第9話 ボルネーズ商会

街へと向かう道の途中、タバコを咥えたクロードは自宅での出来事を後悔していた。


「・・・早まったか」


家を出る時、アイラにせがまれたのでハグをしてやったのだが今考えるとあの行動は早計だった。

アニメやゲームのような鈍感系主人公ならいざ知らず。

クロードは結婚していてもおかしくない酸いも甘いも知る大人の男だ。

今更彼女達から向けられている好意が分からない等と言っていられる歳ではない。

かといって今のところ誰かを選んで一緒になるつもりもない。

別に彼女達を女性として見ていないのではない。

口には出さないが贔屓目に見ても彼女達は十分に魅力的であるとクロードは思っている。

だから選べないとかそういう優柔不断な理由でもない。単純に結婚する意思がないそれだけだ。

彼女達もそれを分かっているのか現状で満足しているのか、何も言ってこない。

その代わりなのだろうがたまに我が儘を言うのでその希望をなるだけ叶えてやる。


(最初の内はその我が儘を聞くのも一苦労だったな)


今の家に越してきた当時は家のどこに居ても必ず誰かしらが自分の傍に居て気の休まる時が無かったし、我が儘の内容も今よりも過激で随分困らされた。

実家に挨拶に行こうとか、子供が欲しいとか言われた時は流石にどうしようかと思ったものだ。

今は彼女達の間でルールを決めたらしく一日中べったりも無茶な我が儘を言う事もなくなった。

ただ、たまにこういった抜け駆け行為が発生すると家族会議だと大騒ぎして面倒くさいことになる。


「はぁ、今日は帰りたくないな」

「アハハッ、モテるオスは辛いねえ」


思わず溜息を漏らすクロードの肩にいつの間に姿を現したのかアジールが乗っており愉快そうに笑い声を上げる。


「誰のせいだと思っている」


家の中でも比較的良識のあるアイラが急にあんな我が儘を言い出した理由は分かっている。

自分の肩で笑い声をあげている悪戯好きの相棒が彼女に暴言を吐いたからだ。


「エヘヘ、やっぱりバレた?」

「当たり前だ」

「アイラはたまにからかうとおもしろいからさ~」


まるで反省の色の見えない相棒にクロードはさらに重たい溜息を漏らす。


「まったく、お前という奴は・・・」


アジールとは契約してもう10年近い歳月が経つが出会った時からずっとこの調子だ。

人よりも遙かに長い歳月を生きているはずなのにいつまでも子供っぽさが抜けないどころかずっと子供のままなのだ。


「まあまあ、アイラの事はひとまず置いておいてさ」

「勝手に置くな」

「いいじゃないか。どうせ家に帰ったら嫌でも思い出す事になるんだからさ」


確かにその通りなのだが、原因を作った相手にそれを言われるのは何だか釈然としない。


「ところでさクロード。ルティアの件どうするんだい?」

「ああ、その事か」

「君の事だからそんなに心配はしてないんだけどさ。一応プランを聞かせてよ」


少しだけ真面目モードに入ったアジールからの問いにクロードは咥えていたタバコを口元から離す。

結局、引き受ける事になった邪霊退治だが実はそう簡単な事ではない。

そもそも一度取り憑かれた精霊から邪霊だけを引き剥がす様な真似が出来る人間は多く居る魔術師や精霊術師の中でもほんの一握りしかおらず。

しかも精霊に取り憑くような邪霊はかなりの力を持っており普通に退治するのも容易ではない。

以上の事から今回の依頼内容を達成するには相当な実力を求められる。


「とりあえず場所はブルーノ師匠せんせいのところの部屋を借りるつもりだ」

「なるほど。確かにブルーノの使ってる儀式部屋なら万が一失敗しても周囲への被害はゼロで済むね」

「そういう事だ。後はまあ必要になりそうな道具はロックにでも買いに行かせる」

「鉄鉱石の方は用意しないのかい?」

「弾のストックはまだあっただろ」

「ん~20発はあるけど、足りるかな?」

「それだけあれば十分だと思うが、一応手配しておくか」


いざという時、邪霊を仕留める決め手がないでは笑い話にもならない。

その後もアジールと一緒に夜の事について話をしている間にあっという間に時間は過ぎ、2人は都市部の裏通りにある古びた三階建ての建物の前に辿り着く。

