第15話 大魔術師の工房
屋敷で久しぶりにメリッサとレイナーレと3人で昼食を摂った後、取引先を数件回って商談を済ませたクロードは馴染みの酒場で一息ついていた。
「今日は中々にキツい一日だった」
タバコの煙を吐き出しながらクロードにしては珍しく疲労を口にする。
結局午後に全てのスケジュールを強引に詰め込んだせいであちこち奔走する羽目になった。
それでもやはり今日1日一番疲れたのは実家での義母と義妹とのやりとりなのだがそれは仕方無い。
むしろメリッサの件などは先延ばしにして逃げ回っていた自分に非がある。
とはいえ実家に帰ってからは終始2人にペースを握られて振り回されっぱなしだった。
なんとなく幹部昇進の話の席で父が自分に聞かせた言葉を思い出す。
「ビルモントの家は女が強いか・・・確かにその通りだな」
レイナーレにしろメリッサにしろ、ビルモント家に縁のある女性は皆強い。
特にクロードなんかは今のところ完封されている。まるで歯が立たない。
今でさえそんな状態なのに帰り際にレイナーレが放った言葉はクロードを心から戦慄させた。
「メリッサはこれからもっといい女になるわよ。魔性の女とでも言うのかしら?男の人を掌の上で転がす才能を持っているわ。だから将来このビルモント家でも1番の女になるわよきっと」
それを聞いた時に何を言っているんだこの人はとクロードは思った。
自分の娘だから過大評価しているのかもしれないが、それにしたって言い方というものがあるだろう。
男を手玉に取る才能?そんなものは聞いた事が無いし、あるとするならなんて嫌な才能だ。
クロード自身の為にもそんな才能は一生開花しないでもらいたい所である。
「もし開花したら俺は死ぬかもしれん」
クロードはレイナーレの言うような成長を遂げた義妹の未来の姿を想像し、気が滅入りそうになるのを振り払うように手の中のグラスを煽って中身を空にする。
そこでふと家族とは違う4人の同居人の事が頭の中に思い浮かぶ。
まがりなりにも彼女達もビルモントを名乗る男と暮らしており、そんな彼女達もクロードから見れば4人共強い女性である。色んな意味で。
アイラは基本的にはクロードを立てるが、たまの我が儘など主張する時は強く主張する。
戦いの場に立った姿を見た事はないが彼女の持つ精霊の力から考えて弱いと言う事はないだろう。
グロリアは上位魔族だけあって元から戦闘能力は飛び抜けて高い。
性格も強気で気位も高いが、一度気が緩むとクロードにべったりと甘えてくる。
シャティは元々戦闘民族の出身で機動力を活かした戦闘を最も得意としている。
性格は猫のように自由で奔放。甘える時は凄く甘えてくるし、そうでない時は気安く話せる友の様な相手。
ヒサメに至っては正直何を考えているのかクロードもよく分かっていない。
能力的に4人の中で一番の危険人物である事は確かだが、それ以外だと時折問題発言をサラッとぶち込んでくる変わり者という程度の認識だ。
ともあれ4人共それぞれに精神的、肉体的に強い部分を持っている。
そんな彼女らが何故、自分に好意を寄せているのか理由については不明だ。
ただ好きだからと言われてしまえばそれまでだが、それだけではないと思う。たぶん。
「これがビルモントを名乗る男の宿命って奴なのか?」
自分で言っておいてまさかと思いながら何かしらの因果を感じずにはいられない。
もし、こんな形で養子の自分がビルモント家の一員と認められているのならそれはあまりにも嫌すぎる。
「お疲れだねクロード。そんな君を見るのも随分久しぶりな気がするよ」
「何か用か」
考え事の最中に声を掛けてくる無粋な相棒に素っ気ない言葉で答えるクロード。
そんな態度等まるで気に留める様子もなく三本足の鴉の姿をした相棒は目の前のテーブルの上に乗る。
