さきゅのお母ちゃん、現る! 後編

 ……ん? いまなんか、誰かに呼ばれたような……。

 気のせいか。


「ただいまー」

 

一応中に声かけてみる。

 反応はない。

 さては……。

 果たして、部屋の奥の六畳間には、大の字になって眠る3才児が。

 思ってたように、やっぱり昼寝してやがる。

 男の精気そっちのけで惰眠だみんむさぼるこのだめさきゅが! 

 さて、今日はどうやって起こしてやろう。

 くすぐり? それとも耳元で『ワーストワン、ワーストワン、ワーストワン……』とささやき続ける。

 どれもこれも捨てがたいな~、俺があごに手をやりながらそんなことを考えている間に、部屋にはちょっとした変化が。いや、ちょっとしたどころか。

 

 がらり。

 あっ、窓開いた。あっ、女が入ってきた。

 どっかで見たことあるような女だな……。

 あっ、さきゅに寄って行く。

 あっ。


「こんの、アホ娘―っ!」


 蹴った。


「んぎゃっ!?」

 さすがに目は覚めるか。

「このアホ娘! アホ娘! アホ娘! アホっ、アホッ! アホっ!!」

 それにしても、最近流行ってんのか? 2階の窓から女が侵入するって。

「あーん!!」

 けど、さすがに蹴りすぎだな。そろそろ止めよう。

「あの、すみません」

「何だべ!?」

 だべ? どっかで聞いたことあるような……。

 ま、いいか。

「さすがにちょっと蹴りすぎだと。それ以前に、あなた、どこのどちら様ですか?」

 すっげえガニ股でさきゅを踏みつけたまま、女が言った。

「おらは南の“リリス”、おとめだべ」

 おら? おとめ? ますますどっかで聞いたような……。

「あーん! 痛いべ、おかあちゃん!」

「おかあちゃん?」

 あっ。 あ?


「あーっ!」

 

 俺は女を指さして叫んだ。

「今年も! 今年も、ドベだべか!」

 ドベ? 懐かしい言い回しだな。あっ、再びげしげし!

「しかもお前、こんなところで何やってんだべか!?」

 それは、俺もそう思う。

「しかも、こんなに小さくなって!」

 ええ、ほんとに。

「おかげでお母ちゃん、北の“リリス”にいやってほど笑われたべ!」

「あの、すみません」

 俺はもう一度、口を挟んだ。

「何だべ!」

「確認しますけど、あなたは本当にさきゅのお母さんなんですか?」

「さきゅ?」

 女が首を傾げた。

 えっと……、さきゅの本名ってなんだっけ? 確かけっこうダサかったような……。

 そう。と、と、と……。

「おらは確かに、このアホ娘とめの母、おとめだべ」

 そう! とめだ!

「そもそも、なんでとめなんですか?」

 いかん。心の中で呟いたつもりだったのに。うん、でも仕方ないな。俺は嘘がつけない正直者だから。(きっぱり)

 女は『なんだそんなこと』と言わんばかりの顔で言った。

「おとめの子だから、最初は『ことめ』ってつけようとしたんだべ」


 最後が「り」だったら、かわいかったのにね。


 俺は同情の目でさきゅを見た。

 畳に腹ばいになっている幼児が、きっと俺をにらむ。

 ――かわいくない。

 同情して、損した。

「けど『なんかダサイわね。というか、それって名前として成立してるの?』って、あの女に言われたから……」

 あ、すみません。途中まで聞いてなかった。

「だからいっそ“とめ”にしたんだべ! えっへん!」


 なるほど! その思いきりが余計ダサいことに!


 胸を張ってるとこ恐縮ですが、いらない思い切りでしたね。

 俺は同情の目で(以下略)。


「どーじょーなんて、いらないべ!!」

 

 腹ばいのまま、さきゅが叫んだ。

 というかお母さん、いい加減どけましょうか、その足。

 仕方なく、俺はさきゅをさり気なく助けだしてやることにした。普段は俺の抱っこに不満げな顔をするさきゅだが、よっぽどお母ちゃんが怖いのか、涙を浮かべて俺にしがみついてきた。

 ま、ちょっとかわいそうだったし、頭なでなでしといてやるかな。

「で、えっと……お母さん」

「お前にお母さんなんて呼ばれる筋合いはないべ!」

 ……最近の母親って、こういうこと面倒くさいよな。

 いいじゃん。

 子どもの母親なんだから『お母さん』で。

 思いつつ、反論はしない。だって面倒くさいから。(きっぱり)