建物の出入り口には大きな立て看板が置かれておりそこには「ボルネーズ商会」と書かれている。

ここがクロードが普段仕事をしている事務所だ。


「ところで今日の議題って何だっけ?」

「さあな、俺も詳しくは聞いてない」

「そうなの?」

「何せ昨日の昼間、例の強盗共の情報収集で忙しい時に連絡が来たからな」

「誰から?」

「トムソン」

「ああ、じゃあ駄目だね」


アジールはどこか呆れたように呟くと、クロードの影に溶けるように姿を消す。

これから入る場所はむさ苦しい男連中しか居ないので実体化していたくないらしい。

人懐っこい印象のアジールだが実は人の好き嫌いが非常に激しい。

なのでこうして人の集まる時や人通りの多い場所を歩く時などはいつもクロードの影に隠れてそこから黙って様子を観察している。

気まぐれな相棒の姿が完全に消えたのを確認した所で、クロードは建物の中へと足を踏み出す。

2階にある事務所の扉を開けてすぐの場所にいた濃い髭面の大柄な男が笑顔を向けてくる。


「よう、クロード待ってたぜ」

「おはようございます。フリンジの叔父貴」


クロードが丁寧に挨拶をした相手の名前はフリンジ・ボルネーズ。

茶色のスーツに身を包んだ2m越えの大男で、鬼族と呼ばれる魔人族の出だ。

そしてこのボルネーズ商会の社長であり、ビルモントファミリー内に9人いる幹部の1人でもある。


「少し遅くなりましたか?」

「いや、丁度これから始めるところだ。問題ねえよ」


そう言ってフリンジは部屋の奥へ行くようにクロードを促す。

クロードは黙ってそれに従い部屋の奥にある会議室へと移動する。


『クロードの兄貴、お疲れ様です!!』

「おう」


会議室には既に社内の主だった面々が集まっており、威勢の良い挨拶を飛ばしてくる。

なんとも体育会系的なノリだが、クロードはこのノリが嫌いではない。

席に着く舎弟達の後ろを通り会議室の奥、上座から見て2番目の席に腰を下ろす。

その少し後に社長であるフリンジが席に着いた事で、本日の会議が始まる。


「今日、お前達に集まってもらったのは他でもない。来月やるウチの婆さんの誕生祝いについてなんだがどうした催しをすべきかお前達の意見を聞きたい」


開口一番、そう切り出したフリンジの言葉にすかさずロックが手を挙げて意見を述べる。


「社長!それ先月もやりませんでしたか?」

「馬鹿野郎!こないだのはウチの母ちゃんのだ!ふざけてっとぶっ殺すぞ!」

「失礼しました!」


傍から見るとふざけている様にしか見えるが本人達は至って大真面目である。

フリンジの家はかなりの大家族でフリンジの両親と奥さんの両親、その子供が8人にフリンジの祖母の15人で暮らしている。

彼の祖母は御年138歳と鬼族の中でもかなりの高齢だが、とても元気でありたまに自宅から大量の料理を運んで来て社員達を労ってくれる。

彼らにとっては血のつながらないもう1人の祖母の様な感覚で皆が慕っている。

その様な経緯もあり日頃から世話になっているフリンジの祖母の誕生祝いで手を抜く事など出来ようはずも無く全員が次々に意見を出していく。


「やはりここは大きなケーキを買って・・・」

「ありきたりだ。却下」

「ドレスのプレゼントなんてどうでしょう?」

「婆さんは服に興味ない。却下」

「こないだ潰した強盗団が持ってた宝石なんてどうですか?」

「盗品をプレゼントなんて出来るか!却下だ馬鹿野郎!」


無い知恵を絞って意見を出しあう男達の会議は予想以上に白熱し紛糾する。

今の彼らを見てここにいる全員が筋金入りの悪党だと果たして誰が思うだろうか。

そこからさらに1時間近い時間を要し、ある程度意見が出尽くしたが未だにこれだというものがない。

会議が行き詰まりかけた頃合いを見てようやくクロードが口を開く。


「思うんですが、やはりここは叔父貴のご自宅でホームパーティが妥当ではないかと」

「しかしだな・・」


フリンジとしては盛大に祝ってやりたいのだろうが、祝われる本人がそれを望んでいるとは限らない。

クロード自身も日頃からよく世話になっている相手の事なのである程度は理解している。


