第2話 報告書

 ヴィクタール公国は、この島にある唯一の国だ。僕が住んでいるカイルは首都にあたる。一年前に大陸側の国が侵略してきたけど、何とか引き分けにまで持ち込むことができた。その代わり……大陸との戦争で付与師として従軍していた父さんと母さんは、終戦直前に戦死してしまった。


 巷ではありふれた話だし、戦争からの復興と人類共通の敵であるモンスターと戦う日々が続いて、残された人たちは悲しむ暇がない。現実とは無情だ……。


◆◆◆


 見送ったあとも来客を待っていたけど、今日一日のお客は兄さんだけだった。ハンター相手の客商売をしていると、一気に来る時もあれば、こんな日も珍しくない。そんなヒマな一日を過ごしたおかげで、永久付与の研究がはかどった。

 僕の右腕には光り輝く模様が映し出されている。数分もすれば光りは消えるはずなので、しばらく待ってから閉店の準備に取りかかることにした。


 看板を開店から閉店に変えるために、木製のドアを開けると、ノックしかけていた少女がいた。レザーアーマーを身に着け、腰の左右にショートソードをぶら下げている。この世界では珍しい黒髪を、後ろでまとめポニーテールにしていた。


「依頼の件。マスターから手紙を預かってきました」


 あげていた手を、そのまま腰につけているバッグに入れて、まるめられた羊皮紙の束を渡してきた。それを受け取って中身を確認する。内容はハンターギルドに直接依頼していた、両親の死の真相についての報告書だった。


 二年前の戦争で従軍していた両親は、不意にモンスターと遭遇して戦闘に巻き込まれて死んだとされているが、遺体には剣で叩き切ったような傷や矢が刺さったとしか思えない穴が空いていた。


 両親を埋葬するときに気づいたんだけど、戦争中はどこも人手不足。結局、戦争が終わってから調査してもらい、一年経ってようやく確かな情報が手に入ったようだ。


 羊皮紙を食い入るように見つめる。やはり両親はモンスターではなく人の手によって殺されたのは間違いないようだ。戦争のどさくさに紛れて邪魔な奴を始末する。それ自体はよくあることだけど、なぜ、両親がターゲットだったのだろう?


 付与師としての才能はあったけど、逆に言うとそれしかなかった。人に恨まれるような性格ではなかったし、両親が狙われた理由が思いつかない。もしかして巻き込まれたのか?


 肝心の報告書には、生き残った目撃者にお金を支払ってようやく『黒ずくめの集団に襲われて殺されたことが分かった』としか書いていないため、犯人や動機といった部分は不明のままだった。そして、これ以上の調査は困難だと結論づけられていたため、依頼はこれで一旦終了にさせて欲しいと書かれている。


 一旦、これで終わりにしてもいいか。


「ありがとう。この報告書で依頼完了だ」


 そう伝えると、目の前の少女が緊張が抜けて安心しきった顔に変わった。

 彼女は慌ててバッグから依頼書を取り出したので、受け取って受領のサインをしてから残りの金額を渡し、一年かけた調査が終了となった。


 彼女を見送ってから店に戻り、近くにあるイスに力なく腰をおろす。


「ハァ……」


 思わず深いため息をついてしまった。


 大陸側の人間が両親の存在を知って暗殺する可能性は低いので、おそらく、公国側の誰かが暗殺の指令を出したはずだ。そういった立場の人は貴族であるため、これ以上の調査は公国の騎士団にでも入らなければ調査はできないだろう。当然、危険度が跳ね上がり命の危険だってある。しばらくは、大人しくしておこう。


「さて、明日の開店準備でもするか」


◆◆◆


 翌日。昨日とうって変わり、朝一からハンターがひっきりなしに来店している。


「クリス付与魔術ショップへようこそ」

「これからオーガの討伐に参加するんだ。俺たち全員に筋力増強を付与してくれ」


 本日来店する人はオーガ討伐が目的らしい。


 付与している間に話を聞いてみると、オーガの群れが見つかったようで、これから大規模な討伐が始まるようだ。ヤツらは強靭な筋力と、緑色の硬い皮膚を持っている。額にある一本ツノには、魔術文字を模様にした魔術陣が刻み込まれ、特定の魔術を放ち、モンスターの中でも難易度の高い敵だ。


 原因は不明だが、オーガのように生まれつき、体の一部に魔術陣が刻み込まれているモンスターがいる。これらは、付与液の代わりに体内に流れる血を使うため、魔力が空中に逃げことはなくアーティファクトのような働きをして、人類に対して牙をむく。


 付与液や人間の血では代用できないので、再利用することはできない。人類にとってはなんとも厄介な仕組みだった。


 ちなみに、モンスターに付与されている魔術陣の解析は進んでいて、オーガに付与されている魔術は《筋力増強》《硬化》の二つだと判明している。


「公国銀貨五枚になります。保護系は不要ですか?」

「やりたいが……金がないからパスだ」

「それは残念ですね」


 オーガは一撃の威力が強いモンスターだ。大規模討伐であれば長期戦を視野に入れて、攻撃力より防御力を上げて生存率を上げた方がいいと思うんだけど、お金が足りないなら仕方がないね……。


「それではイスに座って三十分お待ちください」


 普段であればアドバイスの一つでもするけど、いまは猫の手も借りたいほど忙しい。席に座ってもらい順番待ちをしてもらうことにした。


 付与が終われば新しいお客が来店するといった感じに、休む暇なく《筋力増強》《性能向上》《物理保護》《魔術保護》といった魔術文字を組み合わせて付与をしていた。討伐隊は午後から出発するらしいので、午前中に全て終わらせなければならない。全てのお客さんが出て行ったのは、討伐隊が出発する三十分前だった。


「これが毎日だったら従業員を雇うんだけどなぁ……」


 イスに座り、人がいなくなった店内を見渡す。少し前までは狭い店内にぎっしりと人がいたけど、いまは人っ子一人いない。落差が激しく、なんだか寂しい気持ちになってしまった。


 理屈の通じないモンスターとの戦いで人類の進歩は遅い。定期的に国が滅ぶため、失ってしまった研究データは数え切れないほどあり、さらに娯楽もほとんどない。


 さらに迅速な判断が必要なため、ほとんどの国が王政を採用しているので、国同士の争いも国王の感情や才覚で左右される場合が多い。この前の戦争だって、相手国の王子を侮辱した、しないが原因だった。


「人同士で争って、最後にモンスターに滅ぼされたら笑えないよなぁ……」


 人類共通の敵がいるのに手を取り合って戦うことすらできない。むしろそれを利用して、敵対国にけしかけるほどだ。世界平和・人類の繁栄が訪れるのは遠い未来になりそうだ。


「付与液の在庫でも確認するか」


 これ以上は考えても時間の無駄なので、思考を中断し、羊皮紙に書き込んだ在庫表を片手に後ろの棚に向かう。


 瓶に入っている付与液を大きく分類すると、増強系の赤・防御系の青・回避系の緑・属性付与の黄・回復系の白と分類できる。


「赤と青の付与液の残りが少ないな」


 オーガ相手には回避より攻撃と防御を選ぶ人が多く、赤と青の付与液の残りが少なくなっていた。


「あと二回ぐらい使ったら在庫がなくなっちゃう。閉店して付与液を買いに行こうかな」


 うちの固定客であるハンターは、全員討伐にいってしまった。お店を開けていてもお客は来ないだろう。


 時刻はお昼を過ぎたあたり。さっさと閉めて、在庫を補充しに出かけた方が効率的だ。そう思い、お出かけ用のマントを身にまとってからドアの看板を閉店にして、外に出かけることにした。

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