第11話 ビルモント家の人々

クロードが玄関の前に立つと、中からゆっくりと扉が開かれ10人程の使用人に迎えられる。


『いらっしゃいませ。お客様』


見事に揃った声でこうして出迎えられるとますます自分の家ではないような気がしてくる。

まだクロードが10代だった頃に数年を過ごした家ではあるが、今となってはプライベートではもちろん、仕事でさえあまり来ることのない場所なので無理もない。

しかも見知ったはずの使用人達から他人行儀な挨拶をされて少しばかり居心地の悪さを感じる。

正直、今すぐ逃げ出したいくらいだ。

"第七区画の鴉"と呼ばれ恐れられる男がなんとも情けない話ではあるがこればっかりは如何ともし難い。

そんな中、居並ぶ使用人達と奥に彼らと共にクロードを迎える1人の女性が居た。


「おかえりなさいクロード」


自分を呼ぶ穏やかで透き通った声にドキリとして声のした方へと視線を向ける。

そこには青い瞳と金髪のロングヘアに絹のように滑らで白い肌の上に、真っ白なロングドレスを纏った美女が立っていた。


「・・・ご無沙汰しています。義母かあさん」


クロードが義母と呼んだ彼女の名はレイナーレ・ビルモント。

ビルモントファミリーの首領ドンアルバートの妻であり、末の妹メリッサの母である。

確か年齢は40後半ぐらいだったと記憶しているが、とても経産婦とは思えぬ程に若くて美しい。

初めて会った時からまるで変わらない美貌を今も維持し続けている。

クロードに対して自分の娘と同じように愛情を注いでくれた人物でもある。

そんな彼女がクロードの返事を聞くなり子供のように頬を膨らませる。


「違うでしょ。帰ってきたら『た・だ・い・ま』だって教えたでしょ」

「なっ!」


会って二言目にそんな異を言われるとは思っていなかったクロードは頬を引き攣らせる。

まさか27歳にもなって義理とはいえ母親に叱られるとは思わなかった。

忘れていたが彼女は家族内でのルールに関してはかなりうるさい人物であり、言う事を聞かないと拗ねて泣くという非常に面倒な性格をしている。

とはいえクロードとてそこそこいい歳の大人の男である。

今更母親に向かって面と向かって「ただいま」だなんて照れくさくて言えない。

助けを求めるように左右に視線を向けるが、フリンジはわざとらしく玄関脇の壺を鑑賞し始め、周りの使用人達も素知らぬ顔で目を合わせようとしない。


(コイツ等、助ける気ゼロか!)


誰の助けも得ることが出来ず八方塞がり。

せめてなんとか誤魔化す手は無いかと考えている間にもレイナーレの目が涙目になっていく。

非常にマズイ。

彼女は一度泣き出すと宥めるのはかなり大変で最悪今日一日ここで足止めを食らう事になる。

他の仕事やルティアとの約束もあるのでそれだけはなんとしても避けなければならない。


「諦めて早く言ってあげなよ」

「うるさい!分かってる!」


どこからか聞こえたアジールの声に毒づきながらクロードは腹を括る。

羞恥で真っ赤になった顔を長い髪で隠すように俯き小さく呟く。


「・・・ただいま」

「よく出来ました」


まるで先程まで泣きそうだったのが嘘のような満面の笑顔を見せ、クロードの頭を優しく撫でるレイナーレ。

逆に母の威厳の前に完全敗北を喫し、羞恥と屈辱でメンタルをボロボロにされたクロードの方が泣きそうになっていた。

こんな姿は敵対組織の人間にはおろか舎弟達の前でだって絶対に見せられないし、見せたくない。


(だからこの人は苦手なんだ)


この家の養子になってから随分と経つがレイナーレの考えは全く読めない。

悪党同士での騙し合いや潰し合いにいくら勝てても、この人にだけは一生勝てる気がまるでしない。

すっかり気落ちしたクロードを放っておいてレイナーレはフリンジへと視線を移す。


「ウチの子の躾でお待たせしてすいませんね。フリンジさん」

「いえ、気にせんで下さい姐さん」

「お約束の件ですよね。あの人なら2階の書斎にいるから案内しますね」


そう言ってレイナーレは背を向けると先頭に立って歩き始める。

広い玄関ホールを奥へと進み2階への階段に向かう彼女の後ろに男2人が続く。

2階に上がり、書斎へと続く長い廊下を歩いているとレイナーレがふと思い出したように口を開く。


「そういえばあの人ったら今日はクロードが来るからって昨日からずっとソワソワしてたのよ」

「親父が?」

「ええ、普段口には出さないけど、あの人あれでもあなたの事を随分気に掛けてるのよ」


レイナーレはそう言うと昨日の事を思い出したのか可笑しそうに笑う。

だが、クロードとしては少々複雑な思いである。


「親父からすると俺はそんなに頼りないのか」

「違うわよ。むしろ良くやってるって褒めてたわ」

「そ、そうなのか」

「そうよ。もっと自分に自信を持ったら」


クロード達の仕事について詳しく知らないとはいえ中々に難しい注文をしてくれる。

確かに自信を持つことは大事だ。それがない人間は何をやってもうまくいかない。

だからといって過剰な自信を持ちすぎて調子に乗れば簡単に足下を掬われるのがこの稼業だ。

そうして下手を打った先にはいつだって死が待ち構えている。

だからレイナーレの忠告にも曖昧な笑顔を浮かべて適当な返事を返しておく。


「なるべく心配はかけない様にする」

「もうこの子ったら」


息子の反応に義母は何か言いたそうな表情を見せたが、結局それについてはそれ以上何も追求せず代わりに別の話を持ち出す。


「それよりもあの人、クロードが家に顔を出さない事を気にしてたわよ」

「えっ?」


ここでまさかフリンジと屋敷への道中で話していた内容が出てくるとは思わず、間抜けな声が出てしまったクロードは慌てて口元を抑える。


「あの人も言ってたんだけど、クロードってば仕事じゃないと家にあまり顔を出さないじゃない。カロッソやレイナは休みの日なんかよく帰ってきてメリッサと遊んでくれるのに」

