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後ろの二台を引き連れたまま港へ戻ると、事務所兼倉庫ーーいや、倉庫兼事務所の前に、うらぶれた景色とは相容れない車が停まっていた。黄色地に黒。スズメバチのようなカラーリングのランボルギーニ。


「なあリッキー、アタシの記憶が正しければ、どこぞの田舎ヤクザがこんな車に乗ってた気がするんだけど」

「こんな恥ずかしい車に乗ってる奴ぁ俺も一人しか知らねえな。カローラの奴らとお友達には見えないけどな」

「友達じゃなければ?」

「敵だろうな」

「ったく、ロクな仕事じゃねえな」

「全くだ。さて、ジャズよ」


アタシの二倍はあるんじゃないかという体躯のリッキーだが、そのイカつい見た目とは裏腹に、車の運転は馬鹿みたいにソフトである。まるで、やんごとなき家のお召し抱えの運転手のように、スマートに車を止めると、活き活きとアタシに指図をし始めた。


「俺はカローラのお客サンたちのお出迎えをする。お前は先に事務所に上がって、ランボルギーニ野郎に茶ぁを出す。OK?」

「はぁ?ヤだよ。アタシ、アイツ嫌いなんだって。逆にしようぜ」

「ヘイヘイ、ジャスミン。気の利かねえ女はモテないぜ。こちとらここんとこご無沙汰でよ、溜まってんだ。ヌかせねぇとテメェでヌくぞ、このクソビッチ」


下品な軽口を叩きながら、リッキーはイソイソと足元に置いていたサブマシンガンを引き出した。

運転は冗談みたいに繊細なリッキーだが、サブマシンガンの二丁持ちというマンガじみた装備は、ハマりすぎで逆に笑える。


「ったく、先走るんじゃねえぞ、早漏野郎」

「誰に言ってんだ。ナめたこと言ってるとケツの穴増やして風通しよくするぞ、このクソアマ」


アタシは溜め息を一つ吐き、渋々了承すると、左耳にインカムを付け直した。アサルトは車内に残したまま、ダッシュボードに入れていたハンドガンを手に車を降りた。



ガンガンガンガン・・・と、わざとに大きな音を立てながら鉄階段を上ると、


「ただいま帰りましたぜ、ボス」

「お帰り、シニョーレ・ワン・アイ。その黒曜石の瞳は今日も美しいね」


アタシを待ち受けていたのはジョーイではなく、このクソ厚い中、細身のスーツを着込んだ伊達男だった。


「表の車、やっぱりアンタか、マカロニ野郎。寄るな、暑苦しい」


わざとらしい葉巻と安っぽいサファイアの指輪が薄ら寒いこの男は、カルロ・メジェーラ。シチリア系マフィア、ルッツォ・ファミリーのナンバー・ツーである。


「おいアンタ、アニキに向かってナメた口利いてんじゃねぇぞ」


右側から舌打ちが聞こえた。眼帯のせいで、アタシの右側は視野が狭い。

振り返り見ると、若いアンちゃんが、一丁前にガンくれていた。


「見ない顔だな。新入りか?」

「ああ。済まない、ワン・アイ。まだガキでね、女性の口説き方もわかっちゃいないんだ」

「じゃあ教えとけ。『あんまり可愛い口利いてると、取って食うぞ』ってな」

「どうせなら僕とお相手願いたいね。どうだい、今度食事でも」

「阿保か」


曲がりなりにもお得意様であるカルロと部下がなんで立ったままなのかと視線を走らせると、客用のソファには別の男が二人腰かけていた。

四十絡みの男と、十代半ばの少年である。


「お帰り、ジャズ。リッキーは?」


二人の向かいに座るジョーイが、ニコリと笑みを寄越した。


「外でオモテナシの準備してる」

「おもてなし?」

「すぐ仕掛けてくる気配は無かったから、大方、旦那の依頼のオマケだろ。それで?アタシは大分聞き逃してんのかな?」

「いや。ボクもこれから聞くところ」

「そりゃあ良かった」


カッパライからマフィアまで、無頼者の見本市を自認するラナブロアで、アタシらーキャッスル・ウェル商事は、たった三人の組織ながら、それなりに名が知れている。

『金さえ積めば親でも殺す』の社訓と、それを実現する腕前。

表に看板を掛けた覚えはないが、客が絶えることはない。


アタシがドアの傍の壁に背中を預け、聞く体制を整えると、ジョーイが

「それで、カルロ」

と話を促した。


「ああ、何てことない仕事さ、ジョーイ。こちらさん二人をダボナまで運ぶだけさ。そこで、ウチの逃がし屋に渡してほしい」


カルロの言う、こちらさん二人、はアタシの位置からでは横顔しか見えないが、どちらも憔悴した様子である。よっぽど疲れているのか、少年はずっと俯いて、目を瞑っている。

二人とも、麻のシャツに綿パンで、あのビラビラした民族衣装こそ着ていないが、頭に巻いた布はサハ教の聖布である。ブラワット人、そして佇まいのお綺麗さからすれば、ラナブロワの人間でないことは明らかだ。王都住まいの富豪の親子・・・というには、顔が似ていない。


