第一幕


 第一幕



 机の上のデジタル時計が午後二時ちょうどを指し示すのと同時に、液晶画面に表示された配信開始ボタンがクリックされ、モニターの上部にクリップで固定されたWebカメラが起動した。そしてそのWebカメラの前に座った一人の男が、カメラのレンズに向けた顔に妙ににやけた作り笑いを浮かべながら、やや上ずった声でもって喋り始める。

「やっほーい! カメラの向こうの老若男女諸君、こんにちわ! 今日もこの俺ケンケンによる、『THE★ケンケンSHOW』の生配信の時間だよ! 最後までゆっくりと、楽しんで行ってくれよな!」

 カメラに向かって手を振りながらそう言うと、より一層作り笑いを深める男。彼の声の調子と表情から察するに、無理して人当たりの良い陽気な青年を演じている事は一目瞭然で、むしろその痛々しい姿は失笑と同情を禁じ得ない。しかもこの男、いい歳をして何故かドン・キホーテあたりの量販店で売っていそうな着ぐるみパジャマに身を包んでいるので、その外見の痛々しさは尚更だ。

「それでは今日は昨日の生配信に引き続き、先週発売されたばかりの大人気FPS、『コール・オブ・デスティニー』を実況プレイしてみたいと思います! 今日こそはクラン戦で勝って勝って勝ちまくって、キルレ小数点以下を脱出して、廃ゲーマーの底力を見せてやるぜ! 期待していてくれよな!」

 そう言って舌を出しながら、手の甲を相手に向けたピースサイン、いわゆる『裏ピース』でカメラの向こうの視聴者を挑発する着ぐるみパジャマの男。彼の眼前の机の上に置かれたノートPCの液晶画面には、動画配信サイト『ワクワク動画』の個人アカウント画面が表示されている。そして着ぐるみパジャマの男が発した挑発的な言葉も、その痛々しい姿も、それら全てがこの動画配信サイトを通じて全世界に生配信されていた。

「そうと決まればさっそく、実況プレイスタート!」

 威勢の良い掛け声と同時に動画は二画面表示へと切り替わり、片一方の画面にはゲーム機のコントローラーを握った着ぐるみパジャマの男の姿が、そしてもう一方の画面には彼がプレイするFPS『コール・オブ・デスティニー』のプレイ画面が、それぞれリアルタイムで配信され始める。

「さあ、最初の対戦相手はどこのクランだ? お? 外人だな? これ何語? フランス語? 何言ってんのかさっぱり分かんねーよ、この腐れ外人どもめ! ファックだファック! くたばりやがれ!」

 マルチプレイモードのクラン戦の準備画面で装備を整えながら、ボイスチャットから聞こえて来た対戦相手の声に向かって、口汚く罵る着ぐるみパジャマの男。やがてクラン戦が始まると、彼が操る兵士は仮想空間の戦場で、あっと言う間に眉間を撃ち抜かれて即死した。

「あ! 糞! 開幕ファーストキル取られた! しかもヘッドショットかよ! チートじゃねえの、今の? そうだ、絶対チートだ! そうに決まってる! 糞! このチート野郎め!」

 対戦開始早々いきなり殺されて、着ぐるみパジャマの男は顔を真っ赤にしながら憤るが、その間もゲームは進行され続ける。そして彼が操る兵士はリスポーン地点からゲームを再開したが、その途端に、またしてもあっと言う間に敵スナイパーに眉間を撃ち抜かれて即死した。

「糞! 今度はいきなりリスキルかよ、このファック野郎が! 絶対これ、チートの芋砂だ! そうに決まってる! この芋砂! 芋砂! 芋砂! ファッキンチートの芋砂野郎め!」

 対戦相手をいつまでも口汚く罵りながら、着ぐるみパジャマの男は『コール・オブ・デスティニー』のマルチプレイモードでクラン戦を続けるが、リスポーンする度にあっと言う間に殺されるばかりで埒が明かない。そして気付けば敵を一人もキルする事無く、一方的にキルされ続けたまま、クラン戦は制限時間を迎えて終了した。対戦の結果は当然ながら、着ぐるみパジャマの男が散々足を引っ張ったがために、彼が所属するクランの一方的な惨敗である。

「糞! 糞! 糞! 糞! 次は、次の試合こそは、絶対に大差で勝ってやるからな! 絶対に今日こそは、キルレ小数点以下を脱出してやるんだ! ファック!」

 着ぐるみパジャマの男はそう言うが、その間もボイスチャットでは、不甲斐無い戦績の彼自身が同じクランに所属する仲間から罵倒され続けていた。するとその罵倒に益々頭に血が上った着ぐるみパジャマの男は、顔を真っ赤に紅潮させてボキャブラリーの貧困な罵声を発しながら、次のクラン戦を開始する。

