第3話 亜麻色の髪の精霊術師

雑多な木材で組まれた安い造りをした工房の中、隠れ潜んでいた強盗達とクロード達は対峙する。


乱戦の中、強盗の1人は今自分の目の前で起こった出来事から必死に目を逸らそうとする。

本能が告げている現実を認めたくないと、現実を見る事を、知る事を拒否している。

だがそんな彼の気持ちを無視して残酷で獰猛な現実が牙をむく。


「あっあわわ」


手に持っていた分厚い斧の刃は目の前の男の拳によっていとも容易く砕かれた。

呆気なく戦う術を奪われた男は目に見えて分かる程に震えだす。

ガクガクと体を震わせながら目の前の男に視線を合わせる。

バラバラに砕け散った斧の刃を踏みしめ、絶望を宿した黒が一歩ずつ近付く。

そして手が届く範囲に相手が入る。クロードの間合い。


「あまり手間を掛けさせるな」

「ヒッ!」


短い悲鳴の後、強盗の顔を真下から突き上げるような衝撃が襲う。

何が起こったかわ分からないまま男の顔が真上に跳ね上がる。

体に感じる浮遊感に自分が浮いていると気付くより早く視界が木の板で埋め尽くされ、男の顔はそのまま天井に突き刺さる。

まるでホラーかコメディ映画の様に天井から体だけがブラ下がり、奇抜なオブジェが完成する。


「どうなってんだよ。こいつ本当に人間か?」

「ありえねえ」


右のアッパーカット一発で人間の体をあんな速度で打ち上げるだけの筋力が一体どこにあるのか。

こんな事が出来るのは人間どころか戦鬼オーガ巨人族ジャイアントといった魔族、怪力で知られる猿系統の亜人にだってそうはいない。

恐れおののいた数人が思わず後退る中、強盗の1人が目の前の男の印象と符合する人物がいた事を思い出す。


「ちょっと待て。もしかしてアイツ"第七区画の鴉"じゃねえか!」


強盗の1人が口にした名に周りにいた全員がギョッと目を剥く。

この国で悪を生業とする者ならば誰しも一度はその名を聞いた事がある。それ程の異名。


「真っ黒な長髪、全身黒づくめの服装、極めつけは顔に走るデカイ3本の傷。確かに噂で聞いた特徴に合致してやがる」

「嘘だろ!実在したのかよ」

「やべえ、やべえぞ。噂じゃべらぼうに強いって話だったじゃないか」


都市伝説だと思ってた人物を直に目の当たりにした事で、途端に余裕がなくなり慌てふためく強盗達。

だが、真実に気付くには少しばかり遅かった。

いや、この街に逃げ込んできた時点でこの男達は既に手遅れだった。


「逃げないと!」

「でも、どうやって」


逃げ出そうにもこの部屋にある唯一の出入り口に向かうには噂の怪物の横を通らねばならない。

頼めば通してくれるとも思えない。かといって挑んだところで突破できる気がしない。

どう転んでも待ち受けるのは無残に蹴散らされ、地べたに這いつくばる未来。

必死に突破する方策を考えるが、そうしている間にも仲間は次々に倒され、気が付けばたった4人を相手に11人いた強盗達は相手と同じ4人にまで減っていた。


「どうした。もう終わりか?」


心底つまらなさそうなに言った後、クロードはコートのポケットからシガーケースを取り出して中から取り出したタバコを1本咥える。

そこへすかさずロックが駆け寄って自分のライターを差し出して火を点ける。

数が同じになったとはいえ、凶器を持った人間を相手に余裕でタバコをふかし始めるクロード。

その目はもはや強盗達の事を敵とすら見ていない。

こちらを歯牙にも掛けていない不遜な態度だが強盗達に怒りの感情は湧いてこない。

実際にそれ程までに両者は格が違う。違いすぎる。


「おい、どうすんだよ」

「どうするもこうするもねえだろ。今更降参したって結局殺されるだけだ」

「やるしかねえだろう」

「チクショウ。こんなの全然話が違うじゃねえか」


誰かに向かってか恨み言を漏らす強盗達。

だがいくら後悔を口にした所で目の前の現実が消えて無くなったりはしない。

全ては自分達の行いが招いた結果である。

荒れた海の様に波打つ心を静めようと数度深い息を吐いた後、強盗達は覚悟を決める。

ここから生き残るためには前に出るしか道はない。意を決して前に飛び出す4人。

当たればラッキー程度のやぶれかぶれの突撃。


「結局そう来るか。まあ構わないが」


決死の表情で飛び込んでくる男達を冷めた目で見つめたまま、クロードは手に持っていたタバコを指先で真上に向かって弾く。

