BOYS BE ETC

小村計威

第1話有馬煜の事情其の一

 二人の処刑執行官クリーナーに連れられて青年が現れた。黒衣に身を包んだその青年は犯罪者、社会的に存在を許されない人間だ。





 反逆者、犯罪者、独裁者、これまでもそういった類の人間達は当然存在していて、その中でもヒトラーやビンラディンなんかは世界を混沌に陥れようとその狂気的に研ぎ澄まされた言葉の力でもって周りを取り込み、自らの目指す理想郷ユートピアの為に大勢の犠牲者を出す事を恐れず、その命尽きるまで虐殺の限りをつくしたわけだけれど、彼等の理想郷が現実になる事は無く、それなりに幸せな平和が今現在続いている。


 反対に自分自身の理想郷の為では無く、全ての平和の為にその身を捧げ国を、世界を変えようとした人達もいる。その中でもぼくが好きなのはジャンヌダルクと坂本龍馬。現存する資料こそあれど、その情報データは政府により管理統制され、厳選された部分をを抽出した物に仕上がっていると言うのが現実だ。


 一見すると三ツ星シェフが振る舞う最高の一皿の様に思えるがその実、味はと言えば工夫を凝らした物では無く、はりぼて同然。在り来たりで、シェフの情熱も客への真心も一切感じられない簡素で遊びのないただただスタンダードな味付けでしかない。


 そんな物を幾ら咀嚼した所で本質に触れる事は叶わないだろう。ぼくはそう思うようになり、本を読んだり、現存する遺跡などに直接足を運んだり、可能であれば当時を知る人の元へ行きその時の話を聞く。と言っても、中々当時の事を事細かに語ってくれる人は少なく、紙媒体デッドメディアに頼るしかない場合が多くある。それすら手に入れる事が叶わない事もあるのでそう言った場合は仕方が無く仮想現実の力を借りて疑似体験をせざるを得ない。



 ぼくは決まってある青年の記録と記憶を辿る。残念ながら一人称での侵入インサートを許されていない高レベルなセキュリティにより管理されているその青年は、たった一人で世界を転々とし、同志を集め、見えない敵と闘い続けた結果、無惨にも殺されてしまった。悲劇の主人公。


 ぼくにとっての、いや、政府のあり方に少しでも疑問を持つ人達にとっての希望ホープであり、象徴イコンであり、英雄ヒーローだった。


 そんな彼へと繋がるアクセス権が、彼の許しなく誰にでも与えられている。ぼくは毎晩彼に会う。当然今夜もだ。


 いつもと同じ様にヘッドギアを装着し、電子機器デバイスと同期させる。少しすると眠りに落ちる時の心地よい感覚に満たされ、気が付いた時には現実リアルから仮想現実ヴァーチャルリアリティへと転送されていて、あの現場にいたであろう人物として上を見上げている。



 処刑台に上げられた彼の顔は正気に満ち溢れていて、まだ死ぬ気なんて更々ない。そんな風に思えた。死への絶望も見て取れず、寧ろ希望に胸を膨らませている様子だ。


「皆!聞いてくれ、これからの明日、これからの世界は皆が何にも左右されず創り出して行くべきだ!」


 語られる言葉は何度聴いても勇気を貰える。何故だかは分からないけれど、自分は大丈夫だ。そう思える。


「OF《オフシャルフロンティア》になんて頼らなくて良い。自分が何処から来て、何処へ行くのか、本当は自分で分かってるし、決められる筈なんだ!」


 そう、決められるはずなんだ。こんな紛い物の平和にとらわれなくても。だって


「この情報公開制度が整う前、人々はただ信じ合う事だけで生きてこれたのだから!」


 力強く語るその姿は、何処かの大統領や独裁者による演説さながらの迫力があった。両隣にいる処刑執行官が青年を押さえつけ続ける。青年は抵抗を続けていたものの、ついには耐え切れずその場に跪いた。そして現れる白装束の大男。その手に握るは処刑執行に使う大鎌デスサイズ


「これより、全人類の敵!有馬奇跡アリマキセキの処刑を行う!法に背く者達よ、見るがいい!此れがお前達の希望の成れの果て、負け犬の最期だ!」


 大鎌が振り下ろされ、鮮血が舞い、有馬奇跡の首が飛び跳ねる。


 悲鳴と嗚咽。少しの間をおき、大きな怒号が飛び交う。


 幾度となく観てきた光景。それでもなお、ぼくの心は揺さぶられ、えもいわれぬ怒りと、堪え難い吐き気に襲われ支配される。




 第三次世界大戦。その言い方が果たして正しいのか今でも疑問ではあるがそれは確かに起こった。まだぼくも兄さんも生まれてなかった時の話だ。


 当時この国は核を持たず、作らず、持ち込ませず、その鉄の掟を守り続ける事によって存続してきた。過去の過ちを繰り返さないよう他国と友好関係を築き上げ、入国した者全てをもてなし、信用して来た。


 でも、この国の平和は突然に崩れ去った。同盟国のトップが変わり、これまでの平和を良しとせず、より強固なる平和の為に動き出した。ある意味で不安定な形であったからこそ、バランスが保てていた世界は音を立てて崩れていき、気が付いた時にはこの国そのものがこれまでの平和を否定するかの様に平和の為にという名目の下、ありとあらゆる国を軍事的に支援する軍事支援国家になっていた。