「叔父貴のお婆様の人柄を考えると、高価な贈り物や派手なパーティよりも家族の皆が祝ってくれるような誕生日をお望みだと思います」

「確かに、お前の言う事も一理あるか・・・」


社内の他の誰よりも腹心として絶対的な信頼を寄せるクロードの言葉でフリンジの考えが揺らぐ。

後もう一押しと睨んだクロードは一気に畳み掛ける。


「もちろん。我々も日頃お世話になっている身なので社員総出でお祝いに伺いますと共に、最大限のサポートをさせて頂きます。なあ、お前達!」

『うっす!もちろんっす!』

「お前達・・・」


社員達の息の合った返答を聞いて感極まったフリンジが思わず熱くなった目頭を押さえる。


「俺ぁ、いい部下を持ったな~」

「何を言いますか。これも叔父貴の人柄あってこそですよ」


トドメの一言。これでこの議題に対する結論は決まった。


「よし。お前達の気持ちは確かに受け取った。今年はホームパーティにする!」


フリンジの決断に居並ぶ男共から一斉に拍手が上がる。

これでようやく本日一つ目の議題が終わった。

気分を良くしたフリンジは机の上に置いてあるA4サイズの紙を手に取る。


「それじゃ次の議題だな。一昨日第八区から逃げてきた強盗共の件か?」

「はい。昨日クロードの兄貴と俺達で奴らの隠れ家に乗り込んで身柄は抑えました」


それを聞いたフリンジの目つきが変わる。一睨みで街の悪党すら震え上がらせる悪鬼の目だ。


「そいつ等は何か喋ったのか?」

「それが思ったよりしつこくて中々口を割りません」

「喋ったらそれこそ命がないと思ってるんだろうな。まあその通りだけど」


ドレルの言葉に周囲の男達が卑屈な笑みを浮かべる。どうやら全員同じ事を思ったらしい。

そんな中、バーニィが立ち上がり次の報告を述べる。


「今朝方、本部から連絡があり、ガルネーザファミリーから身柄の引き渡し要求が来ているそうです」

「いつまでだ?」

「今日、明日中にもという話だそうです」


バーニィの報告を聞いたフリンジはどこか腑に落ちないといった表情を作る。


「ガルネーザの奴ら随分と急がせるじゃねえか。臭うな」

「この件、俺は何か裏があると思ってます」


フリンジの考えにクロードも同意見である事を伝える。

どうやら今回の1件。これで終わりではないようだ。


「ゼドの野郎に急ぐように伝えろ。手足の1,2本は落としても構わねえ。そうすりゃ素直に喋るだろ」

「いいんですか?」

「頭と胴がくっついてりゃ喋る事は出来る。その事でガルネーザの奴らに文句は言わせん」


平然と恐ろしい事を言ってのけるフリンジ。だがこれこそがこの男達の本来の姿だ。


「とにかくどんな手を使っても今日中にヤツ等の持ってる情報全部吐かせろ」

「分かりました」


バーニィの返事に大きく頷くとフリンジは手に持った紙の次の項目へと視線を移す。


「それじゃ次の議題だ・・・・」


それからさらに1時間の時間を費やしていくつかの案件を話し合った後、この日の会議は終わりを迎える。

会合の後、部屋を出ようとするクロードをフリンジが呼び止める。


「おい、クロード」

「なんですか叔父貴?」

「今日この後、出掛けるから付き合え」

「構いませんが、一体どちらへ?」


こうしてフリンジから外出に誘われる等滅多にない事なのでクロードは少し意外だった。

ともあれ、今日はルティアの件やいくつか片しておきたい案件があるのであまり時間はかけたくない。


「アルバートの奴がお前に話があるってよ」

「親父がですか?」


組織の首領ドンであり、敬愛する養父の名前を出されたクロードは困惑する。

養父がわざわざ自分を呼びつける様な事はあまりなかった為、必死に記憶の中から心当たりを探す。

あれこれと頭を悩ませるクロードを見てフリンジが苦笑する。


「そう難しく考えるな。いいから黙ってついてこい」

「はぁ、分かりました」


今一つ釈然としないクロードを余所にガハハと豪快に笑うフリンジ。

そうして2人は簡単に支度を済ませて会社を後にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る