異形の塔

紅龍

序章

舗装された平坦な道を一台の馬車が進む。

舗装されているとは言え、相当に古い馬車には過酷な道か、ギィギィと耳障りな軋みを響かせる。

御者は若い女性か、御者としての長旅は慣れないのか、馬の手綱を必死に操るが、馬はのんびりと草を食み、邪魔をするなとでも言うかの如く、尻尾を振るう。

「・・・もう! 何でこの子しか居なかったのよ! 本当はもっと良い馬だって居た筈なのに!」

老木の様に老いさらばえた老馬では無く、もっと若い馬も村には居たが、全て用事があると、

使用を断られ、仕方無く借り受けたのがこの馬であった。

「・・・ゴメンね・・・サンゴ。 今日は貴方の旅立ちだって言うのに」

御者席より振り返った馬車の荷台には髪の白い痩せた子供の姿。

他に人は無く、この馬車の荷物は彼一人。

辺りの風景が珍しかったのか、馬車の騒音も気にせず、楽しげに微笑んでいた少年は、女性の声に首を傾げ振り返る。

何を謝っているのか理解できぬとでも言った様子ではあったが、女性にとっても見慣れたその表情。少し悲しい気持ちを味わいながら、誤魔化す様に女性はサンゴと呼ばれた少年の頭を撫でた。

「・・・ニナ姉さん苦しいです」

「ああ、ゴメン」

子供と呼んでも差し支えないサンゴにとって、ニナと呼ばれる女性の抱擁は少々荒っぽかったか、

白い髪をボサボサにされたサンゴは手串で整えると、新しい景色を見る為か、御者席に座るニナの隣へ飛び乗る。

老朽化した馬車はそうした動きにもギィギィと煩わしく鳴いたが、サンゴにとってはそれすらも楽しいのか、微笑みを湛えて席に座る。

だが、老馬にとっては迷惑だったのか、馬は一鳴きするとトボトボと歩を進めた。

「・・・まったく・・・この老馬!」

ニナの口からも文句が飛び出すが、耳の遠い老馬には念仏か、手綱を無視し、前へ前へと進む。

周囲は日の光を遮る森に覆われていたが、次第に森は切れ、開けた視界が飛び込む。

ニナにとっては見慣れた光景ではあったが、サンゴにとっては初めての光景だったか、遠くにそびえる天を貫く塔に感嘆の声を漏らす。

「・・・わぁあああ! 凄い! 凄いですよニナ姉さん!」

「はい、はい・・・凄い凄い。まぁ、最初は驚くけど、あんなの村からでも見えるでしょう?」

「それはそうですが・・・・村で見るより大きいです!」

「まあ、大きいけど、塔下都市で生活する様になれば飽きると思うよ。 それに村からは何人か冒険者を輩出したけど・・・・」

「けど?」

「・・・ううん、何でも無い」

続く言葉をニナは飲み込んで手綱を走らせる。

突然の鞭入りに馬は非難の声を上げるが、誤魔化せるならばそれでも良いのか、無心で馬を走らせる。

馬も執拗に叩かれては敵わぬと思ったのか、先程よりも早足で道を進み、巨大な塔のそびえる都市へと向かう。

二人と同様に、他の村からも都市を目指した者がちらほらと見て取れ、その数は都市に迫る度に数を増やしていった。


「ニナ姉さん、この人達も冒険者ですか?」

サンゴは素直に疑問を口にするが、ニナにもその質問に答える答えを持ち得ていなかった。

今まで行商として村からの特産物を運ぶ手伝いをした事はあったが、その時は付き添い。

自分の考えで行動などせず、大人に言われた通り、物を運び、疲れたら馬車で寝るだけだった。

その為、都市の周りでこの様な喧騒が巻き起こっているなど埒外であった。

「おい! そこの馬車、塔下都市デュリオンに何の用だ」

「え!? わ、私!?」

喧騒に呆然としていたニナは門番の問いに声を引きつらせる。

「この列は都市への順番待ちと知っての事だろうな? 見たところ荷も無い様だが?」

不審者や不審物を都市へと入れない為か、挙動不審な者に対してはきつく当たるよう上から言われているのだろう、何人かの門番が馬車へと駆けて来ると、あっという間に取り囲む。