 最新鋭の技術と医療により前線の兵は常に保たれ、次世代の兵士達も仮想現実を利用した訓練を通し即席で育成出来るようになり、大手PMCやそういった組織は瞬く間に淘汰されていった。


 兄、有馬奇跡が世界に問いかけた全ての問いから目を背けた一般市民は偽りの平和の中で政府の言いなりになり、有馬奇跡が作り上げた組織やそれを支援する団体は消失した。文字通り消失した。初めから何もなかったかの様に。


 気がつくと仮想現実内で僕は泣いていた。胸が苦しくて、心が千切れてしまいそうになったと思うとそれは気の所為だったかの様にさらりと消え失せていく。仮想現実でさえ、僕達は政府の監視下から逃れられる事は出来ず、ヘッドギアと電子機器がぼくという人間自体を管理し、推し量り、慮る。この世界も現実世界と同じだ。


 吐き気がする程親切。


 あまりに大きな感情の流れを感知するとそれを無痛の痛みへと変える。例えるならゲームで自分が操作しているキャラクターがダメージを受けた時に思わず自分自身が傷を受けた様に反応してしまう様な少し変な感じだ。



「ほら、ヒカル!いつまで寝てるの?」


 不意に目の前に液晶が浮かび上がり、現実世界からの信号をキャッチし報告し始めた。


 ドアをノックする音と、聞き慣れた声が聴こえてくる。ぼくはもうそんな時間か、とだけこぼして仮想現実から退出。一呼吸置いて布団から出て大きく伸びると、トーストとコーヒーの香りに気が付いた。


「煜、煜ったら早く起きなさいってば、今日こそ学校行くって約束でしょ?」


 扉越しに聴こえる声。現実できく声は仮想現実できく声より優しさと温かみを感じる。


「分かってるよ、姉さん。今降りてくから先に朝飯食ってて」


「はいはい、分かりましたよー 。この花總蓮ハナフサレン一人で寂しくお先に頂きます」




 下に降りると姉さんはトーストを必死に食べていた。これはいつもの光景なのでもう気にはならないが、この人、花總蓮は何というか忙しく生きている人だ。


 家事をこなして仕事をして弟の面倒をみる。彼氏を作ったり、趣味に時間を費やすなんて事は一切しない。小言が絶えないのがたまに傷だけれど、そんな姉さんが居るからこそ自分が自分でいられると、そう思う。


「はい、有馬家特製コンソメスープと何処にでもある普遍的なトースト、召し上がれ」


 いつもと変わらない笑顔の姉さんといつもと変わらない有馬家特製コンソメスープと普遍的なトーストを交互に眺めていると、ふいに安堵の溜息がもれた。きっと学校の事で緊張していたんだろう。


「頂きます」


「あっ!まって煜、あんた歯は磨いた?」


「はぁ、磨きましたよ」


「宜しい」


「ぼくを幾つだと思ってるんだよ、もう十七だぞ?」


「だから?言っておきますけどね、いつまで経っても煜は煜、私からしたら子供なの!お分かり?」


「そうですか、一応これでも兄さんが活動し始めた歳とは同じなんですけどねぇ」


 言ってから失敗したと気が付いた。一瞬曇った表情を浮かべたのを僕は見逃さなかった。


「ごめん」


「別に良いのよ、気にしないで。そうよ、寧ろそう。あんたいい歳になったんだから不登校決め込んでる場合じゃないんだからね?奇跡君に呆れられちゃうわよ」


「へーい」


 この人は今でも兄さんの事が好きなんだ。少し複雑だけれど、有馬奇跡を忘れないでいてくれる人の存在は嬉しい物で、なんだかむず痒くて気恥ずかしくなってしまった。無心でトーストにかぶりつき、有馬家特製コンソメスープを流し込む。


「それより、どうよ?今日も美味しいでしょ?」


「胡椒入れ過ぎだよ姉さん……」


「え?うそ?」


「また味見しなかったろ?」


「はぃ……ごめんなさい。えっとね、あれよ?無理して飲まなくていいからね!わたしが飲み切るから!」


「いいよ、せっかく作って貰ったんだし。それより姉さん時間平気?」


 時計を確認し、全てが終わったかの様な表情になる姉さんをよそにトーストを食べ進める。


「やばい!マズイ!遅刻だわ!ごめん、煜、洗い物とかもし良ければやっておいて!先出るから」


 旋風が吹き荒れたかと思うと部屋着姿だった花總蓮はカジュアルなスーツに着替え髪の毛をムースで固め圧倒的な存在感を放つ美人に変身した。と言っても元々スタイルも顔ももスーパーモデルの様なこの人、派手に化粧をしたり着飾ったりせずともこの完成度。


 一緒に暮らす様になって始めの一、二週間は緊張して居心地が悪かったこの家だが、意外と抜けてたり、変な所で面倒臭がりだったりする姉さんに徐々に心を開いていった。


「あ、そうそう。煜、OFちゃんとアップデートしておきなよ?結構時間かかったから万が一何かあった時大変だよ」


「はぁーい」


「ちゃんと学校行きなさいよ?約束だからね?」


「はぁーい」


 姉さんを見送り、久し振りの制服に身を包んでみると少しだけワクワクしてきた。今日から新学期。約一年を社会的に見れば無駄にしたぼくの再スタートにはひょっとしたら丁度いいかも知れないと素直に思えた。


「さて、行くか」


 またいつ気が変わって不登校になるのかなと、少しだけ不安になりながらも家を後にした。







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