さきゅのライバル? 現る!

 たとえ愛する女といえど、男がつきあいたくないもの、ナンバーワン。

 そう、それは買い物。中でも、洋服選びは最悪だ。


「これ、かわいくない?」

 うん。かわいい、かわいい。

「さっきのとどっちがいい?」

 どっちでもいいんじゃね?

「あ、でもちょっと高い。どうしよっかな」

 買ってほしいんだろ。わかった、わかった。


 しかし、そんな悩みは女を恋人に持つやつのものだ!

 あー。女が恋人って大変だなー。

 俺の恋人、男だしー。

 そんな悩みはナッシング♪


 ……と思っていた俺は、甘かった。


 なぜなら。


「さきゅ、これとこれ、どっちが好き?」

「これー」


 そう。子ども(しかも女の子)という可能性を忘れていた。


 それは、ほんの三時間ほど前に始まった。


「え? 服を買いに行く?」

「うん」

 朝から、何となく恋人はそわそわしていて、一体どうしたんだろうと思ってた。

「わかった。行ってこいよ」

 そう言ってごろりと俺は横になる。

 こういうとき畳っていいよな。すぐ横になれるし。

 が、恋人のそわそわは止まらない。

「さきゅのお洋服を買いに行こうと思ってるんだ」

「さきゅの?」

 え? 服ならあるじゃん。

 俺の考えを読んだのか、恋人は言った。

「だって、吉嵩の服、センスがない」

 ……センス?

 俺は服を見る。


 ……なんでもいいじゃん。子どもの服なんか。


 次の瞬間、ものすごい勢いで恋人が食ってかかった。


「違うの! 女の子の服は、いろいろ、いろいろ違いがあるの!」


 わかった、わかった!

 要はお前が選んでみたいんだな? で、俺に荷物持ちでついて来いって、つまりはそういうことだろ!

 ……ま、この間大声で叱っちゃったばかりだしな。なんとなく、さきゅともまだぎくしゃくしてるし、お詫びの意味も込めて、いっちょつきあってやるか!


 ――というわけで、俺たちはいま、クロユニの姉妹ブランドUGにいる。ちなみに、UGの方がクロユニより二駅遠い……。交通費だってかかるのに、なんでわざわざこんなとこまで。隣町のイトヨーキじゃだめなのか?


「いろいろ回ってみたんだけど、オータムファッションはUGが一番かわいかったんだよね!」


 恋人は最高にきらきらしてる。

 ……ま、何にせよ楽しんでくれてるんなら、俺には何も言うことないが。


 じつは、恋人は女の子と一緒に洋服を選ぶのが長年の夢だったらしい。で、ときどきふらっと出かけると保育園のあの生徒さんに似合いそうとか、いろいろ想像してたらしい。

「でも、立場上生徒さんにプレゼントとかできないしさ」

 ま、そりゃそうだ。

「でもいまはさきゅがいるから、色んな服を一緒に選べるよな。さきゅ、一緒にかわいいお洋服、買おうな!」

「うん❤」

 というわけで、俺の恋人はさきゅの小さな手を引きながら、さきゅ、どれがいい? どれが好き? なんて大はしゃぎで服を選びまくってる。


「……」

 俺はなんとなく、吊ってあるワンピースに触ってみた。


 小さいよな。

 俺も子どものときは小さかったんだろうけど、こうして見るとほんとちっさい。

 なんか、服っていうよりおもちゃみたい。

「吉嵩、吉嵩、見てっ」

 恋人が俺を呼ぶ。

 あ、はいはい。

「どう?」

 ……。

「チアみたいだろ?」

 まあ、すそのふりふりはな。

「さきゅ、次はこれ着てみて」

 完全に楽しんでるな。


 女の子のおしゃれに熱心なお母さんって、こんな感じなんだろうな……。


 ちらっと横に目をやった俺は、いつの間にかそこに人だかりができているのに気付いた。

「あれ?」

「どうしたの? 吉嵩」

「ほら、なんかのイベントかな」

 気になったのか、恋人も試着室から出てきて人だかりに目をやる。

 そんな俺たちの耳に。

「きららちゃ~ん!」

 という声が聴こえてきた。

「きらら?」

 恋人が驚いたように、復唱する。

 ――と、人だかりから現れたのは――。


「きららちゃーん!」

「こっち向いてー! かわいー!」


 人だかりに向かって愛想よく手を振っている、さきゅと同じくらいの女の子だった。


「あ、やっぱり、きららちゃん」


 驚いたことに恋人はそんなモデルばりの愛想を振りまいている子に近づいていく。


「あ、りおちゃんせんせー、こんにちは」


 完全にかわいいを計算し尽くした笑顔だ。


 まるでファッション誌に出てくるモデルのような彼女は、しゃなりしゃなりと(いまどきの人、意味わかるかな)俺に近寄ってきて。

「こんにちは!」

 と、いかにも感じのいい挨拶をした。

「あ、こ、こんにちは」

 落ち着け、俺。おとなだぞ。


「きらら様、こちらにどうぞ」


 きらら様?

