第4話 悪党の誤算
自らをルティアと名乗った少女は身を捩り居心地悪そうに視線を彷徨わせる。
「あの~・・・その・・・凄く恐いんで睨まないで貰えませんか」
「・・・・・」
「ふえ~ん。答えてくれないよ~」
今すぐ殺されるんじゃないかってぐらい睨まれたルティアが泣き言を漏らす。
涙目になる少女を前にしてもクロードは険しい表情を崩さない。
顔の傷のせいでただでさえ堅気から恐がられる顔が普段よりも数倍恐ろしく見える。
だが正直、目の前の少女に向ける表情に気を使っていられる程の心の余裕はない。
しかし、そうなるのも無理ない事だ。
彼自身でさえここ数年、名乗るどころかほとんど思い出す事さえなかった名前を見知らぬ少女から聞かされたのだから少なからず動揺する。
それ程までに彼女が口にした
(ルティア・ディ・フィンモールとか言ったな。この娘なんで俺の昔の名前を知っている)
自分の他には組織の内部だと
他には遠く離れた人族の国で英雄もしくは救世主と呼ばれている異なる世界より召喚された数人の特異能力者ぐらいだろう。
それ以外の人間には例え自分に近しい者であったとしても教えていない秘中の秘。
知る者等ほとんどいない秘密を何故、今日初めて会った少女が知っているのか。
(聞き出すしかないな。なんとしても)
事と次第によってはこの少女には文字通り消えてもらうわねばならない。
近代的な捜査や鑑識の技術がないこの社会において人を1人消すのはそんなに難しい事ではない。
クロードがその気になればここ数日の彼女の宿泊記録や入国記録さえも完全に消してこの国に入った事すらなかった事にだって出来る。
そうなってしまえばもう彼女の行方を追う事はもう誰にもできない。完全な行方不明者にできる。
だが、それはあくまで最後の手段。
判断を下するのは彼女の話をもう少し聞いてからでも遅くないだろう。
波打つ心を静かに抑え込み、クロードはゆっくり口を開く。
「ルティア・ディ・フィンモールと言ったな」
「あっ、はい。もしも呼び辛いならルティアもしくはルティと呼んでくださって結構ですよ」
「ならばルティア嬢。もう一度聞くが、その名前を誰に聞いた」
「もしかして言ってはいけませんでしたか?」
「いいから早く答えろ」
「はひっ」
語気を強め少し苛立ちを見せるクロードの声にビクッと身を震わせ、ルティアの声が思わず裏返る。
アワアワと落ち着きなく手足をバタつかせた少女は、気持ちが落ち着くのを待ってから語り始める。
「私は・・あの・・・この通り精霊術師なのですが、その・・人には言えないある重大な悩みがありまして・・・その事をずっと1人で抱えてたんです」
そこまで言ってこちらの反応を窺う少女に、クロードは無言で先を促す。
「それでですね。ある時偶然に私の母国であるレグンニーズ王国を訪れていた剣の英雄であらせられる飯塚 優希(イイヅカ ユウキ)様と、同じく槍の英雄であり軍の参謀も務めていらっしゃる白山 一葉(シロヤマ カズハ)様のお2人にお会いする機会がありまして、その折に意を決して悩みを相談したんです」
「・・・優希と一葉だと?まさか!」
少女の口から出てきた懐かしい人物の名前にクロードは頬を引き攣らせる。
「そうしたら御二人はとても親身にご相談に乗ってくださいまして私の悩みを解決できる人物として蔵人さんの事を教えて頂きました。きっと助けてくれるから蔵人さんを頼る様にと・・・・。そう言われて蔵人さんがいるだろう大体の場所と今のお名前を聞きました」
「アイツら・・・・」
少女からの想定外の回答を得てクロードはこめかみの辺りを抑えながら下を向く。
先程までの迫力がすっかり萎んでガックリと肩を落としているように見える。
今、彼の脳裏に浮かんでいるのは10年以上前に見た天然だけど底抜けに明るい少女の笑顔と委員長気質で優等生な毒舌眼鏡少女の姿。
ある国で執り行われた儀式の結果、こちら側に飛ばされたという同じ境遇の者達だ。