都市としても余り無い事態なのか、周囲の行商人達も何事かと目を向けるが、ニナのすがるような視線に、とばっちりを受けてはかなわぬとでも思ったか、慌てて目線を反らす。

頼りになる大人もおらず、勝手に出てきた為、許可証なども無く、心細さに震えるが、自分は間違っていないと宣言するべく声を上げる。

「わ、私達は・・・い、いえ、この子は冒険者志望でして!」

ニナはそう言って横に居るサンゴを指す。

周囲の門番達は、サンゴの弱々しい姿に、冗談だとでも思ったか、鼻を鳴らし笑う者。

腹を抱えて笑う者が大音声となり響き渡る。

「くっははははは! 何の冗談だ!? ああ、そうか、そうか、分かったぞ、貴様等は喜劇役者か何かか? ならば列が違う。此方は冒険者や、急を要する業者専用だ。 喜劇や、娯楽の類はあちらだ」

体を九の字に曲げて笑う門番はそう言って遠く離れた一団を指した。

そこにはテントを張り、芸を見せる者達が、今か今かと列を為し、何時までも許可が下りないと、

落胆の余りか、興行まで行う始末。

塔下都市として娯楽は二の次、優位性は低いとでも言い表す様であった。

あんな列に並べば、都市に入るのは何時になる事やら知れぬ。

「ち、違います! 本当にこの子は冒険者志望で!」

「何だ? まだ言うか! ならば結構! 冒険者志望と言うならば、具象武器を見せてみよ!

冒険者ならば、各々が持っておるだろう、塔を踏破する己の武器を!」

門番が当然と、そう咆える。それに賛同する様に、周囲では冒険者然とした態度で手にした武器を誇らしげに構える。彼等の武器は千差万別。どれ一つとして同じ物は無く、まるでオーダーメイドされた武器の様であったが、それは当然か。