 え? なに? このオバハン。


「あ、吉嵩。こちら、森雅美さん。きららちゃんのばあやさんだよ」

 え? ばあや? きららちゃんって、何者?

 恋人がこっそり耳打ちしてくる。

「きららちゃんのご両親は、二人ともお医者さん。お母さんは美容整形の先生で、お父さんは内科医。ほら、丘の上に高丘病院ってあるだろ?」

 洒落みたいだけど、本当にある。丘の上の高丘病院。

 え? あそこの娘? まじ?


「たかおか きららです」


 しっかりご挨拶も忘れない。


「りおちゃんせんせーも、お買いものですか?」


 おお! なんという社交術! 雑談も忘れない。


「うん。いま、先生がおうちで預かってる子がいて……さきゅ!」

 恋人がさきゅを呼ぶ。いつの間に恋人の足に隠れてたのか、さきゅがちょろっと顔を出した。

「こんにちは、さきゅちゃん」

「こ、こんにちはだべ」

 次の瞬間、俺はきららちゃんの見てはいけない顔を見てしまった。


「だべ?」


 うわっ。いま、この子明らかに『だべ? なに、この子へん』ってバカにしたような顏したぞ!


 さきゅも敏感にそれを感じ取ったのか――。


「……」

「……」


 二人のおんなの間で火花が散ってる……。

 おんなのこ同士の競争って、こんな小さいころから始まるのか……。


「きららさま、早く御試着を」

 無表情な雅美さんが、きららちゃんをうながす。

「そうね。じゃあ、さきゅちゃん。御機嫌よう」

 御機嫌ようってあたりが、『お嬢さま』だよな。

「きららちゃん、確か読モやってるからね」

 ……それで、あの歓声か。


 女ってつくづく怖いよな、とのんびり構えている俺の後ろで。


 ぼぼぼぼっ。


 ん? なんか、何かが燃えてるような……。


 さきゅっ、お前か!

 やめとけ、むだに張り合うのは!


 しかし、俺が制止する前に――。


「りおっ、りおっ! さきゅ、あれ着てみたい!」


 さきゅのスイッチが入ってしまった。

 そして。


「うん!」

 恋人のスイッチも。


 そして、さきゅときららちゃんの仁義なき戦いが火蓋を切って落とした。


「雅美、どう?」

「お嬢さま、大変かわいらしくていらっしゃいます」

「よしたかっ、どうだべ?」

 なんか、配色が夕張メロンみたい。

「ああ、うん。かわいいよ」

 適当に答える。

「次はこれよ!」

「お嬢さま、それもよくお似合いです」

「かわいさの王道、ピンクだべ!」

 ああ、うん。


 まあ、次から次へとよく着替えられるな。

 たしか、試着に持ち込めるものって点数決まってたはずなんだけど。


「これはちょっとに決めてみたわ」

「さすがです、お嬢さま」

ふう、だべ!」

「うん、かっこいい」

 ……俺が持ってるほめ言葉のバリエーションって少ないな。

 保育士の恋人はさすがの貫録で、二人をそれぞれ褒めまくってるけどさ。

 すごいわ。

 子どもとつきあうって、本当体力いる。

 さすが高校時代誰よりも走るミッドフィルダーだっただけはある。

 俺はあらためて恋人に惚れ直した。


 そして、こんな不毛な戦いが30分以上続き、さすがに店員さんも苦笑が入り始めたころ、二人の戦いは、一つの決着を見た。


 ――あなた、やるわね。

 ――そっちこそ。


 二人の間に芽生える友情。互いに歩み寄り、握手を交わそうとしたそのとき。


「あれ?」

 後ろから、聞き覚えのある声が……。

 おそるおそる振り向くと、そこには。


「だーう」


 きらきら輝く、ちいちゃな女王ちゃまが。

 さきゅときららちゃんが一瞬で真っ白な石と化したのが、見ないでもわかった。

「ども、理央さん」

「ナナちゃん! ……マリアちゃんもこんにちは」

 二人の女の子心を知ってか知らずか、恋人は平然とマリアちゃんに近づき、言った。


「今日はご機嫌いかがかな? わあ! かわいい!!」

 

 ……許せ、さきゅ。

 恋人に悪気はないんだ。ただ、かわいいものをかわいいと言っているだけで。

 そう。

 恋人の言う通り、白いケープを羽織り、髪に金色のピンをつけたお出かけ仕様マリアちゃんは超絶に可愛かった。そこかしこで即行、スマホによる即席撮影会が始まるくらいに。

 俺はすっかり生ける屍と化したさきゅの肩にぽんと手を置き、心の中でぐっと親指を押し出した。


 どんまい!! さきゅ!

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