第5話 精霊術師からの依頼
クロードの肩に乗った鴉から自己紹介をされたルティアは礼儀正しくお辞儀を返す。
「初めましてアジール様。ルティア・ディ・フィンモールと申します。ルティアもしくはルティとお呼びくださいませ」
得体の知れない鴉相手に頭を下げる姿は傍から見れば珍妙極まりないが、精霊術師は自身が契約した精霊以外を相手にする時は、それがどのような精霊であっても敬意をもって接するのが彼女の育ってきた国においての習わしであった。
「はじめまして、よろしくね」
「ハイッ!」
元気よく返事をしたルティアは改めてアジールの姿に目をやる。
それにしてもこの精霊は変わった姿をしているなとルティアはアジールの姿をジッと見詰める。
鳥の姿をした精霊は王国図書館の資料でいくつか見た事があるが。そのどれとも違う姿をしている。
鴉の様ではあるのだが普通の鴉と違って足が3本ある。このような姿の精霊は初めて見る。
「変わった御姿ですが、アジール様はどういった精霊なのですか?」
「ふふ~ん。聞きたい~?」
ルティアの好奇心からの質問にアジールは焦らす様に聞き返す。
姿形は基本鳥なので表情などはないが、仕草や子供の様な口調から楽しそうにしているのは十分に伝わってくる。
「はい。教えてほしいです」
アジールからの問いにルティアもまた目を輝かせながら即答する。
彼女も精霊術師として珍しい精霊との邂逅に興味津々と言った様子。
ルティアの反応の良さにますます気分を良くしたアジールが饒舌に語りだす。
「ルティア。君は礼儀正しく素直でいい子だね。僕はとても気に入ったよ」
「ありがとうございます」
「だから特別に教えてあげよう。僕のこの姿は
「アジール。そこまでにしろ」
気分よく語り始めたアジールの言葉は即座にクロードによって遮られる。
相棒から思わぬ横槍を入れられてアジールはあからさまに不服そうな声を上げる。
「ええ~、いいじゃないか少しぐらい」
「駄目だ。少しは主の言う事を聞け」
「僕達は主従じゃなくて相棒だろ?」
「そう思うなら勝手にベラベラと喋るな」
精霊術師に限った話ではなく魔術全般に関わる者の常識。
術者というのは自身の扱う術や契約している精霊の能力は通常隠匿している。
その理由は万が一にもその情報が敵勢者に知られる様な事があれば、何かしらの対策を施されて不利な状況に追い込まれる可能性があるからだ。
ルティアがそんな事をする人間には見えないが、彼女の口伝えで情報がクロードに敵意を持つ第三者に流れないとも限らない。
故に相手が誰であろうと知らせる情報は最小に留めるに越した事はない。
そんなクロードの意図を読み取ってかアジールつまらなさそうにボヤく。
「まったくケチだな。クロードは」
「いいから少し黙ってろ」
「ちぇっ、つまんないの」
そう言ってアジールは拗ねた子供の様にプイッとそっぽを向く。
クロードは肩に乗せた相棒のお喋りに辟易しつつ、今度は目の前に立つルティアへと視線を戻す。
「ルティア嬢。君もこいつの相手をしてないでさっさと本題を話せ」
「え?でも、まだどのような労働をしてお金を払うか決まってませんが?」
「その件はもういい。引き受けてやるから依頼の中身を聞かせろ」
「本当ですか蔵人さん!」
一転して引き受けると言い出したクロードに対し、何の疑問も抱く事無くルティアは満面の笑みを浮かべて大喜びする。
一方、ルティアが何の気なしに呼んだ名前にクロードは眉を顰める。
実は先程からルティアがその名を何度も連呼しているのがずっと気になっていた。
「話を聞くのはいいがその蔵人って呼ぶのをやめろ。俺の名はクロード・ビルモントだ。それ以外で呼ぶな」
「え?でも本当のお名前は酒木蔵人さんですよね?」
何故隠すんですかと澄んだ目で訴えかけてくるルティアにクロードは大きな溜息を吐く。
「君も人族の国から来たならその名前の人物が人族の国でどう思われてるかはぐらいは知ってるだろ」
「はい。確か手配書に載っている第一級犯罪者と同じ名前だったと思います。珍しい事もありますよね。変わったお名前なのに」
