第34話 夜を彩る蝶の庭
歓楽街へと繰り出した男達は怪しい賑わいを見せる通りを歩いていた。
「グフフフフフ、いいですね~。今日も賑わってますね~華やいでますね~」
「はぁ、まあそうですね」
歓楽街に辿り着くなりやたらとテンションを上げるヨーザに、他の面子は若干引き気味だ。
この男が無類のキャバレー好きだというのは知っていたが、このテンションの高さだけは何度見ても慣れる事がない。後ろを歩いているモンテスやラドル、ロックもどう反応していいか分からない様子だ。
「あ~、その、なんだ・・・部長さん。面白い人ですね」
「まったく。お恥ずかしい限りです」
ラドルの言葉にモンテスは心底あきれ果てたと言った様子で額に手をやる。
それを聞いたロックとラドルが乾いた笑い声を上げる。
「ところでクロードのあに・・・専務。今日はどこの店に行くんですか?」
一瞬兄貴と言いかけたロックにジト目を向けながらクロードは質問に答える。
「バタフライガーデンだ」
「えっ!あんないい所抑えたんですか!」
「まあな」
ロックが驚くのも無理はない。バタフライガーデンはこの辺りでも屈指の高級クラブ。
キャストの数も多く女の子は皆美人揃いで有名であり、決して値段が高いだけの店ではない。
全員プロ意識が高く。客の容姿や種族で差別したりしない様にきちんと教育されている。
なので今回のような接待の機会に利用するにはうってつけの店。
それだけに第七区画に生きる全ての種族の男が一度は行ってみたい店No.1に挙げる程の人気を持つとされているが、とある事情からビルモントファミリーの関係者がこの店を利用する事はほとんどない。
その理由を知っているロックはクロードの傍によって小声で耳打ちをする。
「よくリゲイラの叔父貴の許可が下りましたね」
「・・・その話はするな。思い出しただけで気分が悪い」
急に青い顔になり俯くクロードの姿に、ロックは兄貴分の苦労を垣間見る。
リゲイラというのはビルモントファミリーの幹部の1人で、組織内で一番多くの高級クラブやキャバレーを経営している人間族の男だ。
とある国で軍人をやっていた過去があり、反り込んだ坊主頭にボディービルダーみたいな筋肉をしたマッチョでなのだが、その内面は乙女という残念極まりない人物でもある。
無類の男好きとして知られており、ファミリーの若い男を常に狙っているという噂が絶えない。
逆に女には全く興味がなく。あくまで仕事として女の子を集め仕事をさせている。
店に立つキャストの教育も自ら行っており、軍隊仕込みのスパルタ教育に耐えきれずに脱落する者も多い。ただ、彼の教育を乗り越えた女達は"夜の蝶"と呼ばれる程の艶やかな輝きを放つ存在へと生まれ変わると言われており、彼の下で一流を目指す女性は後を絶たない。
ちなみにファミリーの人間が彼の店を利用するには条件があり、直接リゲイラの下へ赴いて彼(彼女?)のご機嫌を取る必要がある。
「なんだクロード。リゲイラの叔父貴にケツでも揉まれたのか?」
「・・・黙れ」
「ゴメンナサイ」
本気で殺気を向けてくるクロードに、ラドルは即座に謝罪を述べて頭を下げる。
ただでさえ今日はクロードの機嫌を損ね続けているので、これ以上余計な事をすればいくら友人のラドルでも無事じゃすまない。
ともあれ、そこまで体を張ってまでこの店を予約したクロードの努力からも彼が今回の取引に掛ける熱意が伝わり、協力しないといけないという気になる。
「とにかくだ。この接待でモンテス社長の信用を勝ち取り、次回の契約締結を盤石の物にする」
「おう。分かったぜクロード」
「俺達も全力でサポートします」
「ああ、頼んだぞ」
この後の流れについて3人が話し合いを終えたのと丁度同じタイミングで、先頭を歩いていたヨーザがはしゃぎながら店の方を指差す。
「ビルモント専務!もしかしてアレって私達へのお出迎えですかね?」
「えっ?」
ヨーザに言われて一同が店の前に目を向けると、そこには色とりどりのドレスで身を包んだ見目麗しい夜の蝶達が店の前に10人程横並びに立っていた。
どうやらリゲイラが気を効かせて手配してくれていたらしい。
誰だって他の客と違う特別な扱いを受ければ気分が良い物。それを狙ってのサプライズ演出といった所だろう。
この粋な計らいにヨーザだけでなくモンテスも満更でない様子。
「良かった。これで掴みはまずまず・・・・。っ!?」
これで接待は成功したも同然と思いかけたクロードの眼に信じられないものが映った。
「そんな馬鹿な」
今、視界に映ったものが信じられず。クロードは慌てて目を擦るが、そんな事で目の前の現実が変わったりはしない。
改めて目の錯覚で無い事を思い知ったクロードは疑問の言葉を心の中で叫ぶ。
(なんでここにグロリアがいるんだっ!)
