第14話 授業初日

 家庭教師を引き受けたことで、一つ大きく変変わったことがある。それは、住み込みになったことだ。常連さんは死んじゃったし、お店を開いても売り上げなんてほとんどないんだから、ありがたいと言えばありがたいかな?


 ちなみに、リア公爵夫人の夫であるヴィクタール様は、第一夫人、第二夫人と、別の館に住んでいるので出会うことはない。他の貴族様とは出会わない。これも、住み込みを選んだ理由の一つだった。


 店の薬品も全てこっちに持ってきてもらったし、明日から授業を開始する準備は、ほとんどできている。


 アミーユお嬢様が目指すのは、戦える魔術師。基本的な魔術は使えるようだから、僕は戦い方を教えてあげればいい。立ち回りの基礎。それを、徹底的に教え込もう。


 僕は五十人は入れそうな大きな庭にいた。

 草木などはなく、地面がむき出しだ。

 目の前にはアミーユお嬢様が、その後ろには二人のメイドがいる。今日から訓練が始まるので、ズボンをはいて動きやすい服装をしてもらった。


「初めての授業は庭でやりますが、慣れてきたら街の外での訓練も予定しています。気を抜かず、しっかりと授業を受けてください」


 ちょっと強く言いすぎちゃったかな? でもこのぐらいで反発するようなら、長くは続かないだろうし……大丈夫かな。


「はい!」


 僕の心配は杞憂だったみたいだ。アミーユお嬢様は、元気よく返事をしてくれた。


「では、さっそく授業に入りますね」


 アミーユお嬢様の目が輝いているように見える。

 期待に応えることができるのだろうか?


「まず始めにやることは、どんな状態でも、魔術を素早く発動させることです。息が切れていようが、体勢が崩れていようが、目の前に矢が飛んでこようが、常に最速のスピードで魔術が発動できるようにしましょう。これが第一ステップです」


 僕の説明を聞いて、うなずいてくれている。これは大丈夫ってことかな? なら、予定通りに進めるとしよう。


「アミーユお嬢様は、魔術は何秒で発動できますか?」

「三秒程度だと思います……」

「それは、なかなかの速さですね」


 僕が褒めると嬉しそうに笑ってくれた。覚えたてであれば、三秒は早い方だ。これなら訓練を続ければ、一流の魔術師レベルのは速さにはなれそうだ。


「では、この庭を十周してから、三秒以内に《光玉》を発動させてください」

「は、走ってからですか?」

「そうです。それが出来たら、小石を避けながら同じことをしてもらいます」

「う、うぅ……できるかなぁ」


 貴族のお嬢様としては、ちょっと厳しいかもしれない。でも、戦うことを望むのであれば普通の訓練だし、やってもらわないと家庭教師として困るぞ……。


「クリス先生、私、がんばります!」


 手をグッと握ると、勢いよく走り出した。


 後ろにいるメイドさんは、険しい顔をしていたので、お嬢様として今の仕草はダメだったらしい。でも微笑ましかったので、僕は良しとする。


 一周、二週……これで十周目だ。


「足を止めて、魔術を発動してください!」

「はぁ、はぁ、はぁ、は……い」


 僕は心の中で秒数を数える。一、二、三、手がふらついて魔術文字が歪んでいる。七、八、もう一度チャレンジしたけど、また魔術文字が歪んで不発だった。……十一。ようやく、《光玉》が発動した。


「十一秒でしたね」

「…………」


 走り疲れたのか、膝をついて動けないでいる。優しい言葉でもかけてあげたいけど、戦場は厳しいものだ。ここは心を鬼にして、普通に接すると決める。


「ここまで遅いと、敵の魔術の方が先にこちらに来ます。そうしたら、戦線は乱れてしまい、最悪全滅してしまいます」

「は……い……」

「常に最速。そして安定して魔術を打てるようになりましょう。では、また十周してから魔術を放ってください」


 僕の一言で、アミーユお嬢様が口を大きく開けて、目を見開いている。お嬢様としては完全に、してはいけない顔だ。幸い、後姿しか見ていないメイドは気づいてないようだけど……。


「敵は待ってくれません。さぁ、走ってください!」


 そう言って僕は、自分の手を叩く。


 音にびっくりしたのか、アミーユお嬢様がビクっと肩を動かす。その後、ヨロヨロと立ち上がると、走り出した。


 本当にごめん。でも、こうしないと本番で困るのは、アミーユお嬢様なんだ。


 最初の倍以上の時間をかけて十周。その後、魔術を発動させたけど、今度は三十秒以上かかった。

 今はメイドに支えられるようにして立っている。


「クリス先生。魔術とは体と心を落ち着かせてから使うものだと聞いております。息を乱した状態で、いつも通りに魔術を発動させるなど、不可能ではないのですか?」


 驚くことに不満は、アミーユお嬢様ではなく、メイドさんから出てきた。まあ、固定砲台として魔術を放つのであれば、それが正しいとは思うよ? でも、そんな役割はほとんどないからね。


「それは、宮廷魔術師様の理論ですね。城壁から魔術を放つのであれば、それでよいと思います。アミーユお嬢様は、そのような魔術師になることを望んでいるのですか?」

「ち、違います。私は、お母さまみたいに、前線で活躍できる魔術師になりたいのです!」


 平民で、そこそこ実力のある僕に声をかけたんだ。そう答えてもらわないとね。


「お嬢様……」


 ほら、あなたの主がそう言っているんだから、メイドさんは引っ込んでください。と、思った僕の心を読んだのかな? なんかさっきより、メイドさんの顔が険しいんだけど……。


「では、その前線で活躍されているクリス様にお手本を見せてもらえないでしょうか? お嬢様もお手本があったほうが、良いですよね?」

「そうですね……目指すべき場所は、知っておきたいです」


 おっと、口だけじゃないってことを証明しろってことかな? 少しケンカを売られた気もするけど、アミーユお嬢様の実力程度なら、僕でも目指すべき魔術師というのを見せてあげられそうだな。


「いいですよ」


 そういうと、全速力で十周走り終わると、瞬時に《光玉》の魔術を発動させる。


「すごい……」


 十一秒かかった魔術が一瞬で発動される。その衝撃は大きかったのだろう。思わずといった感じで、アミーユお嬢様から言葉が漏れていた。


 でも、この程度で驚いていたら、ダメだよ。目指すべき場所は、もっと先にあるんだから。


「では次に、僕に向って石を投げてください。三人同時で構いませんよ。当たる前に、魔術を発動させます」


 なぜだか喜んだような表情をしたメイドさんが、石を拾い始めた。


 え、そこまで僕は恨まれているの?


「一斉に投げていいのですよね?」

「構いません。それに全力でお願いします」


 言い終わると、メイドさん二人とアミーユお嬢様が石を投げてきた。僕は石が手から離れた瞬間に、指を動かす。


 当たる直前で結界の魔術を発動させた。前面に魔力で作られた半透明の青い壁が出現し、石を全てはじく。


 オーガの特殊個体が使っていた結界型とは違い、前面にしか出せないけど、使い勝手の良い魔術だ。僕は結構、好んで使う。


「うそ……指の動きが見えなかった……」


 メイドさんが呆然と立っている。こんなの、誰でもできることじゃないの? 驚くほどじゃないと思うけど。


「まだ続けましょう。連続して石を投げてください」


 三人が腕に石を抱えると、今度は雨のように石が飛んでくる。


 僕は軌道を冷静に観察する。ギリギリで避け、どうしても当たるものは、最小限の動きで、最小の結界を発動させる。これは魔力を節約するためだ。


「一個も当たらなかった……クリス先生すごいです!」


 いつの間にか、全ての石を避け切ったみたいだ。アミーユお嬢様がこちらに走ってきて、飛びついてきた。


 何とか受け止めると、地面におろす。


「アミーユお嬢様。見てくれましたか? これが、まず始めに目指す場所です」

「はい先生! 私、頑張ります!」


 出会った頃のような笑みを浮かべてくれた。


 後ろにいるメイドさんは、僕の実力を認めてくれたのか、無言でうなずいてくれている。


「それでは時間まで、同じことを繰り返しましょうか」


 僕の提案に、誰も反対しなかった。

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