「糞! 糞! 糞! 糞! ファック! ファック! ファック! ファック!」

 しかし何度対戦しても、着ぐるみパジャマの男が操作する兵士は次々と頭を撃ち抜かれて死亡し、敵のキルレを上昇させるばかり。やがて動画の配信時間も残り僅かに差し迫ったが、彼の戦績は惨憺たる有様で、元々小数点以下だったキルレは見るも無残な数値にまで減少していた。すると最初は真っ赤に紅潮していた彼の顔色も、最終的には血の気が引いて、今では真っ青に青ざめている。

「はあぁぁぁ……」

 腹の底から絞り出すような失意の溜息を漏らすと、絶望的な表情を浮かべた着ぐるみパジャマの男は、完全に死んだ魚の眼でゲームを終了させた。そしてノートPCを操作し、動画を二画面表示から元のWebカメラだけの表示に切り替えてから、やや引き攣った作り笑いをカメラに向けながら動画の視聴者に別れの言葉を述べる。

「カメラの向こうの老若男女諸君、今日の『THE★ケンケンSHOW』は如何だったかな? これからも毎日この時間に愉快な動画を生配信し続けるから、是非ともブックマークして、定期的に視聴しに来てくれよな! それとこの俺ケンケンが運営するブログも、愉快な記事が毎日更新され続けているから、動画共々是非ともよろしく! それじゃあ今日はこの辺で、バイバーイ!」

 カメラに向かって手を振りながらそう言った着ぐるみパジャマの男は、液晶画面に表示された配信終了のボタンをクリックして、動画の生配信を終了させた。そして腹の底から絞り出すような失意の溜息を再び漏らすと、ノートPCを操作して、配信結果を確認する。

「合計視聴者数……二十五人……。最大同時視聴者数……八人……」

 自分の動画の生配信のリアルな視聴者数を読み上げた着ぐるみパジャマの男の顔からは、先程まで浮かべていた作り笑いは完全に消え去っていた。その代わりにまるで自分自身を嘲笑するかのような、また同時に全てを悟り切ったかのような、口端が引き攣った達観の笑みが浮かぶ。

「あー、糞。昨日より三人も視聴者が減ってやがるぞ、ファック」

 陰鬱な声でそう言うと、着ぐるみパジャマの男は天を仰いだ。そして板敷きの天井に向かって三度みたび溜息を漏らしてから、ノートPCの隣に置かれていたタバコの紙箱とマッチ箱を手に取る。

「馬鹿馬鹿しくてやってらんねーな、ホントに」

 愚痴を漏らしつつ、着ぐるみパジャマの男は紙箱から取り出したタバコを一本口に咥えた。タバコの銘柄は、赤マルボロ。そしてマッチを擦ってタバコの先端に火を着けるとそっと眼を閉じ、それからゆっくりと、タバコの煙が肺胞の末端にまで確実に行き渡るように大きく息を吸い込む。赤く輝きながらチリチリと焼ける、タバコの葉と巻紙。やがて肺の中が完全に煙で満たされた事を確認してから一旦息を止め、タールとニコチンの風味を充分に堪能してから、再びゆっくりと煙を吐き出した。

「くあー……。最高」

 満面の笑顔でそう言いながら、この上無く美味そうに紫煙をくゆらせる、着ぐるみパジャマの男。やがてタバコを一本根元まで吸い終えた彼は、その吸殻に残った火をステンレス製の灰皿で揉み消してから、机の後ろに敷かれていた万年床にごろりと寝転んだ。そして染みだらけの板敷きの天井に向かって、ボソリと呟く。

「腹……減ったなあ……」

 その呟きに呼応するかのように、着ぐるみパジャマの男の腹がぐうと鳴いた。どうやら彼は、ひどく空腹らしい。まただぶだぶの着ぐるみパジャマを着込んでいるので一見すると年齢や体格が判然としないが、よく見ればまだ歳は若く、どちらかと言えば痩せ型で若干頬がこけている。そしてタバコや灰皿と並んで机の上に置かれた定期入れから覗くのは、東京都内の某所に建つ、さほど有名ではない大学の学生証。その学生証に記載された内容によれば、この着ぐるみパジャマの男は二十一歳の大学一年生で、名前は桑島健蔵くわしまけんぞうと言うらしい。

「何か、食いもん残ってなかったかなあ……」

 着ぐるみパジャマの男こと健蔵はそう独り言ちながら立ち上がると、部屋を縦断して台所へと赴き、冷蔵庫の前に立った。そして冷蔵庫を開けてその中身を一通り漁ってみるも、飲みかけの牛乳と各種の調味料が並んでいるばかりで、腹の足しになるような固形の食料は何一つとして見当たらない。ちなみに今現在健蔵が居るここは、彼が独りで住んでいる築四十年の木造アパートの一室である。その間取りは畳敷きの六畳間が一室と、二畳ほどの狭小な台所が一室。それに昔懐かしいバランス釜の風呂と最近洋式にリフォームされたばかりの便所が付随するが、黄ばんだ壁は漆喰が剥げて天井は低く、有体に言ってしまえば時代に取り残されたボロアパートだった。健蔵はそんなアパートの一室で、独りポツンと佇んでいる。