クロードの視線の先、モンテス達を出迎えるために並んだ店のキャストに混じって胸元と背中が大きく開いた赤のイブニングドレスに身を包んだグロリアの姿があった。
この場にいるはずのない人物の登場に目に見えて狼狽するクロード。
そんな彼の異変から事態に気付いたロックとラドルも表情を引き攣らせる。
「おい、クロード。あれってもしかして・・・」
「グロリアの姐御じゃ・・・・」
「言うなお前等。言わなくても・・・分かってる」
頭を抱えて今にもその場に崩れ落ちそうな弱々しいクロードの姿に、それが間違いで無い事を2人も理解する。
確かにこの店はグロリアが働いているクラブの系列店で、頼まれた時などはたまに助っ人に入ったりもしているみたいだが、それでも今日家を出る時の話ではそちらへ出勤する様な予定はなかったはずだ。
(何故こんな事に・・・)
必死になって考えた所で答えなど分かるはずもない。
理由などどうでもいい。それよりも問題とすべきはもっと別の事だ。
先程まで今夜の接待の成功を疑わなかったクロードだったが、彼女の出現によって事態は一気に緊張感を伴う不安なものへと変わった。
何故ならグロリアは気に喰わない相手はどんな上客であろうと容赦なくぶっ飛ばす。
実際、過去に彼女の逆鱗に触れた男達は全員しばらく病院のベッドの上での暮らしを余儀なくされた。
彼女の得意客にはそこがいいなんていう特異な趣味の輩もいるが、ヨーザはともかくモンテスにそういった特殊な性癖がある様には思えない。
(万が一にもグロリアがキレてヨーザ部長かモンテス社長に手を上げたら)
最悪の展開を想像してクロードの顔からみるみる血の気が引いていく。
もしそんな事になれば今日の顔合わせや事前の根回しなどの為に費やした時間や金、労力といったものが全て水の泡になる。
「とにかく、どうにかしないと」
店に来れば後はプロである彼女達に接待を任せ、少しは楽が出来ると考えていたクロードの目論見は見事に崩れ去り、今は最悪の状況を回避するために最善を尽くすべく必死に考えを巡らせる。
そんな彼の心など知る由もなくこちらに気付いたグロリアや店のキャスト達が近づいてくる。
「お待ちしておりましたよモンテス社長。ヨーザ部長」
「外は冷えますから、すぐに中へご案内しますね」
「ご予約のモンテス様、ヨーザ様ご来店で~す」
美しい女性に手を引かれ、デレデレとした締まりのない表情を浮かべた2人は、されるがままに店の中へと連れていかれる。
それを見てこのままではマズイと判断し、すぐに2人の後を追おうとするクロード達の前に、微笑を浮かべたグロリアが往く手を阻む様に立ち塞がる。
「こんばんは。"ビルモント専務"」
「・・・グロリア。これは新手の嫌がらせか何かか?」
最近何か彼女の機嫌を損ねる様な事をしただろうかと記憶を振り返るクロードに、グロリアは可笑しそうに笑いながら答える。
「まさか、そんな訳ないじゃない。頑張ってる貴方を手伝ってあげようと思っただけよ」
「・・・本当か?」
「ええ、嘘言っても仕方ないじゃない」
彼女の言う通り嘘を言う必要は全くない。
グロリアなりにクロードの助けになればと好意でやってくれた事は素直に嬉しい。
それでも、出来れば手助けはもっと違う形でしてほしかったというのが正直な所だ。
これだとクロードの助けになる前に精神的負担でクロードが倒れかねない。
「それにしてもどうやって俺がここに来る事が分かったんだ?今日の事は家の皆には教えてなかったはずだが・・・」
「リゲイラさんに聞いた。今日クロードが店に来るからいいとこ見せてあげなって」
「・・・なるほどな」
そう言われてクロードはグロリアとリゲイラが友人同士だった事を思い出す。
と同時にクロードの顔から感情が消え、心の奥底で煮え立つマグマの様に湧き上がった怒りがドス黒い炎となって激しく燃え上がる。
(あんの腐れカマ野郎が!余計なマネをしやがって!)
これではモンテス達を楽しませる前にグロリアがキレないか見張ったり、何か起こった時に店のキャストや客達をどうやって守るか等、常に気を張っていなくてはならなくなった。
まったく気の休まる時のない事に絶望するクロードにグロリアが笑顔を向ける。
「そんな事より大切なお客さんなんでしょ。行かなくていいの?」
「ああ、そうだな」
グロリアに促され、クロード達も遅れて店の中へと足を踏み入れる。
店に入ればそこはまるで宝石箱の中に入った様な煌びやかな世界が広がっていた。
天井には大きなシャンデリア、床は一面大理石で作られており、その上にはチリ一つ落ちていない深紅の絨毯が敷かれ、店内のあちこちにる高そうな調度品が置かれ眩い光を放っている。
「うっひょ~!初めて入りましたけどなんかキラキラしてますね」
「ああ、光物が多すぎて目がチカチカするぜ」
「女の子もみんな可愛いっすね」
「若い娘ばっかりだが親御さんは心配じゃないのかねえ」
店内に入るなりどこかズレた感想を述べあう馬鹿2人を無視して、クロードはグロリアと共にモンテスとヨーザが連れていかれた2FにあるVIPルームへと急いで向かう。
VIPルームの入り口の前に近付いた所で、この店の支配人をしている長い銀髪に端正の顔立ちをした燕尾服姿の吸血鬼と目が合う。
「あっ、クロードさん。ご無沙汰してます」
「ああ、支配人。今日は世話になる」
「いいえ、これもファミリーの利益の為。喜んで協力させて頂きますよ」
そう言って爽やかな笑みを浮かべる吸血鬼に、クロードは注文内容を伝える。
「なら早速で悪いがこの店で一番高い酒をいくつか頼む」
「ええ、そう仰ると思って既にお部屋にご用意してあります」
「相変わらず心得ているな。支払いは・・・」
「支払いについてもご心配なく。リゲイラ様より最初に出すお酒の料金は頂かない様に仰せつかっておりますので」
「そうか。何から何まで済まない」
「いえ、それよりもお客人が奥でお待ちですよ」
支配人に促され、クロードはVIPルームの扉を開く。
扉をくぐった先でクロードにとって昨日とはまた違った夜が始まる。
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