第7話 準備

 囮役をするダニエル兄さんのパーティは、全員で四人。


 大きい盾が目印になっている戦士のダモンさん。

 魔術師で兄さんの彼女でもあるエミリーさん。

 弓をメインにレンジャーとして活躍するナナリーさん。ちなみにエミリーさんの妹でもあり、なんと兄さんの彼女だ。二人もいるのはズルい……。


 数年前から変わらず、ずっと同じメンバーで、僕のお店の常連だ。依頼達成の打ち上げにお邪魔したり、時には一緒に依頼を受けたるする仲で、一人も欠けて欲しくない。どんなことがあっても後悔しないように、持てる技術を全て使って準備するべきだろう。出し惜しみは無しだ。


 作戦会議は午前中に終わったので、お店に戻ったのは昼過ぎごろ。


 まずは兄さんが用意してくれた木の板に《矢避け》の魔術文字を、上下左右の四箇所書き込み、魔術の能力を補助する模様を付け加える。今回はさらに、四つの模様を一つの陣に形を変えていく。そうすると、矢を反らす程度の力しかでない魔術が、何十倍もの力を発揮する強力な魔術に変わる。


 この特殊な方法を連結付与と呼んでいる。


 魔術文字ごとに連結用の模様は異なるうえに複雑だ。さらに、戦争といった大規模な戦いでしか使う機会がないので、この付与ができる人は少ない。今日の作戦会議にいた付与師でも、これができる人は一人か、いても二人ぐらいだろう。


 今回は連結付与を使って、幅一メートル高さ三メートルの木の板を中心に、高速で動く物体が半径五メートル以内に近づくと、上の方に反れていくように魔術文字を書いている。どんなに強力な投擲だったとしても方向を反らすことはできるだろう。


 遠距離対策が終わったので、次は近距離用の付与に取り掛かる。カウンターの内側にある床を思いっきり踏むと床が少しだけ沈み、カチッとスイッチを押した音がなる。数秒後、その隣の床が開いて小さな穴が出現し、そこから赤黒い液体の入った小瓶を二つ取り出した。


 中身は気化防止液だ。これと付与液を混ぜることで付与液の気化を防止できる。


 付与液を流し込むために細い尖った棒でブレスレットに《巻き戻し》《回復》《状態異常回復》の魔術陣の溝を彫り、気化防止液と付与液の混合液を流し込んだ。そのあと一時間ほど乾燥させれば作業完了だ。


 素体のブレスレットは鉄製の安物だけど、強い衝撃さえ受けなければ長く使えるだろう。小瓶を一つ使い切ると同時に、一通りの作業が完了した。


「準備は進んでいるか?」


 店内で作業を見守っていた兄さんが声をかけた。


「うん。とっておきの道具を二つ用意したよ」


 四つのブレスレットをカウンターに並べて、横に立てかけてある木の板を指さした。


「木の板は《矢避け》の連結付与をしたから、当日はこれの後ろに隠れて、魔術を放って誘い出そう。攻撃型のオーガが投擲してきても僕たちには当たらない。安全なところから一方的に攻撃ができるよ」

「連結付与まで、できるようになっていたんだな……。助かるからいいんだが、このこの前のブツといい、お前は付与の才能だけは飛び抜けているな」

「だけって……。一芸に秀でていれば十分じゃない?」

「そりゃそうだな。と、話が逸れたな。その太くて魔術陣っぽい模様がついているブレスレットは……まさか例の付与をしているのか?」


 まるで危険物を触るように、ゆっくりとブレスレットを持ち上げて魔術陣を見ている。いろいろな角度から観察して、付与された魔術を見破ろうとしている。


「《回復》と《状態異常回復》……あとはなんだこれ?」

「見ただけでそこまでわかるんだ。いつも思うんだけど、本職顔負けの知識だよね」

「昔から解読は得意だったからな」


 視線をブレスレットから僕の方にうつして、自慢するようにニヤリと不敵に笑う。付与師でも魔術陣を見ただけで、付与した内容を把握できる人は少ない。兄さんは、本職顔負けの知識を持っているというわけだ。


「レアな魔術文字だから、兄さんが知らないのも無理がないよ。もう一つは《巻き戻し》。ブレスレットに魔力を流し続ける限りケガは治り、毒は無効化され、錆などがあれば新品状態に戻るという優れもだよ! といっても、安物の素材だったから、そんなに性能はよくない。広範囲の傷は治せないし、強力な毒物は軽減させる程度の力しか発揮しない。完全に壊れてしまったら元に戻せないからね。そこのところ注意して」

「内容もつっこみどろこが多いが、問題は《巻き戻し》だ! レアってレベルじゃないだろう! 時間操作系の魔術は秘匿されているはずだ。どこから入手したんだ? まさか公国図書館に忍び込み、禁書を読んできたのか……?」


 そんなことして捕まったら処刑コースだ。リスクが高すぎるから、やるはずがない。


「いったい僕をなんだと思っているの。やって良いこと悪いことの判別ができる大人だよ」


 そう言うと、思いがけない反論をもらってしまう。


「いや、お前ならやりかねん。エミリーたちに聞いても同じイメージを持っているぞ? 付与狂いの一歩手前だと思っている」


 兄さんたちに、魔術や付与のためなら犯罪行為すらもやってしまうような人として思われていたようだ。地味にショックが大きい。

 確かにこの業界には、倫理観がなくなってしまった人たちが一部いるけど、僕はそれじゃない! と、思う……。


 とりあえず、誤解を解かなければ。


「この前、時間操作の付与を見る機会があってね。その魔術陣を記憶して家に帰って羊皮紙に書き込んでおいたんだ。僕だって解析には自信があるから、時間さえあれば問題ないよ」

「お前に時間操作の魔術を見せた奴は、一瞬で魔術陣を記憶して、家で解析されるとは思わなかっただろうな……」


 そいつは家柄だけは良いから、秘匿された魔術文字をいくつも知っている。魔術文字を直接、教えてもらえることはないけど、魔術陣であればおだてれば簡単に見せてもらえる。あいつはプライドだけは無駄に高いから、褒めてもらえるのが嬉しく、すぐに調子に乗るのだ。


「そんなことはどうでもいいよ。それよりこれで生存率がぐっと上がると思うよ。みんなにも渡しておいてね」

「お前がアーティファクトを作ったと伝えて良いのか?」


 兄さんのパーティメンバーは身内だ。いつかは伝えることなんだから、今伝えても問題ない。それよりもっと大事なことがある。


「もちろん。明日は、みんな生きて帰ろうね」

「あぁ。もちろんだ」


 お互いに拳をぶつけ合い、明日の生き残ることを誓ってから、僕たちはお互いの寝床に戻った。

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