第12話 9番目の椅子

ビルモントファミリーの首領ドンである、アルバート・ビルモントの書斎。

部屋の中央に置かれた対面式のソファの片側にフリンジとクロードが座り、2人のとは反対側のソファへとアルバートが腰を下ろす。


「クロード。元気にやってるか?」

「ええ、おかげさまで病気一つ無くやらせてもらってます」

「そうか」

「はい」

「・・・・・」

「・・・・・」


話が始まって1分としない内に2人の間の会話が途切れて場に沈黙が降りてくる。

ここ数年仕事か家族の誕生日以外にはお互いほとんど顔を合わせておらず仕事に関しても事務的なやりとりや簡単な確認程度しかしてこなかった為、こうして面と向かって話をしてみようとなると2人共どんな風に話せばいいのか分からない。

タバコでも吸って気を紛らわせられればいいが残念な事に育ち盛りのメリッサの健康と教育に良くないという理由からレイナーレによって3年前から館内には全面禁煙令が敷かれている。

もし間違って吸おうものならあの義母からどんな厳しい罰が下されるか考えただけでも恐ろしい。

仕方がないので何か話題になるものはないかとクロードは部屋のあちこちに視線を彷徨わせる。

その時、アルバートが封の切られてない葉巻を手にしているのが目に留まる。


(あれ?もしかして・・・)


