露店
「・・・・有り難う・・・ニナ姉さん」
後ろ髪を引かれる思いはあるが、ニナより得た優しさだけを胸にサンゴは門を潜る。
門を潜った先では何やら騒がしい物音と人の往来。
村という最小単位での集団生活のみを拠りどころとしていたサンゴにとって、
未知の世界ではあったが、行くあて等、塔しか無いサンゴにとっては迷う事も無かったか、
大多数の人々同様、塔へと向けて歩みだす。
「でも、凄いなあ・・・こんなに人が大勢。良い匂いもする」
周囲の露店からは、何やら肉の焼ける匂いと、食欲をそそる品物の数々。
どれも村の祭りでしか見た事の無い物であり、サンゴの視線は釘付けとなる。
露店商からすれば、店に張り付く子供など商売の足しにもならず、邪魔なだけだが、
一応客かと、文句を垂れる。
「いらっしゃい、いらっしゃい! ヌーアの串焼き三百ルドだ! 安いよ~旨いよ~」
「・・・ルド?」
聞きなれない単語にサンゴは疑問を浮かべる。
「通貨も知らねえとは。坊主、お前・・・この町は初めてか?」
「・・・はい。先程着いたばかりでして・・・それに、通貨?」
この町で生きていく最低条件すら知らぬ子供に何と答えるべきかと店主は悩んだが、
何かに気づいたか、ポケットに手を入れると、数枚の硬貨を見せる。
「此れが、金だ」
「・・・金?」
店主が握る、鉄の小物と、金という言葉にサンゴは再度頭を捻る。
だが、村を出る際、姉より渡された物と似通ったその形に姉の言葉が蘇る。
『サンゴ・・・よく聞きなさい。 良い? 今から渡す物はとっても重要な物だから無くしちゃ駄目だからね?』
ニナはそう言うと、何かを入れた麻袋をサンゴへと渡す。
『ニナ姉さん・・・此れは?』
サンゴは受け取った麻袋を手に持つ。
多少の重さを感じるが、じゃらじゃらと煩わしく鳴る音に、気味の悪さも感じた。
『・・・・変な音がする・・・・』
気味悪気に嫌そうな顔をするサンゴに説明が必要と感じたのか、麻袋を開き中から摘んで見せる。
ニナの手には何やら石のような物が握られており、見た事も無いその物体に、
益々、気味の悪さを感じた。
『な、何ですか・・・・それ?』
何やら模様のような物が掘り込まれた物体。
硬い物質なのか、ニナが握るそれは冷え冷えとした色を湛えていた。
『・・・此れは、町で生きていくのに必要な物よ。だから、無くさないようにしなさい』
『・・・わ、解りました・・・』
何故、こんな物が必要なのか、理解は出来なかったが、ニナが必要だと言うならば、
そうなのだろうと、不承不承頷く。
『じゃぁ・・・塔までまだまだかかるから・・・』
そうした声に導かれるように眠気に船を漕いだサンゴの記憶はそこで消えていた。
「・・・理解したか? 飯を食うにも此れが必要なんだ」
確かにニナは町で生きていく為に必要と言っていたが無くすな、とも語っていた。
ならば、使う事は無くす事なのでは? そこまで考えが及ぶと、渡された麻袋を大事に抱える。
「でも・・ニナ姉さんに無くすな、と言われたんです」
「それは・・・」
常識を知らぬ者にどう説明すれば良いのか、店主も首を捻る。
きっとその姉は生活に必要だから、必要な時以外に使わないよう、何処かに置いて行かないように注意したのだろうが、それが仇になったか。使わねば意味は無いのだが・・・。
「あ~~。糞っ! 分かった、分かった。なら今回はサービスだ・・・・。ほらよ」
店主はそう言うと、手にした2本の肉串をサンゴへ押し付ける。
サンゴとしては如何したものかと、小首を傾げるが、店主は有無を言わさずその口に串を当てる。
突然の事に、息が出来ぬとサンゴも慌てるが、舌に触る未知の味に自然と口を動かした。
「もっがもぐもぐ・・・・美味しい」
不審な顔をしていたサンゴも、此れが店主なりの優しさだと理解し、如何答えるべきかと頭を悩ませる。