「ぐ、具象武器・・・確かサンゴも持ってたよね?」

「はい! 冒険者になる為と、村長より頂きました!」

そう言うと、サンゴは腰に挿した鞘より黒い小刀のような物を引き抜いた。

「此れです!」

サンゴが掲げる具象武器と呼ばれる武器に、周囲の大人の蔑む様な視線が刺さる。

「・・・何だそのちんけな物は」

視線を送るだけでは堪えられなかったか、一人の男が声を上げるのに釣られて、笑いが起こる。

「っくははははは! 何だ、やはり道化では無いか!」

「全くだ。 そんな具象武器など見たことが無いぞ! 具象武器とは己の力その物。 その人の潜在能力を表す物指し。我の武器を見るがいい」

冒険者風の厳つい男はそう言うと、自慢気に己が槍を掲げて見せた。

槍には特別な力でも宿っているのか、男が軽く振るうと炎を撒き散らし、周囲を赤く染める。

「・・おお、属性持ちとは・・・・」

「まさか、彼は・・・」

「ああ、きっとそうだ」

流石は冒険者を表す具象武器。

武器その物が名刺代わりとでも言う様にその武器を見た者が口々に冒険者の名を言い当てる。

「炎槍イリュスの使い手ラウド・・・か」

それは正解だったか、猛々しい男は気を良くしたのか、槍の形を見せると槍を大地に突き刺した。

「如何にも!」

此れこそが冒険者だと言わんばかりなその光景に、サンゴとニナの二人は及び腰になるが、

嘘は言っていないと進み出る。

だが、サンゴの持つナイフのような武器と、ラウドと呼ばれる者が持つ槍とでは比較するだけ可哀そうと意思の込められた視線が二人の口を塞がせた。


「悪い事は言わん。そのような武器で塔に挑むなど自殺行為。門番の言葉に従って道化の列に並ぶが良い」

歴戦の兵(つわもの)ラウドの言葉に頭を垂れそうになるが、ニナには翻る事が出来ぬ事情があった。

「わ、私達は、ろ、六業の子供です・・・・ですので・・・」

六業と呼ばれる言葉に周囲の者達も忌避するような声で応じる。

「六業・・・・大罪人の家系か」

「あれか、作物を作る事も許されず、国から支給される最低限の金で生き永らえるという」

「確か、あいつらには徴兵制が・・・」

「ああ、そうだ。口減らしだろうが、十五になれば、男は塔へ上る罰が与えられて・・・・」

口々にのぼる同情の声。だが、それは自分に危害が及ばぬ為の偽善。

底辺である二人を見て、自分達はまだ幸運なのだと安堵する者すら見て取れた。

「わ、分かって頂けましたか?」

「あ、ああ・・・そうだったなら、先に言え。貴様は付き添いか?」

先程まで笑っていた門番も顔を顰めると、ニナへと疑問を投げる。

「私は・・・」

二十七番目に六業の村に生まれた少女は、まだ十五に満たない幼い三十五番目の少年を見て言い淀む。村からすれば先の無いサンゴを廃棄するべく村を追放した。

それは国からの評価を気にした為、国は塔を踏破する人材を求めていた。

もし、役にも立たない者ばかり輩出したとなれば、村への評価は下がる事は避けられぬ。

評価が下げれば、それだけ国からの援助は減り、村は困窮する。

六業の村が過去の大罪を濯ぐ為にはサンゴのような者を切り捨てねばならなかった。

それは村という総体が生き残る為の術ではあったが、そうした残酷な方法にニナは納得がいかず、

こうして付き添いをかって出た。

此れより先はニナの手を離れ、サンゴの力で生きていかねば為らない。

そうした最後通告を言い渡せなかった。

黙したまま俯くニナ。しかし、沈黙こそが言葉。

サンゴはニナの手を握り、頭を下げる。


「・・・此処までありがとう。ニナ姉さん・・・僕行くよ」

「・・・・サンゴ! 貴方・・・分かっているの?」

此れより先は誰の助けも無く。待つのは塔という地獄。

誰からも馬鹿にされ、期待されぬ少年に如何して生き抜く事が出来よう?

世界が死ねとでも叫んでいるのか? 何故、こうも過酷なのかと天に怨嗟の声を上げるべきだ。

貴方は私を怨むべきなのだ。村を、世界を! 

ニナのそんな狂気にも似た思考を一蹴するかの如く笑うサンゴ。

その瞳には意思があり、生き抜く決意があった。


「・・・大丈夫・・・大丈夫だよ。村の皆はきっと僕の事をどうでも良いと思ってる。

きっと、もう皆の頭の中には僕は居ないけど・・・けど、ニナさんは覚えていてくれるでしょ?」

サンゴはそう言うと、小首を傾げ微笑する。

その笑顔が悲しくて、哀しくて。ニナは怨嗟の声を上げそうになる。

だが、それこそお門違い。ニナにその権利は無く、代わってやる勇気も無いのだから。

「わ、忘れられる訳無い・・・誰が忘れても、お姉ちゃんは・・・私は! 覚えてるから」

覚えるなどと綺麗事を述べた所で、何の意味も無い。

しかし、ニナにはきっとこれ以外にしてやれる事は無い。

世界から不要だと謗られてまで生きる勇気が無い。

そして、死ぬ勇気はもっと無いのだから。


「・・・じゃぁ・・・僕・・・行くね?」

これ以上はニナを傷つけるだけだと察したのか、サンゴはそう言うと、門へと歩む。

六業の者という証明は鮮烈だったのか、先程まで喚いていた者達も口を閉じ、

人垣は割れ、道となる。

ニナは一歩、一歩と小さくなるその背に悔しさと後悔で濡れた瞳を向け、悔しさに歯噛みする。


「私達がっ! 私達が何をしたって言うのよ! ただ生きていたいと思うのは罪な事!?」

何時の間にか口からは呪いの言葉が漏れたが、答える者は同じ六業の者だけ。

この苦しみを知る者は、最後にニナへと手を振り、笑顔で別れを告げた。

「さようなら・・・・姉さん」

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