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 × × ×



王都で上がる黒煙は、大河カザルを隔てたこのビルの屋上からもよく見えた。

どっかのバカが王宮に大砲をブチ込んだらしい。

朝のラジオでは、不確定勢力によるテロ行為だと伝えていた。


一年前、現国王であるアッサム四世が突然病に倒れてからと言うもの、王都でも何かとキナ臭い日々が続いているらしい。

再び、空に砲撃音が轟くと、左耳に突っ込んだインカムから、ヒュイッと口笛が聞こえた。


『いいねぇ、賑やかで。今回の奴らは中々頑張ってるんじゃねぇの』


ご機嫌なのは、相棒のリッキー。

アタシの位置からじゃ、彼のスタンバイするピックアップトラックの屋根しか見えないが、右頬だけを上げた人の悪い笑顔が目に浮かぶ。


「ブッ放しゃイイっつーもんでもないだろ。覚えたてのガキかっつーの」


アタシが応じると、


『相変わらず手厳しいねぇ、ジャズ』


と愉快そうに笑った。



『仕事中の私語は感心しないね』


そう窘めるのは、事務所でPC画面のお守をしているボス、ジョーイである。

街のあちこちに取り付けてあるカメラの映像から、ターゲットの位置を補足しているのだ。

そのカメラというのも、本来は防犯用だというのだから、なかなか皮肉である。


『遠くの大砲より手の中の銃、ってね』

『知らねえな、誰の言葉だ?』

『ボクだよ。ターゲット、そろそろ動くみたいだ。ジャズ、』

『あいよ、ボス』


アタシは右目の眼帯を外すと、腹這いになり、アサルトに取り付けたスコープを覗いた。

三百メートルほど先にあるレストランの出入り口を注視する。


背中はジリジリと太陽に炙られるが、腹を付けたコンクリートはヒンヤリと冷たい。

獲物を待つ時間というのは、世界がとても静かである。


そうして待ち構えていると、アタシの視界に、身なりの良いジジイが腹を揺らしながら姿を現した。


「ターゲット、確認」


照準を絞る。


ボディーガードは三人。

店の前には、黒塗りのベントレー。アレに乗り込むのだろう。



『しくじっても構わないぜ?ジャズ。フォローは任せな』

「ヌかせよ、クソが。ナメたこと言ってっと鼻の穴増やすぞ」


リッキーの軽口に付き合いながらも、アタシはその瞬間を見逃さない。

車のドアを開けるべく、ボディーガードが身を屈める瞬間。

ジジイの頭が、ボディーガードの壁からはみ出る瞬間。


アタシは、引鉄を引く。



パスン・・・と、渇いた銃声。



風は無い。



弾は真直ぐに空間を切り裂き、ジジィの側頭を貫いた。



『お見事だね、ジャズ。Happily ever afterめでたしめでたし!有能な従業員を持って、ボクは鼻が高いよ』

「そりゃどうも」


殺し屋稼業でも、褒められれば悪い気はしない。


『チキショウ、俺の出番は無しかよ!』

『キミの出番はこれからじゃないか、リッキー。安全運転で頼むよ。家に帰るまでが遠足です』

『おいジョーイ、俺はキャビー運ちゃんじゃねぇんだよ。ジョーイ?おいこらジョーイ、聞いてんのかテメェ』


三十六計逃げるに如かず。

その座右の銘のとおり、ジョーイはさっさと通信を切った様子である。



あのボディガードたちがどの程度の手練れかは知らないが、弾道から、アタシの居場所は推して知るべしだ。

事を終えたなら、可及的速やかに撤収すべし。

アタシは眼帯を下ろすと、セーフティーをかけた銃を抱え上げ、地上四階のビルの縁に足をかけた。


「おいコラ、キャビー。飛ぶぜ」

『チッ、どいつもこいつも。わかったよ、オーライ相棒』



リッキーの返事を得て、アタシは真下に停めたオンボローーーというとリッキーの怒る、クラシカルなピックアップトラックに飛び降りた。

荷台いっぱいに敷いてあるエアマットは、先週新調したばかりである。


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