第5話 第二次討伐隊への参加


 どうやっても逃したくないようで、僕を迎えに来た兵士が、準備が終わるまで店内でじっと監視している。逃げ出すわけにもいかないので素直に従い、迎えの馬車に乗った。


 カイル都市の東西南北に騎士団の駐屯所あり、各方角の守護とモンスターの討伐を担っている。僕が乗った馬車はそのなかでも、南に位置する南部騎士団の施設に入っていた。


 最終防衛ラインとしての役割を与えられた施設は石垣に囲まれ、なかにはグランドや研究施設などが多数点在していた。主な建物は三つ。正面から見て左にあるのが魔術文字の研究を行う魔術塔。右側が騎士や一般兵の訓練を行う騎士塔。そして中央が作戦本部および待機場といった役割に分けられている。

 僕が載っている馬車は迷うことなく、中央の建物に向かって進んでいる。


 螺旋の階段を無言でのぼる。二階の最奥の部屋が目的地だったようで、案内の兵士がドアをノックしてから入室した。


「失礼します! クリス付与師をお連れしました!」


 部屋にいたのは一人の男性だった。おでこが広く白髪が目立つ。眼光は鋭く、体格は良い。胸元には勲章らしきモノが三つぶら下がっている。何かを書いていたようで、イスに座りインクのついたペンを走らせていたが、兵士の声を聞いて作業を中断して顔を上げた。


「ありがとう。君は本来の業務に戻りなさい」

「はっ!」


 案内をしてくれた兵士は敬礼をしてから、部屋を出て行ってしまった。


「はじめましてだね。南部騎士団を取りまとめている騎士団長のレックスだ。クリス君、きみを歓迎する」


 そう言ってイスから立ち上がり、こちらの方まで歩み寄ると、手を差し出してきた。ここで拒否するわけにもいかないので、僕も手を差し出して握手をした。


「クリスです。こちらこそ丁寧にご案内していただきありがとうございます」

「すでに他の付与師は作戦室に集まっている。私が案内するから、ついてきてくれ」


 挨拶をすぐに終わらせると、部屋から出て行き三階に上がる。少し歩くと『作戦室』と描かれているドアが目に入る。中に入ると細長い机を囲むように十人前後の人が座っていた。


 一番奥の席は誰も座っていない。その両隣には三人いた。一人は、肩まで伸びている青い髪に緑の瞳をした女性だ。この世界では珍しいメガネをかけている。その隣に同じ髪と瞳の色をした幼い少女が座っている。見た目からして、メガネをかけた女性の子供だと思うけど……なんで、ここにいるんだ? 社会科見学? 平民を呼びつけるほどの状況で?


「おい。早く座れ」


 立ち止まって考えこんでいると、奥に座っている三人目の男性に注意された。髪の短い金髪でがっしりとした体形。騎士としてみて間違いなさそうだ。


「クリス君は、そこの空いている席に座ってくれ」


 どこに座ろうかと周囲を眺めていたら、レックス騎士団長に席を指定された。ドアに近い場所で、分かりやすく席が一つだけ空いている。金髪の男性の機嫌が悪そうなので、僕は急いで座ることにした。上座、下座を考えて席順を決めているのであれば、最も立場の低い人間として扱われている。


 他に座っている付与師を見渡すと、大手の付与ショップのオーナーや魔術に関する研究で大きな成果をあげている付与師など、業界の重鎮が多くいた。また逆に、僕のように街の片隅で付与ショップを経営している無名の付与師もいる。


 集まったメンツは、まとまりがない。

 そんな印象を抱えたまま、レックス騎士団長が一番奥の席に座ると、会議が始まった。


「改めて自己紹介させてもらう。私は南部施設の騎士団長をしているレックスだ。右前にいるのが騎士隊長のデューク・ホルダー。左前にいるのが魔術師長のリア・ヴィクタールだ。彼女は大公の第三夫人でもある」


