第34話遺書


わたしは、会社の金を横領しました。


この身を持って罪を償います。


梓は、太郎抜きの事件発生に戸惑っていたが、本庁から来た林絢斗と捜査を開始した。


「いやー、岸谷さんこりゃあ、自殺で決まりですやん。遺書もあるし、自殺した中山圭介は、この、会社の経理部長で金も自由に動かせる。簡単な事件すね。」


現場は、中山圭介が勤める会社の屋上。


つまり、遺書を屋上に残して飛び降りたのだ。


「でも、不自然じゃない?死体があお向けだし、靴も履いたままだし。」


梓は、屋上から、地面を見つめながら言った。


「個人的な趣味じゃないですか?」


「趣味?」


「背泳ぎが好きとか、靴もお気に入りだったんじゃないですか。」


え?そんな理由?



同時刻、中山圭介の部下五十嵐玲奈が自宅から近いの川で、死体となって発見された。


「こりゃあ、」


「また自殺?」


「普通に、考えたらそうですやん。遺書も家から見つかってるし。」


「そうとは限らんぞ。」


梓と絢斗の会話に春男が入って来た。


「死体が死後硬直してるし、後頭部には、鈍器のような物で殴られた後がある。」


「何ですか?死後硬直するでしょ?後頭部は、橋から落ちた時にぶつけたんでしょう?」


「溺死で川に流されてたら関節が動いて死後硬直しないんだよ。」


「つまり、どこかで殺されて川に落とされた?」


梓が、目を輝かせて言った。


「その可能性は、高いな。」


「でも、遺書もあるんだから自殺で決まりですやん。」


絢斗は、醒めた様子で言った。


「あいつ、誰だよ?」


春男は、小声で梓に聞いた。


「本庁から来た、林さんです。」


「太郎の代打か?でも、知識ゼロだな。」


はたして、そうなのか?と梓は、携帯電話で話している絢斗を見て疑問に思っていた。


「五十嵐さんの、遺書は?」


「はい。」


絢斗が、さっと梓の前に出した。


わたしは、会社のお金を横領し使い込みました。


好きな人のためにした事です。


身を持って罪を償います。


「この、好きな人って…。」


「決まってますやん。中山圭介ですよ。きっと。」


「二人が、愛人関係だったって事?」


「中山圭介が五十歳。五十嵐玲奈が三十二歳。無くはないですね。中山は妻子ある身ですけど。」


うーんっと梓は、こんな時、太郎の思考回路なら何をさらっと出すか…と自然に考えていた。


「別々に、心中も寂しいですけどまぁ、解決ですやん。」


「出来すぎてる。」


「ん?何がです?」


「この事件が。」


「そうすると、あずあずは、何者かが、二人を殺して心中に見せかけたと?」


春男は、仮眠室で、タバコを吸いながら、コタツに入ってみかんを食べてる梓に聞いた。


「はい。横領の罪を被せて。」


「確かにな、でも、遺書も出て来たしな。」


「何か他におかしな事はありませんでした?五十嵐玲奈の自宅とか…。」


「こざっぱりとしてて、中山圭介の指紋も多数出てきたな。台所に、五十嵐玲奈の血痕が残ってた。」


「うーん、出来すぎてる。それじゃあ、中山圭介が五十嵐玲奈を鈍器なような物で殴って気絶させて橋の上から投げ落として自分は、ビルの屋上から転落って事になりますね。」


「あぁ、心中が無理心中に変わって五十嵐玲奈の死後硬直の理由にも当てはまるしな。」


「でも、中山圭介は、あお向けで倒れていた…。」


みかんを口の中に入れながら梓は、首を傾げている。


「遅くなってすんません。報告書です。」


絢斗が、仮眠室に入って来て梓に渡した。


「まだ、心中だとは、決まってませんよ。」


「へぇ、まだ、岸谷さんは、他殺の線を追ってるんすか?そりゃご苦労様ですな。」


梓は、絢斗の報告書を見ながら変な関西弁使うなよとイライラしていた。


「疑うのが刑事だろ?」


春男は、絢斗に言った。


「でも、全部、木村さんみたいにしてたら事件量産出来ませんて。事件なんて毎日ゴロゴロしてますからね。じゃあ、お先に。」


そう言うと絢斗は仮眠室から出て行った。


「変な奴だな…あいつ。」


春男は、面白くなさそうに呟いた。

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