躯体
「さぁさぁ! 躯体を買うならジョルドカンパニーへ! 塔への冒険のお供に是非一体!
これがあると無いとじゃ生存率は大違い! 生きたければ買わなきゃそんだぜ!」
寄席はどうやら商人の客寄せであったか、それが分かると買わされてはならぬと、散り散りに蜘蛛の子を散らすように人の波は消えてゆく。
「おいおい、こんだけ見せてやったってのに何だ! お前等死んでもしらねえぞ!
躯体があると無いとじゃ生存率は大違いだってのに!」
その中で一人ぽつんと立ち止まっていたサンゴを目聡く見つけたか、ジョルドと名乗った男が声を掛ける。
「なんだ、最後に残ったのはこんな小僧か? でもまぁ、どこぞの坊ちゃんかもしれんから念の為に聞いておくが、坊主、金もってるか?」
常々、聞かれる事に、それ程重要なのかと、手にした麻袋に目をやるが、そうした行動に、
それが金銭だと理解したジョルドは颯爽と麻袋を奪うと、問答無用に中を調べる。
「・・え? えっと・・・」
突然の事に口を開け、呆然とするサンゴを尻目にジョルドは肩を落とす。
「おいおい・・・・。まさか、こんだけか? 此れじゃあ、今日泊まる宿代にもなりゃしねえぞ?」
ジョルドは外れを引いたとばかりに、頭を掻き悪態をつく。
「でしたら返して下さい。僕には大切な物です」
「此れがか?」
金銭的には大した事の無い麻袋を投げ返す。ジョルトにすれば詰まらない物だが、サンゴにとってはニナから貰った物。金額の大小はサンゴにとっては関係が無かった。
「そうです、それにきっと此れは、姉さんが苦労して持たせてくれた物です」
「・・・ほぉ・・・その言い方、お前・・・この町の者じゃねえな、それに、その程度で苦労って事は・・・六業の出か?」
先程までの緩い気配は消え、冷たくサンゴを観察するジョルド。
年端も往かぬサンゴを見て、そんな者が、塔の周囲をうろつく現状より、予想したか、六業の者とまで、言い当てた。その冷たい気配に、サンゴの腰も引けるが、弱みを見せてはならぬと胸を張る。
「・・・はい、僕は六業の村の出です」
「そうか、んで幾つよ?」
「幾つ?」
「歳だよ歳」
何の事かと頭を傾げるサンゴに話にならぬと息を吐く。
「成る程な・・・あの村は今もそんな下らねえ事やってんのか。何時までも過去の罪とやらに怯えて下らねえ。国からの援助金を切られないよう必死なんだろうが、十五に満たない子供を塔にやって、殺すつもりか。村も役に立たない奴を輩出すれば、それだけ窮地に立たされるからな。
だから、期待出来ない子には年も教えんってか? ったくよ、糞みてえな体制は相変わらずか」
そう言ってサンゴを見るジョルドの目は悲しみを湛えていた。
サンゴの容姿はある意味異端。痩せ細った体躯に、白い髪。凡そ、塔という過酷な場所に似つかわしく無い姿。ならばこそ、村の者達は切り捨てたのだろう。この様を十五まで育て、塔へと輩出する事は、村の不利益にしかならぬと。だからこそ、早々に諦めた者達はサンゴに年すら教えず、塔へと送り出した。彼という存在が、元から無かったかのように。
「もしかして、ジョルドさんも六業の・・・・」
「っち! あぁ・・・そうだよ。嫌な事を思い出させてくれるが、俺もお前と同じ、捨てられた異端児さ。お前が何処の六業の村かは知らないが、似たり寄ったり、何処も変わらんか」
ジョルドは体を折ると、心の内から吐き出すように乾いた笑いを漏らした。
乾いた笑いの度に、何処か胸を押さえるその姿。先程とは変って何処か、弱々しさすら感じた。
「まぁ・・・俺も体が弱くてな。だからこそ、こうして商売なんかで生きてる訳だ。だが、国が村へ求めるのは塔を踏破する冒険者。俺みたいな病弱な奴は不要なんだとよ・・・」
哀しくも生き抜くその姿に、サンゴは言葉を発せずにいたが、ジョルドとしては気持ちに整理がついているのか、皮肉に鼻で笑うと、サンゴの持つ麻袋を奪い取る。
「か、返して下さい、それは僕の・・・」
ジョルドの手より奪い返そうと、ジョルドが掲げる麻袋目掛けて飛び跳ねるが、元より小さなサンゴでは届くはずも無く、虚しく空を切るばかり。
ならばと、ジョルドに目線を向けるが、先程とは違う、真剣な表情に縫い止められた。
「此れがお前にとって金額以上だって事は、理解してるさ・・・・俺には、こんな物すら渡してくれる奴なんざ居なかった。そして、あの村で金銭を稼ぐなんてそれこそ難しい。だからよ、
本来ならこんな金額じゃ、手付けにもならねえが、躯体を一体貸してやる」
採算度外視。儲けなど端から考えていないジョルドの言葉に、有無を言わせぬ熱を感じる。
ニナはこの事を予想していたのでは無いだろうが、六業と呼ばれる忌むべき者達の縁か?
