第7話 鴉の住み処 2
第七区画レアドヘイヴン郊外に建つ一軒の家。
国内にある他のマフィア達から恐れられるビルモントファミリーの構成員。
通称"第七区画の鴉"ことクロード・ビルモントの自宅だ。
家の居間には家主であるクロードと彼に助けを求めにやってきた少女ルティア。
それとクロードの家で同居している4人の美女が同じテーブルを囲んでいた。
「お話の前に旦那様。お食事は?」
「ああ、何か簡単なものを頼む」
「かしこまりました」
そう言ってクロードに対して恭しく一礼してエプロンドレス(所謂メイド服)を着た銀髪の美女がキッチンへと向かう。
彼女の名前はアイラ・ミロード。
腰のあたりまである流れるような長く美しい銀髪と緑の瞳、そして特徴的な先のとがった耳を持ち、
男の後を三歩下がって三つ指ついてなんていう良妻賢母感が漂う古風な印象のエルフだ。
「ルティアさんは何か食べたいものはありますか?」
「いえ、大丈夫ですのでお構いなく」
アイラの申し出をつい遠慮してしまうルティア。
所持金が底をつきかけて朝から何も食べていないので本当は空腹なのだが、今は何を出されてもまったく喉を通る気がしない。
正直、自分が置かれている状況が飲み込めず、むしろ何も食べていないのに吐きそうなくらいだ。
頭の中ではさっきからずっとこの場をどう乗り切ればいいのか、その事ばかりを考えている。
軽くルティアをパニック状態に追い詰めるだけ、彼女の前の現実は混沌としていた。
そんなルティアの思いなどつゆ知らず。周囲の女達は彼女の事を特に気にするでもなく会話をしている。
「シャティ・・・お茶・・取って」
「グロリア姉に頼めよ。そっちのが近いんだから」
「嫌よ。自分で取りなさいヒサメ」
「・・・ケチ」
一見するとまるで姉妹のようなやりとりに見えるが、彼女達に血の繋がりはない。
それどころか同じ人種、同じ種族ですらない。
最初に玄関でルティアをその豊満な双丘に沈めた赤髪の女がシャティ・ライキ。
明るい性格の彼女は西方の亜人族で赤狼族と呼ばれる種族の族長の娘だそうだ。
そしてナチュラルミディと呼ばれるヘアスタイルの青い髪。
大きなスミレの花の刺繍が入った白い着物をだらしなく着崩している色白の辿々しい喋り口調の少女がヒサメ・レコルティ。
北方にある凍獄と呼ばれ上位魔族ですら寄りつかぬ程の極寒の地にある国から来た雪女。
最後がグロリア・シンクレアス。
シャティ以上の爆乳の持ち主であり紫の背中と胸元が大きく開いたドレスを纏った妖艶美女。
スリットからは生足を惜しげもなく晒しており、同じ女性であっても目のやり場に困る程だ。
その美しい顔を彩るブラウンのロングヘアの間からは上位魔族の証である山羊の角が二本生えている。
ルティアは彼女らの自己紹介を聞かされてからずっと思っていた。
何がどうなったらこんな環境が出来上がるのかと。
敵対し反目し合っている種族の人間が1人の男の家で一緒になって暮らしているなんて普通じゃない。
しかもここにいる全員が精霊術師だというのだからもう驚いたなんてレベルではない。
いくらレミエストス共和国が世界初の全勢力全ての種族に対し中立を宣言している国とはいえありえない。もう凄すぎて訳がわからなくなりそうだ。
「ルティアちゃん青い顔してるけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
心配して声をかけてくれたシャティに努めて平静を装い言葉を返すが、どうしても声や表情がぎこちなくなってしまう。
そんなルティアの想いを察したらしいグロリアが思わず苦笑する。
「そりゃあ戸惑いもするでしょう。エルフに、獣人、雪女に上位魔族が人間と一緒に暮らしてるんだから」
そう言ってグロリアは手に持っていた細いキセルの先端をクロードの方へと向ける。
