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近接戦になる。
機関砲を持っている相手に何故、と思ったが、結果的にジョーイの読みはドンピシャだった。
相手船の操舵室のガラス窓を狙ったアタシのバレットM82は、六発撃ったうちの四発が命中したが、多少の足止めにはなったようだが航行不能とまでは至らず、また、そうこうしているうちに、もう一隻に追いつかれ、左舷側に並ばれてしまった。
『クソ・・・』
インカム越しに、リッキーの舌打ちが聞こえてきた。
船の全長こそウチとそう変わらないが、背が高い。
ガンガンガンガン・・・と、容赦のない銃声と共に、相手船のデッキから、雨のように銃弾が降ってきた。
『ジャズ!』
高さで勝る相手に、好き勝手撃ち込まれてはひとたまりもない。
重量があり、取り回しに難儀するバレッタは足元に残し、リッキーと共に船室の陰に飛び込むと、ホルスターからハンドガンを抜いた。
すぐ隣でダダダダダダダダ・・・と、リッキーが二丁持ちのサブマシンガンで弾幕を張るが
「ヘイヘイ糞野郎。飛び移るってか?」
弾の途切れる呼吸を縫って、男が二人、続け様にデッキから飛び降りたのだ。
この船の船室のドアは、左舷側、つまり敵の側にある。船室の中には、ジョーイとお客が二人。あのクソ社長は、銃が扱えない。左舷へ飛び移られると、少なからず厄介だ。
「させるかよ」
アタシは、すかさず男たちの腹を狙って引鉄を引いた。弾は命中し、カエルが潰されたような悲鳴と共に、男たちは不自然にひしゃげた体制で海へ落ちていく。
「お見事」
「言ってる場合か」
リッキーの声も自分の声も、肉声から微妙に遅れてインカムの声が重なり、気持ちが悪い。
が、ソレこそ「言ってる場合か」である。
デッキの前から後ろから、次々にこちらをめがけて敵が飛び込んでくる。
リッキーの取りこぼしを一つ一つ撃ち落していくが、いったい何人乗っているのか、撃っても撃ってもキリがない。
攻め手ならまだしも、受け手でこの人数の差では、ジリ貧になるのは目に見えている。
「ジョーイ!旋回しろ!」
インカムに向かって叫ぶと、
『はいはーい、取り舵いっぱーい!』
応じるジョーイは、平場と全く変わらない呑気な調子である。
「相変わらず平和なヤツだな、ウチのボスは。おいジャズ、ちょっと撃っとけ」
リッキーは右手に持っていたサブマシンガンをアタシに撃たせると、
「食らいやがれ」
アーミージャケットの内側から手榴弾を取り出し、力いっぱい投げ上げた。
太陽と同じ色の閃光と、体の外表を通り過ぎる振動。
破損した船体の一部が、或いは、破損した人体が海へ落下していくのが見えた。
しかし、着水の音や悲鳴など、あるべき音が一切聞こえてこないのは、爆発音により耳が一時的に遠くなっているせいだろう。
「ッ痛・・・!」
右の二の腕に、切り裂かれるような痛みを感じた。
後ろから飛んできた銃弾が掠ったのだ。
撃たれた、ということを認識するより早く体が反応した。振り返り様、借り物のサブマシンガンで右舷の淵を舐めるように弾幕を張る。アタシの耳には、撃たれた時の銃声も、今自分が撃っている銃声も聞こえてこない。
聴覚が使えない以上、視覚に頼るより他ない。
身を屈め、船室の陰を出てデッキの淵へ滑り込むと、柵の上から海面を覗いた。モーターボートが三艇、こちらへ猛然と近づいて来る。全ての艇に、運転手の他にもう一人、銃を持った男を乗せている。
船室で確認したレーダーには、二隻分の船影しか見て取れなかった。恐らく、アタシが足止めした船に積んでいたに違いない。
本船に距離を詰めてくる気配が無いところをみると、小回りと機動力で仕掛けて来たか、或いは、ボートは囮で、機関砲をぶっ放すつもりか・・・
機関砲なら、射程に入っている間は勝ち目が薄い。が・・・おそらく、前者だ。機関砲は、無い。撃つ気があるというなら、とっくに撃ち込まれている筈なのだ。二隻目が左舷に横付けしてきたこと自体、不自然なのである。
