第13話 家庭教師になる

 僕は今、リア公爵夫人の前に座っている。なぜかって? 家庭教師の話を受けたからに決まっている。兄さんの話を信じれば、依頼を断っても問題ないと判断したからだ。


「そんなに怖がらなくても大丈夫よ?」


 金と白で装飾されたイスに優雅に座るリア公爵夫人が笑っていた。

 きっと、僕が縮こまっているからだろう。理由はちゃんとある。こんな美人の前にいるのが初めてなんだ。どうしても緊張してしまうんだよ!


「私は、無理難題を言うつもりはありませんし、娘に教えるのが嫌になったら、家庭教師を辞めても構いません。ですから、そんなに緊張なさらないで」


 別の理由で緊張していると勘違いしているみたいだ。立ち上がって、こちらに近づいてくる。

 リア公爵夫人の手が、僕のほほに添えられた。


「あっ……」


 あまりの驚きに小さな声を上げてしまった。顔が赤くなっているような気もする。

 それにしても目の前にいるリア夫人は美人だ。子供がいるとは思えないほどだよ。ほんと、旦那さんが羨ましい! ちがった、妬ましい!


「これから娘を呼ぶから、少し待っててね」


 リア公爵夫人が立ち上がり、そばにいたメイドに声をかけてから数分後。ノック音がしたかと思うと、一人の少女が入ってきた。


「お母さま。家庭教師の件でお話しがあるとか……あら? もしかして、この方が?」


 青い髪は長く、大きい緑色の瞳。幼さが残る顔立ちをしているが、僕に笑いかけてくれた表情は、大人の女性のようにも見えた。


 僕は慌てて立ち上がると、目の前の少女に軽く頭を下げる。


「これから家庭教師となる、クリスです」

「ご丁寧にありがとうございます。私はアミーユです」


 視界の隅でスカートの両端をもって丁寧に挨拶をしたアミーユさんが見えた。


「それでは、アミーユお嬢様と呼ばせていただきますね」

「お母さまが選ばれたのであれば、さぞ優秀なのでしょう。これからが楽しみです!」


 嫌味ではなく、純粋に楽しそうな声をしていた。兄さんが調べてくれた通りの性格をしてそうだ。


「顔を上げてください。私、クリスさんの事が知りたいの。教えてもらえないかしら?」

「アミーユ。それならイスに座りなさい」

「はーい」

「それとお茶を一つ追加して」


 リア公爵夫人の指示でアミーユお嬢様が大人しく座り。メイドがお茶の準備を始める。場慣れしている。さすがの貫禄ってところかな?


 僕もイスに座るって待っていると、メイドが近づいてきて、白い丸テーブルの上に紅茶が置かれた。リア公爵夫人が一口飲んでから、口を開く。


「この子はね、魔術全般に興味があるの。だから、戦場にも出れて付与魔術も出来る人を探していたんだけど、なかなか見つからなかったのよね」

「付与魔術師は、魔術師より上の人間だと思っている人が多いですし、戦場に出るのは、野蛮だと考えている人が多いですから」

「ホントこまったものねぇ……」


 平民の僕に声をかけた理由が分かった。確かに戦うための魔術と付与魔術。この両方を学ぶのであれば、立場が上の人間ほど数は少ない。


 それにしても珍しい考え方だ。貴族で、しかも地位が最高峰の公爵夫人の娘。それが、戦う技術を求めているとは……。


「お母さま! 私にも話をさせてください!」


 アミーユお嬢様が、ほほを可愛らしくふくらませていた。こんな態度をするなんて、まだまだ子供なんだなと思ってしまう。


「いいわよ。好きなだけ聞きなさい」

「お母様。ありがとうございます!」


 手を合わせて、飛び跳ねるんじゃないかと思うほど喜んでいる。そんなに僕の話が聞きたいのか?


「クリスさん! この前のオーガ退治に参加されたと聞いたのですが、その、怖くなかったんですか?」


 子供らしい質問に安心した。家庭教師として、あのときの気持ちをちゃんと答えよう。


「そうですね。怖くないと言えば嘘になりますが、それほどの恐怖は感じませんでした」

「勇敢なんですね!」

「アミーユお嬢様。それは違います」

「そうなんですか?」

「はい。恐怖をあまり感じなかったのは、私が勇敢だからではありません。私の前に立って、オーガから身を守ってくれる前衛がいたからです。私一人だったら、戦場に出ることはなかったでしょう」

「信頼できる前衛がいるから、怖くなかった。そう、おっしゃるのでしょうか?」

「はい」


 兄さんが居なければ、絶対に戦わない。そう断言できる。


「魔術師が戦場に出るには、信頼できる前衛が必要不可欠です。もし、魔物と戦いたいと思っているのでしたら、技術を磨くのと同時に、信頼できる前衛を見つけた方がいいでしょう」

「そうなんですね! クリス先生の初めての教え、このアミーユの心の中にしっかりと刻み込みました!」


 何が嬉しいのか僕には理解できないけど、不機嫌よりかは良い。それに、見た目通りと言っていいのか、素直でいい子だ。この感じなら、上手くやっていけそうな気がする。


「もっと、他のお話も聞かせてください!」


 リア公爵夫人が何も言わないということは、話せってことかな。きっとアミーユお嬢様は泥臭い話より、英雄譚をご所望なのだと思うけど……それは兄さんの領分で僕じゃないんだよなぁ。


「魔術師は地味なお仕事が多いので、話を聞いたらがっかりするかもしれません。それでもよろしいですか?」

「大丈夫です! 私は、いろんな話がお聞きしたいのです!」


 そこまで言われたら断れないか。


「それでは、一年前にゴブリンの群れを壊滅させたお話をします。とはいっても、正面から戦ったわけではありません。罠を使ってまとめて倒した話になりますが」


 用意された紅茶を一口含んでから、あの地味で大変だった戦いについて話し出した。


◆◆◆


「アミーユ。そろそろ時間よ。戻りなさい」


 ゴブリンの話が終わり、ダンジョンのゴーレムとの戦いを話したところで、時間切れになったようだ。アミーユお嬢様が嬉しそう聞いてくれるから、僕も楽しい時間を過ごすことができた。これは、彼女の人徳なのだろう。


「もうそんな時間なんですね!」


 ぴょんとイスから飛び降りると、僕の方をみてスカートをつまんで挨拶をしてくれる。


「お話しとても参考になりました。明日からクリス先生に教えてもらえることを、心よりお待ちしております」

「私も楽しみにしています」


 身にまとう雰囲気が変わったことに驚き、僕は一言返すだけで精一杯だった。これが貴族モードなのだろうか?


 アミーユお嬢様がメイドを伴って退出すると、リア公爵夫人と二人きりになる。


「うちの娘は、どうだったかしら?」

「魔術の才能があり、強い興味を持っていると感じました。そして、知識欲も旺盛です。魔術を学ぶに適した性格だと思います」


 お世辞でもなんでもなく、これば僕の素直な感想だ。付け加えるのであれば、美少女と話せるのも嬉しい。


「それはよかったわ。それじゃ、明日の午前に来てください。よろしくお願いしますね」


 面談も問題なかったということだろうか? ただ話していただけなのに? まあ、僕が考えても仕方がないことか。


 僕は立ち上がると一礼をして、部屋を出る。アミーユお嬢様と話して、彼女の知識と技術は大体わかった。家に戻ったら、明日の授業を考えよう。


 新しい出会いに、新しい環境。やる気が満ち溢れている。


 僕の止まった時間が、動き出したような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る