「・・・・・はぁ?」
予想の斜め上を飛び越えた答えを返してくるルティアにクロードは唖然とする。
彼女の頭の中では手配書の人物と目の前の自分は同じ名前の別人らしい。
だが酒木蔵人なんていう日本人的な名前の人間は恐らくこの世界に2人といない。
むしろ普通、両者が同一人物だと疑ってかかる方が自然だろう。
クロードにとっては都合のいい誤解ではあるが、代わりにこれから先の事に不安を覚える。
(この娘、こんな調子でよく精霊術師になんてなれたな)
詳しく知っている訳ではないが、確か彼女のいた国の周辺で精霊術師になるには本人の才能だけでなく難しい試験をいくつも受けて、その中でも成績優秀な者だけが精霊との契約に臨む事が出来る。
しかも精霊との契約に臨んだとしても、実際に精霊に認められて契約できる人数はその中のさらに半分以下しかいないと聞く。
今更ながら目の前のどこかが抜けている天然気質の少女がそれ程の難関を越えて精霊術師になったと言われても俄かには信じ難い。
「俺とその第一級犯罪者が同じ人間だとは思わないのか?」
「そんなまさか。英雄である御二方が紹介して下さった方を疑ったりなんてしません」
「・・・ああ、そうか」
そんな失礼な事する訳ないじゃないですかと言いたげな頬を膨らませるルティア。
クロードはどう反応したものかと考え、とりあえず適当な返事をしてお茶を濁す。
当初、自分の昔の名前を口に出した時は因縁のある国が放った刺客か何かかと疑いもしたが、正直そんな事を考えていたのが馬鹿らしく思えてくる。
これがどこかの国の刺客だとするならばあまりに抜けすぎている。
もし本当に彼女が刺客でこれが演技だとするなら大した演技力だが、演技でないならこんな刺客を差し向けた奴の正気を疑う。
(しかし面倒な事になったな)
自分の本当の素性を知っている彼女を野放しには出来ない。
今後、彼女をどう取り扱った者かと考えるクロードに肩に留まっていたアジールが首を回し耳元で囁く。
「クロードはまだ彼女を刺客だと疑っているのかい?」
「いや、刺客だとは思わないが少しな・・・」
「心配しなくてもルティアの語った言葉に嘘はないよ」
「分かるのか?」
「そりゃ~これでも僕は偉大なる大精霊様だからそのぐらいは訳ないさ。更に言うと彼女の依頼の内容についても概ね検討がついてる」
そこまで聞いてクロードは黙りこんで頭の中で今までの状況を整理する。
精霊のアジールに分かるという事は恐らく彼女の頼み事は精霊に関する事だと思われる。
そして王国で英雄なんて呼ばれている2人の女性が自分達では対処せずにわざわざクロードの元に寄越す様な案件。
それらの条件を元に考えられる状況を絞り込む。
「ルティア嬢。俺に頼みたい内容というのは君の契約精霊についてだな?」
「えっ!・・・はい。その通りです」
なんで分かったんですかと言わんばかりに不思議そうに見つめてくる少女に、クロードは何も言わず苦笑いで返す。
彼女の答えを聞いてクロードの中で大凡の答えは出た。
どうやら随分な厄介事を引き受ける事になってしまったらしい。
「契約精霊が邪霊にでも憑りつかれたか?」
「・・・そんな事まで分かっちゃうんですね」
どうやら正解を言い当てたらしい。
先程までの態度から打って変わってルティアの表情に明確な陰りが見える。
とはいえ話の流れからそれぐらいしか答えはなかった。
「まあ、優希と一葉の2人が居るのに俺に頼む理由があるとするなら、あの2人では対処できない理由があるからだろうしな。となると自ずと条件は絞られる」
人族の国において剣の英雄と呼ばれる飯塚 優希(イイヅカ ユウキ)と槍の英雄と呼ばれる白山 一葉(シロヤマ カズハ)。
2人が持っている聖剣と聖槍は超強力な力を持っており、長年戦争を続けている亜人族や魔人族の軍相手に長きに渡り猛威を振るっている。
本人達はきっと知らないだろうが多種族の兵達からは魔剣の乳鬼、悪魔参謀なんて呼ばれて恐怖の代名詞となっているくらいだ。