「僕が何を言いたいかなんて君なら分かってるだろ?」
「それはいいがテーブルに傷はつけるなよ」
「失礼な。僕をその辺を飛んでるただの鴉なんかと一緒にしないでくれるかな」
心外だと言わんばかりに胸を反らす小さな相棒に思わず苦笑いが漏れる。
「ルティア嬢の件だろ。もちろんわかっている」
「ならいいさ。君が疲れているのは知ってるけど本番はこれからだからね」
「分かってる。やると決めたからには今夜でキッチリ片をつける」
封印が施してあると言っても邪霊による浸食は徐々に彼女の精霊を蝕んでいるはずだ。
問題を解決するなら少しでも早いに越した事はない。
「それじゃそろそろ行くか」
夕食につまんだサンドイッチとドリンクの代金を机の上に置いて席を立つ。
背中越しに店主から次は酒を飲みに来いと嫌味を言われながら店を後にするクロード。
店を出て閑散とした通りに立つと冷気を帯びた夜風がコートの中を吹き抜けていく。
もうすぐ本格的な冬が来る事を感じながら足を踏み出す。
「ブルーノにはもう話は通してあるんだっけ?」
「ああ、一応さっき電話で伝えて部屋を借りる許可と道具を一式貸してもらう事になってる」
「手伝いは?」
「俺が受けた仕事だからな1人でやる。
クロードの言葉を聞いてアジールはやれやれと言いたげに首を左右に振る。
「君ってそういう所無駄に律儀だよね。悪党の癖に」
「・・・余計なお世話だ」
減らず口の多い相棒を肩に乗せ、クロードは暗い夜道を目的地へと向かって足を進める。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
歩き出してから2時間後。第七区画の市街地から少し離れた場所にある丘陵地帯。
その中で一際高い小山の上に建てられた小さな小屋の前に辿り付く。
見れば小屋の入り口には既にルティアの姿があり、小屋の前に止めてある馬車で運んできた荷物をロックと一緒になって運び込んでいた。
「あっ!クロードさん」
「ルティア嬢。少し待たせたか?」
「いえ、私達もついさっき来たところです」
まるでデートの待ち合わせのような会話だが、これから始まるのは逢引きではなく邪霊退治等という色気なんぞ微塵もない厄介事だけだ。
ルティアと話をしていると横から荷物を運び終えたロックが顔を出す。
「クロードの兄気。お疲れ様です」
「ロック。頼んでおいた物は揃えてくれたみたいだな」
「はい!兄気の言いつけ通りに。もちろんこいつも・・・」
ロックは自信の懐に手を伸ばすと懐から小さな麻の袋を取りだしクロードへと差し出す。
差し出された袋を手に持ってみるとジャラリと音がして、見た目に以上の重さが手に伝わる。
袋を閉じてある紐を解いて中を覗くと小石程の大きさをした黒色に輝く金属の塊が入っていた。
「鉄塊石の原石。手に入るだけ仕入れてきました」
「随分と量が多いな。これだけの量となると預けてた予算じゃ足りないはずだが・・・」
不思議がるクロードにロックが鼻の頭を右手でこすりながら答える。
「兄気に万が一があっちゃいけないんで俺等下の者で金を出し合って少し足しておきました」
「ったく変な気を回しやがって」
舎弟の気遣いに感謝しつつ受け取った麻袋をポケットの中にねじ込む。
これで必要な物は全て揃った。後の結果は自分次第である。
「この1件が無事に片付いたら明日のゲンコツは1発で勘弁してやる」
「昼間の件はチャラにならないんですね」
「当然だ」
こちとら泣く子も黙る悪党だ。優しさの安売りをしていては商売あがったりである。
「後はこっちでやるから帰っていいぞ」
「いえ、どうせなんで終わるのを待たせてもらいますよ」
「そうか?まあ、好きにしろ」
それだけ言うとクロードはルティアと2人で小屋の中に入る。
ロックが運び込んだ道具類を確認するクロードの後ろでルティアが不安気な声を漏らす。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「何がだ?」
「いえ、こんな小さな小屋じゃ封印を解除した瞬間吹き飛ぶんじゃないかと思って」
「それなら心配いらん」
クロードは必要な道具を大きめの袋に詰めて担ぐとクロードへ部屋の中央にある床にある大きな金属板を持ち上げる。
そこには真っ暗な闇の中に向かって伸びる地下への階段が続いていた。
「地下通路?」
「そうだ。この先に特別な部屋があってな。仕事はそこで行う」
言ってクロードは松明に火をつけ、暗闇の中に向かって歩き出す。
ルティアはその後ろに続いて薄暗い地下へと一歩踏み出す。
地下通路への階段はルティアが想像していたよりも長く。
10分程かけて階段を降りたところでようやく開けた場所に出る。
そこは壁一面本棚に囲まれた広いホールの様になっており、部屋のあちこちには本が山の様に積み上げられている。
気になって本のタイトルをいくつか読んでみる
「カイレイン魔術録、フェメイン魔導史、創魔術新書。これってもしかして全部魔術関連の書物ですか?」
「ウチの
「へぇ~。凄いんですね」
同じ魔道の道を歩む1人の精霊術師として興味を引き付けられるルティア。
置いてある本を眺めながら気になってその1つにそっと手を伸ばす。
「下手に触るなよ。中には触っただけで呪いが掛かる物もある」
「えっ!」
呪いと聞いて慌てて伸ばしかけた手を引っ込める。
途端に周囲にある本が全て恐ろしいものに思えてきて身を縮ませるルティア。
「目的の部屋はこの奥だ。行くぞ」
「はい」
慣れた様子で先を歩くクロードの後ろを足元に散らばる本を避けながらルティアが歩く。
本のあった部屋の奥の扉を開けるとそこにはまるで蟻の巣の様に無数の部屋が並んでおり、その中でも奥にある一際大きな部屋の扉の前でクロードが足を止める。
「この部屋だ」
「え、でも?」
扉を見たルティアは首を傾げる。その扉にはドアノブも取っ手もついていない。
ただ扉の表面に何かの術式と思しき五重の輪が描かれているだけだ。
「この部屋はウチの
そう言ってクロードは扉に描かれた五重の輪の一番外の輪に指で触れる。
そこからまるでダイヤルを回すように五重の輪を外側から順に指でなぞって一つずつ消していき、すべての輪が消えた所で扉がひとりでに開いた。
「ちなみにこの術の解除の仕方を少しでも間違えると死にはしないが死ぬほど痛い目に合う」
「・・・凄い」
少しだけ得意気に語るクロードに、ルティアは思わず感嘆の声を漏らす。
こんな複雑な術式を組み上げるのは並の術師では到底不可能だ。
王国でも特に厳重な宝物庫の扉なども似たような術式が組まれているが、それは魔術師の中でもエリートと呼ばれる人間達が数人がかりで組んだもの。
それ程の術を1人で組んだクロードが
「中に入るぞ」
「あっ、すいません」
クロードに促され、ルティアは慌てて部屋の中に入る。
2人が部屋の中に入ると同時に扉が閉まり、扉の表面に先程と同じような五重の輪が浮かぶ。
部屋の中は体育館程の広さの空間は半球型のドーム状になっておりかなり広い。
「クロードさんの師匠さんって何者なんですか?」
「ん?そうだな。極度の魔術オタクで研究熱心な爺さんだ」
「そうそう。ついでに言うとかなりの変わり者だね」
楽し気な口調で言葉を付け加えるアジールにクロードが苦い表情をする。
「興味があるなら今度会わせてやる」
「本当ですか?」
「ああ、これが終わったらな」
言ってクロードは荷を降ろすと準備を始める。
夜が深まる中、クロードにとって本日最後の大仕事が始まる。
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