「その事については悪いと思ってる」

「本当に?」

「本当に」

「ふ~ん。ならばよろしい」


少しまだ疑っているようだが一応は納得してくれたらしい。

それにしてもこの母親は口調や仕草がいちいち若くて正直、息子としては反応に困る。

しかも見た目は20代といっても全然通用するレベルの美貌。

その気になれば今すぐ街に出て男の1人や2人引っかけるのなんぞ訳ないだろう。

なにせアルバートと結婚するまで数々の著名人を虜にし、いつしか"プリンセス"なんて二つ名で呼ばれていたくらいだ。


(もっとも手を出した奴は次の日には川の畔に浮かぶ事になるだろうがな)


過去にどこぞの社交界でレイナーレにちょっかいをかけたVIPは次の日から行方不明になった。

巷ではアルバートの怒りを買って土に還ったというのがもっぱらの噂だ。


(まあ、今度同じ様な輩が出たら直に親父が手を下すまでもなく俺が消すけどな)


ビルモント家の家族の絆はオリハルコンやミスリルよりも固い。

まだ現れてすらいない未来の不埒者をどうやって料理するかの算段を立て始めるクロードを見てレイナーレがクスリと笑う。


「でも良かったわ。メリッサがあなたに凄く会いたがってたから」


その名を聞いた途端、クロードの肩がビクッと小さく跳ね上がる。

何故今義妹の名前が出てくるのか?今日は平日で妹は学校のはずだ。

何かの聞き間違いかと思いたいが念のため聞き返す。


「今日メリッサは学校だったよな・・・」

「学校よ。でも今日は講義が昼までだからもう少ししたら帰ってくると思うわ」

「・・・そうなのか」


2ヶ月前の晩餐会の時は学校行事で居なかったため、メリッサとはもう1年以上会ってない。

手紙はずっと届いており内容にも目を通しているが返事はロクに返していない上、去年の誕生会に出席しなかった詫びも満足に出来ていない。

なので正直会うのが恐い。


「会いたくないの?」

「そういう訳ではない・・・たぶん」


いい機会だからむしろ今日会って去年の事を謝ってしまえばいいと思う反面、会ってまた怒らせてしまったらどうしようと及び腰になっている自分が居る。


「あの子、兄妹の中じゃあなたの事が一番好きみたいだから、会わずに帰ったって知ったらきっとあの子凄く怒ると思うわよ」

「・・・・・ですよね」


レイナーレの言葉にクロードは観念して、今日中に会っていく覚悟を決める。

何故メリッサが長兄のカロッソではなく血も繋がっていない自分を好いてくれているのかは謎だ。

なんとなく過去の出来事に心当たりはあるがそれを確認したことはない。


「あの子もあなたが心配なのよ」

「分かってる」

「私だって一応義理とはいえあなた母親なんだからいつも心配してるのよ。例の一緒に住んでる女の子達とはうまくやってるのかな~とか?」

「ぐっ・・・」

「前に一度会ったけどみんな美人じゃない。結婚しないの?」


流石は義理でも母親、聞いて欲しくないところにズケズケと踏み込んでくる。

というかいつの間にコンタクトを取ったんだ。両者が会ったなんてそんな話は誰からも聞いていない。

そうしてクロードが答えに窮している間に次から次へと質問が飛ぶ。

今の暮らしぶりについてあれやこれやと根掘り葉掘り聞いてくるレイナーレをなんとか躱している間にこの屋敷の主であり、ファミリーの首領ドンであるアルバートの書斎の前に辿り着いていた。

ここから先は仕事の時間、いくらレイナーレといえど立ち入る事は出来ない。

これでようやくこの居心地の悪さから解放されると思っていた矢先。


「後でリビングにいらっしゃいね。メリッサと2人で紅茶を入れて待ってるから」

「・・・はい」


ようやく終わりが見えたと思っていた質問攻めの終着地点はどうやらここでは無かったらしい。

隣ではずっと2人の話を聞いていたフリンジが必死に笑いを押し殺していた。


「叔父貴。笑わないでくださいよ」

「すまん。いつも冷静なお前がこんなに振り回されてるのは初めて見たもんだからついな」

「・・・酷ぇ」


不満を漏らしながらクロードは襟元を締め、服装の乱れを整えてから書斎の扉をノックする。

数秒の間を置いて中から返事が返ってくる。


「入れ」

「失礼します」


ドアノブに手を掛けてゆっくりと押し開けて部屋の中に入る。

後ろから小さくレイナーレがお仕事頑張ってねと言ったのが聞こえ、ゆっくりと扉が閉まる。

扉を背に立つクロードとフリンジから見て真正面。

部屋の中央に置かれた立派なデスクの向こう側で椅子に背を預けた男が居た。

短く切り揃えた白髪、白いスーツに赤いネクタイを締めた目つきの鋭い初老の男。

第七区画を裏で牛耳るマフィアの頂点であり、クロードが憧れ目標とする人物。


『お久しぶりです。首領ドンアルバート』

「よく来たなフリンジ。それとクロード」


大物と呼ぶに相応しいオーラを纏いニヒルな笑いを浮かべたアルバートは、部屋の中央にあるソファを指差す。


「とりあえず座れ。早速だが話をしよう」


アルバートに促され2人はソファのある位置へと移動する2人。

この後、アルバートから聞かされる話がクロードの今後の人生を大きく左右する事になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る