「報酬は?」

「経費込み、二万ドルでどうだ」


ジョーイとカルロが金の話を始めると、それまで俯いたままだった少年が、微かに目を開いた。

その瞳の、刺すような赤を目にした瞬間、アタシの中で、朝からの砲撃音や、リッキーが外で睨みあっているお客について、繋がった。


「二万、ねぇ…」


思案するふうに言いながら、ジョーイが目配せを寄越したので、


「ヘイ、色男ロメオ。こういう時の冗談はいただけねぇな」


アタシは溜息交じりで割って入った。カルロの笑顔が、ピキリと固まる。


「そう怒りなさんな。アンタのために言ってんだぜ?田舎モン」

「このアマ!」


アタシの右側にいたカルロの部下が、銃を抜く素振りを見せた。

アタシもホルダーからハンドガンを抜く。右目の視界が無いアタシには死角になるが、大した問題ではない。アタシの方が早い。そして、至近距離だ。


「意味、わかんねえか?なら、よぉっく覚えておきな。ここラナブロアではな、相場を知らねえ奴のことを田舎モンって呼ぶんだよ。何が『運ぶだけ』だ。香港と揉めるってのは織り込み済みのオプションだろ?それとも何か。ウチがそんなことにも気が付かないボンクラだとでも?」

「テメェ・・・!」

「やめろ、ルチアーノ」


血の上った部下を諌めると、カルロは咥えていた葉巻を靴の裏で消し、床に放った。


「早とちりはいけねえよ、ワン・アイ。二万ってぇのは一人アタマの話さ。三人アタマで六万ドル。悪い話じゃないだろう?さあ、その銃をしまってくれ、シニョリーナ」

「・・・だとよ、ボス」

「そうだねぇ。経費別、表の君の車の修理代も、ボクらは関知しない。そういうことで良ければ、引き受けようか」


ニコリ、とジョーイが笑う。相変わらず、タチの悪い笑顔である。



「商談成立だね。オーケー、カルロ。確かに引き受けた。ジャス、リッキーに伝えてやりな」

「アイサー、ボス。リッキー!ランボルギーニは壊していいってさ」


アタシがインカムにGOを告げると、途端


『待ちわびたぜぇぇぇぇ!!』


リッキーの雄叫びが聞こえた。

無線はオープンチャンネルにしてある。カローラの奴らにも、そのバックにも、確かに聞こえただろう。

窓の外は、すぐさま銃声の応酬となった。


「さて、お客サンはこっちへ」


蒼白するブラワット人を立たせると、ジョーイは二人を奥の部屋に促した。

物置にしている狭い部屋だが、窓がない分いくらか安全である。

ジョーイがそのドアを閉じるより前に、インカムからリッキーの


『あ、ヤベッ』


との呟きが聞こえた。

その刹那、派手な音を立てて事務所の窓ガラスが割れた。

続け様にダダダダダッと弾が撃ち込まれると、カルロとルチアーノが、すぐさま応戦した。


『すまねぇ、ジャス。2人ばかし、そっちに行った』

「こンのヘタクソ!」


怒鳴りながら、アタシも銃を窓に向けた。

が、銃声の合間、ドアのすぐ外側に人の気配を感じた。

どんなに気をつけても、この事務所の錆びついた階段は、音がなる。

ジョーイはnightingale floor鴬張りなんて洒落た名前で呼んでいるが、ただ単にボロいだけである。いつかリッキーが踏み抜くに違いないと思っているのだが、とりあえず今そんなことはどうでもいい。


窓側を向けてた身体を無理シャリ捻って、蹴り開けられたドアに向かって乱れ打ちした。


「窓のヤツは頼むぜ、チーム・マカロニ!」

「貸しイチだぜ、シニョリーナ」

「バカヤロウ、経費のウチだ!」


マカロニ野郎がふざけたことを抜かすから、無礼にもドアを蹴り開けて来やがったお客の眉間に、アタシは遠慮なく弾を撃ち込んでやった。


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