第14話 ビルモント家の小悪魔

電話を終えて2階から降りたクロードはリビングへと足を運ぶ。

そこにはクロードが来るのを待ちかねた様子のメリッサとレイナーレが居た。


「お兄様遅いですよ」

「すまない」


庭が見える窓辺に近い場所で早く来るように手招きするメリッサ。

笑顔を向ける母娘を見て一枚の絵のようなだという感想を抱くと同時に、今からあの場所に自分が入っていくのかと思うと気が重くなる。

どう考えてもこんな黒づくめの強面があの中に入るのは場違いでしかない。


「早くこっちに来て話を聞かせてよクロード」

「分かりました」


名を呼ばれ覚悟を決めたクロードは促されるまま2人の下へ向かう。

テーブルの上には高そうな白磁の茶器が並び、傍らには彩り鮮やかなケーキ等の菓子が添えられている。

確か街でも有名な菓子店のものだったと記憶しているがそれにしては妙だ。

店は屋敷からかなり離れておりクロードが家を訪れ、アルバートと会談していた1時間足らずで用意できる様な物ではない。

いくらクロードが来ることを知っていたとはいえ茶の席に応じるかは分からなかったはずだ。

なのに何故きちんと人数分用意されているのかだろう。


「随分と用意がいい気がするんだが・・・」

「気のせいよ」


クロードの問いかけに間髪入れずレイナーレが笑顔で答える。

この義母は一体どこまで見越しているのだろうか、気にはなるが恐くてあまり考えたくない。

複雑な心境で用意された席に着いたクロードにすぐさまメリッサが話しかける。


「クロードお兄様は今日はお仕事だったんですか?」

「ああ、少し親父に呼ばれてな」

「そうでしたか」


嬉しそうな笑顔を見せるメリッサ。

きっと心の中では父に最大の賛辞を送っている事だろう。

そう考えると父はここまで見越した上で今日、自分を呼んだのかもしれない。

むしろ義母と結託してここまでの流れを作った可能性さえある。

どこまでが仕組まれた事なのか考えてクロードは背中に寒気を覚える。

そしてこれ以上考えるのはよしておいた方が自分のためだという結論に至る。


「この後はゆっくりされていかれるんですか?」

「いや、商談で人に会う約束があるからな。そうゆっくりもしていられない」

「そうですか」


クロードの返事に心底残念そうな表情を浮かべるメリッサ。

義妹にこんな顔をさせてしまった事を申し訳なく思いながらクロードは彼女の頭をそっと撫でる。


「そんな顔をするなメリッサ。今度からはもっと会いに来る様にする」

「本当ですか!」

「ああ」


クロードの言葉にメリッサの表情がぱぁっと明るくなる。

花の咲いたようなその笑顔を見てクロードはもっと早くこうしていれば良かったと少しだけ後悔する。

メリッサの機嫌が良くなったところで話は次の話題に変わる。


「そうだ。お兄様、今度授業参観に来て下さいませんか?」

「・・・は?」


突拍子のない話に思わず手に持っていたティーカップを取り落としそうになる。

いくらなんでもありえない話に彼女の母親であるレイナーレを見るが、彼女はニコニコと笑顔を浮かべるだけで何も言わない。


「待て、授業参観なら親父か義母さんがいるだろ」

「そうですが、私はご学友にお兄様を自慢したいのです」


昔から思っていたがどうも我が妹は自分の事を過大評価しすぎている気がしてならない。


「いや、それは絶対にやめた方がいいだろう」

「何故ですかお兄様?」

「何故って・・・」


社会的に勝ち組であり優等生揃いのメリッサのクラスメイト達の前に自分の様な見るからに悪人顔の人間が出ていけばどうなるかなんて分かりきっている。