「やっぱり何度見ても、何にも無えや。きれーに空っぽ」

 冷蔵庫を数回開け閉めして中身を確認するが、何度見ても、やはり食料は何も無い。絶望した健蔵は空きっ腹を擦りながら六畳間に引き返すと、再び万年床にごろりと寝転んだ。六畳間にはノートPCやタバコが置かれた机と万年床以外に家具らしい家具は無く、洗濯物は畳みもせずに床に放りっぱなしで、至る所に漫画本やゲームソフトのトールケースが堆く積まれている。

「とうとう、あれを食う日が来たのか……」

 そう言うと健蔵は、部屋の隅に積まれた小ぶりな缶詰の山に眼を向けた。

「……いや、駄目だ。あれはスジャータの大事なご飯だ。それにあれに手を出したら、人間として終わりだぞ、健蔵」

 自分自身に言い聞かせながら、悪魔の誘惑を振り払うかのように頭をぶんぶんと振る健蔵。彼が眼を向けていた缶詰には、よく見れば可愛らしい猫の写真が印刷されている。つまりこれらの缶詰は俗に言う『猫缶』であり、その中身は人間の糧食ではなく猫の餌だ。

「なあ、スジャータ。たとえ俺が餓死したとしても、お前のご飯にだけは手をつけないからな?」

 そう語りかけながら、健蔵は猫缶が積んであるのとは反対側の部屋の隅に眼を向けた。そこには犬猫用のキャリーバッグが置かれており、その中には一匹の猫、それもこのボロアパートには似つかわしくない流麗な毛並みのロシアンブルーの姿が見て取れる。どうやら『スジャータ』と言うのはこの猫の名前らしいが、当のスジャータは健蔵の想いなど気に留める素振りも無く、キャリーバッグの中ですやすやと眠っていた。親の心子知らずと言う諺があるが、ぬくぬくと甘やかされて育った飼い猫もまた、飼い主の心など知った事ではないらしい。

「はあ……」

 天井に向かって繰り返し溜息を漏らすと、着ぐるみパジャマに身を包んだまま、健蔵は静かに眼を閉じた。すると視覚が遮断された事によって鋭敏になった聴覚に、聞き慣れた音が届く。それはアパートの外から聞こえて来る、ドッドッドッドッと言う四ストローク並列四気筒のエンジンから発される重低音。正確に言えばヤマハ発動機が販売する大型自動二輪車、YZF-R1がゆっくりと減速する音であった。

「おお、これは天啓か」

 意味深にそう呟きながらも未だ万年床に寝転んだままの健蔵の耳に、バイクのエンジンが停止した音に続いて、ゴツゴツと底の厚い靴で歩く足音が届く。そして足音の主は健蔵の部屋のドアの前で立ち止まると、持っていた合鍵を使って開錠し、安っぽくて薄っぺらい合板で出来たドアを開けた。

「やあ美綺みき、我が妹よ」

 依然として万年床に寝転んだままそう言って、首だけを玄関の方角へと向けた健蔵の視線の先に立っていたのは、やや小柄な一人の女子高生。いや、果たしてそれは、本当に女子高生なのだろうか。勿論、首元に赤いリボンを結んだ白いブラウスと、そのブラウスの上から羽織ったクリーム色のカーディガン。そして学校指定のチェック柄のミニスカートを穿き、そのミニスカートから伸びた脚には紺のハイソックスを穿いているところまでは、どこにでも居る只の女子高生の格好だ。しかし彼女の足元は黒くてゴツいライダーブーツに覆われ、手元もまた黒い革のライダーグローブに覆われており、頭にはナチスドイツ軍のヘルメットを模したフリッツヘルメットを被っている。もっとも、彼女がバイクに乗ってここまでやって来た事を鑑みれば、ブーツとグローブとヘルメットまではバイクに乗る上での安全上の装備と言えなくもない。だがその顔に装着されているガスマスクだけは、只の女子高生の格好としてはあまりにも異様だった。しかも口元だけを覆う簡易的なガスマスクではなく、顔全体をすっぽりと覆う、本格的なガスマスクである。

健兄けんにいちゃん、生きてる?」

 健蔵を兄と呼んだガスマスクの女子高生は、ゴツいライダーブーツを脱いでからアパートの玄関の上がり框を跨ぐと、ずかずかと六畳間に足を踏み入れた。彼女の声はガスマスクのせいで低くくぐもって聞こえ、また呼吸する度に映画『スター・ウォーズ』に登場するシス卿ダース・ベイダーの様に、「コー、パー、コー、パー」と不気味な呼吸音を周囲に響き渡らせている。

