第33話 賢人と呼ばれた小鬼

応接室で対面したコルティ物産の社長モンテスとクロード達。

自らを社長と名乗った小鬼ゴブリンに向かってクロードは深々と一礼する。


「モンテス社長。本日は面会のお約束を受けて頂きありがとうございます」


世間的に低く見られる事の多い小鬼ゴブリン相手に迷いなく頭を下げるクロード。

相手が小鬼ゴブリンだと知らされておらず、呆けていたロックとラドルも慌ててクロードの後に続いて頭を下げる。


『ありがとうございます』

「・・・ええ、まあそうですね。とりあえず座ってください」


3人の反応を見たモンテスは特に顔色を変える事無くそう告げると、クロード達の対面にあるソファまで移動して腰を下ろす。

モンテスが先に座ったのを確認したクロード達もソファに腰を下ろす。


「で、本日はどういった御用件でしょうか?」


どこか憮然とした態度をとるモンテスに、クロードは表情を崩す事無く本題を切り出す。


「はい、本日は御社で販売している商品を私共の持つ流通ルートを使って新しい土地で販売出来ないかとご相談に上がりました」


それが本日クロードがこのコルディ物産に来た目的。

コルディ物産は自社で家具の製造、流通、販売を行っている。

元から木工などの細工が特異な種族なので、その技術を活かして作ったタンスや鏡台は細工も見事で、仕上がりの良さから市場での評価も高い。

しかも値段もリーズナブルであり、一般家庭からの人気も高い。

現在の国内での販売は、ここ第七区画レアドヘイヴンの他に第五区画ユガレアトルム、第六区画バゼナヴィルにもいくつか販売拠点を持っており、国内流通もまずまずだ。

だが、現在国外への流通のルートは持っていない。


「ほぅ、新しい土地ですか・・・。具体的には?」

「はい、東の隣国。鉱山都市マテバロウになります」


マテバロウは長い歴史を持つ亜人の国。

マハト山脈と呼ばれる山岳地帯に築かれたその国は鉱山資源が豊富で、宝石や金や銀等の鉱石が他国の約五倍の採掘量を誇る。

金属や鉱石の加工以外に他に目立った産業がない国でもあり、国民は金持ちが多いが使い道がなくその財を持て余しているというのがもっぱらの噂だ。


「マテバロウですか。確かにウチの商品を売るには悪くない。それに確か次回の周辺国との鉄道会議で新しく路線開通の候補に挙がってくると噂の国でしたね」

「流石はモンテス社長。お耳が早い」

「ええ、まあ」


知っていて当然の様に答えて見せるモンテスにクロードの気持ちが昂る。

まだほとんど世に出ていない情報を当然のように知っている事にクロードは心の中で笑う。


(やはりこのモンテスという人物はタダ者じゃないな)


次回の鉄道会議の情報を手に入れるのは決して簡単な事じゃない。

何せ知っているのは国のトップクラス。一握りの人物しかいないからだ。

クロード自身、この情報を手に入れるのにラビだけでなくあらゆる情報網を駆使してようやく入手する事が出来た程だ。


(流石は小鬼ゴブリン族の中で"賢人"と呼ばれるだけの人物。大した情報網を持っている)


今回の取引を持ち掛けるにあたってモンテスという小鬼ゴブリンについては随分と調べたが、"賢人"と言われるだけあって大した人物だ。

全ての種族が平等である事を主張する中立国であっても、やはり種族による差別は存在する。

実際に小鬼ゴブリン等はその最たるものであり、社会的立場が低い。

現に小鬼ゴブリンが働く飲食店等は、「何が入っているか分からない」、「小鬼ゴブリンが作った物など食える訳がない」等と言って未だに敬遠する者がおり、富裕層の通う学校には未だに小鬼ゴブリンの生徒は1人もいない。

先人達が行った数々の悪事等から未だに根強い差別が残る小鬼ゴブリン族。

そんな小鬼ゴブリンという弱い立場にありながら、仲間を集め、努力と知恵をもって一代でここまでの財を成した小鬼ゴブリンはこの星の歴史の中においても決して多くはないだろう。

