第6話 作戦の共有

「参加者にはこれから作戦の概要を伝えたいと思うので、関係ない方は方は退出していただきたい」


 レックス騎士団長がそういうと、付与術師のお偉方はすぐに立ち上がり、部屋から去っていった。危険な上にぼろ儲けできるほどの利益は出ない。断るのは分かる。けど、目の前にある脅威を見過ごす彼らを見て、なんとなく釈然としない思いを抱えた。


「よし、邪魔者もいなくなったところで、明日の作戦を話そう」


 先ほどまでは眉を寄せて神妙な顔をしていたけど、レックス騎士団長は男らしいワイルドな笑顔になっていた。


「討伐隊の主要人メンバーは、騎士とハンターの戦士が四十名、騎士団から派遣する魔術師十名。さらにここに残ってくれた付与師六名の総勢五六人になる予定だ。オーガ一体につき騎士四人と魔術師一人の部隊を作って戦う」


 一体につき五人で戦うのはオーガ討伐の定石なので、特に異論はない。他の付与師も同じ考えのようで、首を縦に振って同意していた。


「遠距離攻撃を防ぐ魔術を使う防御型は、デュークの部隊に対応してもらう。桁外れなパワーを持つ攻撃型は、リアの部隊と付与師の君たちにお願いしたいと思っている」


 特殊個体と戦えと言われ、残っていた付与師の顔から血の気が引いた。


 第一次討伐隊に参加したハンターの死因のほとんどが、攻撃型の特殊個体だ。オーガを遠距離で倒すのが定石だが、それは近づかれる前に倒せればの話だ。倒しきれなければ、強靭な肉体によって蹂躙される運命が待ち構えている。


 兄さんからの報告を聞く限り、ヤツは《筋力増強》の上位である《肉体強化》を使っている可能性があるし、もしかしたら、さらに上位の未知なる魔術を使っている可能性だってある。《肉体強化》は物理・魔術に対する防御力も格段に上がるので、遠距離だけで倒せる可能性はかなり低い。


「質問よろしいですか?」

「聞こう」


 この作戦に納得できなかった付与師が質問をする。男性にしては珍しい金髪の長い髪が特徴の男性だった。服装は上品で、顔も貴族のように整っている。


「攻撃型と防御型は通常のオーガと共に行動していると話に聞いています。今の作戦を聞く限り、各個撃破できるように離さなければなりませんが、何かお考えがあるのでしょうか?」


 作戦の粗をついて変更を要求するようだ。騎士団が考えた作戦を真正面から否定するのは、反感を買う可能性が高いので賢い選択だと思う。


「良い質問だ。その通りヤツらを引き離さなければまともな戦いはできん。そのために囮役が必要だが、この名誉ある囮役に自ら志願してくれたハンターがいたので、心配無用だ。特殊個体と通常個体は分断して戦う予定でいる」


 話しながらレックス騎士団長の笑みが深まっていく。

 ものすごく嫌な予感がするぞ。


「そのハンターとは誰ですか?」

「上級ハンターのダニエルがリーダーとなっている五人組のパーティだ。たしかクリスくんのお兄さんだったな?」

「……間違いありません」


 兄さんのバカー!

 危険な任務ほど見返りが大きい。兄さんなら間違いなく囮役に立候補すると思っていたけど……本当にしているとは……。


「彼らのチームには運良く魔術師がいるから、遠距離から特殊個体どもを狙っておびき出す。その隙に、通常個体を担当している部隊が襲撃して撲滅。分断された特殊個体にはデュークとリアの部隊が近づいて、強力な魔術を放つ。これで勝てるだろう」

「仮に近づけても、魔術を放っても防御型に防がられたら意味がないのでは?」


 金髪の付与師が再び質問をした。


「前回の戦いの経緯を詳しく聞くと、どうやら接近されると防御魔術を使わなくなるらしい。防御魔術は魔力の消費が激しい上に集中しなければならない。動きながら使うことはできないのだろう。前回は、投石によって魔術師が先に殺されてしまったので、今の戦法が使えなかった。今回は問題ないはずだ」


