ノースモーキング・ノーライフ

大竹久和

プロローグ


 プロローグ



 冷たい雨がそぼ降る、深夜零時を少し回った頃の仄暗い裏路地。そんな裏路地の、青いビニールシートに覆われた工事現場と雑居ビルに挟まれた、人気の無い一角。その一角に置かれたエアコンの室外機の上で、一匹の牡の黒猫が、雨宿りをしながら身体を小さく丸めて寝ていた。

 不意に「プシュッ」と、炭酸飲料の缶を開けた時の様な噴出音が一つ、雑居ビルの濡れたコンクリート壁に反響する。寝ていた黒猫が眼を覚まし、噴出音が発された方角へとその眼を向けてから、小さくにゃあと鳴いた。その黒猫の眼球の奥の網膜には、二人の男が映っている。一人はグレーのスーツを着た長身痩躯の男で、その手に握られたやけに大きな自動拳銃オートピストル消音装置サイレンサーが装着された銃口からは、ゆらりと紫煙が漂っていた。そしてもう一人の男は、今しがた発射されたばかりの拳銃弾によって胸に穴を穿たれ、地面に倒れ伏したまま既に息は無い。

 倒れ伏して絶命している男の胸の穴から流れ出た鮮血によって、濡れたアスファルトの路面はゆっくりと赤く染まる。その男は大柄なスキンヘッドの中年の白人で、自分の身に何が起きたのか理解出来ないと言った風の、愕然とした表情を浮かべたまま息絶えていた。そして彼を射殺したもう一人の長身痩躯の男は、手にした自動拳銃オートピストル消音装置サイレンサーをクラッチバッグの中に仕舞うと、白い歯を剥いてニタニタと不敵に笑う。しかし街灯を背にして立っているその男の顔は、逆光になっているために影に隠れており、その人相をはっきりと確認する事は出来ない。

「悪いね。お前の運の無さが招いた結果だと思って、恨まないでくれよ?」

 少しおどけたような口調でもってそう言った長身痩躯の男は、くるりと踵を返すと、路地裏から立ち去った。彼が立ち去った後に残されたのは、頭が禿げ上がった大柄な中年の白人男性の、物言わぬ死体のみ。そして一部始終を見つめていた黒猫は再びにゃあと鳴くと、身体を小さく丸めてから、エアコンの室外機の上で改めて眠りに就く。

 そぼ降る雨で濡れた路地裏のアスファルトの路面には、金色に輝く真鍮製の空薬莢が一つ、忘れ去られた夢の様に転がっていた。

 雨は依然として降り続いている。

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