「我が妹よ、お前の兄は健在だ。……ところで、それは何だい?」

 健蔵はそう言いながら、ガスマスクの女子高生の手元を指差した。よく見れば彼女は、大きな段ボール箱を抱えている。しかし段ボール箱の中身は気にしながらもガスマスクの有無は意に介さないあたり、どうやら健蔵にとって眼の前の女子高生がガスマスクを装着している事は、既に日常茶飯事の範疇らしい。

「これ、お母ちゃんからの救援物資。どうせ健兄ちゃん、ろくにご飯も食べてないんだろうからって」

 そう言って、段ボール箱を六畳間の畳の上に置いたガスマスクの女子高生。彼女が背負っている学校指定のスクールバッグには、大きく『MIKI』と彫られたキーホルダーがぶら下げられていた。推察するに、先程健蔵が呼んだ『美綺』と言うのが、この女子高生の名前なのだろう。

「おお、これぞ天の助け。我が母上様よ、心から感謝いたします」

 ようやく万年床から起き上がり、段ボール箱を開けてその中身を確認した健蔵は、芝居がかった口調でもってそう言った。そしてこの場には居ない実家の母親に向かって手を合わせると、慈母観音に感謝するが如く、恭しく合掌する。果たしてそんな彼が妹の美綺から受け取った段ボール箱に入っていたのは、無洗米やカップ麺や乾燥パスタ、それに各種のレトルト食品や缶詰等の加工食品だった。

「それじゃあさっそく、少し遅い昼飯にさせていただくとしましょうか」

 そう言うと、段ボール箱の中からカップ麺と缶詰を一つずつ取り出した健蔵。彼は部屋の隅に転がっていた電気ケトルに水道水を注ぐとスイッチを入れ、お湯が沸くのをじっと待つ。

「健兄ちゃん、また動画の生配信してたの?」

 電気ケトルを見詰める健蔵の背中に、畳敷きの床にぺたんとトンビ座りで腰を下ろした美綺が、机の上のノートPCとWebカメラを一瞥してから問うた。彼女は屋内でもヘルメットとガスマスクを脱ぐ気が無いらしく、「コー、パー、コー、パー」と不気味な呼吸音を周囲に響き渡らせ続けている。

「そうとも、我が妹よ。兄ちゃんは動画配信と勉強で、日々忙しいのだ」

 問い掛ける妹に背を向けたまま、健蔵は電気ケトルを見詰めながら答えた。

「勉強? そんな事言っても健兄ちゃん、どうせ今年も殆ど大学に通ってないんでしょ? 来年もまた留年する気かって、お父ちゃんカンカンに怒ってたよ?」

「ナンセンス! 今の時代、真面目に大学に通う事ほどナンセンスな事は無いのだよ、我が妹よ。この平成大不況の世知辛い時流時勢においては、たとえ一流大学を卒業したとしても、まともに就職出来る保証はどこにも無い。それに仮に就職出来たとしても、その就職先がブラック企業だったがために、サービス残業によって文字通り忙殺されるなど愚の骨頂。しかも兄ちゃんが入学した大学は、いわゆる『Fラン』の、吹けば飛ぶような木っ端大学だ。だから真面目に通って卒業するよりも、モラトリアム大学生と言う立場を最大限に利用して、この限られた時間を有効活用した方が賢明と言うべきではないだろうか。分かったか、我が妹よ?」

 そう熱弁を振るった健蔵は、舌を出しながらの裏ピースでもって、何故か妹である美綺を挑発してみせる。しかし挑発された美綺はと言えば、実の兄の無意味な行為に呆れ返り、ガスマスクの下の眉間に皺を寄せてかぶりを振るばかりだった。

「大学に通ってないんだったら、一体どこで何を勉強しているの?」

 再び美綺が問うと、健蔵はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、ヤニで汚れた歯を見せてニヤリと笑う。そして床に転がっていた本を数冊取り上げ、それを美綺に向かって掲げてみせた。それらの本には『やさしい英会話』『英語で考えるQ&A』『誰でも簡単! 日常会話から学ぶ使える英語!』等の、いかにも英会話初心者が手を出しそうなタイトルが並ぶ。

「残念ながら今の兄ちゃんは日本語しか喋れないので、ワクワク動画で日本人を相手にした動画配信しか出来ない。しかしいずれは英会話をマスターし、YouTubeで英語圏の視聴者全てを相手にした動画配信を行い、『ユーチューバー・ケンケン』として世界デビューを果たしてみせよう! そしてYouTubeの広告収入とブログのアフィリエイト収入によって、巨万の富を築くのだ! 目指せ! 億万長者! だから来たるべきその日のために、兄ちゃんはこうして日夜英会話の勉強に勤しんでいるのだよ、我が妹よ」