ペルツォフカ―レッドクレムリンの女帝との付き合いも、もう随分長くなる。あのオバハンなら、例え多勢に無勢でも、近接戦ならこっちが一隻くらい潰せることは判っているはずだ。ならば、本船のあの位置は、帰還のための算段とみて良いだろう。二隻目で足止めをしているところに、裏から加勢してカタを付ける。そんな筋書か。
チラリとリッキーの方を覗うと、爆発のドサクサ紛れに飛び移ってきた男たちを相手に弾をばら撒いている最中だった。厄介なことに、手榴弾を受けてなお、左舷側の船は旋回を始めており、こちらを追従する気配である。
「右舷にボート接近。左舷は頼むよ、リッキー」
返答は聞こえなかったが、借りたままだったマシンガンを、デッキの上を滑らせてリッキーの足元へ送ると、アタシは、置きっぱなしにしてあったバレットを持ち上げ、デッキの策に脚をかけた。
眼帯をずらし、スコープを覗く。
距離、目測九〇〇メートル。
ボートの速度が四〇ノットとして、こっちの速度は旋回による減速を加味すると・・・
スコープを覗くと、いつも世界はシンとして静かだ。
耳が聞こえているとか聞こえていないとか、そういう次元の話ではない。
まるで、自分と相手だけを、二十五度ほど位相のズレた世界から見下ろしているような。そんな感覚に捉われる。
左舷からの流れ弾を気にしていない訳ではないのだが、そんな懸念の及ばない、真っ白の世界。
バレットの残弾は五発。五発もあれば、問題ない。脇を閉め、引鉄を引く。
パスン・・・と、渇いた銃声。耳は多分まだ戻っていないから、これは脳が直接感じ取ったものだ。ガンッという着弾音も、同様だ。
直後に被弾した艇が爆発し、避けきれなかった後続の一艇が突っ込み炎上したのだが、その爆発音は、今朝の王都のドンパチのように、随分と遠くに聞こえた。
アタシは銃の右側面にあるハンドルを引いて次弾を装填すると、爆発を回避するため大きく左に舵を切った残りの一艇に狙いを定め、再び引鉄を引いた。
「右舷、オールクリア」
『了解。左舷はどうだい?リッキー』
爆発音とは打って変わって、ジョーイの声は必要以上に大きく聞こえる。
やはり耳は馬鹿なままだが、二十五度の位相のズレは、正常に戻る。
バレットを足元に降ろし、再びハンドガンに持ち替えると、体を反転し、リッキーの加勢に回った。
『芳しくねえな。死体じゃねぇ奴は四・・・っと、今一人減って三人だ。アッチの船上にもまだ残ってやがる』
『困ったねぇ。振り落とそうか?体、固定でき・・・』
「ジョーイ?どうした」
『いや、機関室で、音がね。何か落ちたかな?』
機関室。その言葉に、血がざわついた。こういう時のアタシの勘は、大体当たる。
「ジョーイ!船室のドア開けろ!そっちへ行く。リッキー、援護しろ」
言うが早いか、二人の了解を待たず、アタシは船室の陰を飛び出した。左手に持ち替えたハンドガンを二、三発、続け様に打ちかますと、あとはリッキーの援護に任せ、タイミングよくジョーイが開けたドアに飛び込んだ。
『どうしたの、ジャズ』
やはり目の前のジョーイの声は直接聞こえず、インカム越しの音声がいやに大きく耳を刺す。
「二人は?」
船室の中に、王子とお付きの姿が見当たらない。問いかけると、ジョーイは真後ろの壁にある扉を親指で示した。機関室の入り口だ。
『ここよりは安全課と思って』
「目ぇ放すなって言っただろ!」
『おいジョーイ、速度、落ちてねぇか?追いつかれるぞ』
『あ、ごめん』
「操縦席座って頭引っ込めてろジョーイ!」
『君がドアを開けろと言ったんじゃないか、ジャズ』
「うるせぇ!」
ジョーイを怒鳴りつけ、アタシはハッチに手をかけた。
血が、ザワザワとうるさい。
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