人形劇
バルトの店より離れ、塔へと歩んでいると、人の喧騒は増し、各々の武器を身につけた者達で、通りは溢れかえる。
キョロキョロと周囲を眺めるサンゴの姿を煩わしく思ったか、何人かの冒険者が、肩を当てては、悪態をつく。
「痛っ・・・小僧、此処を何処だと思ってやがんだ?」
冒険者の悪態は、サンゴに非が無い事は誰の目にも明らかだったが、通過儀礼と認識されているのか、皆、見てみぬ振り。又かと、呆れ返る気配すら放っていた。
「・・・ご、御免なさい」
筋骨隆々。古傷も目立つ兵(つわもの)に、自然と謝る形になってしまう。
それに気を良くしたか、男も口を吊り上げ、卑しく笑う。
小僧相手にする事と言えば、小銭を毟り取るぐらいだが、それもこの町で生きていく勉強。
ならば、一つ教えてやろうと、襟首へ手を伸ばす手を横から誰かが遮った。
「おいおい、フルド。小僧を虐めて如何すんだ? そんな奴虐めても酒場のツケは払えんだろ」
フルドと呼ばれた男も、苛立ち気に手を引こうとするが、膂力の差か、微動だにせず、宙に固定されたように動く事を許さない。ならば、残された術は悪態かと、舌打ちと共に言葉を吐く。
「っち! 何時も何時も正義面のギリアムか。右も左も分からねえ小僧に、道を示してやるのも大人の務めだろ? だから、教えてやろうってんだ。それの何が悪い!?」
確かに、命までは盗らない辺り、比較的優しいとさえ言えた。塔では戦いの毎日。
それこそ、奪い、奪われる。その中で生きている者達の死生観は危ういもの。
その中で、殺してでは無く、奪うと考えている辺り、フルドはまだ常識人と言えるかもしれない。
しかし、だからこそギリアムは声を掛けねばならなかった。
これ以上堕ちてしまう前に。
「お前は、塔を一人で踏破するつもりか?」
「っ・・・そ、それは・・・・」
ギリアムの言葉がフルドに利得を考えさせる。サンゴにとってその言葉の意味は理解できなかったが、冒険者たる者達にとっては死活問題。
もし、都市内で忌み嫌われれば、他の冒険者を募る事もできず、募られる事も無い。
それは詰まる処、冒険者としての終わり。命をすり減らす死の航路。
そうは為りたくは無いだろうと、言われてはフルドにとっては折れるしかなかった。
「っち! 小僧、運が良かったな。もう二度と物珍しくしてんじゃねえぞ!」
そう吐き捨てると、塔への道を早足に駆けて行く。
目の前で展開される強者の駆け引きに、呆然とし、今更ながら頭を下げる。
「あ、有り難う御座いました」
「ああ、何、彼の為でもあったから気にしなくて良いさ。この頃素行が悪くてね、近頃は鼻摘み者扱い。そろそろ手を打たねば、奴も終わりが見えていたからね。いや、それを知っているからこそ、酒に逃げているのかも知れないが・・・・。まぁ、奴の注意も的を得ている、この都市へ着たばかりだろうが、余り呆然と眺めるのはお勧めしないよ、それでは毟り取ってくれと言わんばかりだからね。それでは、失礼」
「は、はい・・・色々と助かりました」
再度頭を下げるサンゴに頷くと、ギリアムも手を振り塔へと歩を進め、その背は人ごみに消えて行く。誰も彼もが必ずと言って良いほど、塔へと向かう。それはサンゴにとっては理解不能だが、
それこそが、塔下都市に暮らす者なのだろうか、改めて都市に暮らすという事を学び頭を上げる。
「・・・何だか、色々と凄いなぁ・・・この町は」
この都市へ着いてから、驚きの連続だが、全ては塔に集約される事だけは理解できた。
ならばこそ、人波に揉まれ、塔へと進む。
先の経験を活かし、目線だけを動かすが、未知の光景に、如何しても興味の鎌首が頭を出す。
その度、強引に目線を反らすが、それが異常な動きだと思っていないのか、自然と耳目を集める結果となっていた。
だが、先のギリアムと呼ばれる者の縁者と思われたか、それとも、ギリアムと呼ばれる者の威光故か、難癖をつける者も無く、サンゴはあれよあれよと塔の下にまで至る。
「・・・・はぁ~~~」
サンゴが見上げる巨大な塔は、見るものを圧倒し、来る者を選ぶ。
お前はその資格が在るかと、冷たく語りかけているようだった。
だが、そんな気配を鼻で笑い、冒険者は塔へと歩む。
身につける武器は具象武器。己が力を武器へと変える心の礎。
サンゴの持つ武器とは違うその武器に、自然と羨望の眼差しを向ける。
冒険者もそうした視線に慣れたものか、肩で風を切り、通り過ぎた。
「みんな強そう。ニナ姉さん、僕・・・不安になってきました」
そう思って立ち止まる者も少なくないのか、塔の周囲では行くも帰るもできない者達が、屯(たむろ)していた。そして、そういった集団目当てか、馬車に似た荷台に跨った男が詩人の如く語り出す。