間違いなく教室中が阿鼻叫喚の坩堝と化すか、あるいは永久凍土の如く凍り付くのは言うまでも無い。

他の父兄の方々もさぞ驚かれるだろうし、憲兵が出動するような大騒ぎにだってなりかねない。

例え可愛い義妹の頼みであってもそんな騒ぎになるのはご免だ。


「こんな恐い顔した男が教室に居たらみんな不安だろ。色んな意味で」

「そうですか?私はカッコイイと思うのですが」


義妹のカッコイイの基準はいまいち分からないが褒められて悪い気はしない。

とはいえ授業参観は諦めてもらおう。彼女のクラスメイトや父兄の為にも。


「とにかく授業参観だけは無しだ」

「ええ~。どうしてですか?カロッソお兄様とレイナお姉様は来て下さいましたよ」

「そりゃ、カロッソ兄貴とレイナは見た目も中身もまともだからな」


兄カロッソはクロードと違い粗野な感じが無く。紳士然とした誰もが羨む爽やか系のイケメンだ。

少しのんびりとした印象はあるが、頭も良くケンカも強いし仕事だって出来る完璧人間。

妹のレイナもクールなキャリアウーマンという感じで品があって実際落ち着きもある。

どこに出しても恥ずかしくない自慢の義兄と義妹だ。クロードとは違う。


「カロッソが行った時はクラスの女の子がソワソワして授業にならなかったのよね」

「そりゃカロッソ兄貴ですからね」


詳しく聞かなくてもその場で何が起こったかなんて簡単に想像できる。

兄気らしい等と思っているクロードの前でメリッサが立ち上がる。


「クロードお兄様だって負けてませんよ」

「よせよメリッサ。カロッソ兄貴が相手じゃ俺なんて虫みたいなものだ」

「いいえ、絶対にそんな事はありません!」


小さな手を固く握り、拳を振るって熱弁するメリッサを見て自分ばかりが義妹に褒められて本人の知らぬ所で悪者になっている義兄に申し訳なく思う。

クロードの魅力について赤裸々に語り出すメリッサにレイナーレが小さく頷く。


「確かにメリッサの言うとおりね」

「ですよね。お母様!」

「ええ」


賛同する母の声に我が意を得たりと喜ぶメリッサの前でレイナーレが余計な一言を口にする。


「だってクロードってばあんな素敵な女性達と同棲してるんですから」


その瞬間、間違いなく部屋の中の時が一瞬止まった。

確かにその話は家族だけで無くファミリー全員が知る公然の事実ではあるが、メリッサの前でその発言をするのは暗黙の内に禁じられていた。

何故なら以前この話をした時はメリッサが突然泣き出して家中をめちゃくちゃにする程大暴れして大変だったからだ。

今回はどうなると恐る恐るメリッサの顔色を窺うクロードが見たのは、先程までの笑顔が消えて感情のない顔で、ただ一点怒りで濁った目で虚空を睨む義妹だった。


「あの雌豚共、私のお兄様を誑かすなんて絶対に許さない」

「メッ、メリッサ?」


義妹の今まで聞いた事のない声に思わず動揺したクロードの声が微かに震える。

こんなメリッサの姿は今までの人生で一度だって見た事がない。

別にお前のものじゃ無いぞなんて突っ込みをする余地等どこにもありはしない。

しかも雌豚なんて言葉を一体どこで覚えてきたのだろうか。

屋敷の人間は生まれから育ちまで調べ上げて品行方正な人間を雇っているし、温室育ちであるメリッサの学友達が知っているとも思えない。

育ちの悪いファミリーの下っ端共は屋敷には来ることはまずないし、家族の誕生会等で会う機会があったとしても「はい」と「いいえ」以外は喋らせないように徹底している。

だから彼女の周りにそんな口汚い言葉を使う人間はいないはずだ。


(いや、1人だけ居たか)