 魔術師長は大公の奥さんだったとは思わなかった。そうすると、そこに座っている少女は公爵様の娘!? 驚きのあまり彼女を見つめていたら目があったようで、手を振られた。人懐っこそうな笑顔が印象的だ。この場では目立ちたくないので、軽く会釈をして視線をレックス騎士団長に戻す。


「さて。既に知っていると思うが、五十人規模の討伐隊がオーガ十体に返り討ちにあった。どうやら特殊個体が二体もいたらしく、そいつらに一方的に蹂躙されたそうだ。デューク。それで間違いないな?」


 最後の一言は、右に座っているデューク隊長に向けて言った。


「はい。間違いありません。現在は、騎士団の斥候が偵察をしています。最新の情報では、オーガたちは都市から馬で一時間程度の距離にあるノト村を占拠しています。村人の避難は終わっているので、人的な被害は一切出ていません」

「占拠だと?」


 レックス騎士団長の疑問にデューク隊長が答える。


「村にあった備蓄などを食べているそうです。通常のオーガ共にそんな知恵はありませんので、特殊個体が指揮をとっていると思われます」


 村人たちは襲われる前にカイルに逃げていたので人的被害はない。その代わり、家・畑といった村の財産は根こそぎ奪われたようだ。元に戻るまで年単位の月日が必要だろう。公国から復興支援をしてもらえなければ、避難した人の何人かは、スラム街に住むしかない。


「それで、我々に何をして欲しいのだ?」


 彼らの会話を遮ったのは、白髪の長いヒゲが目立つ老人だった。彼は確かヴィクタール公国の各都市に支店を構えている付与ショップのオーナーだったはずだ。不機嫌な感情を隠すことなく態度に出しているあたり、立場的にはデューク隊長と同格に近いのだろう。


「ヤツらが村で食料を漁っている隙に討伐する。その協力をしてほしい」


 デューク隊長が静かに要望を伝えたると、白髪の老人が質問をする。


「いつだ?」

「明日、ハンターと騎士団の合同の討伐隊が出るので、付与師五名を貸して欲しい。どうだ?」

「付与師として貸し出すが、実際は魔術師として使うつもりか」

「……そうだ」


 魔術を使う条件は魔力が扱え、魔術文字を理解していること。

 付与師は両方とも条件をクリアしているので、魔術師として運用することは可能だ。だが魔術師として作戦に参加するということは、前線に出ることを意味し、あの恐ろしいオーガと対峙しなければならない。街の中でモノに付与しているだけの人には荷が重い役割だ。


「話にならんな。なぜ前線に出なければならん。それはお前たちの仕事であって、我々の仕事ではない」


 そう断るのは自然な流れだし正論だ。他の付与師たちも、白髪の老人に賛成してる。


「カイル都市の危機でもか?」

「先の戦争と違い危機ということでもあるまい。確かに特殊個体は強いが、数は少ない。損害のことさえ考えなければ倒し方などいくらでもあるだろう」


 挑発的な言い方だったけど、デューク隊長は怒らなかった。


「なるほど。では、オーナー傘下にある付与師は参加しないと?」

「むろん。我々の仕事ではないからな」

「では、フリーの諸君はどうだろうか? 第二次討伐では家族が参加する人もいるとは思うが、君達も仕事ではないと言って断るか?」


 デューク隊長は、白髪の老人との会話を打ち切って、僕たちの方を見る。

 ここまできてようやく、僕のような無名の付与師に声をかけた理由が分かった。家族にハンターがいる人たちを呼んだわけか。有名どころは義理で声をかけただけで、本命は弱小の付与師なのだろう。


「討伐できたら公国金貨一枚と、貢献度に応じて付与師には、素材をそのまま渡そう。どうだ?」

「もちろん参加します」


 兄さんが参加するのに欠席するわけにはいかない。最初から答えは決まっていた。僕の声が引き金となり、無名の付与師六名が参加する意志を表明した。

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