「えっと……おとめさん」

 そして、これが精いっぱいの妥協。

「何だべ?」

「で、結局今日は何の用事で俺の恋人の部屋に、しかも、窓から入って来たんでしょう?」

 おかあ……、おとめさんはきょろきょろ辺りを見回す。心の声が聴こえるとは思わないけど、一応心の中でも『おとめさん』呼びしておこう。女って変なところで勘が鋭いしな。

 窓の近くに積んであった洗濯物(もちろん干して取り込んだ分)の山の中から、俺のパンツ(ちなみに俺はトランクス派。いま二十代の若者で白ブリーフ派っているんだろうか?)を、つまみあげ(女ってなんでこんなとき汚いものでも触るようなつまみ方するんだろう。傷つくよな)、ひとこと。

「そのわりには、男物ばっかだべ」

 ああ……。言うの、超めんどくさい。

 そう思いつつも、俺は言った。

「俺の恋人、男なんで」

「男!?」

 おとめさんが飛び上がる。

「そ、それは昨今流行りの……」

 同性愛者って別に流行でなるもんでもないけど。

「はい。ゲイです」

 あと別に。ホモでいいんだけど。

 がっくりとおとめさんが膝をついた。

「な、なななな、なんてことだべ。ハゲ・デブ・加齢臭の年寄りでもない若い男が……」


 かつて若者だった男たちに全力で謝れ。


 あと女に嫌われる必須条件のようにハゲとデブを挙げるのはやめろ。

 少なくとも関西の女は、ハゲだからって交際相手候補から男を外したりしない。

 ハゲでもデブでも、あるいはその両方でも、人間は外見じゃない。中身だ。

 そして、働いていることだ!(ここ、大事!)


「サキュバス業界を揺るがす大問題だべ! 今すぐ女に興味を持つべ!」

 業界!? いや、そんなことより、人を指さすのはやめなさい!

 そして何より。

「いや別に。女に興味がないから同性愛者になったわけじゃないんですけど」

 中学のころの彼女は女だったし。たしか、あいつも彼女いたって言ってた。

 そして、なぜか彼女たち同士がいまは恋人同士という、ぶったまげるこの事実。

「……そうなんだべか?」

「ええ」

 ただ。

「おとめさんたち母娘には、まったく性的興味が湧きませんけど」


「何でだべ!」


 顏そっくりな二人が同時に叫んだ。

 つか、さきゅお前までなんで叫んでんだよ。


「まず俺、背の高い女の人が好きなんですよ」

 ちなみにあいつの身長は170.6cm。端数を切り落とせば、俺とキスするのにちょうどいい身長差。ちなみに、スリーサイズは俺だけの秘密。(ムフフ)

 で、それに引き替え、目の前のちんちくりんどもは、せいぜい155cmどまり。

 あと。

「身長にふさわしい胸のサイズってあると思うんですよね。さきゅはまだ小さかったけど、おとめさんの胸はでかすぎ。おまけに顔も童顔ですから、なんか、こっちが悪いことしてるみたいな気持ちになってくるんですよ」

 さらに。

「ビキニの延長みたいな、露出しすぎの服もやめてくれます? あと、さっきから纏わりついてくるこの尻尾も先がハート型で、いかにもって感じじゃないですか。俺、もっと健康的なファッションと振る舞いがぐっとくるタイプなんですよね」

 おとめさんの口がみるみるへの字に曲がっていく。

 ふんっ。文句言われたって好みは変わらないし、譲れないからなっ。

「ふんっ。こっちだってお前みたいなヒモ、お断りだべ!」

 ……ヒモ。なんすか、昭和歌謡曲の世界からの批判ですか?

 俺とおとめさんの間で火花が散る。

 ――と。


「ところでお母ちゃん、ほんと何しに来たんだべ?」


 さきゅ、お前バカ? バカなの?