サンゴは何も言えず立ち尽くす。
ジョルドはそんなサンゴの頭を小さく叩くと、ヤレヤレとばかりに天を仰いだ。
「あ~~ったくよ! 商売下手だな俺も・・・・。なら、生きて帰るように奮発してやらぁ。
どれでも好きなの貸してやる。さぁ、選びな!」
そう言うと、後ろに控えていた人と見紛うばかりの躯体達が命を宿す。
『・・・ユーザー権利の譲渡を確認。新規ユーザー登録を求めます』
瞳に火を灯し、一糸乱れぬ光景に圧倒され、サンゴは後退る。
「そ、そのぉ・・・一つ聞いても良いですか?」
「あぁ、何だ?」
「・・・躯体って何ですか?」
『・・・・・・・・』
何とも場違いな問いに、ジョルド以下、躯体すらも絶句する。
サンゴも何か不味い事を聞いたかと、頬を掻くが、それも仕方ないかとジョルドが空気を変える。
「まぁ・・・知らなくて当然か。こいつ等は俺がやった芝居の通り、前時代文明が生み出した兵器だ。塔から取れる具象石を使った人を模した兵器でな、アンドロイドなんて呼ばれてたそうだが、具象石のお陰で、命の無いこいつ等でも塔の怪物に対抗できるって寸法さ」
「は・・・はぁ・・・」
理解不能な説明にサンゴは頷くしか出来なかったが、それも仕方ないとジョルドは頷くと話を続ける。
「お前はまだ塔に登った事は無いから知らないだろうが、あそこは地獄さ、何処から怪物が出てくるかも分からず、新人の多くが命を散らす。だが、こいつ等はそんな下手は打たねえ、長年蓄積された経験が死を回避する。だから、新人にこそ必要なんだがな・・・」
そう言ってジョルドは首筋を撫でる。
だが、躯体は高価であり、おいそれと購入できない事も知っている。
そうした矛盾に悶える気持ちが積もっては、ジョルドを苛んだ。
そうした思いに気づいたか如何かは知らないが、サンゴは瞳を輝かせ、躯体を見つめる。
「凄いんですね、躯体って・・・でも、この子だけ動かないのは何故なんですか?」
サンゴの視線の先には、荷台の中に打ち捨てられた一体の躯体。
長年そこで捨てられていたのか、積もった埃が、人に似た躯体を覆う様は痛々しい。
サンゴの声に、久方ぶりに気づいたとばかりにジョルドも捨てられた躯体に目を向ける。
「・・・ああ・・・そいつは、不良品だ」
「不良品?」
「誰がやっても認識しねえ躯体でな、掘り出し物だって数体の躯体を買い取った中に紛れてたんだが・・・。しかし、パーツをばらそうにも、繋ぎ目が無くてな、それにあんまりにも見事なもんだから、捨てるのも惜しくてな」
「・・・何だか可哀そうです」
サンゴはそう言うと、せめて埃だけでも払わんと、手を差し伸べ埃を払う。
埃を拭われた下からは何とも美麗な面相が現れる。ライトブルーの美しい髪に白磁の如く冷ややかな肌。戦闘を行う者には不必要な様相に、サンゴも自然と息を飲む。
吸い込まれるような唇に目を奪われ、指は自然と唇をなぞった。
異形の塔 紅龍 @kouryuu0319
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