然だ。マゾヒストでもない限り誰が好き好んで痛い目に遭いたいものか。

だが、そんな手下達の弱気をリーダー格の戦鬼が叱責する。


「いいから早くしろ!」

「へ、へいっ!」

「情けない戦いをしやがったら承知しねえからな!」


リーダー格の戦鬼に追い立てられるようにして手下達が散らばる。

ラドルの相手に3人、ロックには2人の戦鬼が向かい、クロードの正面にリーダー格の戦鬼が立つ。


「仕方がねえから俺が相手をしてやるよ長髪」

「・・・」

「ちょっと腕が立つからって調子に乗ったのがお前の運の尽きだ」


握り拳を突き付けて不敵に笑うリーダー格の戦鬼に、クロードは興味無さげな視線を向ける。

実際、彼にとっては相手がどんな奴かなんて興味はない。

この程度の相手を目にするのは別に今回に限った事じゃないし、正直見飽きている。

いちいちそんな輩を気に留めている程、クロードも暇じゃない。


「人間風情が俺達を本気にさせた事を後悔させてやるぜ」

「御託はいいからサッサと掛かってこい。時間の無駄だ」


今の会話で既に20秒は時間を無駄にしている。

残り時間はざっと1分30秒程。

客の前で宣言した以上、これ以上余計な時間を掛けている暇はない。

クロードの放った言葉に神経を逆撫でされた戦鬼はこめかみをヒクヒクさせ、その顔が怒りの形相に変わる。


「ほざいたな。その自惚れを死んで後悔しろ!」


リーダー格の戦鬼がそう言ってクロードに向かって拳を突き出す。

先程までの手下連中とは鋭さも威力も一味違う拳打。

だが、クロードにとってその差は大したものではない。


「ノロい」


鉄球のような相手の剛拳を、真下から掬い上げる様に左のアッパーカットで真上に弾く。


「なにっ!」


自慢の拳を、簡単に弾き返した事にリーダー格の戦鬼が初めて驚きの表情を浮かべる。

しかし、これは先程自分の手下がされたのと同じ攻撃。

多少の動揺はあれど、まだ慌てる様な段階ではない。

先程同じ流れだとここで懐に飛び込んでくるはず。

そう考えて戦鬼は弾かれたのとは逆の手をクロードに向かって伸ばす。


「打撃は凄くても、捕まえれば俺の勝ちだ!」


このまま左腕で拘束して絞め殺してやろうと腕に力を込める。

が、突如その左腕の肘から先の感覚が途絶える。

いきなり自身の体に起こった異変に、慌てて戦鬼が視線を向けると、自身の左腕が肘の辺りで逆向きに折れて手がおかしな方向を向いていた。


「うぁあああああああっ!」


異変を目にした瞬間、左腕を凄まじい痛みが襲い、思わず悲鳴を上げる戦鬼。

まるで何が起こったのか分からないでいる戦鬼の前で、相手の左肘を外側から回り込むように撃ち込んで破壊した右フックを引いたクロードが更に前へと踏み込む。


「いちいち喚くな。ウルサイ」


クロードの鋭い拳がもう一撃、戦鬼の脇腹目掛けて放たれる。

これを喰らったら負ける。咄嗟の判断で戦鬼は折れた左腕を盾にしてこの一撃を受ける。

直撃と同時に折れた左腕をさらに痛みが襲うが、それでもなんとか歯を食いしばって堪える。


「ほぉ、ただのバカにしては頑張るな」

「ハァハァ、舐めやがってクソッ!」


なんとか距離を放す事に成功した戦鬼は、痛む腕を抑えながらクロードを睨み付ける。


「ちょっとゴブリンを懲らしめるだけのつもりだったが、もう許さねえ」

「そうか。こちらは最初から許す気などないぞ」

「うるせえ!ぶっ殺してやる!」


戦鬼はそう言って自身の体内の魔力を解き放つ。

室内を漂う空気の質が変わり、部屋の中にいた戦う力のない者達の体が思わず震え上がる。

本能が目の前で起ころうとしている事の危険性を報せている。


「こんな店、客も従業員も全部吹っ飛ばしてやる」


そう言った戦鬼の全身から黒い霧の様なものが立ち昇り、筋肉が膨れ上がっていく。


「これが戦鬼の真の力よ。貴様なんぞ一撃で肉塊に変えられる」


フフフと勝ち誇った様な笑みを浮かべる戦鬼。

だが、対峙するクロードはその姿を見ても表情を変えず。

ただ心底つまらなさそうな目だけを相手に向ける。


「いちいち前置きが長い男だ。来るなら早く来い」

「なんだと!」

「どの道お前等の末路は決まっている」


そう言ってクロードはポケットからシガーケースを取り出し、中から取り出したタバコを口に咥えて火をつける。

ゆっくりとタバコを一息吸い込んだクロードは火のついたタバコを2本の指で挟んで口から放し、手の持ったタバコの先端を目の前の相手に向けて宣言する。


「お前等は全員ブチのめしてモンテス社長の前で土下座させる。これが決定事項だ」

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