【倍率】バイトの面接すら受からない【十倍】

常陸乃ひかる

序章 記憶

『――さんが当社を志望した理由を教えてください』


 私は絶叫していた、主に心の中で。

 私が軽い気持ちで会社を辞めたのは、去年の冬だ。

 やがて桜が散り、長袖から半袖に衣替えし、あっという間に樹木の色が変わり、寒さに震えながら百八つの鐘の音を聞いた。その時、私が落ちたアルバイトの面接は十社を超えていた。


 会社を退社した時の私は、世間がそれほど悲惨だとは予想していなかったのだ。時代が変わってしまった、というのは安い慰めである。ようやくブラック企業を辞めた、己への軽いアイロニーだった。

 無職になり、一年が経った頃、私はインターネットの有名掲示板で、某スレッドの存在を知った。そこには、面接に受からず生きる気力をなくした、と自負する者たちが集まっていた。

 書き込んでいる者たちは言わずもがな赤の他人だったが、親近感が湧いた。反面、アルバイトごときで十社連続不採用という私の経歴――これをありったけ文字にして吐き出せば、気も楽になると睨んでいたのだ。


 実家の自室、菓子を頬張る片手間、スレッドを1から読み始めた。

 が、半分を過ぎると、マウスホイールにかかる中指には異常な力がこもり、汗がにじんでいた。

 たまらずスクリーンから意識的に目を離し、あくびを交えながら、己に対して平静を装った。見慣れた壁の色に気を留めながら、私は愕然としていたのだ。

 途中、読み飛ばしてしまう偏向的な新聞の内容よりも、そのスレッドに散りばめられた文体には、人間を惹きつけるだけの一力いちりきが存在していた。

 個々の思いは果てしなく、アルバイトの面接に十社落ちた私の体験なんて、単発の笑い話にしかならないくらい、荒んだ浮世が如実に表されているではないか。 

 不特定多数の情報を鵜呑みにしたくなかったが、どうにもこうにも一文字一文字のゴシック体に説得力があったのだ。

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