 自信満々に胸を張りながら、鼻息も荒く上から目線で、再び熱弁を振るってみせる健蔵。そんな兄の醜態に、妹である美綺は益々をもって、ガスマスクとヘルメットで覆われた頭を抱えた。

「YouTubeで世界デビューしたところで、どうせ健兄ちゃんのつまらない動画なんて、誰も観やしないよ。大体、動画でもブログでも使っている『ケンケン』って言うハンドルネームが、あまりにも安直過ぎてダサい。更に『THE★ケンケンSHOW』なんて動画のタイトルに至っては、今時の若者のセンスとしては有り得ないほど壊滅的なダサさだよ、健兄ちゃん」

「えー? そっかー? そんなにダサいかー?」

 実の妹にセンスのダサさを指摘されて、健蔵は首を傾げる。

「そうだよ、健兄ちゃん。しかも健兄ちゃんの実況動画、やたらと口汚く罵ってばかりなんだもん。あんなんじゃ、誰も観る気を無くすに決まってるじゃない。英語がどうとか言う前に、まずは綺麗な日本語が喋れるようにならないと」

 ガスマスクを装着した女子高生から発されたとは思えない正論に、健蔵の傾げた首の角度は深くなる一方だった。

「しかも何、その格好は? 髪はボサボサで伸び放題だし、うっすらと無精髭は生えてるし、何よりもそのパジャマが意味不明。いい歳した成人男子がそんな格好をしているのは、はっきり言ってキモい」

「キモいとは失敬な。これはだな、こうして可愛い格好をする事によって、視聴者の皆様に少しでも親近感を抱いてもらおうと思ってだな……」

 着ぐるみパジャマを着ている理由を吐露する健蔵だったが、さすがにこうまで否定されては自分のセンスに自信が持てなくなって来たのか、その言葉は尻すぼみになる。しかし彼も、まさかガスマスクを装着した女子高生にドレスコードの不備を指摘されるとは思いもしなかったろうし、当の美綺にその資格があるのかも疑わしい。

 その時、部屋の隅のキャリーバッグの中で寝ていた猫のスジャータが眼を覚ますと、すたすたと優雅な歩みでもって六畳間を縦断した。そして一声にゃおんと鳴いてから、トンビ座りで腰を下ろした美綺の膝の上で身体を丸め、そのままそこですやすやと寝息を立て始める。どうやらスジャータは、健蔵よりも美綺に懐いているらしい。

「そもそもこのスジャータだって、健兄ちゃんが、「動物を動画に出演させれば閲覧数が稼げる」とか言って飼い始めたんでしょう? 健兄ちゃんのそう言った安易で安直な思惑や魂胆が見え見えだから、却って視聴者からドン引きされて、距離を置かれるんだよ。もっとそう言った腹の内は上手く隠して、さりげなく、かつ周到に立ち回らないと。そうでないと、閲覧数は益々減る一方だよ?」

「なるほど」

 美綺の駄目出しに、健蔵は得心せざるを得なかった。そして彼は、先程から抱いていた疑問を問う。

「ところで我が妹よ、その口振りから察するに、お前は俺の動画を全て観ているのか?」

「うん。だって健兄ちゃん、素顔丸出しで動画配信してるんだもん。うっかり家族のプライバシーも暴露するんじゃないかと心配だから、実の妹として、常に監視の眼を光らせておかなくちゃ」

「何てこった! 只でさえ少ない視聴者の一人が、実の妹だったとは! これでまた純粋な視聴者が一人減ったぞ!」

 再び芝居がかった口調でそう言いながら、健蔵は頭を抱えた。しかし着ぐるみパジャマを着込んだ男がいくら苦悩しても、傍から見ればその姿はひどく間抜けで、滑稽でしかない。するとそんな健蔵を嘲笑するかのようにピーピーと電子音が鳴って、電気ケトルが湯が沸いた事を告げる。

「おお、待ってました」

 そう言って気を取り直すと、健蔵は紙蓋を半分まで剥がした日清カップヌードルビッグシーフード味の容器に、沸いたばかりの湯を注いだ。そして手近にあった漫画本を重しとして紙蓋の上に乗せると、机の上のデジタル時計で時刻を確認してから、今度はカップ麺が茹で上がるまでの三分間をじっと待つ。

「ねえ、健兄ちゃん」

「何だ、我が妹よ?」

「思うんだけれどさ、健兄ちゃんのブログはセンスも無いし日本語も下手糞だし、しかも引き篭もりでニート一歩手前の健兄ちゃんがダラダラと駄文を垂れ流しているだけだから、お客さんが来ないんだよ。だからいっその事、他の有名なまとめサイトみたいに、2ちゃんねるやふたばちゃんねるの面白いスレッドを纏めて記事にしたら? その方が、簡単に閲覧数を稼げるでしょ?」

