付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~
わんた@[発売中!]悪徳貴族の生存戦略
アミーユお嬢様の家庭教師
第1話 永久付与
僕は眠い目をこすりながら外にでると、店の前を掃除して看板を閉店から開店に変える。ようやく慣れ始めた営業前の準備だ。
「今日も一日、がんばりますか!」
僕、クリスが異世界のヴィクタール公国に転生してから十五年が経過していた。
前世の記憶があったので、世の中の理を捻じ曲げる魔術と、その根幹を支える魔術文字の重要性を早くから理解。子供の頃から必死に勉強をした甲斐もあって、モノに魔術的な効果を付与する付与師になった。
死んでしまった父さんから経営していた付与術ショップを引き続き、今では一国一城の主だ。……そうはいっても店員は僕一人だし、固定客が減ってしまえば消滅するような、小さなショップだけどね。
それでも僕にとって、家族の思い出が詰まっているこの場所が特別なのは変わりない。
開店準備が終わるとカウンターに入り、付与液の在庫を調べる。モノに魔術を付与するには、魔力を一時的にため込む付与液が必要不可欠だ。付与液がなければ、付与師としての仕事ができない。
保存ビンを手に持って付与液を確認していると、木製のドアについている鈴から乾いた音が鳴った。
「クリス付与術ショップへようこそ」
この前決めたばかりの挨拶をしてから振り向く。
燃えるような短髪と大柄な体が特徴的な、ダニエル兄さんがいた。レザーアーマーの上に黒いマントを羽織り、ロングソードを腰に下げている。
兄さんは魔術的な才能がなかったので、モンスターを狩るハンターになり、仕事前に必ず足を運んでくれる。記念すべき常連第一号だ。
ドシドシと乱暴な音を立ててこちらに向かってきた。
「相変わらず、狭くて何も置いてない店だな」
「僕としてはちょうど良い大きさなんだけどね」
店内は十人も入れば狭いと感じるほどの大きさだ。丸いテーブルと背もたれのあるイスが四脚。それが二セットあり、さらに窮屈さを強調している。
「クリス、店内の広さは後回にしてもいいと思うが、もう少しオシャレにした方が良いんじゃないか? そうすれば女性客が増えるかもしれないぞ」
ニヤニヤしてバカにしているように見えるけど、本心では女っ気のない僕を心配している。その気持ちは分かるんだけど、残念ながら、うちのメイン顧客は荒くれ者が集まるハンターだ。そのアドバイスは意味ない。オシャレにしても普通の女性は寄り付かないだ……。
「ハンター向けの付与術ショップがオシャレしてどうするのさ……。それに、付与液を入れた保存ビンとペンさえあれば付与術はできる。これ以上モノを増やす気はないよ。それより仕事の話をしない?」
「その考え方は今後、矯正するとして……お前の言うとおり今は仕事の話しをしよう。実は、これから隣町まで護衛するんだけどさ、どうやら盗賊が出るみたいなんだ。念のため《矢避け》の魔術を付与をしてくれないか?」
そう言って兄さんが取り出したものは、五つのスカーフだった。兄さんたちのパーティメンバー全員に付与しろということなのだろう。
「いいけど枚数が多いし、三十分はかかると思うよ。集合時間に間に合いそう?」
「ああ、その程度なら問題ない。頼むぜ!」
「それならイスに座って待ってて。今すぐとりかかるよ」
振り返り、カウンターの後ろにある天井にまで届く高い棚を眺める。色とりどりの液体が入っている保存ビンが、所狭しと並んでいる。全てが付与術に必要な付与液だ。
その中から、「風鈴草」をベースにした緑色の付与液が入った保存ビンを取り出した。矢避けだけであれば、この付与液だけを使えば問題ない。
カウンターの内側にあるイスに座る。作業台にスカーフと付与液が入ったビンを置いてから、腰につけてあるホルスターから銀色の付与ペンを取り出した。
「なつかしいな……そのペン。オヤジが【魔力伝導率が良いミスリル以外は認めん!】といって、ローンをしてまで買ったものだよな?」
「そうだよ……それにしても父さんのモノマネにているね」
不意打ちのモノマネで半笑いになりながら、スカーフを作業台に広げ、左手にペンを持つ。
「まあな。俺の得意技だ……といっても、この完成度が理解できるのはクリスだけになっちまったけどな」
「朝から暗い空気にしないでよ」
兄さんの一言で楽しい雰囲気が一気に消えてしまったので、会話を打ち切って作業に集中することにした。
魔力を左腕から手に、そしてペンにまで移動させる。するとペン先が青く光り出し、魔力が移ったことを教えてくれる。
その状態のまま、ペン先に付与液をつけて魔力と付与液がまざったインクでスカーフに《理を変える力》をもつ魔術文字を書いていく。
この文字が、物理法則といったルールを捻じ曲げ、術者の意思を反映してくれる。魔術や付与術を使う人間は必ず覚えなければいけない言葉だ。
スカーフを中心に『高速で動く矢が半径二メートル以内に近づくと、上の方にそれていく』魔術文字を書く。終わったら仕上げに魔術の能力を補助する模様を付け足す。いわゆる「魔術陣」と呼ばれる処理だ。
