1  二月

 もやもやとした某日。

 スーパーマーケットで安い牛乳と弁当、途中にあるコンビニでデザートを購入した。普段は気にも留めない、無愛想で挨拶もしない店員が目についてしまうのは、境遇ゆえだろう。

「俺の方がもっと仕事できるのに……」

 買い物の帰り道、身に染みる北風に独り言がかき消された。

 幸い実家暮らしの私は、家賃や光熱費に悩まされてはいなかったが、居候という意識が体の表面を覆っていた。父はもう他界し、母と祖母の三人で暮らしている。パートに出てゆく母を毎朝見るたび、自分の愚かさを嘆くのだ。

「はあ……」

 次こそは大丈夫! そう言い聞かせ、不採用の通知をもらい、私は発狂する。自分でも驚くくらいの大声が出た。瞬間的に性格を見誤るほどである。

 帰宅した私は弁当を温め、自室へ戻り、手探りで電気のヒモを探しながらモニタの前に座った。パソコンの電源を入れ、プライベートブランドの飲料を喫するまでが、最近ルーチン化した流れである。

「仕事辞めてから、ろくでもないことばっか起きるな。良いことと言えば……」

 良いニュースは安価でパソコンを購入したこと。それと、同士が集うスレッドの存在を知ったことか。不幸中の平常を探し、それを幸せと表してしまうのは、やはり何かにすがっているのだと思う。

 出来合いの弁当を箸でつつきながら、ブックマークしたスレッドに今日も目を通し始めた。ちなみにスレッドでは常にROM――リード・オンリー・メンバーである。

 スレッドに集まった個々の、おびただしい文字を読むだけで、決してレスポンスはしなかった。


123:名無しさん@毎日がバケーション:2017/01/10(火) 23:32:56 ID:rQPBJwRt

  もう自殺しようぜ

  生きていても社会から死ねと言われてるようなもんだろ


201:名無しさん@毎日がバケーション:2017/01/17(火) 22:55:55 ID:vyli/gg0

  接客の悪いババアとか見てるとマジで殴りたくなる

  俺はこんな奴よりも社会的地位が低いのかと

  真面目に働きたいこちとら死活問題だっつーの


209:名無しさん@毎日がバケーション:2017/01/17(火) 23:16:12 ID:VS6+WOdZ

  >>201

  そんなババア雇った面接官がksだろ。

  俺なんかこないだ行った面接先で一方的に説教された。

  一体なんだったんだ・・・


 似た境遇の者がごろごろ居る現実に、安堵を覚える日常がある。

 私だって、ある時は五分もかからず面接を片づけられ、またある時は面接すら行わず履歴書が送り返されてきた日もあった。ここの住人がぶちまけている愚痴は、半分以上が嘘偽りのない実体験だろう。地方へ行けば行くほど悲惨な有様は、どこも同じようだ。

 アルバイトの面接ごときで、二十社ないし三十社落ちたケースもざらにあり、挙句はスーパー新店オープンのスタッフ募集で八十名の求職者、コンビニ新店オープンでは百三十名の求職者が集まったという。

「笑えないな」

 もはや現況を、興業のネタとしか見られなかった。

 仕事を選ばなければいくらでも働ける、という説教じみた死語は精神論の塊である。実際、仕事を選ばないで生きていける人間など稀なのだ。人という生き物は、そう万能ではない、だからこそ多種の職業が世に存在している。

 だというのに、職業安定所で募集しているのは専門職ばかり。己のスキルのなさを嘆かずにはいられない。

 よく目にする、『女性が活躍している職場です』というキャッチフレーズがある。

 これは、『男性は取りません』と明言している。求職者たちの暗黙の了解である。


301:名無しさん@毎日がバケーション:2017/02/21(火) 19:50:02 ID:SyixM2P3

  バイト面接行ってきたんだが

  一次面接・二次面接・適正試験・社長面接まであってワロタ


302:名無しさん@毎日がバケーション:2017/02/21(火) 21:54:11 ID:3jei6euk

  それ自給いくらのバイトだよw


 景気対策というマントラは実際のところ、政府が作ったダムみたいなもの。

 わかっている、国民が愚かだから政府がダメになる。すべては政府が悪いわけではない、個々の問題なのだ。私が一人で考えあぐねても、頭が温まるだけである。


 私は昼食を食べ終え、じっとしていられず、気晴らしの散歩に出た。行く当てもない道すがら、自販機で飲料を購入した。もうすぐ春が訪れるのだろうが、まだまだ風は冷たく、温かい缶を両手で持つだけの動作に悦を覚えてしまった。

「――へへっ、ないもんだねえ。一昔前はよくあったんだ、百円でも十円でも」

 突然、音もなく私の横で屈んでいる男が、不敵に笑みを浮かべた。この時代には珍しい、自販機の釣銭口に手を突っ込んで小銭を探している六十――いや、五十に届かなそうな初老の男だった。

 ホームレスではない、近寄った時の臭いでわかる。

「同感です」

 怪しい男、と身構える前に彼の意見に同意してしまうほど、私はお金に飢えていたのかもしれない。そういえば小学校の頃、よく釣銭口を覗いて歩いたものだ。学校からの帰り道、そこに十円でも入っていると財宝でも見つけた気分になった。

「こうも不況だと小銭も落ちてないもんな。なあ兄さん」

 気に留めずにプルトップを開け、ミルクティーを口に運んでいると、男は両手で両膝を押さえながら立ち上がった。彫の深い目が私に向けられる。

「お金どころか仕事も落ちてませんよ」

 意気投合したわけではない。強いて言えば、流れ着いた無人島で他の生存者を見つけたかのような感覚があっただけだ。

「大丈夫、自分を信じて生きてりゃ良いことあるさって」

 信じたいものだ。ギャンブルはしない主義なので、大金が転がりこむような夢物語はありえないが、いつかは目を輝かせる出来事があると。

 男は言い終わると、背中を向けたあと手を振り、路地の奥へ消えてしまった。久しぶりに出会った風変わりな人間だった、そう思えたのは外出の回数が日に日に減っているからだ。

 私は居ても立っても居られず、その足で職業安定所に向かい、数十分後には深い溜息を漏らしてしまった。

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