第10話 鴉の居場所

会社を出てからしばらくクロードはフリンジと2人で人通りの疎らな裏通りを歩く。


「ところでクロード。お前、最後にアルバートの奴に会ったのはいつだ?」

「何ですか急に?」

「いいから答えろよ」


突然、理由も告げずに質問してくるフリンジに疑問を抱きつつクロードは言われた内容についての答えを直近の記憶の中からピックアップする。


「それだと多分2ヶ月前ですかね。区長の家で開かれた晩餐会の付き添いで」


あの時の事はよく覚えている。

珍しくアルバートから使いが来たので何事かと思ったら、区長の家で開かれる新築祝いに家族で参加するから護衛として出席するようにとの指示。

しかも正装で参加が条件という事だったので慣れないタキシードなんぞを着る羽目になった。


(あんまり似合わないもんだから完全に会場で浮いてたんだよな)


その上、正装しても纏う空気や顔の傷は隠せないので会場にいたVIPからは警備の担当者に間違われたり、招待客が連れてきた子供には泣かれたりと散々な目に遭った。

挙げ句、同席した義理の兄からはその事を後で散々笑われた。

その時の事を思い出して若干ブルーになるクロードに、フリンジはやれやれと肩を竦めてみせる。


「そりゃあファミリーの仕事だろう。俺が聞いてるのはプライベートの方だ」

「それは・・・」


言われてみれば確かに今話した内容も家族が一緒に居たとはいえ自分は仕事という認識だった。

では仕事の一切絡まないクロード・ビルモント個人として父と会ったのはいつだろう。

思い出そうとしてみるが、中々答えが出てこない。

仕事の関係でなら年に何度か必ず顔を合わせているはずなのに。


「お前の事だ。しばらく実家の方にも帰ってないんだろ?」

「・・・ええ、まあそうですね」


1人暮らしを始めた頃からだろうか、めっきり実家には寄りつかなくなった。

帰る事があるとすればせいぜい年に数回あるかないか。

アルバートの妻や子供、つまり自分の義理の母や妹の誕生日に顔を出す程度である。

ちなみにアルバートの子供は全部で4人いて、長男はクロードより1つ年上の兄カロッソ。

長女レイナはクロードの4つ年下、末の妹メリッサは14歳とクロードとは一回り近く歳が離れている。

ちなみにクロード以外の全員がアルバートとの血縁関係がある。

もっとも、クロード自身はその事を負い目に感じること無く家族とは接してきた。

ただ、ここ2.3年は特に仕事が多忙を極めており家族との時間を作れないことが多く。

昨年などは参加を約束していた義妹メリッサの誕生会に出席できなかった。

代わりにプレゼントだけを贈ったら後日妹から便せんが膨れあがるほどの長文で怒りを綴った手紙がポストに数十通と送りつけられる事になった。


(そういえばあの手紙を見たグロリアが一国が滅ぶぐらいの怨念が宿っているとか言ってたな)


流石に冗談だとは思うが次の誕生日には絶対に顔を出さないと今度は本当に呪われるかもしれない。

兄ともう1人の妹はクロード同様に家を出てファミリーの仕事に就いているので仕事の関係でたまに会う機会があり、一緒に食事に行ったりする事もある。


「確かに実家にはもう随分と帰ってないせいでメリッサからはよく叱られますが、カロッソ兄貴とレイナとはたまに食事に行きますよ」

「アイツ等の事はいいんだよ。とにかく遠く離れた土地に住んでいる訳じゃないんだから。たまには仕事抜きで親の所に顔を出してやれ。それが親孝行ってもんだ」

「はぁ・・・」


何やら強引に話を進めるフリンジに困惑しながらも一応頷いておく。

こういう話をされるとクロードはいつもどう反応していいか分からなくなる。

別に家族のことが嫌いなわけじゃない。

父の事は尊敬しているし、義母達との関係も良好だ。

兄とは歳が近い事もあっていい兄弟関係を築けていると思う。

ただ義妹達との関係は正直微妙だとは思っている。

上の妹の方が思春期を過ぎた頃からかクロードに対して少し冷たくなった。

嫌われているのかとも思ったが食事に誘ったりするとなんだかんだ文句を言ってついてくるので本当に嫌われている訳ではないと思う。

下の妹が少々厄介でクロードに対して愛情表現が激しい。週に2,3度は想いを綴った手紙を寄越す。

偶然その手紙を読んだアイラ達からはシスコンの疑いを掛けられた程だ。

だがそれが家に寄りつかない理由ではない。理由はもっと別の所にある。


「あれか?お前の家に住んでる女達の事を気にしてるのか?」


フリンジに言われて、クロードは同じ家に住まう4人の女の姿が頭に浮かべる。

クロードが4人の美女と暮らしているというのはファミリー内でも知らぬ者がいない程有名な話だ。

舎弟達の間ではクロードが一体誰を嫁にするか賭をしているなんて話まである。

その話が出る度に成り行き上一緒に暮らしている事を説明してはいるのだが、ファミリーの古参メンバーからはいつ誰と結婚するんだと会う度に聞かれるので参っている。

ともあれ今話している実家に帰らない事と彼女達の件はそれほど関係が無い。

なのでここはキッパリと否定の言葉を口にする。


「それは違いますよ叔父貴」

「そうなのか?俺はてっきりお前が身を固める準備に忙しいのかと思ってたが」

「前から言ってますがそういうつもりじゃありませんよ」


そもそもそんな暇が無い事はフリンジだって知っているはずだ。

なにせいつも事務所で顔を合わせているのだから。


「じゃあ、帰らない理由は何だ?」

「そうですね。強いて言うなら俺の我が儘ですかね」

「我が儘?」


想像していなかった答えを聞いて首を捻るフリンジに、クロードは自分の考えを初めて口に出す。


「家を出て1人立ちして、自分の力で結果を出して親父に認められる1人前の男になりたいんですよ。ただ俺みたいなのは家に帰って家族の顔を見てしまうとどうしても甘えが出てしまいそうでね・・・。まあこうして言ってしまえば随分と子供染みた理由かもしれませんが」