(風の噂に生きているのは知っていたが・・・)
最後に2人に会ってから10年の歳月が経っているから2人の容姿も随分と変わっているだろうが、こんな子供の嫌がらせじみた方法で連絡をよこしてくる辺り中身はそれほど変わってないのかもしれない。
というかそもそもどうやってあの2人が今の自分の名前と居場所を突き止めたのか全くもって謎である。
(ともあれ状況は分かった。まったく人が素性を隠すのに名前まで変えたというのに、何故本人の許可なくしかも見ず知らずの相手に簡単にバラすんだアイツ等は)
あの2人は事の重大さをきちんと理解しているのだろうか。
迂闊に人前で口に出せばそれだけで本人だけでなく一族郎党にまで害が及ぶかもしれないのだ。
それをこんないたいけな少女に告げる等、2人の気が知れない。
(あるいはその危険を冒してでも俺に頼らないといけない事情があるって事か)
この場にいない2人に対する不満や怒りは尽きないが、とりあえず彼女の言っている事が真実ならば少女がクロードに害を及ぼすことはなさそうだ。
何よりこの少女からは敵意や害意と言った感情を一切感じない。
言っては何だがどこかどこか抜けている感じさえ見て取れる。
「もういい。経緯は大体分かった」
「じゃあご助力いただけるんですか?」
パァッと喜色の色を前面に出して喜ぶ少女。
どうも調子が狂うなと思いつつ、クロードは少女の言葉を制する。
「話は聞いてやる。だが力になるかどうかは条件次第だ」
「条件?どういった条件ですか?」
「まあ手っ取り早い話、金だろうな」
「・・・お金ですか」
金と聞いて途端に少女の表情が一気に暗くなる。
先程の花の咲いた様な笑顔が嘘のようなそれはもう気の毒なぐらいの落胆ぶりだ。
大の大人が少し意地悪が過ぎるかとも思うが、だからといって無償で助けてやるほどこちらも暇ではない。
「すいません。両親に仕送りしててお金はあまり持ってないです」
「だったら無理だな。諦めろ」
「なんとか・・・なりませんか?」
「タダで助けてやるほど俺は暇でもなければ善人でもない。これでも忙しい身の上なんでな」
「そこをどうにかお願いします。何でもしますから」
大人しそうな見た目に反して中々に食い下がってくる少女にクロードは渋い顔をする。
古い馴染みからの紹介と言えど彼女の頼みを聞いてやる理由はない。
諦めさせる為にダメ押しの一言を口にする。
「まあ、どうしてもっていうなら体で払うって手もあるが?」
「えっ?」
クロードの言っている事の意味が分からずルティアが首を傾げる。
「それってどういう事ですか?」
「言葉通り。自分の体を売って金を作れって事だ」
「そんな事が出来るんですか?」
「別に珍しくもない。この業界じゃパン屑だろうが犬のクソだろうがやり方次第で何だって金になる。ましてやお嬢さんみたいなのなら結構な値で売れるだろう」
諦めさせるためとはいえ自分で言っている内容の酷さに心の中で苦笑する。
ビルモントファミリーはマフィアであり悪党だが、余所とは違い仕事は選ぶ。
キャバレーの経営やカジノの運営はやっても、麻薬の様な違法薬物の売買や売春斡旋はご法度であり、破れば粛清される。
それが組織の首領であり仁義の人と呼ばれる男、アルバート・ビルモントが決めた血の掟だ。
だからクロードが彼女に持ちかけたような話を本当にやる事は絶対にない。
それが可能なルート等を持っていない訳ではないが、組織に対する忠誠心というよりも養父に対する恩義と自身の道徳観がそれをさせない。
だからこれはただの脅し、こう言っておけば大人しく引き下がるだろうという悪党なりの気配りというヤツだ。
だが、その考えの甘さをクロードはすぐに後悔する事になる。
「分かりました」
「そうか、じゃあさっさと帰り支度を・・・」
「私を買ってください」
「・・・は?」
予想していた答えとは真逆の言葉に一瞬クロードの思考がフリーズする。
(この娘、今なんて言った?)
