第4話 お客がいない!
モンスターを狩ることを生業にしているハンターは初級、中級、上級の三つにランク分けされている。基本的には依頼の達成数と難易度からランクが決められ、兄さんはなんと上級まで上り詰めている。
そして今回、オーガの大規模討伐に参加したハンターは全員が中級。我がクリス付与術ショップの固定客も中級ということもあり、全員が大規模討伐に参加している。
するとどうなるか?
大規模討伐が始まってから数日、クリス付与術ショップは閑古鳥が鳴いていた。
「ひ、暇すぎる……」
付与する場合は最低でも公国銀貨一枚は必要なので、駆け出しの初級ハンターが利用できるほど安くはない。上級クラスになると大手の付与ショップに行ってしまうし、大規模討伐が終わるまではこのままの状態が続くだろう。
とはいえ、そのあいだ何もしなかったわけではなく、残り少なくなった付与液に気化防止液を混ぜ合わせて新しいアーティファクトを作り、ヒマな時間を有効活用していた。今回は、亜竜とよばれるワイバーンの皮で作った耐久性の高いグローブに《魔力弾》を付与している。手を完全に覆うグレーのグローブに茶色い魔法陣が描かれている。
グローブだと面積が小さいため《魔力弾》といった簡単な魔術しか仕込めないかったけど、細かいギミックを入れることができたので、このグローブはお気に入りの一品だ。
そうやって付与が終わったグローブをつけてニヤニヤと眺めていると、店のドアが開き兄さんが入ってくる。いつものごとくドシドシと音を立てて入ってきたかと思うと、とんでもないことを吐き捨てるように言った。
「おい聞いたか。大規討伐隊が壊滅状態らしいぞ」
今の一言で、グローブを眺めて悦に浸ってた僕の気持ちが急速に冷えていった。客がこないと思っていたら、この世にいなかったとは……。
「その話は本当?」
「ああ。さっきギルドで護衛任務終了の報告をした時に聞かされた。五十人いた討伐隊のうち生き残りは三人しかいなかったようだ」
想像より悪い状況だ。さすがにアーティファクトを装備している人はいなかったけど、討伐隊に参加したハンターはほぼ全員、何らかの付与はしていたはずだ。準備は万全だったはず。
「……それ冗談でしょ? もしかして予想していた数より多かったの?」
「いや、事前情報と変わらない。確か十体程度だったはずだ」
事前情報が間違っていて、オーガの数が多かったのであれば、壊滅状態になってしまったのも理解出来る。でも、そんなことではなかったようだ。
「今回派遣したハンターは五十人だよね? オーガといっても十体程度であれば余裕で討伐できるはずだよ。そうじゃなければ、今頃、この島は人が住めない魔境になっている」
確かにオーガはやっかいなモンスターだけど、それだけだ。事前準備を怠らずハンターの人数さえ揃っていれば、ほぼ間違いなく勝てる戦いだ。
奴らは遠距離攻撃の手段がなく、遠距離からの魔術に弱い。今回も遠距離魔術で一方的に攻撃をして、ボロボロになったところで接近戦でトドメを刺すといった方法をとったはずだ。
「俺も冗談かと思って生き残りの一人に聞いてみたんだが……どうやら、特別な魔術陣が刻まれたオーガが二体いたらしい。一体は、魔術をはじく結界を作りだし、もう一体は、通常のオーガより強力な《筋力増強》と《硬化》が付与されているのか、こちらの攻撃は一切通じなかったようだ」
弱点を補い強みを伸ばす。考えられる限り、最悪な組み合わせだ。
「その特殊個体が二体とも前に出て通常個体は後ろで待機していたらしい。魔術は効かず、接近戦をしかけてもこちらの攻撃が通じない。むこうの攻撃が当たれば一発で死んでしまう。そんな、理不尽な戦いをしなければならなかったらしい。先ほどハンターギルドで、便宜上、結界を使う方を防御型、強力な付与がかかっている方を攻撃型と呼ぶようになったらしいぞ」
オーガ無双。不謹慎だけど、人がバンバン飛んでいく前世で遊んでいた無双系ゲームを思い出してしまった。
「……なにそれ……オーガってレベルじゃないよ」
「同感だ。突然変異として生まれた個体だと思う。まだ若い個体だから子供はいないようだが、奴らが子供をつくれば確実に魔術陣は継承するだろう。二体でもやっかいなのに、それ以上に増えたらここを守るのだって難しくなる」
モンスターの魔術陣は子供に遺伝すると言われている。それもほぼ100%に近い確率らしい。とある学者は、人類が知識や経験で進歩するのと同じで、モンスターは突然変異の魔術陣によって進化していると提唱している。その仮説が正しいのであれば、この特殊個体は頭脳や肉体といったものも、通常のオーガーより上かもしれない。
「その前に討伐しないとね。ハンターが失敗したってことは、次は騎士団が出てくるの?」
ハンターの討伐が失敗すると、公国お抱えの騎士団を出すしか選択肢がない。とくにこういった難敵に対しては、ハンターを集めただけで勝てる見込みはないだろう。
「まだ決まっていないが、騎士団の連中は出てくるだろう。公爵さまのお膝元で起きた事件だからな。ただ先の戦争で向こうも人手不足。おそらくはハンターと共同で討伐体を組むはずだ」
やっぱり戦争なんてろくなもんじゃない。人類共通の敵がいるんだから、なぜ手をとって戦えないのだろう。欲張ったあげく、人類が滅亡しましたなんて悪い冗談だ。
「そうなったら兄さんも参加するの?」
「中級ハンターがごっそり減ってしまったからな。混合部隊を作るのなら間違いなく声はかかるだろう」
「そっか……でも、できれば参加してほしくないな」
常連だったハンターがいなくなるのは悲しい。この都市が危なと知ったらなんとかしたいと思う。でも、そんなことより、兄さんの安全はなにより優先するべきことだと思っている。
僕としては今すぐハンターなんて危険な仕事はさっさと辞めて、都市でできる仕事をして欲しい。でも兄さんはそんなことは望んでいないし、むしろ危険なことにチャレンジするのが好きな性格だ。だからこんな返答がくることも分かっていた。
「なに言っているんだ。これはチャンスだぞ。中級冒険者が束になっても勝てなかったオーガを倒せば報奨金もたっぷりもらえるし、なにより、活躍できれば騎士団に入隊するチャンスだってある! これを逃す手はない!」
それに加えて最近は良くいえば向上心。悪く言えば出世欲も強くなり、チャンスがあれば危険を顧みず飛び込もうとする。
「僕は、今のお店で十分だけどね」
「固定客の多くが死んじまったじゃないか。これからは、そんなこと言ってられないぞ」
「それはなんとかなると思うけど……兄さんが決めたんだったら、もう反対しないよ。それに、特殊個体の魔法陣は気になるな。両方とも未知の魔術文字を使っている可能性があるから、手に入ったら解析したいな」
魔術文字はその言葉を補強する修飾語みたいな文字や模様を入れることで、効果を高めることができる。未発見の文字も多く、モンスターの魔法陣やアーティファクトから解析して、新しい魔術文字を発見する研究なども行われている。
「お前は変わらないな」
呆れたような、安心したような複雑な顔したかと思うと、「仲間が待っているから」といって、入ってきたと同じようにドシドシと音を立てて店を出て行った。
また、一人になった店内で今日のことを振り返る。
討伐隊の壊滅、特殊個体、ハンターと騎士団との混合部隊。戦争が終わったばっかりだというのに、この都市に平和が訪れるのは当分先なのかもしれない。いや、もしかすると、戦争で疲弊したヴィクタール公国は、これからモンスターという国難に全力で立ち向かっていかないと、人が住めない島になってしまう可能性だってある。
現に、首都のカイルに特殊個体が出現し、襲おうとしているのだ。この世界に産まれて十五年たつけど、特殊個体の出現なんて初めて聞いた。ヴィクタール公国の歴史を紐解いても、出現した記録なんてほとんどないだろう。それだけ珍しいことだし、同時に二対出現したということは、大きな災いがくる前兆だと噂されるだろう。
これから、どうなってしまうのだろうか?
そんな一抹の不安を抱えつつ夜を迎え、そして翌日。
兄さんの予想は当たり、騎士団とハンターの混合部隊でオーガの群れを討伐することが発表された。そして僕の元には一枚の羊皮紙が届く。
「はぁ。騎士団は本当に人手不足が深刻なのかもしれないな」
中身を読んで憂鬱な気持ちになる。見たくもないので、店のカウンターに肘をつきながら羊皮紙を放り投げた。
ヒラヒラとカンターの上に舞い落ちた羊皮紙には『騎士団の魔術師が不足している。付与師も討伐軍に参加せよ』と出頭命令が書かれていた。
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