魔術を放つ場合は、指先に魔力を集めて空中に魔術文字を書いて発動させるが、付与はさらに模様を付け足して魔術陣化することができ、魔術の効果を高めることができる。これが付与の最大のメリットだ。魔術文字しか書けない魔術師との大きな違いでもある。
「兄さんお待たせ。スカーフに矢避けの付与をしたよ。四日すぎると付与液が完全に気化するから気をつけてね。魔力のないボウガンまでなら、上にそれるようにしているから」
魔力は空気に触れた瞬間から効果が薄まる。空中に魔力で魔術文字を書いた場合は、十数秒で魔力は消えて無くなってしまう。付与液を使ったとしても早ければ数時間、長くても数日で液体が気化するのとあわせて、効果が切れてしまう。
この気化を防いだ永続的な付与を施された道具なんかは、古代文明の遺跡からしか出てこない。さらに過去のハンター達に荒らされてしまったため、今では掘り尽くされてしまい市場に出回ることはほとんどない。と、一般的にはそう思われている。
「おう。いつも通りだな」
「料金もいつも通り、家族価格で公国銀貨一枚」
お金がないといった理由で武具の付与をせずに死なれるより、原価ギリギリの価格で提供する代わりに、頻繁に来てもらって安全性を高めた方が良い。この世界でたった一人の家族だ。長く生きて欲しいと思う。
本当はハンターという危険な仕事も辞めて欲しいのだけど、兄さんは続けるつもりなので、僕なりに頭を悩ませて妥協した結果だ。
「いつも悪いな」
そう言って兄さんは、お金が入っている袋から公国銀貨を一枚取り出して手渡してくれた。
「そうだ、渡したいものがあるから、少し待ってて」
実は今度会った時に渡そうと思っていたモノがある。
店に奥に置いていたバックラーを、ひっくり返した状態でカウンターの上に置いた。
裏面にはスカーフに書き込んだ魔術陣を、さらに複雑にした模様が描かれていてる。誰が見ても付与されたバックラーだと分かる代物だ。
「この前のオーク狩りで、バックラーを壊して困っていたでしょ? 同じものを買って特別製な付与をしておいたから使ってね」
「おお! 今回の報酬で買おうと思っていたんだ。いいのか?」
「死なれたら悲しいから気にしないで。今から、付与した内容について説明するよ。このバックラーには、《硬化》《魔術抵抗》《衝撃吸収》《範囲拡大》の魔術文字を刻んでいるんだ」
「さすがだな。四つも同時に付与できるヤツなんて、ほとんどいないぞ」
「三歳の頃からやってたから、このぐらいはできないと」
不意に褒められたので、思わずれ照れしまった。髪をいじりながら説明を続ける。
「魔力を通すとバックラーを中心に物理や魔術を防ぐ薄い膜が出る。大きさは一メートルほどかな」
効果を試すためにバックラーを手にとって魔力を通すと、バックラーの上に一回り大きい青い膜が浮かび上がった。
「おお、本当に出た。これは便利だな! 今日から使わせてもらうぜ。で、付与期間は?」
「永続」
話しながらバックラーの使い心地を試していた兄さんの動きが止まった。恐る恐るといった感じで、僕の方に視線を戻す。
「は? なんて言った?」
「だから、永続だよ。魔力は無理だったけど、付与液の方は気化を防ぐ方法を見つけたんだ。いやー、気化を防ぐ素材の成分抽出と調合は、大変だったよ。作るだけで一年もかかるんだよ? 完成した時は思わず叫んじゃったな」
信じられないと言いたいのか、手で顔を覆いそのまま上を向いた。こういうオーバーリアクションが世の女性たちには受けるようで、それが自然とできる兄さんが羨ましい。やっぱり、モテる技術も磨いた方がいいのかな……。
「……これが、どれほど凄いことが理解しているのか? 古代文明が崩壊してから誰もが挑戦して、実現できなかった、アーティファクトが作れるんだぞ! ドラゴンを倒す、国を作るといったレベルの偉業だ!」
確かにこの世界の知識しかなければ、僕もたどり着けなかっただろう。しかし、前世で学んだ知識やそれに基づいた発想。さらに両親の協力と、仮説検証といったアプローチを繰り返すことにより、十年かけてようやくたどり着いた。
「こんなの偉業じゃないよ」
だから偉業ではない。ただ単に運が良かっただけだと思っている。
「それより、アーティファクトの品質チェックも済んでいるから、安心して使ってね。もちろん、僕が作ったってのは秘密だよ。恨まれたり利用されたりしそうだから。それにまだ、付与液に混ぜた魔力は気化しちゃうから使う時は魔力を通さないといけないんだよね。魔力が抜けるのを防いで、常時発動するアーティファクトを作るのが当面の目標かな?」
他にも付与液の気化を防止薬品の作成期間を短縮させるなど、課題は山のように残っている。
「そりゃいいけどさ。秘密にするんだったら商売できないよな? なんで作ったんだよ」
「作れると思ったからだよ? それに作ったら使って欲しいでしょ。だから信頼している兄さんに渡したんだよ」
「あぁ、そうかよ……物を作るヤツってのは、たまによく分からない考えをするから疲れるぜ。仲間たちには、クリスが偶然手に入れたものを貸してもらっていると言っておくわ」
「それでお願い! 今度お店に来た時に、使った感想を教えてね!」
お店を出る兄さんの背中を見つめながら、感想を聞かせてもらう日を楽しみに待つことにした。
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