「分かったか? つまりは、お前が大事に抱えるそれは、感謝を表す物だって事だ。今回は、
俺の奢りだが、次は買ってくれよ?」
「・・・そうだったんですね。姉さんが大切だと言った意味が分かりました。今更ですが、
お名前を伺っても良いですか?」
「ん、俺か? 名乗る様な者じゃねえが、ヌーアの串焼き売って三十年。ウドロ道りのバルトとは俺の事よっ!」
この町で生きている自負か、何処かしら誇りを感じる口上に、サンゴは圧倒される。
未だ何者でも無い、己との差を感じ、頭を下げ謝辞を述べる。
「僕はサンゴと言います。まだこの町に着たばかりで何も分かりません。こうやって教えて貰うばかりですが、生きる事が出来たら、また来ても・・・良いですか?」
サンゴとて自覚していた、ニナの悲痛な声。周囲の哀れむ視線。六業と呼ばれる異端に対する冷たい言葉。きっと此れは死を告げられるに等しい事。ならばこそ、唯一信頼できたニナの言葉を
重視するのは当然であった。それ故、バルトの言葉が信用出来なかったのは当然か。
だが、そんな中でも、こうやって優しく接してくれる人が居る事が、如何しようも無く涙を誘った。
「来てくれる事は嬉しいがよぉ。おいおい・・・。困ったなぁ・・・だから俺は金儲けに向いてないって言われるんだろうなぁ。はぁ~~。サンゴって言ったか、一目見て、新参者だって事は分かってたさ。まぁ、だからこそ、声をかけたってのもあるんだが」
「・・・如何して?」
サンゴの疑問も当然。そんな事をする理由は二つ、善意か、悪意か。
前者は尊いが、愚か。後者は狡猾であり、賢しいのだろう。後者からすれば、サンゴのような新参者は奪いやすい鴨であろうが、バルトはそれには当たらないとサンゴは感じていた。
それ故、疑問が漏れる。
「・・・・そうだよな? 俺も如何してかって言いてえよ。母ちゃんにもどやされるしよ。
でも・・・でもよぉ。此処は『塔下都市』だ。様々な場所から、様々な思いを描いてやって来る。
中にはお前みたいな年端も往かない小僧や、意思を持たねえ奴等なんかもな。そして、そういう奴等が長く無い事も知っている。だがらよ、そういった奴等の目的の一つにでもなれればって思ったのよ。うめぇ串食わせてよ、それ食いてぇから生きるってのは・・・そう、思わせるってのが、俺の役目にしたいって思ったんだよ・・・。つまらねえが、それが俺の使命って奴さ」
世間一般からすれば、バルトは愚か者の銭失い。商売人に向かぬ者ではあるが、その姿は、
サンゴの胸を打った。
「・・・何だか、かっこいいです」
それは選んだ言葉では無く、自然と零れた言葉ではあったが、それ故に暖かい。
バルトも何故か鼻をすすり、顔を背ける。
「ありがとよ、そういう言葉が欲しくてやってるのかもな・・・。ったく、湿っぽくなったな、
この道を進めば塔に着くさ、そこに行けば、簡単な仕事とかもあるだろう。お前はまだ子供だ、
間違っても塔なんかに登るなよ? 稼ぎは良いが、それは命と交換だ。何か事情があるんだろうが、選択ってのは誰にでも出来るもんだ」
そう言ってバルトが指し示した先には、矮小な者達を睥睨(へいげい)する天を貫く塔の姿。
その巨大さにサンゴは畏敬の念すら感じるが、それは未経験者に許された特権か、バルトは背に刻まれた古傷が疼くのを感じ顔を顰める。
「バルトさん・・・有り難う御座いました」
「死ぬなよ」
「・・・はい」
短い応答ではあったが、そこに篭る思いは言葉に優る。
ならば、充分と、サンゴは塔へと歩を進める。
サンゴの後ろ姿に思う処はあったが、バルトに出来る事は最早願う事のみ。
少年の行く末に幸あらん事を神と呼ばれる存在に願った。
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