ここで問題なのはそれだけ強力な武器を持つ2人が何故自分を指名したのかだ。
彼女達の持っている武器を使えば、邪霊を退治する等造作もない。
ただ、武器の威力が高すぎて取り憑かれている精霊もろとも跡形もなく消滅させてしまいかねない欠点がある。
それでは本末転倒。ルティアの抱える問題の解決にはならない。
憑りつかれた精霊を消滅させる事無く邪霊だけを滅せる方法を考えた末に行き付いたのが、自分達と同種の武器を持っているクロードだったという事だ。
「蔵人さんも持って・・」
「クロード」
「ご、ごめんなさい。その・・・クロードさんも持っていると聞きました。魔を討ち滅ぼす為に神が人に与えたという武器、
「・・・そうだな」
確かに人々が神の武器と呼ぶ道具をクロードは所有している。
持ってはいるがクロードのソレは優希や一葉を始めとする他の英雄達が持っているようなチートスペックの壊れ武器とは少々毛色が違う。
英雄と呼ばれる者達の扱う武器は、基本的に国家間の戦いにおいて大軍相手での戦闘に特化した言わば対軍兵器。
対してクロードのそれは極小規模な少人数相手で能力を発揮するタイプの武器であり、大規模戦闘には向かない。
(まあ、優希達のと違って使い勝手はいいんだがな)
昔、優希達が戦っている姿を見た事があるが一振りで数十人単位で魔族が吹き飛ばされていた。
正直あれだけの破壊力をもった武器を自分は必要としていない。
もっとも自分が彼女たちの様な武器を手にしていれば、今頃こうして指名手配されて名を変える事もなかっただろうが。
その事を別に後悔はしてない。英雄願望など持ち合わせていないクロードに英雄と呼ばれる者達が持っているような大出力の兵器は荷が重いだけだ。
「お願いです。そのお力で私の精霊。アルマを助けてください」
そう言って深く頭を下げて自分の様な悪党に懇願する少女。
彼女を見て可哀想だと思ったとか正義感に駆られて助ける訳じゃない。
そういう事を口にする可愛げは酒木蔵人の名と共に捨てた。
(だからこれは罰だ。小娘1人追い返せなかった自分に対する)
どこか自分に対する言い訳の様に聞こえないでもないが今はそれで納得しておく。
「1つ確認だが、今、精霊はどうしている?」
「私の師匠の封印術で魔石に封じてありますが、それ程長くはもちません」
そう言ってルティアは懐から御札で巻かれた拳大の大きさの物体を取り出す。
僅かだが魔力が漏れ始めているのが分かる。
数日中に対処しないと封印が破られて憑依された精霊が暴れ出すだろう。
「状況は分かった。用意もあるから対応は明日でいいか?」
「はい!よろしくお願いします!」
「なら明日の夕刻。またこの場所で待ち合わせとしよう。一先ず今日は宿に戻れ」
そこまで話し終えた所でクロードはポケットの中からシガーケースを取り出し、取り出したタバコを咥えると先端部分にライターで火を点ける。
タバコを一息吸い込んでからその場を離れようと歩き出してすぐ、後ろからコートの袖を誰かに引っ張られる。
「ん?どうした。まだ何か用か?」
後ろを振り返ったクロードに向かって、目いっぱいに涙を溜めたルティアがおずおずと口を開く。
「あの、非常にお願いし辛い事なのですが・・・」
「・・・ああ」
なんだか全力で嫌な予感がするが、ここまで来て最後まで聞かない訳にもいかない。
言いづらそうにしているルティアに先を話すよう促す。
「実は昨晩の宿代で路銀が底をついてしまい、宿に泊まるお金がありません」
「・・・・・」
「ですので、その・・今夜一晩だけ・・・泊めて頂けないでしょうか?」
ただでさえ面倒を掛けている手前、流石に金を貸してくれと言い出すのは彼女的に憚られたらしい。
それでも羞恥と申し訳なさで最後の方は完全な涙声になっていたルティアからのお願いに、クロードはタバコの煙と共に今日一番の大きな溜息を漏らすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます