第3話 復興が進む日常

 外は雲ひとつない晴天だった。陽気に誘われて、大勢の人が道を行き来している。


 クリス付与術ショップはハンターギルドに隣接しているせいか、武装している人たちが多い。目の前の通りだけを見れば小さい頃から何も変わらないように思える。でも視線を遠くに移すと、一年前に終結した戦争の名残が残っていた。


 木材を運んでいる人や、レンガを積み上げて家を修繕している人。さらには、付与液が入ったタルを背負った人型のウッドゴーレムが、重機のように石を積み上げて外壁を修繕している。


 一年前の戦争は首都にまで攻め込まれるほど情勢が悪く、あと数週間で陥落すると言われていた。外壁や家の一部が壊れているのは、激しい戦闘の名残だ。大通り石畳は優先的に復旧させたので、移動に困ることはない。その代わり建物の復興が遅れていた。


 敗戦の危機を救ったのは、皮肉にも大陸に住んでいるモンスターが大暴れしたことだった。人類とは相容れない関係だけど、あの時ばかりは敵の敵は味方といったありがたい存在ではあった。


◆◆◆


 歩きなれた道を進み、なじみの屋台に入る。


「おじちゃん今日もきたよ。それ一つちょうだい」

「はいよ。公国銅貨五枚だ」


 貴族でもない限り、昼食は軽く済ませて晩御飯をたくさん食べるのが、この世界の基本スタイルだ。


 僕も平民なので例に漏れず、昼食はいつも屋台で買っている。顔なじみの亭主にあいさつをしてから銅貨五枚を支払う。対価として手に入れた、肉と野菜を串で刺した焼き鳥みたいなものを食べながら歩き出した。


 焼き鳥もどきを口に入れ噛むと、たっぷりとつけられた塩と肉汁が口の中に広がる。おそらく、全長三メートルはあるビッグボアか、切り裂きラビッドの肉だろう。どちらも駆け出しハンターが狩り、平民が食べるものだ。


 街の外に出るとモンターが跋扈するこの世界では、家畜は貴重であり屋台で使われることはない。羊や牛に似た生き物はいるけれどすべて野生だ。肉が必要になったらハンターに依頼するかない。


 もう少しモンスターの脅威が減れば、あいつらを家畜化できる可能性もあるけど……人類が争っている現状では、僕が生きている間は難しそうだ。


 そんなことを考えていると、後ろから馬の足音と御者の怒鳴り声が聞こえた。誰かが、馬車を猛スピードで走らせているみたいだ。僕は慌てて道の端によると、二頭立て馬車が目の前を通り過ぎて行った。


「あれは公爵家の馬車?」


 あっちの方角は公爵家の第三夫人、リア様が住んでいる館だ。何かあったのかな? ちょっと興味がわくけど、


「僕には関係ないか」


 そんな当たり前の結論を出して思考を中断した。

 再び歩き出すと、すぐに目的の薬屋につく。店に入ると、薬品のような匂いが漂ってきた。


 カウンターの後ろに薬らしきものが並んでいる。レイアウトはうちと同じだけど、店の広さは三倍あり、主婦と思われる一般のお客さんも数人いる。ハンターがいなくなったら閉店してしまうお店とは大違いだ。


「ニコライおじいちゃん。付与液を買いに来たよ」


 子供の頃から顔見知りなので、昔からの呼び方を変えることができず、この歳になってもニコライおじいちゃんと呼んでいる。五十を過ぎてそろそろ引退する年齢だけど、見た目は三十代に見えるほど若々しい外見を保っている。さらにハンター顔負けのいかつい顔と体格で、周囲のお店は、トラブルの時に頼りになる爺さんとしてお守り扱いされていた。


「クリスの坊主か。赤と青が品薄になったか?」

「うん。よくわかったね」


 付与師も付与液を作ることはできるけど、薬屋も作ることはできる。

 ハンターが薬草を採取してギルドを通して薬屋に卸し、付与液に加工された商品を僕たち付与師が買い取ってハンターに付与する。これが、付与業界の基本的なサイクルだ。


「昨日からハンター共が騒がしかったからな」


 ハンターの動きだけで品薄になっていることを予想するとは恐れ入る。


「回復系のポーションを、ごっそり買ってくれたわ」


 そうとう大きな儲けが出たのだろう、目の前で豪快に笑っている。体を張って守ってくれるハンターには悪いけど、お店を経営する人にとって大規模討伐は実入りの良い仕事だ。僕のお店も今日一日で一ヶ月分の売り上げが出ていた。