「かーっ! 見損なったぞ、我が妹よ! この俺の実の妹でありながらそんな馬鹿げた事を言い出すとは、ファックだ、ファック!」

 膝の上に乗ったスジャータを撫でながらの美綺の提言に、健蔵はわざとらしくかぶりを振りながら、舌出し裏ピースで応えた。

「いいか、我が妹よ! そう言ったまとめサイトが行なっている無断転載や違法アップロードは、著作権法違反と言う立派な犯罪だ! 確かにお前の言う通り、兄ちゃんは引き篭もりでニート一歩手前の社会不適応者かもしれないが、犯罪だけは決して犯さないと固く心に誓っている! だから閲覧数を増やすためであっても無断転載は絶対にしないし、違法ダウンロードもせずに、ゲームも漫画もラノベも全て自腹で買っているのだ! 割れ厨に死を! 購入厨に栄光を!」

 法令だけは遵守する事を高らかに宣言した実の兄を、美綺はほんの少しだけ誇らしく思ったが、やはり着ぐるみパジャマを着込んだ健蔵の姿は滑稽でしかない。そして美綺は、健蔵の主張の矛盾を突く。

「でも健兄ちゃん。健兄ちゃんが配信しているゲームの実況動画も、著作権法の上で言うと、違法か合法かはグレーゾーンだよ?」

「う」

「それに健兄ちゃんが着ているそのパジャマだって、ドンキで買った『クマのプーさん』のパチもんでしょ? それだって権利的にはグレーゾーンじゃないの?」

「ううっ。……そ、それはそれ! これはこれ! あくまでもグレーゾーンだから、決して違法とは言い切れないのだ! だから、疑わしきは罰せず! 兄ちゃんは犯罪者じゃない!」

 唇を尖らせながらそう言って、開き直る健蔵。どうやら彼は根が真面目な性格の様で、法を犯しているか否かをやたらと気にする性質たちらしい。

「おっと、もう三分経ったか」

 デジタル時計を見遣ってからそう言った健蔵は、いそいそと重しにしていた漫画本を取り上げると、カップ麺の紙蓋を全て剥がした。そしてカップ麺と一緒に段ボール箱から取り出していたシーチキンの缶詰を手に取り、プルトップを開けると、その中身をカップ麺の容器の中にぶちまける。

「これこれ、これが美味いんだよね」

 シーチキン入りの日清カップヌードルシーフード味に、更に冷蔵庫から取り出したマヨネーズをブリュッと一練り加えてかき混ぜてから、健蔵は嬉しそうに言った。そしてズルズルと音を立てながらシーチキンが絡んだマヨネーズ味の麺を啜り上げて咀嚼し、その美味さに歓喜する。

「美味い! キタコレ! これぞまさに、神の食い物だね!」

「……バッカじゃないの」

 実況動画の違法性やカップ麺の美味さに一喜一憂する兄の姿に、美綺は深く嘆息しながら呟いた。彼女の膝の上では猫のスジャータが背中や腹を撫でられながらゴロゴロと喉を鳴らし、装着したガスマスクの吸排気口からは、相変わらず「コー、パー、コー、パー」と言う不気味な呼吸音が漏れている。

「ふう、美味かった。我が母上様、ごっそさんでした」

 やがてカップ麺を食べ終えた健蔵は、マヨネーズとシーチキンの油でべとべとになった口元を拭うと、そう言って合掌した。そして空になったカップ麺の容器をゴミ箱に放り捨てると、六畳間の奥に置かれた机に歩み寄り、タバコの紙箱とマッチ箱を取り上げる。

「さて、食後の一服一服っと」

 健蔵は赤マルボロの紙箱から取り出した紙巻タバコを一本口に咥えると、マッチを擦って火を着け、大きく息を吸い込んだ。チリチリと赤熱して、タバコの葉と巻紙が燃える。そして一旦息を止め、肺胞の奥底でタールとニコチンの風味を充分に味わってから、満面の笑みと共にゆっくりと煙を吐き出した。

「くあー……たまんねえ……。やっぱり、タバコは至高の娯楽だね」

 そう言ってタバコを満喫する健蔵に向かって、美綺は部屋中に漂う紫煙を手でパタパタと振り払いながら文句を垂れる。

「最悪。健兄ちゃんもいい加減に、タバコ吸うのやめなよ。せっかく法律も改正されたんだし、いい機会だよ?」

 どうやら健蔵とは違って、美綺はタバコが好きではないらしい。いやむしろ、その口調からすると、嫌悪していると言った方が適当だろうか。そして彼女が口にした「法律も改正されたし」と言う一言に、健蔵は耳ざとく反応する。