確かに"彼女"ならばこの手の単語は息をする様に常日頃から口にしている。

しかし今のメリッサと"彼女"の間に接点はなかったはずだ。

どこでそんなスラングを覚えたのか真相を確かめたい所だが、それを確認するにはパンドラの箱を開く必要がある。

出来ればそれは避けたい。絶対にロクな事にならない事等分かりきっている。

最終的にクロードは今のメリッサの発言は無かった事として処理すると決めた。


「落ち着けメリッサ」

「嫌ですわお兄様。私は至極冷静ですよ」


ニコやかな笑顔で微笑み返す義妹だがクロードは騙されない。

どう考えてもさっきの目は熟練の殺し屋が人を殺す時のそれだった。

だがその事に突っ込んだりはしない。今は目の前の全ての出来事から全力で目を背ける時だ。

そんなクロードの努力に、レイナーレが何食わぬ顔で水を差す。


「カロッソももうすぐ結婚だし、クロードもそろそろ身を固めたら?」

「ケッ・・・コン?ダレガダレト?」


母の一言で妹の言葉遣いが片言になり可愛らしい少女の顔が一転して、夜叉へと変貌する。


「大丈夫だメリッサ。俺はまだ結婚なんてする気は無いから」

「みんな美人さんだから誰にするかすぐには決められないわよね」

「フシュルルルルルッ」

「義母さん、頼むから一度黙ってくれないか」


殺意のオーラを纏い始める義妹を必死に宥めようとするクロード。

ファミリーの幹部候補ともあろう者がなんとも情けない話である。

それでもクロードにとっては千や二千の敵を相手にするよりも1人の義妹を相手にする方が大変だ。

義母の妨害を受けつつ20分程説得を続けてようやくメリッサが落ち着いた。

精神をすり減らしたクロードがグッタリと椅子に背を預けていると今度は次のメリッサの誕生会の話になる。


「次の誕生会は来てくれますよね?」

「善処す・・・・」


善処すると言いかけた所でメリッサから悲哀と殺意の篭もった目を向けられる。

どうやらこの質問に対する答えは1つしか用意されていなかったらしい。


「必ず出席させて頂きます」

「お兄様大好き!」


この国の悪党達を震え上がらせる"第七区画の鴉"も妹の前では無力なただの兄でしかなかった。


「これでやっとお友達にクロードお兄様を紹介する事が出来ます」

「ちょっと待て、クラスメイトを夜の部に呼ぶ気か?」

「もちろんです」

「それは止めた方がいいと思うぞ」


毎年メリッサの誕生会は開かれているがそれは昼の部と夜の部に分かれる。

昼は屋敷でメリッサの友人や家族を招待して催されるメリッサと一般人向けの会。

夜は第七区画の高級ホテルの一番大きな会場を借りてファミリーの人間やその関係者、VIPを招いて盛大に執り行われる政治色の強い会となっている。

その為、必然的に夜の部への一般人参加はご遠慮頂く事になっている。

もちろんクロードが参加するのもこの夜の部になる。


「だからお兄様が昼の部に参加されればいいのです」

「俺にお前の誕生会をぶち壊せと?」


流石に善良な坊ちゃん嬢ちゃんを泣かせる趣味はクロードにはない。

なんとか夜の部への参加だけで勘弁してもらおうと思っている所へ、話を聞いていたレイナーレの口から衝撃的な情報が伝えられる。


「そういえば今度のメリッサの誕生会に恋文をくれた彼も来るんでしょ?」


レイナーレが口にした恋文という単語を聞いた途端、クロードの機嫌が急激に悪くなる。


「恋文?それって何の話ですか?」

「お兄様は家に帰られないので知らないと思いますが私、先日クラスメイトから恋文を頂きましたの」

「そうなのか」


まさか自分が家に帰っていない間にそんな愚かな行為に及ぶ人間が居る等知りもしなかった。

クロードは顔を隠すように俯くと、その体が小刻みに震え出す。

それだけで遠目に様子を見ていた使用人達が怯え出す程、彼が怒っているのがよく分かった。

ただ、メリッサだけはそんなクロードの反応を見て嬉しそうにしている。


「そいつは次の誕生会に来るんだな?」

「ええ、その予定です」

「分かった。だったら昼の部に俺も出る」

「お仕事はよろしいんですか?」

「なんとかするから心配するな」


今すぐその命知らずの所へ殴り込みに行きたいのを我慢し、クロードは来たる日に向けて殺意を燃やす。

なんだかんだ言ってこの男もかなり度が過ぎたシスコンである。本人にその自覚がないだけだ。


「ウチのメリッサに粉かける様な勘違い君とはちょっと語り合う必要があるからな」


この場合、彼の言う会話に用いるのはもちろん肉体言語の方である。

まだ見ぬ敵をどうやって料理するか算段を始めるクロードをみて母と娘が笑う。


「いいの?勘違いしてるみたいだけど」

「ええ、お兄様にはいい薬です」


最初にクロードを焚きつけたのはレイナーレだと思うがそこは女同士、言わぬが花である。

実は恋文の一件は既に片付いている。結果を言えばメリッサがその日の内に相手を振った。

彼女曰く相手の男子が全然好みじゃ無かったのだそうだ。

ちなみに彼女の中の理想の男性像は1位にクロード、2位にアルバート、3位がカロッソという世の男子諸君にとってかなり厳しいハードルが設定されている。


「ウフフ、次の誕生日が待ち遠しいです」


きっと楽しい誕生会になると先の未来に思いを馳せるメリッサ。

母親譲りの男を手玉に取る才能を持ち、それを自覚する彼女のような存在を人は小悪魔という。

そして何も知らぬ男達はそんな悪魔の掌の上で道化となって踊るしかない。

メリッサ・ビルモント。なんとも末恐ろしい少女である。

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