「さぁ、寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! この町知るなら見なきゃ損! ジョルドカンパニーによる人形ショーで御座い!」
「・・・人形ショー?」
聞いた事も無い言葉に、サンゴの頭は混乱するが、それはこの都市に着いてからは常かと、
考える事を止める。
周囲の者達も同じか、楽しげな雰囲気に当てられて、視線は何とも無骨な男へ集う。
視線が集まるのを感じたか、男は四角い枠の後ろへと廻ると、その枠の中へ人形を突き出す。
枠は世界を表すのか、後ろにそびえる塔を縮小させた物がそびえ、その周囲には見た事も無い、
四角い箱のような風景が広がる。今では知る者は少ないが、それはビルと呼ばれる高層建築。
今と為っては工法も失われた過去の遺物。
男が操る人形も、サンゴ達には見知らぬ棒を手に、迷彩衣装で塔に驚いた様子で大慌て。
「何だあの塔は、何時の間に~~」
「た、隊長~~。我々であの塔を調べるべきではないでしょうか?」
「そうだ、そうだ」
一人色の違う者に、周囲の者達がそう言い募る。
隊長と呼ばれた者も、気を良くしたのか、一つ飛び上がると、それこそが使命と、手に持つ棒を掲げる。
「成る程! ならば、あの異形の塔を我等の手で解き明かそうぞ! 皆の者、続け~~」
そう言って隊長の人形を操ると、部下の者達を引き連れて、塔へと向かう。
無骨な男が操るとは思えぬ繊細な動きに、サンゴも笑ってしまうが、迫真の演技がそれを許さない。そうした内に、部隊は塔へと到着したか、隊長の男が巨大な門へと到着する。
それは見上げるばかりの巨大な門。塔に設えた門としては当然の大きさではあったが、人からすれば、異形な姿。
「何と大きな門なのか。ならばこそ、この先には宝が眠るに違いない」
隊長はそう言うと、門に手を掛け、開かんとする。
しかし、その巨大さ故、一人の力では開く筈も無い。
「うんうんと、隊長は門を押すが、開く事は無く、それを見かねた部下達は言いました。
我等の力を併せれば、この程度の門、いかようにもなりましょう。そう言うと隊長達六名の者は、
力を併せ、門を開きます。一人の力では開かぬ門も、六名の力をもってすれば、徐々に開いていきます」
男の言葉と共に、背景の門は開いていく。そしてその門が開く、するとその中から、異形の怪物が溢れては漏れ出した。六体の人形は恐れおののき、飛び上がる。
「わ~~怪物だぁ! だが、銃で殺せぬ訳は無い! 撃て撃て! バキューン!」
バキューンなる音の出所は分からぬが、人形が持つ棒を構えた姿より、その武器かと、理解する。
しかし、そんな物が怪物達に効かない事は子供でも知っている常識。奴等を傷つける事が出来るのは、具象武器のみ。当然、彼等の抵抗は何の意味も無く、怪物は止め処なく門から溢れ出る。
手にする武器では敵わないと知ったのか、隊長は部隊に命令を下す。
「助けてくれ! 銃が効かない! 戦車だ、戦車を使え!」
サンゴにとっては未知の言葉だったが、何人かは知っていたのか、観客の数人が、舞台の袖へ視線を送る。すると、それを追うように、一つの箱のような物が袖より競り上がる。
隊長はその箱に乗り込むと、咆え猛る。
「はっはははは! これでも食らえ怪物め! バゴーーン!」
男がそう叫ぶと、舞台の下よりもうもうと煙が上がり、怪物を覆いつくす。
「やったか!」
これにはサンゴも、周囲の者達もハラハラと見守るが、煙が晴れたのちには怪物の姿。
怪物達は爆発と音に驚いたものの、脅威でないと見るや、一転、襲い掛かる。
隊長は大慌てで逃げ出すが、戦車は破壊され、煙を上げた。
「ですが当然怪物には効きません。怒り狂った怪物は、戦車を壊し、民を食らう。兵達は何も出来ず死をまつばかりであったその時、最後の抵抗と銃剣で突撃した彼等。だがそれこそが正解だったのです、人には彼等を殺す力がありました。人の体に触れたものであれば彼等を殺す武器と
なりえたのです。そしてその事に気づいた者達は銃剣を手に塔より溢れた者達を刈り殺します。
それは血みどろの戦い、兵と怪物は潰し合い、唯一生き残ったのは門を開いた六名。彼等は後に、六業の者と呼ばれ、罰を受ける事となりますが、それはまた別の話。その後人々は、塔より怪物に対抗する手段を得たのです。そう、皆も知っての通り、具象石。これはそれを用いた人類の英知、そう、これこそが!」
男がそう言うと、舞台は壊れ、煙があがると男の背面より何かが競り上がる。
煙が晴れたその先では、大小様々な人形の姿が。
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