 確かに通常の防御系魔術は動きながら使うことはできない。そんなことができるのは、身体中に自動で発動する防御魔術が刻み込まれているモンスターぐらいだ。防御型の特殊個体は、任意で発動するタイプだったようで、これには当てはまらない。確かにこの作戦は成功する可能性はある。


「レックス騎士団長。発言してよろしいですか?」


 作戦の概要がわかり、兄さんをフォローする算段がついたので、僕も会話に参加する。


「今の作戦に異論でも?」

「いえ。作戦には賛成です。ですが、囮役の魔術師は一人しかいません。誘き出すためには心もとない人数です。それに他の部隊が駆けつけるまで持たせるには、防御を担当する魔術師も必要かと思います。そこで、私も囮役に志願したいのですがよろしいですか?」


 囮役に志願したことで、この場にいる人の視線が一斉に集まる。自殺志願者だと思われているかもしれない。そう思われても仕方がないけど、兄さんの生存率を少しでも上げるためには僕が必要なはずだ。これは自惚れではなく、純粋な事実としてね。


「そうか……その心意気気に入った! 家族を心配するその気持ち、痛いほどわかるぞ。囮役に参加することを許可する!」


 作戦の要は、デューク部隊とリア部隊だ。戦力的に貴重な魔術師が抜けることを嫌がるかもと思っていたけど、心よく許可してもらえて助かった。


「ありがとうございます」


 提案が通り安堵した僕はゆっくりとイスに座った。


「戦い方は決まった。次は物資について伝えよう」

 その後もレックス騎士団長を中心に話が進む。僕は家族さえ守れれば良いので口は出さなかった。


 ボーっと眺めている間にも、付与液や馬のレンタルといった細かい話が進み、しばらくして会議は終了となる。帰りがけ、リア魔術師長に「頑張ってね」と応援されたけど、僕の心の中は無謀なチャレンジをする兄さんに対する怒りでいっぱいで、ろくな返事をすることができなかった。



◆◆◆


「兄さん、囮役ってどういうこと?」


 その夜、ノコノコとお店に来て付与の依頼をしてきたので、ここぞとばかりに問い詰めることにした。


「お、作戦を聞いたってことはクリスも参加するのか」


 僕の怒りが伝わっているのか、それとも気づいていないのか分からないけど、普通に答えられてしまった。


「そうことを言いたいんじゃなくて、なんで一番危険な囮役なんてやったの?って、聞いているの!」

「そりゃぁ。作戦が成功したら騎士団に入れてもらう約束をしたからな」

「……それマジ?」

「むろん。そうじゃなければ、参加していない」


 騎士団に入るのは非常に難しい。特別なコネや実力がない限り入ることはできない。その代わり入ってしまえば破格の給金がもらえるし、戦えなくなるようなケガをしても事務職として働くことができる。


 後ろ盾もなく誰かを養う余裕のない僕たちは、どこかで危険を冒さない限り、これ以上の生活は望めないだろう。独り身の僕はそれでもいいけど、パーティメンバーを抱えている兄さんは、そうはいかない。


 ハンターなんて戦えなくなったら、物乞いになるしかない。兄さんは将来を誓った恋人が二人もいるし、万が一に備えるためにも、この囮の仕事を引き受けるのは、必要なことだったのかもしれない。


「それなら仕方がないね。僕も囮役に入ることになったから、命がけで助けるよ。だから――みんな生き残ろうね」

「お前がいれば、確実に生き残れるな! 準備はどうするんだ?」


 僕が参加することを聞いて、すぐさま安心した顔をした。ずっと睨んでいるような顔をしていたので、オーガとの戦いに緊張していたのだろう。兄さんの信頼に応えるためにも、準備は入念にしなければならない。


「僕に考えがある。兄さんぐらいの大きさの木の板を持ってきてくれないかな?」


 何に使うのか分からないようで、首を傾げながら兄さんが疑問を口にする。


「木の板なんて盾にすらならないぞ。何に使うんだ?」

「後で教えるから、とりあえず持ってきて!」


 そういって疑問には答えず、兄さんを店の外に追い出す。

 時間が足りない。すぐに明日の討伐に向けて準備を進めることにした。

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