 俺が突っ込む間もなく、さきゅが腕から奪い取られた。

「こんの、アホ娘、アホ娘、アホ娘!」

 ほらみろ。おとめさん、せっかく忘れてたのに。

「今年も! 今年も、今年も、ワーストワンだべ! 10年連続だべ! 南の“リリス”の娘ともあろう者が……!」

「……あの」

「何だべ!」

 むだになりそうだから、「うきゅうっ」してるこいつには悪いけど、さきゅはおとめさんの手に預けておこう。

 それより。

「南の“リリス”ってなんですか? 俺、悪魔の世界には詳しくなくて」

 詳しい人間がいたらびっくりだけどな。

 おとめさんは誇らしげに胸を張って言った。

「サキュバスが十年連続殿堂入りすると、リリスって上級悪魔になれるんだべ。さらにリリスになって百年殿堂入りを続けると、子供を持てるようになるんだべ。悪魔大陸は東西南北四つのエリアで構成されてるんだけんど、子どもを持つリリスだけが4つのエリアそれぞれのサキュバスたちの統括長になれるんだべ」

 へ? 人間の男とそれだけや……、懇ろになって、子どもを持てるのはそんな先?

 しかも子どもがいないと出世できないの?

 サキュバスって大変だなあ。

「同期があの女だっただけに、そりゃあ、お前をもうけるまで苦労したべ。やっとの思いでリリスに昇格して、やっとの思いでお前を作って……。それなのに!」

 途中まで涙ながら語るおとめさんの感情は。

「どんだけお母ちゃんが手取り足取りお前を教育してきたべや! なのに! 十年連続ワーストワン! 今じゃただの3才児だべ! お前を生んだ甲斐も、育てた甲斐もないべや!」

 最後にまた怒りに変わった。


 まあ、そんな大変な思いをして生んだのが。


「んきゅうっ」


 ――これじゃあな。


 おとめさんの怒りも理解できなくはない……と、思った俺の純真は。


「なに言ってんだべ! お母ちゃん、北のリリスさまに負けたくないから、おらのこと生んだべ? しかも同期のくせに肩並べたのは、ほんの50年前! いまじゃ北のリリスさまは5人の娘持ち! まさしく悪魔界のグレートマザーだべ! 1人と5人じゃ、ハナから勝負にならないべや!」


 親のエゴイズムに粉々に打ち砕かれた。

「田舎娘がちょっと綺麗だからってちやほやされていい気になってたから、バチが当たったんだべー!」

 悪魔がバチとか言うなよ。つか、魔界にも田舎ってってあんのか。どんな田舎?

「なんだと、この……っ」

 図星を突かれたおとめさんが、さらにさきゅに手を上げようとする。


「やりすぎですよ」


 さすがに、俺は止めた。

 さきゅを引き取った俺は、「よしよし」とさきゅの頭を撫でてやる。いたたた。しがみつくのはいいけど、爪は立てるな。明日にでも切ってやらないと。

 さりげなくさきゅの指を緩めつつ、


「おとめさん」


 俺はあらたまった口調でおとめさんに言った。


「なんだべや」

 おとめさんは悪魔っていうより、むしろ、鬼みたいな顔してる。

 内心怯みつつ、しかし、勇気ある俺は毅然とした態度で言った。


「おとめさんは、さきゅを愛してますか?」

 

 おとめさんは意外そうな顔で言った。

「愛?」

「そうです」

 うなずく俺。


 悪魔に愛を特ことの是非はこのさい、さしおくことにする。

 そう、ずばり。


 俺は、かっこいいことを言ってみたいだけ。(きっぱり)


「優秀な子どもじゃないと愛せないなんて、そんなの親じゃないです」(by 保育士さんの僕の恋人)


「……」

 おとめさんの顔が、鬼を通りこして仁王さんになった。

 や、やばい。ここは死んだふり……。いや、熊じゃなかった。

 うわっ。近づいてきた!


「お前」

 

 うわ! 地を這うような声だよ。や、やばっ。

 すみません。男には二言も三言もありますので、許して下さい!

 土下座しようと思った次の瞬間――。


「E-《いー》男だべ❤」

 いきなりおとめさんの目がハートマークになった。


「いまどき珍しい、女を叱れる男だべ。おら、お前みたいな逞しい男、す・き❤」


 あの……いまどき胸にのの字を書くとか、やめて下さい。


「ここに一緒にすんでもええべか?」


 同棲のほうの「棲む」だろ。ダメに決まってんだろ。

 というわけで、俺ははっきり言った。


「ダメに決まってます」

 

 大体、こんな光景あいつに見せられない。

「おら、お掃除もお洗濯もお料理も一生懸命やるべ?」

 家事能力の高さが売りの時代はとうに終わった。

 いまは経済的手腕がいい女の条件だ。

「必要ありません」

「昼は淑女、夜は娼婦だべ」

 だから……。


 俺は天井を仰いだ。


 とにかく何でもいい。

 さっさと魔界(と書いておうち)に帰れ!

 このだめさきゅども!

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