彼がここまでの会社を築いた事で、今まで他よりも安い賃金で働かされていた小鬼ゴブリン達にもより良い雇用の場が生まれようにもなった。

長年立場が弱かった小鬼ゴブリンの地位向上と同族の雇用を拡大した功績から彼は英雄視される様になり、いつしか敬意を込めて"賢人"と呼ばれるようになった。


(ここまで来るのも決して楽な道のりじゃなかったはずだ。それでもここまでの会社を作り上げた。小鬼ゴブリンでなくても決して簡単な事じゃない。これ程の相手、是非ウチの取引先に加えたい)


何としても今回の交渉を成功させて、将来的にも長く利益を享受し合える様な関係を構築しておきたい。

クロードの野心の炎が体の奥の方でメラメラと燃え上がる。


「今ならばまだ他の国のほとんどが手を付けておらず、御社の国外での販路を作るには絶好の場所かと思われます」

「ふむ、なるほど」


クロードの言葉にモンテスは顎に手を当てて何やら考え始める。


「しかし、それは言うほど簡単な話ですかな?」

「と言いますと」

「マテバロウは確かに国外進出するにはうってつけの国かもしれないが、あの国への安全な流通ルートはまだ確立されていないはずだ」


レミエステス共和国や他の国の企業がマテバロウに事業進出する者は少ない。

その理由は彼の国を取り巻く周辺の環境に問題がある。

マテバロウの近くには三大勢力の内、亜人族の国と有人族の国が頻繁に戦場にしている場所がいくつもあり、商品を運ぶには近くを通る必要がある。

下手にどちらかの国に見つかると言いがかりをつけられて商品を接収され、下手に隠そうとしたりするとスパイ容疑を掛けられて殺される事もある。

実際、過去に何度かそういった事件があり、国際問題になった程だ。

だったら戦場を迂回すればいいと思うが、それも簡単な事ではない。

近くには敗走兵や迂回する商人を狙って頻繁に山賊や野盗が出ると噂の森もある。

その様な場所を通って安全に商品を運ぶのは至難の業だ。


「確かに進出できればウチは大きな利益を得る事が出来るでしょう。しかしウチの商品が店先に並ぶ前に壊されたり奪われでもしたらこちらには損しか残らない。そのリスクを冒してまであの国に進出する意味があるのでしょうか?」

「確かに仰る通りです」


商売とは利益を得るために行う行為であって慈善事業とは違う。

リスクに見合うリターンがあるならまだしも、今の話だけではリスクとリターンの釣り合いが取れないどころか場合によっては大損しか残らない。

だが、これはクロードにとっても予想の範囲であり、もちろんそれに対する答えも用意してきている。


「確かに普通の会社が行うならリスクばかりが勝ってしまう話で、リスクに対する旨みもそれほどではない。ですが、もし安全に運べるルートが存在するとすればどうでしょう?」