「なんだ、我が妹よ? お前もあの稀代の悪法、『国民健康増進法』を支持すると言うのか? かーっ! 見損なったぞ! 我が妹でありながら、なんと嘆かわしい! あの悪法のおかげで、兄ちゃんを筆頭とした心清き愛煙家がどれだけ肩身の狭い思いをしているのか、お前には分かるまい! あの悪法が撤廃されるその日まで、兄ちゃん達愛煙家は戦い続けるのだ!」

 舌を出してのダブル裏ピースで実の妹を挑発しながら、健蔵は憎々しげな口調でもって、闘争運動の継続を宣言した。そして当て付けるが如く、これ見よがしにスパスパとタバコをふかしてみせる。

 健蔵が稀代の悪法と呼ぶ『国民健康増進法』とは、果たして何か。それは平成十四年に施行された『健康増進法』を更に一歩前進させた法律で、今から約一年半前に議会を通過して、制定及び施行された。そしてこの法律の中で健蔵達愛煙家を苦しめているのが、受動喫煙の徹底した防止策として、喫煙者の権利が極端に制限されている点である。具体的に説明すると、旧来の『健康増進法』では公共の施設での受動喫煙を防止する努力義務が、その施設の管理者に課されるだけだった。しかし新たに制定された『国民健康増進法』では、公共の施設だけではなく個人の私有地であっても、各喫煙者が主たる生活の場とする個室以外での喫煙は一切許されない。つまり、たとえ人里離れた山の中だろうと無人島だろうと海の上だろうと、その土地の所有者が許可したとしても、喫煙者個人の自宅の自室以外では合法的にタバコを吸う事は出来ないのだ。故に健蔵も、彼の個室であるこのボロアパートの六畳間以外でタバコを吸えば、被疑者として警察に逮捕されかねないのである。しかも『健康増進法』では罰則規定が設けられていなかったのが、『国民健康増進法』では五年以下の懲役か五十万円以下の罰金に処されるのだから、おいそれと違反する訳には行かない。

「だからせめてもの抵抗として、兄ちゃんは自分の部屋ではタバコを吸う事を決してやめはしないのだ! たとえ実の妹であるお前がヤニの匂いを嫌って、兄である俺の前では常にガスマスクを着用したとしてもだ! ファック!」

「はいはい、健兄ちゃんはご立派ですね」

 健蔵の宣言に、呆れ果てた美綺はやれやれとでも言いたげに肩を竦めると、深く嘆息しながらそう言った。そして健蔵の発言から推測するに、どうやら美綺がガスマスクを装着しているのは、愛煙家である兄が発するヤニの匂いを嫌っての事らしい。果たして彼女はガスマスクを装着するほど兄を嫌っているのか、ガスマスクを装着してでも会いに来るほど兄を慕っているのか、真相はどちらなのだろうか。

 やがて健蔵が二本目のタバコに火を着け、美綺が六畳間に漂う紫煙を振り払いながら猫のスジャータを撫でていると、机の上に置かれたノートPCのアラームがピピピと電子音を奏でた。するとアラームに次いで、液晶画面に表示されていたワクワク動画のトップ画面が暗転し、視聴予約をしていた動画の生配信が再生され始める。

「あ、もうこんな時間か」

 そう言った健蔵は、いそいそと机に歩み寄ってノートPCに向き直ると、畳敷きの床に体育座りの体勢で腰を下ろした。そしてタバコをふかしながらジッと食い入るように、この上無いほど真剣な眼差しでもって、ノートPCの液晶画面を凝視する。そして液晶画面の中では亜麻色に染めた髪に大きなリボンを結い、ミニスカートも眩い艶やかな衣装に身を包んだ一人の少女が、スポットライトに照らされながら歌い踊っていた。


 さくらんぼみたいに甘酸っぱいあたし達は♪ いつまでも輝き続けるの♪ でもいつかおばあちゃんになっちゃうけど♪ しかたないよね♪ コギト・エルゴ・スム♪

 ココアみたいに甘くて苦いあなたは♪ いつまでも格好良くあり続けるの♪ でもいつかはおじいちゃんになっちゃけど♪ しかたないよね♪ コギト・エルゴ・エス♪


 歌詞の内容はてんで意味不明で、曲調にもまた特筆すべき点の無い軽薄なJ-POPに過ぎなかったが、その歌を歌う少女はまさに完全無比な美少女としか形容出来ないほどにまで可憐で愛らしい。しかも彼女の声は情熱的でありながら、また同時に小川のせせらぎの様に耳に心地良く、聴いているだけで背筋にゾワゾワと快感の波が去来する。そして健蔵はその快感の波に身を任せ、無精髭の浮いたみすぼらしい顔に恍惚の表情を浮かべながら、液晶画面の向こうの少女の姿に魅入っていた。いい歳をして『クマのプーさん』もどきの着ぐるみパジャマに身を包んだまま愉悦に浸る彼の佇まいは、どう贔屓目に見ても、掛け値無しに気色悪い。