「俺のせいだと?」
「他に理由があると思う?これだけの女を虜にしておいて」
妖艶な笑みを浮かべてかような意見を述べるグロリアにシャティとヒサメがに首を縦に振って同調する。
「そう考えると酷い男だよな~ダーリンは」
「・・・鬼畜・・・の所行」
「まさに女の敵よね」
同じ家に住み身内同然であるはずの女性陣からの辛辣な言葉に、クロードは一瞬だけ何か言いた気な表情をするが分が悪いと見てか何も言わずに天井を見上げる。
"第七区画の鴉"と呼ばれ恐れられる男もこうなっては形無しだ。
言われたい放題でお手上げになっているクロードの姿に、何か言おうと右往左往するルティア。
だが、今日初めて会った彼女は誰かに彼のいいところを話せるほどクロードを知らない。
困り果てたところにキッチンから料理を手に戻ってきたアイラが助け船を出す。
「いいではないですか。そのくらい。皆事情は違えど困っていた時に救ってくださったのは旦那様です。現に今もこうしてお慕いする私達を何も言わず傍に置いてくださっているですから」
諭すようなアイラの言葉を聞いて3人が少し言い過ぎたと反省の色を見せる。
「コホン。情がどうとかははともかくとして、イイ男なのは確かよね」
「やっぱりダーリンはカッコイイんだよ」
「抱いて・・・欲しい」
先ほどまでの発言は一体何だったのか、一転してクロードを持ち上げ始める女性陣。
最後に約1名だけ願望がダダ漏れだったがそこは気にしたら負けだとルティアは思う。
話を聞いている限り彼女達がクロードに対してかなり好意を持っているのは間違いなさそうだ。
となると気になるのは彼女達とクロードの本当の関係だ。
クロードは家に入る前に結婚もしてないし婚約者も居ないと言っていたが、これだけの女性に思われていて、しかも一つ屋根の下で暮らしているのだからかなり関係は深いはず。
ここに来た当初の目的など忘れて、妄想を膨らませる年頃の少女ルティア。
聞くべきかどうか悩んだ末にルティアは思い切って質問をぶつける事にする。
「えっと、皆さんは実際の所クロードさんとどういった関係なんでしょうか?」
ルティアの質問に4人の美女達は互いの顔を見合わせてしばし考え込んだ後、順番に答えを口にする。
「恥ずかしながら事実婚関係になると思っております」
「あれだよ。内縁の妻ってやつ?」
「愛人でしょ」
「・・・肉・・・奴隷」
彼女達の口からもたらされたとんでも回答に当のクロードは頭を抱え、呻く様に声を漏らす。
「一応、誤解がないよう言っておくが全部違うからな」
「あ、・・・はい」
答えを聞いたクロードの反応から見るに、どうやら両者の間には大きな認識の違いがあるらしい。
(そもそも俺の意思で傍に置いてる訳じゃなくて勝手に居座ってるだけなんだがな)
1人1人こうなるに至ったいきさつは異なるが、彼女らと出会い、それぞれが抱えていた問題解決に手を貸した結果が今の状況である。
21歳になった折にアパートで1人暮らしを始めてからそう時間も経たない内に1人、2人と自分の所へ転がり込んできた。
アジールの力をもってすれば彼女らを家に入れない様にする事は出来たのだが、状況を面白がったアジールが彼女らに勝手に印を与え、出入りを自由にしてしまった。
その為、当時借りていた8畳程のワンルームの部屋ではすぐに手狭になってしまい。
重ねてご近所からの子供の教育に悪いといった苦情や、ファミリー内の古株達から彼女らの扱いに対して小言を言われるようになり、困った末に仕方なく知り合いに掛け合ってこの家と土地を買い引っ越す事にした。
彼女らを追い出す事を考えたりした時期もあったが、自分を想い慕ってくれている事や、基本的に仕事でほとんど家に居る事のないクロードに代わって家事などをしてくれる実利を鑑みて、家政婦を雇っているぐらいの感覚で嫌になったらいつでも出ていってよいと伝え、彼女らの好きにさせてきた。