いつも冷静なクロードにしては珍しく混乱して、一瞬正常な判断が出来ないほどに狼狽える。
「いやいや、ちょっと待て違うだろう」
「いいえ、それで構いません。お願いします」
「お嬢さん。俺の言っている言葉の意味分かってるのか?」
「はい。クロードさんの求める金額に見合うだけの労働をするって事ですよね」
ルティアの言葉を聞いて初めてクロードは自分の考えの間違いに気づく。
この少女は思った以上に世間知らずな上に最初の印象通りどこか抜けている。
悪事や悪意と言った感情に鈍感なのだ。
そんな相手に悪党の意図などきちんと読み取れようはずもない。
こうなってくると困るのはクロードの方だ。
引き受ける条件を提示してしまった以上、今更無理という事は出来ない。
いや、断ること自体は簡単だ。ノーと言えば済む。
だが問題はその後だ。先に提示した様な方法をがある事を知ってしまった彼女がどの様な行動に出るか考えれば簡単に分かる。
街へ出て自分を買ってくれる相手を探してあちこち聞きまわるに違いない。
そうしていずれはロクでもない輩に行き当たる。この街の裏通りに悪党なら吐いて捨てるほどいる。
彼女がロクでもない連中に引っかかった場合、どうなるかなんて考えるまでもない。
(失敗。いや大失態だなこれは)
"第七区画の鴉"などと呼ばれ、切れ者としても知られる男がとんだ凡ミスである。
自分の愚かさに頭を抱えたい気持ちになるクロードの前でルティアは更に続ける。
「どの道この問題を解決しないと私は国元に帰る事も出来ませんので」
「本気か?見ての通り俺は堅気の人間じゃないんだぞ」
「堅気じゃない?」
「・・・悪い大人って事だ」
自分で言って恥ずかしくなるようなセリフだが今はそれどころではない。
なんとか彼女の考えを改めさせないと面倒なことになる。
「そうなんですか?」
「お前の眼には俺が善人に見えるのか?」
「そうですね。少し恐いですけどそこまで悪い人には見えないです」
「・・・・・」
そう言って真っ直ぐな目を向けてくるルティアにクロードはどう答えていいか分からない。
今の自分にこんな目を向ける人間が果たしてどれぐらいいるだろう。
(これは・・・マズイな)
まだ依頼の中身も聞かぬ内から引き受けざる負えない状況になっている。
いやそれだけならまだいい、状況はもっと悪い。
こうなると頼みを引き受けた後、目的を達成した後も彼女が馬鹿な行動に出ない様に面倒を見る必要まで出てくる。
そうでないとこの娘は何をしでかすか分からない。そういった危うさがある。
我が事ながら見事な墓穴を掘ったものである。
「ハハハッ、"第七区画の鴉"もこれじゃ形無しだね」
「うるさいぞ。アジール」
「えっ?」
突如どこからか響いた声にルティアは視線を動かし、声の主を探す。
するとクロードの右肩の辺りの何もない空間、彼の影の中から黒い塊が姿を現す。
街灯の薄明りに照らされた塊はやがてハッキリとした形を成す。
それは黒曜の様に美しい羽根を纏った一羽の鴉だった。
「鳥さん?」
小首を傾げる少女の前で、クロードの肩に乗った鴉の姿をした何かが嘴を開く。
「最初からタダで引き受けておけば面倒なかったのに、カッコつけるからこうなるんだよ」
「むぅ・・・」
肩の上に乗る鴉にいい様に言われてバツが悪そうな顔をするクロード。
何も言い返せないでいる彼の肩の上で、アジールと呼ばれた鴉は少女へと嘴を向ける。
「やあ、精霊術師のお嬢さん。僕はアジール。蔵人の・・・いや、クロード・ビルモントの契約精霊さ」
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