まさかと思ってしばらく観察していたがどうやら間違いない。

家長であるアルバートも自分達と同じく館内禁煙令に服しているらしく。

手に取ったはいいが火をつける事が出来ない葉巻を手の中で持て余している。

今日まで何度かこの家で打ち合わせをした事はあったが今まで全く気がつかなかった。

アルバートの意外な一面を垣間見て少しだけクロードの緊張が解れる。


「親父も禁煙ですか?」

「ん?ああ、これか」


クロードに言われて自分の手元を見たアルバートは、封も切らずに持て余していた葉巻を見て苦笑いを浮かべる。


「クロード。女は恐いぞ」

「知ってます」


そう言って2人はどちらともなくニヤリと笑う。

この瞬間、2人の間の距離が一時的にだが組織の首領と一構成員ではなく父と子の距離に変わった。


「おまえもよく覚えておけ。ビルモントの家は代々女が強い」

「心配しなくても俺は養子ですよ」

「馬鹿め。そんな事は関係ない。これはビルモントを名乗る男の宿命だ」


勝ち誇ったようにそう言ってアルバートは火のついていない葉巻を口に咥える。

クロードの方はまだ少し敬語が抜けずぎこちない感じがあるが、彼が組織に入る前と変わらない感じで話せるようになってきた。

昔はこうやって養父と義兄と自分で冗談交じりに話をしていた時期もあった事を思い出す。

少しだけ打ち解けた様子の2人に、頃合いを見計らっていたフリンジが語りかける。


「緊張は解れたのか2人共」

「ええ、おかげさまで」

「気を使わせたなフリンジ」

「な~に、不器用なお前ら親子の間を取り持つのも俺の仕事だ」


フフンと鼻を鳴らすフリンジに2人は何も言い返す事が出来ない。


「まったく素直になれないのはガキの頃から変わらねえなアルバート」

「そいつは悪かったな。流石は女房より付き合いの長い腐れ縁だ」


互いに憎まれ口を叩きあって男2人が高らかに笑う。

流石はファミリー創生期からの盟友同士、お互いの事をよく分かっているらしい。

残念ながらクロードにはそれだけ長く付き合いのある友が居ないので羨ましく思う。

しばらくそうやって話をしたところで、突如フリンジの表情が真剣なものに変わる。


「それじゃそろそろ本題と行こうぜ兄弟」

「ああ、俺もそう考えていたところだ」


先程までの和やかな空気が一変して男達の間を漂う空気が緊張感を帯びたものになる。


「それじゃ、今日クロードを呼びつけた理由ってのを聞かせてもらおうか」

「いいだろう」


アルバートはクロードの方へと改めて顔を向ける。

その表情は先程までの父親の顔ではなくまぎれもないファミリーの頂点、首領の顔だ。


「クロード。お前は幹部のギムド老が近々引退するって話は知っているか?」

「ええ、一応噂程度ですが」


ギムドは組織の最古参の1人で組織内では最高齢の472歳の樹人族の老人だ。

組織の知恵袋的な役割の人物であり皆からは尊敬の念を込めてギムド老と呼ばれていた。

長年組織に貢献してきた彼だが、長命である樹人族とはいえ寄る年波には勝てず。

最近では病で臥せりがちになっており、最近では幹部会にもほとんど顔を出していないと聞く。

幹部に近しい者の間では次の幹部会で健康不安を理由に正式に引退するという噂が流れていた。


「昨日ギムド老の使いが来てな。正式に引退すると伝えてきた」

「そうでしたか」


ギムド老にはクロードがまだ駆け出しだった頃にこの業界の事を色々と教えてもらった。

年齢のことなので仕方が無いとは言え少し残念に思う。

とはいえ決まった事なので今は頭を切り換えてその先を考える必要がある。


「ギムド老の後は誰が引き継ぐんですか?」


そう。今問題となるのはギムドが抜けた穴をどうやって埋めるかだ。

9人の幹部はそれぞれに自分のグループを持っている。フリンジのボルネーズ商会などがいい例だ。

1人の幹部を頂点としてその下で子分達がそれぞれに仕事をしている。

グループ毎に仕事の棲み分け等は特にしていないが、その辺りはぶつからないようにうまく幹部間で調整している。

幸い、ギムドのグループは他の幹部とは違って人数が少なく規模もかなり小さかったのでそれだけなら組織に大きな影響を与えるこ事はないのだが、それでも組織の中核である幹部が1人抜けるのは大きい。

当然誰かがその穴を埋める必要があるのだが、問題は一体誰がそれを担うかだ。


「ギムド老の所には残念だが後継者になれる様な奴がいない。だがこのままだと幹部の椅子に空席が生じる事になる」

「それは・・・あまりいいとは言えないですね」


組織をここまで支えてきた功労者の引退。

たかが幹部1人と思うかもしれないが大組織ともなればそこに立つ幹部の役割も大きい。

1人欠けるだけでも組織全体に多大な影響を及ぼすことは十分に考えられる。

それほど幹部の椅子に空席が生じた場合の影響は計り知れない。

すぐにでも次の幹部を立てる必要があるが、勿論誰でもいいわけではない。

当然それに見合った実績や上に立つ能力のある人物でないと下の者が納得しないだろう。

だからファミリーの長たるアルバートとしてもこの人選に失敗は許されない。


(つまり次の幹部の人選を誰にするか俺の意見も聞きたいって事か)


フリンジの下で補佐をしている関係上、クロードは組織内でも顔が広い。

当然、末端の構成員が知る事のないような組織内の話も知っているし、第七区画の外にも秘密裏に独自の情報網を構築しており外の情報にも通じている。

そんな理由でも無ければ自分がこうして呼ばれる事が無いと自分の中で勝手に解釈する。

そんなクロードの隣でフリンジがアルバートを睨む。


「アルバート。回りくどい話はそのくらいにしとけよ」

「・・・確かにそうだな」


フリンジの言葉で踏ん切りがついたのか、アルバートはクロードの正面から見据える。


「今度の幹部会で空席になる幹部の椅子にクロード。お前を推薦する」

「・・・えっ?」


あまりにも突然にアルバートから告げられた言葉にクロードが固まる。

まるで自分の予想していなかった言葉に、切れ者と言われた男の脳は処理が追いつかず大混乱に陥る。


(え?今、親父はなんて言った?幹部に推薦する?誰を?この俺を?)


何故そんな話になったのかまるで分からず。

それでも必死に頭の中を整理してもう一度アルバートに確認する。


「あ・・えっと、ちょっと待ってください。俺が・・・幹部ですか?」

「そうだ。幹部会で承認されれば晴れてお前はビルモントファミリーの幹部だ」


どうやら聞き間違いではないらしい。

試しに手の甲をつねってみるが、はっきりとした痛みが返ってくるので夢でもない。


「しかし俺はまだそこまでの・・・」

「フリンジ、クロードの今の立ち位置は」


何かを言いかけるクロードの言葉を無視してアルバートがフリンジに訪ねる。

待ってましたと言わんばかりにフリンジが身を乗り出す。


「ボルネーズ商会の中じゃ専務。組織で言えば俺の右腕、幹部補佐だ。不足はねえな」

「実績の方は?」

「それこそ歴代の最高記録を総じて更新済みだ。余所のファミリーとのシマ争いは連戦連勝。潰した強盗団と密輸組織に人身売買のグループは併せて50を越えたぜ。稼ぎに関してもどっから引っ張ってくるのか他国との大口の取引を5つも成立させやがった。ウチの稼ぎの3分の1はクロードの手柄だ」


我が子を自慢するようにクロードの手柄を並べ立てるフリンジ。

実際フリンジのボルネーズ商会の売り上げは他の幹部グループと比べても常に上位であり、その3分の1を稼ぎ出したクロードを彼が手放しで褒めるのもよく分かる。

しかし、他の時ならいざ知らず。今のクロードにとっては有り難迷惑な話だ。


「いや、ですが幹部にはもうカロッソ兄貴が」


何をやっても完璧にこなす優秀な兄と比べれば自分はまだ力不足である。

10年近く今の仕事をやっているとはいえ、自分より上の兄貴分達だっている。

そんな状態で幹部に並ぶにはまだ早いと主張しようとするクロードだが、


「それについてカロッソとも話たが、むしろ幹部になるのが遅いくらいだと笑っていたぞアイツ」

「・・・そんな」


なんという事か既に兄の方へも根回しは済んでいた。

いよいよもって断る理由がなくなってきた。

いや、ここまでの2人のやりとりを見てもこの流れは最初から仕組まれていたのは明白だ。

クロードは既にこの部屋に入った時点で負けている。

それでも中々受け入れる事の出来ないクロードにアルバートが尋ねる。


「なんだクロード。お前は幹部になりたくないのか?」

「いえ、決してそういう訳では・・・」


恐らくクロードの心を分かった上での意地の悪い問い。

幹部になりたくない訳ではない。むしろ少しでも早くそうなりたいと思って努力してきた。

そもそもクロードがこの世界に足を踏み入れたのはアルバートが作った組織を兄と共に支え、いずれ兄が組織を継ぐ時はその傍らで全力で支えようと思ってのことだ。

しかし今、幹部になるという事はつまり直属の上司であるフリンジや兄カロッサと同格になるという事を意味する。

現在の自分にそこまでの器があるのかクロードには自信が無かった。

大きく心が揺らぐクロードに向かってアルバートは駄目押しの言葉を突きつける。


「組織の首領として命じる。お前が9人目の幹部になれクロード・ビルモント」

「っ!?」

「血は繋がって無くともお前が俺の息子なら出来るはずだ」


父はズルい人だと正直思う。そんな事を言われてしまえばクロードはもう逃げられない。

何よりこれが父アルバートから自分に向けられる期待の証だというのならば答えるしかない。

上を向いて一度大きく深呼吸をした後、クロードは覚悟を決める。


「その話。引き受けさせて頂きます」


確固たる意志の込められたその言葉を聞いてアルバートとフリンジは満足げにうなずく。


「お前ならそう言ってくれると思った」


クロードの決意を聞いたアルバートの表情は元の父親の顔に戻っていた。

そうして今日、この時よりクロード・ビルモントは正式に幹部になるべく行動を開始する。

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