クロードの言葉にモンテスの眉がピクッと反応する。

その隣に立っているクロードの話にヨーザは驚きの表情を浮かべている。


「御社はそのようなルートを持っている。そう仰りたいのですか?」

「はい。その通りです」


その言葉を聞いたモンテスは腕組みをしてこちらを値踏みするような目を向ける。


「我々を騙そうとしている・・・という事はないでしょうね?」

「私共にはその様な事をする理由がありません。今回の仕事を期に御社とは長いお付き合いを出来ればと考えております」

「ふむ」


腕組みをしたままモンテスは目を伏せて考え込む。

恐らく話の真偽も含めて考えているのだろう。その気持ちは分かる。

何せ一代でここまでの会社を作った彼だ、敵も多いだろうし、小鬼ゴブリンが社長の会社を面白く思ってない連中もいる事だろう。

そういった連中の妨害工作の一環なのではと考えるのは当然だ。

最も、こちらとしてはそんな気はサラサラないし本気で取引を考えている。

それを相手に理解してもらう必要がある。


「少しテーブルをお借りしますね」


そう言ってクロードは自分の懐に手を入れると、アジールに命じて折り畳んだ地図を取り出す。

懐から抜き出した地図を目の前のテーブルに広げたクロードはレミエステス共和国のある位置を指さす。


「我々が利用するルートはこちらになります」


そう言ってクロードは地図の上でレミエステス共和国からマテバロウまでの道を指でなぞる。

それを見ていたモンテスはクロードの通った場所の一箇所を指さして尋ねる。


「ここは山賊や野盗が出ると噂の森では?」

「はい、その通りです。実際に野盗も山賊も居ましたね」

「そんな者達が居るのにここを通るというのはどういう事ですか?」


ジロリとクロードを睨むように視線を向けるモンテスに、クロードは余裕の笑みを返す。


「既にここを縄張りにしている者達とは話をつけてあるという事です」

「っ!?」


予想の斜めを上を行く答えを聞いてモンテスとヨーザは驚愕する。

無理もない。野盗や山賊というのは交渉が出来る様な相手だと思っていないからだ。

しかしながら彼等も知性ある人間。取引は十分に可能だ。

もっとも、今回このルートを確保するのに実際に行ったのは交渉ではなく征服に近い。

彼等の縄張りに乗り込んでいってクロードはその場で力のある者を何人かその場で殺害した。

どうせ生きていても人に対して悪さしかしない連中、心を痛める様な事もまるでなかった。

頭目と幹部級の数人を失っただけで残った山賊や野盗達は簡単に交渉に応じた。

野盗や山賊というのは猿と同じで基本的には力のある者が上に行く実力主義の縦社会。

そのピラミッドの上位に位置する者さえ倒せば、倒した相手に下るしか生き延びる術がない。

もっともこれは普通の企業には出来ないマフィアならではの攻略法である。


「俄かには信じられない話ですな」

「お疑いになるのも分かります。が、事実です」


疑いの眼差しを向けるモンテスにクロードは自信に満ちた顔で答える。

2人のやり取りを見ていたヨーザが額に浮かんだ汗をひっきりなしにハンカチで拭いながら尋ねる。


「そうかもしれませんが私共にはそれを確かめる術がありません」

「では、こうしては如何でしょうか。私とこちらに居ます弊社常務のラドルが案内しますので、実際にこのルートを使ってマテバロウまで行ってみるというのは?」

『っ!?』

「問題ないな。ラドル」

「もちろんだ。気の済むまでご案内しますぜ社長さん」


クロードの問いに、まるでちょっと旅行にでも行くような気軽さで応じるラドル。

2人からの思いがけない提案を受け、流石の賢人モンテスも考えが追いつかない。

かろうじて今、口にできる言葉を頭の中で掻き集めて言葉にする。


「もしも、今の話が本当なら販路を広げる事が出来る上、今より収益も増えて雇用も生み出すことができる。非常に魅力的な提案だ」

「ありがとうございます」


この言葉が引き出せただけでクロードはこの取引の成功を9割方確信する。


「ちなみに御社に支払うのは如何ほどとお考えで?」

「そうですね。現地での売り上げの1割といった所でしょうか」

「なるほど」


この世界の運輸の手数料としては決して高い割合ではない。

むしろ危険性の高いルートを安全に荷を運べる事を考えれば安いと言ってもいい。


「今回の申し出について、少し考える時間を頂けますか?」

「もちろんです。こちらも性急に事を進めるつもりはございませんので」

「ちなみに今の話を他のところには・・・」

「まだどこにもお話しておりません。御社が初めてです」


クロードの返事にモンテスは満足そうに頷く。


「分かりました。では明日にでも役員会を開いて検討させて頂きます」

「よろしくお願いします」


モンテスとクロードはソファから立ち上がると、どちらからともなく手を差し出して固い握手を交わす。

ひとまず話し合いが終わりを見せた事で場の空気が少し和らぐ。、


「モンテス社長。この後、私共で贔屓にしている店の方で細やかではありますが親睦会を予定しております。ご参加いただけますでしょうか?」

「ええ、もちろんです」


モンテスの了解の言葉に、彼の後ろのヨーザが小さくガッツポーズをしている。

彼はこれから行く予定のキャバレーの常連である。


(今回、彼にはいい仕事をしてもらったし今日は楽しんで貰うとしよう)


こうして固い仕事の話を終えた男達は、欲望渦巻く夜の街へと繰り出していく。

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