これが他の誰にも今まで語ることの無かった嘘偽りのない本音だ。

恐らくこの先他の誰に聞かれても今語った言葉を伝える事はないだろう。

組織の幹部であり、父の盟友であり、右も左も分からなかった若造の自分をファミリーで仕事を任されるまでに育ててくれた大恩あるフリンジだからこそ伝える気になった。

寒空の下、少し気恥ずかしそうに語り終えたクロードを見てフリンジが小さく頷く。


「なるほどな。まあお前の言い分も分からないではないな。だが、一つ間違いがあるぜ」

「間違い?」

「ああ、誰がなんと言おうがお前はもう立派に一人前の男だ。クロード」


フリンジの言葉に、ガラにも無くクロードの胸に熱いものが込み上げる。

人様からは後ろ指を指されて当たり前のこの稼業。

誰に誇れずとも、他の誰にも理解されずとも認めて欲しい人達が居た。

その中の1人、親同然に思っている男に認めてもらえた事が素直に嬉しかった。

少しだけ涙目になっているクロードを見てフリンジが冗談めかして笑う。


「いや、ちょっと待てよ。やっぱり嫁をもらって初めて一人前か?」

「だからその話は本当に勘弁して下さいよ叔父貴」


他に人の居ない通りの真ん中で2人の男の笑い声が響く。

ひとしきり笑った後、フリンジはクロードの肩を叩く。


「ともかくだ。お前の気持ちは分かったが、それでもやっぱり家族は大事だ。少しは家の方にも顔を出してやれよ」

「叔父貴がそう言うなら」


まだ少し踏ん切りがつかない部分もないではないが、尊敬する男の言葉だ。

今後は暇が出来たなら少しずつ顔を出すようにしようと思う。


「アルバートの野郎もあんななりで寂しがり屋だからな。構ってやらないと泣くぞ」

「ハハッ、まさか」


ファミリーを支える大黒柱であり、他のファミリーからも恐れられる男。

偉大なる父、首領アルバートが泣く姿などクロードには想像も出来ない。


「お前は知らないだろうがアイツはガキの頃"泣き虫アルちゃん"なんて呼ばれてたんだぜ」

「本当ですか?」

「ああ、いつも誰かに泣かされてたからよく俺が庇ってやったもんだ」


それからクロードはフリンジから養父の昔話を聞きながら、今の自分にとっての実家であり組織の首領であるアルバートの屋敷への道を歩き、気がつけば屋敷の正門の前へと辿り付いていた。


「しかし何度見てもデカい屋敷だよな」

「そうですね」


2人の目に映ったのは代々木公園並に面積を持つ広大な敷地とその中央に聳え立つ宮殿の様な建物。

かつてどこぞの貴族の屋敷だったのを買い取ったらしいが、その迫力に圧倒されそうになる。


「何を驚いてる。お前のとこの家だろ」

「確かにそうなんですが・・・」


そうは言ってもクロードは養子であり、元はただの小市民。

加えてこの家で暮らした期間もそれ程長くない上、今は外に自分の家を持ちそちらで暮らしているので正直ここが自分の家だという実感がわかない。

今更ながらこの家を見て父の偉大さと自分のいる組織の大きさを思い知る。


「この家買うのって俺の給料何ヶ月分ぐらいですかね」

「それは考えない方がいいぞ。虚しくなるからな」


昔、ファミリーの古参が酒の席で話していた内容では随分と安く買ったと聞いた記憶がある。

それでも当時の相場から考えて元貴族の屋敷はかなり高額だったはずだ。

同世代の平均から考えるとかなりの高給取りであるクロードだが、それでも組織の一構成員でしかなく。

例え死ぬまで働いたところで手が出せる様な額ではないだろう。


「とりあえず行くか」

「そうですね」


このまま立っていても埒があかないので2人は正門の所に立っている門番の方へと近づく。

正門の前に立っているのは上下黒のスーツに身を包んだ見るからにSPやボディーガードといった印象の4人の男達。

彼らは組織内からアルバートが直々に選び抜いた腕利きによって構成された直属部隊であり、魔法戦、格闘戦どちらにも対処可能なエリート中のエリートだ。


「幹部のフリンジと側近のクロードだ。首領ドンに呼ばれて来た」

「窺っております。フリンジ様、クロード様」


丁寧に一礼した男達は魔法でロックされた正門の鍵を解除して門を押し開ける。


「どうぞお2人共」

「屋敷の中で首領がお待ちです」

「ああ」


門番達の間を通って2人は正門をくぐって敷地内に入る。

クロードにとっては久方ぶりの実家。

途中で手土産を買ってこなかった事を少し後悔しつつ、建物の方へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る