「誰これ? 変な歌!」

 少女の姿に魅入っている健蔵の背後からノートPCの液晶画面を覗き観た美綺が、率直な感想を漏らした。

「何だと、我が妹よ? お前はまさか、せりりんを知らないと言うのか? しかも言うに事欠いて、彼女の代表的ナンバーである『コギト・エルゴ・スム』を変な歌と評するとは、何たる侮辱だ! ファック!」

「知らなーい。誰なの、その『せりりん』って?」

 さほど興味は無さそうな美綺の返答に、立ち上がった健蔵は芝居がかった仕草でもってわざとらしくかぶりを振ってみせると、ノートPCの液晶画面の中で歌い踊る少女を指差しながら力説する。

「いいか? この少女こそ、今この瞬間も日本を中心としたアジア各地で売り出し中の新人アイドル、『せりりん』こと『芹澤芹華せりざわせりか』だ! 彼女は今年の春に雑誌のグラビアと動画配信で鮮烈なデビューを果たし、その愛くるしいヴィジュアルと実力派のアーティストをも唸らせる確かな歌唱力、そしてまだ十八歳と言う若さでありながら妖艶な大人の香りすらも漂わせる完璧なプロポーションのナイスバディとを武器に、巷の青少年の心を鷲掴みにして放さない完璧超人なのだ! そんな世間のトレンドの中心に燦然と輝く存在であるせりりんを知らないとは、お前には情報化社会の底辺を這いずり回る情報弱者のレッテルを貼られたとしても、そのレッテルを剥がす資格は無い! 我が妹でありながら、なんと嘆かわしい事か! ああ、情け無いったらありゃしない! ファック!」

 健蔵は硬く拳を握り締めて歯を食いしばりながら、実の妹の無知蒙昧ぶりを嘆き、口汚く罵ってみせた。だがそんな健蔵の言葉と態度に、嘆き罵られた当の美綺は再び肩を竦めながら呆れ果て、ガスマスクを装着したまま只々嘆息するのみである。すると液晶画面の中の少女こと芹澤芹華と言う名の新人アイドルは、両手の指でハートマークを形作りながらカメラに向かってウインクし、それを決めポーズとして彼女の代表的ナンバーを歌い終えた。そして液晶画面は一旦暗転し、どうやらスポンサー企業の宣伝らしい広告動画が流れ、その間に健蔵はノートPCの前にいそいそと座り直す。

「それで健兄ちゃん、これ、何の動画?」

「これはせりりんが毎週この時間にワクワク動画内で放送している、彼女のプロモーション番組の生配信だ! 毎週彼女が新曲を披露したり、注目の飲食店や施設に突撃取材したり、番組の提携企業の新製品を体験レビューしたり、視聴者からの質問に答えたりしてファンを楽しませてくれるのだよ、我が妹よ! 見たまえ! 閲覧数もみるみる伸びているぞ!」

「ふうん」

 健蔵の返答に、やはり美綺はさほど興味は無さげに得心した。そして膝の上で丸まっている猫のスジャータを撫でる作業に戻った彼女の隣で、健蔵は年甲斐も無く眼をキラキラと輝かせながら、芹澤芹華の生配信番組を食い入るように視聴している。

「健兄ちゃんもやっぱり、こんな動画を配信したいの?」

 美綺が何気無しに問うと、芹澤芹華の動画の内容に一喜一憂していた健蔵は、やおら立ち上がった。そして再び硬く拳を握り締めると、気勢を上げる。

「そうとも、我が妹よ! 俺はいずれ世界を股に掛けるビッグでグレートな動画配信者になり、その暁には『THE★ケンケンSHOW』は世界的大人気番組へと昇華し、せりりんのこの番組すらも足元にも及ばないような閲覧数を稼いでみせるのだ! そして誰もが羨む著名人かつ文化人として認められた俺は、やがてせりりんと恋仲になり、二人は万人に祝福されながら教会のヴァージンロードを……」

「健兄ちゃん、そこまで妄想を膨らませて妄言を垂れ流し続けると、さすがに実の妹のあたしでもドン引きだよ。ご先祖様も含めた一族郎党の恥だから、家の外ではそんな大言壮語は吐かないでね?」

 やはり年甲斐も無く、夢見る少年の様に眼をキラキラと輝かせながら馬鹿げた夢を語り続ける健蔵に、美綺はスジャータを撫でながら忠告した。しかしその間も、健蔵は自分の頭の中に咲いたお花畑で妄想に耽り、そのみすぼらしい顔にニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。

 ボロアパートの六畳間には、ノートPCのスピーカーから聞こえて来る芹澤芹華の生配信番組のテーマ曲と共に、美綺が装着したガスマスクの吸排気口から漏れる呼吸音が響き渡っていた。

 健蔵は二本目のタバコを吸い終え、三本目に火を着ける。

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