第8話 第二次討伐隊の出発

 今日は、第二次討伐隊が出発する日だ。

 徒歩の移動で、予定では午前中に出発して夕方前に到着。そのまま戦闘を開始する予定だ。今日一日で全てが決まる。


 睡眠時間はしっかり確保できたので、体調は万全。朝食用のパンをかじりながら革製のリュックに非常食、野営用の道具などを詰め込んでいく。


 全ての作業が終わると、リビングからお店に移動して、カウンターにあるイスに腰を下ろす。しばらく待っていると勢いよくドアが開き、兄さんたちが入ってきた。


「みなさんお久しぶりです」

「おう。元気にしてたか?」


 最初に声をかけてくれたのは、ラージシールドを背中につけている、褐色肌が魅力的なダモンさん。坊主頭の顔には幾つもの傷跡があり、戦士としての貫禄を醸し出している。


 その後ろでは、髪を束ねている魔術師のエミリーさんと、耳が隠れるぐらいの髪の長さが似合うナナリーさんが手を振ってくれていた。二人は姉妹で金髪碧眼といった前世の白人に近い容姿をしている。


「元気ですよ。お店は繁盛していませんけど」


 そういって、肩をすくめた。

 少し前までは、繁盛していないと言いつつも固定客がいたので生活には困っていなかった。けど今は、オーガにお客を奪われてしまったので、僕の生活費を稼ぐのですら危うい。


「ねぇねぇ。ブレスレットについて聞いてもいい?」


 昨日からずっと聞きたかったのだろう。ダモンさんを押しのけてエミリーさんが僕の方に近づいてきた。


「話は兄さんから聞いてます?」

「聞いている! 永久付与の話! 一級品どころか国宝級なんだけど、本当にもらっていいの?」

「はい。同じものを持ってても意味ないですし、討伐が終わったらプレゼントします」

「嬉しいけど、これを売ればお店も繁盛するんじゃない?」

「今回は危険度の高いお仕事なので作りましたけど、アーティファクトが生産できるとバレたら、下手したら命にかかわります。お金が欲しくてこの技術を見つけたわけではないので、作ったり売ったりするのはなるべく避けようかなと思っています」

「あー……」


 バレたことを想像したようで、エミリーさんは言葉を失ってしまった。

 この永久付与は、製造法さえ分かってしまえば、付与師であれば誰でも作れるようになる。僕である必要ない。聞き出すための手段は問わないだろう。


「だから、このブレスレットで終わり! 自分用の装備を作ってもらおうって期待しないでね」

「ごめんね。私の考えが浅かった。クリス君の安全のためにも、そうした方が良いと思う」


 エミリーさんは納得してくれたようだった。

 美人に迫られるというレアな体験をしたせいで、心臓の鼓動が早まっていたのは秘密だ。


「ね〜。そろそろ出ない? なんか南門の方が騒がしいよ?」


 外の様子を確認していたナナリーさんが、無駄話をしていた僕たちに話かけてくれた。


「そうだな。そろそろクリスの客を奪い取った、商売敵をつぶしにいくか!」

「ちょっとまって! 《肉体強化》を付与した指輪を渡し忘れてた」


 全員に指輪を渡し終えると、ダモンさんは木の板を持ち上げて外に出る。

 僕は緑色のマントを身につけてリュックを背負い、慌ててその後をついて行くことにした。


 数分歩いて南門に到着すると、ハンターと騎士団は全員そろっていた。部隊分けも終わっているようで、五人ごとのグループにまとまって談笑している。どうやら、余計な話をしてたせいで、みんなを待たせてしまっていたようだ。


「これで全員揃ったな。出発だ!」


 レックス騎士団長の号令のもと、合流するとすぐに出発することとなった。部隊ごとにまとまり、南門を抜けて目的地を目指す。


 緩やかな丘が続くのどかな街道を総勢五十名を超える集団が歩く。見晴らしも良く、武装した集団を襲うモンスターや野盗は存在しないようで、何回かの休憩を挟んだものの、トラブルなく木々に囲まれたノト村付近にまで到着することができた。


 街道から少し離れた場所で、レックス騎士団長が僕らの前に立ち、これから方針を説明する。


「斥候の報告では、まだノト村にいるようだ。通常個体を担当する部隊は、村を囲むように潜んでもらう。囮部隊が攻撃を仕掛ける直前に、狼煙をあげるので見逃さないように!」


 必要なことを伝え終わると、担当の部隊はすぐに移動をはじめた。しばらくすると、僕たち、デューク騎士隊長の部隊、リア魔術師長の部隊だけが残っていた。


「ダニエルの部隊は街道から魔術を放って特殊個体をおびき出してもらう。作戦が成功したら、デュークの部隊が後ろから防御型に襲いかかる予定だ。彼らの戦闘が始まったら、リアの部隊が一斉に魔術を放つ予定なので、それまでに離れてほしい」


 街道の脇は雑木林になっていて隠れやすい。奇襲にはもってこいの環境だろう。

 僕たちは街道に戻り、囮役としての仕事の準備に取り掛かることにした。


「ダモン、お前は《矢避け》が付与された木の板をもって、正面に立て。その後ろに俺、エミリー、クリスの順番で並ぶ。殿はナナリーだ。後方に敵が出ないかだけ気にしてくれ」


 それからしばらくすると狼煙が見えたので、兄さんが説明した隊列で歩き始める。少し進むと村が見えてきた。石造りの背の低い建物がポツポツと点在している。建物の一部は壊れているけど、多くは健在だ。その間から二体のオーガが見えるが、どれが特殊個体なのかわからない。事前情報どおり見た目では判断できないようだ。

 

「あいつら完全に油断しきっているな。ここまで近づいても気づいていない。エミリーは右、クリスは左のオーガに魔術をぶち込んでやれ!」


 兄さんの指示を聞いて頷くと、魔力を指先に移動させ、目の前の空間に魔術文字を書く。魔術は付与と違い、魔力に込めた意思が細かい制御をしてくれる。僕たちは標的を意識して魔術を放てばいいだけだ。


 エミリーさんと僕は、お互いに青く光る指先で《土槍》の魔術文字を書くと、青く光る文字が淡く消え、文字のあった場所から魔術陣が浮かび上がり、槍の形をした土がオーガに向かって勢いよく飛び出す。


 空気を切り裂く音でオーガは攻撃に気づきこちらを向くが、回避できる距離、スピードではないので、そのまま頭に直撃するコースだ。それが普通のオーガの集団だったら確実に倒せたんだけど……当たる直前に見えない壁に当たった。ドンと低い音が鳴り響き、土の槍は粉々に砕け散ってしまった。


「……これが防御型の魔術か。接触した瞬間に見えた結界の歪みから考えると、村の中心部に半円状にはられているな」

「おいおい。そんな分析は後でいいだろ! それよりどうするんだ?」


 ダモンさんが一歩二歩と後ろに下がりながら兄さんに質問をした。

 オーガが地面を揺るがすような音を立て、僕たちの方に集まってくる。その中から二体が前に出た。


「交代しながら魔術を放てッ! 結界があることで油断しているのか、走ってこない。後退しつつ、村からおびき出すぞ!」


 こうして、僕たちとオーガの戦いが始まったのだった。

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