ギュオッという異様な風切り音の後、先頭を走っていた男の体が不自然に軌道を変えて真横へと吹っ飛び壁に叩きつけられる。

先頭にいた男が突如目の前から居なくなった後、その後ろを走っていた2人目の視界を真っ黒な何かが埋め尽くす。

それが革手袋に覆われた拳だと気付くいた時には巨大な鉄柱にでもぶつかったんじゃないかと思えるほど硬質な何かに跳ね返されて男の体がその場にひっくり返る。

受け身も取れずに後頭部から倒れた男はそのまま気を失う。

その様子を見ていた残り2人の表情が悲痛に歪んでいくがクロードは無視して拳を繰り出す。

2人が武器を握りしめている手に向かって正確に拳を打ち込み指を潰す。

直後、左右に広がって逃げようとする2人に向かって交互に右、左と拳を打ち相手の顔面へと叩きこむ。


「ゲブッ!」

「アゲェ!」


男達の鼻の骨が粉々になり鼻血が噴き出し、折れた歯が宙を舞う。

2人の男が意識を失い崩れ落ちると、真上には跳ね上げたタバコが落ちてくる。

それを右手の指先で素早くキャッチしたクロードは再びタバコを自身の口元に運ぶ。

まるで危なげない圧倒的な勝利。その一部始終を後ろで見ていたクロック達が拍手を送る。


「流石はクロードの兄貴」

「今日もラクショーでしたね」


荒事の直後になんともしまれらない呑気な舎弟達にクロードはどこか呆れた様子で指示を出す。


「いいから表を見張っている奴等呼んで来てこいつらをアジトへ運べ」

「アジトに連れてくんですか?」

「ああ、どうも今回の件には裏がありそうだからな。締め上げてキッチリ吐かせる」

「分かりました」


クロードの指示に従いバーニィが表にいる他の仲間を呼びに部屋を出て行く。

残ったロックとドレルは足元で呻いている強盗達を手早く縛り上げていく。


「こいつ等から情報を搾り取ったら後日ガルネーザファミリーに引き渡す事になるだろうから、ゼドの奴にはやりすぎないように言っておけ」

「ウッス」

「こいつ等運び終わったら後はアジトの連中に任せてお前等は帰っていいぞ」

「わかりました」

「後は・・・・」


クロードは何かを思い出したようにタバコを咥えたまま懐に手を伸ばすと、高そうな黒い皮財布を取り出して中から数枚の紙幣を抜き取る。


「この金で帰りに全員でメシでも食っていけ」

「マジっすか!うっひょー!ありがとうございます」

「流石アニキ!気前が良いぜ」


ロックは喜び勇んでクロードの手から金を受け取ると目を輝かせながら受け取った紙幣を数え始める。

随分と現金な舎弟にやれやれと肩を竦めたクロードは部屋の出入り口に向かって歩き出す。


「それじゃ俺は先に帰るぞ」

『お疲れ様でした』


姿勢を正して一礼し見送るロック達を残し、クロードは部屋を出る。


(さて、思ったより早く終わった事だしトニーの店に戻って一杯ひっかけて帰るか)


予定では明日は朝から会議があるから早めに帰って休むべきなのだろうが、先程店に顔を出した時にトニーには後でもう一度顔を出すと言ってある。何より今夜は少し飲みたい気分だ。

僅かな逡巡の後、結局少しだけ飲んで帰ろうと決めたクロードの元にバーニィが表で見張りをしていた他の舎弟達を引き連れてやってくる。


「連中は中だ。しばらくまともに動けないとは思うが油断して取り逃がすなよ」

「はい!ところで兄貴ちょっといいですか?」

「どうした?」

「兄貴が中に入ってからしばらくして外をチョロチョロしてる奴がいたんで捕まえたんですが・・・」

「・・・どんな野郎だ?」


どうせ自分の命を狙う為にどこかの誰かが差し向けた刺客だろうとタカをくくるクロードだったが、それにしては舎弟達の様子がおかしい。


「いや、それがですね」

「?」

「野郎じゃなくて女なんですよ」

「女か・・・」


今までにも女の刺客というのがいなかった訳ではないが、その都度丁重にお帰り願っている。

相手をするのが少し面倒な程度で扱いとしては他の刺客と大差ない。


「歳は?」

「大体15、16ぐらいの可愛らしいお嬢さんですね」

「は?」


一瞬、舎弟が何を言っているのか分からなかった。

今まで送り込まれた女の刺客は少なくとも全員が20代以上、色仕掛けに長けた妖艶な感じの美女ばかり。

年端もいかない少女を送り込まれた事は今まで一度もない。


(最近だと刺客のトレンドも変わってきてるのか?)


暗殺を生業としている者の情報も仕事柄集めているはいるが、どうにもああいった専門職の連中は個性が強すぎるせいか統一性がなく。情報の精査が難しい。


「その娘、何か言ったか?」

「兄貴に会わせろって言ってます」


ますます相手の意図が分からなくなる。刺客がターゲットに直接会いたい等と言う事などあるのだろうか。

イマイチ相手の意図が掴めずにいたところに更に追加の情報が齎される。


「恰好から見るとどこかの国の精霊術師みたいでしたね」

「精霊術師か・・・」


精霊術師とはこの世界にあまねく存在する精霊と意思を通わす事の出来る存在であり、その力を借り受ける事で超常の力を操る事の出来る存在。

一般的に魔術師と呼ばれる魔法という技術を操る専門職に分類される。

もっともその数は魔術師全体の数からすると決して多くはない。

比率にすると一般的な魔術師が9に対し、精霊術師が1といった割合で非常に数が少ない。

土地によっては信仰の対象にすらなっている程の希少な人材だ。

この第七区画にも何人かいるが、両手の指の数で納まる程度だったと記憶している。


「どうします?塀の外で何人かに見張らせてますが追い返しますか?」

「いや、少し興味が湧いた。会ってみる」

「そっすか」

「お前達は予定通りに中の連中をアジトに運んでおけ」

「了解っす」


話が終わると舎弟達はペコリと頭を下げ、ゾロゾロと廃工場の奥へと歩いていく。

舎弟達の背中を見送ったクロードは咥えていたタバコを足元に落として踏み消し、バーニィ達が歩いてきた方向へ向かって歩き出す。


(精霊術師。しかも子供が俺に一体何の用があるんだ?)


悪党からの恨みを買う心当たりならいくらでもあるが、話を聞く限り今回はどうもそれらとは少しばかり違う気がする。

一体何が出るかと思いながら廃工場の敷地の外に出ると、強面の舎弟3人に囲まれた少女がオドオドとした様子で立っていた。

小動物の様に小刻みに震える少女。

亜麻色の髪を束ねて作ったポニーテルが左右に尻尾の様に揺れている。

精霊術師なんて堅苦しい肩書きに似つかわしくない可愛らしい少女の姿を見て少しだけ可笑しさがこみ上げてくる。


「ククッ、なんだアレ」


思わず笑い声を漏らすクロード。

その笑い声が聞こえたかどうかは分からないが少女の2つの瞳がクロードの姿を捉える。

助けを求める様なその視線に催促されるようにクロードは少女の傍へと歩を進める。


「お疲れ様ですクロードの兄貴」

『お疲れ様です!』

「ああ、その娘がそうか?」

「はい。兄貴に会わせろって言って聞かないんですよ」

「理由を聞いても答えませんし困ってまして」

「分かった。後は俺が直接聞くからお前等は行っていいぞ」

「はい。じゃあ自分達はこれで・・・」


3人の舎弟はクロードに一礼すると揃って廃工場の方へと走り去っていく。

後に残されたのはいたいけな少女と巷で噂に上る様な悪党1人。

親子に見える程の歳の差も離れていない為、傍から見ると犯罪の匂いしかしない。

どうやって声を掛けるかしばし思案した後、クロードは比較的穏やかな声で切り出す。


「お嬢さん。俺に何か用か?」


クロードからの問い掛けに少女は安心した様な不安なような複雑な感情を見せる。

だが、やがて意を決した様子でこちらを向いて口を開く。


「あなたを探していました。クロード・ビルモントさん。いえ・・・酒木 蔵人さかき くらひとさんとお呼びした方がよろしかったでしょうか?」


少女の小さな口が紡ぎだした名を聞いてクロードの体が熱を帯びる。

体の内側で嵐の海の様に荒れ狂い渦を巻く心を押さえつけ、クロードは少女に問い返す。


「・・・その名をどこで聞いた。お前は一体何者だ」


内側の感情とは裏腹の氷の様に冷たい視線を向けるクロードに、少女は身を竦ませながら言葉を続ける。


「申し遅れました。私の名はルティア・ディ・フィンモール。レグンニーズ王国からやってきました精霊術師です」

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