その結果が今の状況である。
(もっと早い内から何らかの対処をしておくべきだったか)
まだ若い時にした決断がここまで尾を引くことになるとはクロード自身想像もしていなかった。
とはいえ今更後悔したところでもはや手遅れである。
下手をしたら自分が誰かと籍を入れるか、最悪死ぬまで彼女らはこのままかもしれない。
(いや、アイラとグロリアに至っては俺が死んでも墓の前に居座り兼ねないな)
2人は長命な種族であり、間違いなく普通の人間である自分よりも長生きするだろう。
2人が揃って無機質な墓石を手入れにくる姿が容易に想像できる事に軽く恐怖すら感じる。
この事を深く考えるのは精神衛生的によくないからやめておこうと思考を放棄し、問題を先送りにしたクロードは取り繕うように咳払いを一つして本題に移る。
「今夜一晩、彼女ルティア・ディ・フィンモール嬢に部屋を貸す」
「承知致しました旦那様」
「分かってるよ」
「構わ・・・ない」
「別に私もいいけど、その娘は何なの?クロードの新しい女?」
グロリアの言葉に女達の視線が一斉にルティアに集まる。
決して好意的とは言い難い視線に晒されて少女は額に脂汗を浮かべる。
「はわわ、違います~」
「俺の古い知り合いの紹介でわざわざ遠くから俺の力を借りに来たそうだ」
「ふ~ん。その知り合いって女?」
「・・・そうだな」
「クロは・・・女に甘い・・・から」
ヒサメの言葉に最初は断ろうとしたのでそれはないと思いつつも、自分の現状を見るにその言葉にどれだけ説得力がないか悟り、それ以上何か言うのは差し控える。
「もう少し詳しく聞きたい所だけど私そろそろ出勤時間だから行くわ」
そう言ってグロリアは席を立つと、玄関の方へ向かって歩き出す。
その背中がリビングを出た所で振り返ったグロリアがクロードに向かって軽く手を振る。
「それじゃあクロード。行ってくるわね」
「ああ、気をつけてな」
上位魔族であり並の武器や魔法では傷一つ負う事のない彼女が何に対して気を付けるのかは謎だが、クロードからの見送りの言葉に機嫌をよくしたグロリアは少女の様な笑顔を浮かべて部屋を後にした。
その姿を見送り玄関から出ていくの足音を聞きながらルティアが不思議そうな顔をする。
「こんな夜遅くからお仕事なんですか?」
「グロリアは俺が出資しているクラブのキャストだからな」
「確かお店での売り上げNo.1なんだっけ?」
それから少しの時間親睦がてら3人と軽く雑談を交わした所で、アイラが席を立つ。
「それでは旦那様。私はルティアさん用にお部屋の設えをしてきます」
「私も・・・手伝う」
「じゃ、アタシは皿洗っとくよ」
随分と手慣れた様子で各々が役割分担し行動を開始する。
そうしてリビングに残されたのは家主であるクロードとルティアの2人。
クロードはアイラが用意したオムレツを見下ろし、小さくため息を吐く。
グゥウウウウウ
それとほぼ同じタイミングで、言い知れぬ圧力から解放されたルティアの腹の虫が鳴る。
気まずい沈黙が2人の間に流れ、ルティアが恥ずかしそうに俯く。
「・・・食べるか?」
赤面するルティアに向かってクロードは自分の手元にあった皿を差し出す。
皿にはアイラの作ったスパニッシュオムレツが盛られており、その上には他人から見ても一目で分かる程の愛情が描かれていた。
ルティアは自分がそれを食べてしまう事に僅かな抵抗を感じたが、一度解放されてしまった空腹には抗えず半泣きになりながら皿を受け取る。
「すいません。頂きます」
恥ずかしさのあまり茹で蛸のように顔を赤くしながらルティアはオムレツを頬張るのだった。
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