「必要な付与液はリストにまとめてあるから」

「おう見せな」


 差し出した羊皮紙を乱暴に奪い取り内容を確認すると、大きな声で人を呼びつけた。


「コウ、このリストにある付与液をカゴに入れて持ってこい」

「わかりました!」


 カウンターの横にあるドアから出てきたのは、十歳ほどの若い少年だった。ニコライおじいちゃんの子供は娘だったし、孫息子は一歳だったはずだ。


「新しい店員ですか?」


 そうすると新しい店員としか考えられないので、昔からの知り合いという気安さから、思わず質問してしまった。これで隠し子だと言われたら、かなり気まずい。ニコライじいちゃんの下半身はいまでも現役だという噂だから、地味にあり得そうだから困る……。


「そろそろ引退を考える歳だからな。娘は嫁いでしまったし、教会が経営している孤児院から、筋が良さそうなヤツを引き取ったんだよ。お前と娘が結婚してれば、そんな心配せずに済んだんだがな」


 本人は上手いこと言ったと思っているようで、ニヤリと口元をあげていやらしい感じに笑っている。


「いきなり人の古傷をえぐらないでよ……」


 ニコライじいちゃんの娘であるターニャさんは、僕の二つ上で初恋の相手だった。家族ぐるみで付き合いがあったので、「異世界転生のテンプレきたー!」と一人で興奮していたときを思い出すと、いまでも死になくなる。異世界にきても黒歴史を作ってしまった。


 ちなみにターニャさんは兄さんに告白してあっさり振られたあと、港街の宿屋の息子に嫁いでから会っていない。姿を見ると泣きそうになるので、一生見なくていいと思っている。


「気を悪くするな冗談だ。それよりお前も独り立ちしたんだから、弟子の一人でもとることだ。特に付与師は育成に時間がかかるからな」

「お店を軌道に乗せなければいけませんし、独り立ちしたばかりの未熟者です。まだ早いですよ」

「お前の店は固定客も多いし、お前の腕はそこら辺のヤツよりレベルは高い。それは俺が保証してやる」

「高く評価してもらえているのは嬉しいのですが、それと弟子の話がつながりません」

「この前の戦争で孤児が増えた。彼らには寝る場所と働く場所、それと金が必要だ。それらすべて提供できるのが、住み込みの弟子ってヤツだからな。まあ、この街のために少し考えてくれ」


 そこまで考えての発言だとは思わなかった。この街に住む人としての責任か……住んでいる人たちには色々とお世話になったし、恩がないとは言えない。弟子に関しては少し考えてみるか。でも、僕が人に教えられるか不安だ……。


「付与師として才能がある子を見つけたら考えます」

「おう。それでいい」


 とは言っても最低でも魔力を保有している人ではなければいけない。才能に大きく左右される職業だ。すぐには見つからないだろう。ニコライおじいちゃんもそれがわかっているからこそ、しつこく言うことはなかった。


「親方! 持ってきました。確認お願いします」


 弟子のコウ君の声で、会話が終わった。

 ニコライおじいちゃんがカゴの中身を確認してそれが終わると、僕ももカゴに入った付与液を確認する。種類・本数ともに指定した通りだ。問題ない。


「大丈夫です。ビン一つで公国銀貨三枚で良いですよね?」

「今回は高い材料は使ってないからそれで良い」


 カゴから持ってきたバッグに移し替えてから、公国銀貨十五枚を支払い薬屋をあとにして、自分の店に戻ることにした。


「ただいま」


 慣れ親しんだ木製のドアを押し開けて中に入る。数年前までは家に必ず誰かがいて、このあとに「おかえり」と返事があったが、いまは自分の声が部屋の中にこだまするだけだ。


 戦争が始まって、兄さんはハンターになり両親は死んでしまった。それからは、僕は流されてばかりだった。このお店だって跡を継ぐ人が僕しかいなかったから経営しているだけで、兄さんのようにハンターになって自分の道を切り開いて生きているわけじゃない。そう思うと急に自分だけが取り残されたような気持ちになってしまう。


 その夜、寂しい気持ちを抱えたままベッドで眠ることにした。

 独り身が寂しとはこんな感覚なのだろうか。


 いままで押し込めていた、誰か一緒にいて欲しいという気持ちが、自分の意思に反して止めどなくあふれていた。

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