ランキング1位、遊びに来る!!

 さて、前回の続きからだ。

 ここで、これまでに起こった出来事を振り返ってみよう。

 まず、そもそもの発端はサキュバスと名乗るとめが現れたところから始まる。とめはサキュバス界の落ちこぼれで、十年連続ワースト1をとった結果、三才児になってしまった。

 んで、俺は幸福へのチケットを手に入れるために、しぶしぶさきゅ❤こと、とめの面倒を見ることにした。(しぶしぶだぞ! 本当にしぶしぶ!)

 情けないことに、俺は恋人の家に絶賛居候中。だから、恋人のお願いと書いて命令と読むには従わなきゃならない。

 で、俺は恋人がパイプクリーンをしている間、恋人の命令どおり、さきゅを公園で遊ばせてた。そしたら、さきゅの後輩だというめちゃくちゃ格好いい女の子が現れて、それがサキュバス界のサラブレッドであらせられるマリア様(なんと、ランキングは堂々第1位!)のお世話をしていると。

 

 で、そのマリア様がいま俺の傍らで「あうあう」していらっしゃるというわけだ。


「本当にすみません。いいんですか? お邪魔させてもらって」

「いいの、いいの。あっ、足も崩していいからね。ところで、ナナちゃん若いね。大学生?」

「ええ。将来的に子どもに関わる仕事がしたくて。レポートの作成も兼ねて、伯父と伯母夫婦の子どもの、この子のベビーシッターやってるんです」

「へえ。えらいね」

 なんて完璧な嘘だ。

 そして、完璧にお母さんたちの会話だ。

 こら、さきゅ! 理央の膝から、ランキング1位のマリア様をにらみつけるんじゃない! はっきり言って、歯牙にもかけられてないどころか、視界にも入ってないぞ!

「マリアちゃんはいま何か月?」

「ちょうど半年くらいですかね」

 マリア様、理央に初めて気づいたような顔で、じっと理央の顔を見つめる。そして、繰り出される必殺技!


「だうー」


「うわー! かわいい!」

 嬉しそうに恋人が叫んだ。

 恋人よ、騙されるでない。それは悪魔だ。

 俺の必死の心の叫びにも気づかず、恋人は言った。

「ねえ、抱っこしてみていい?」

「どうぞどうぞ」

「わわっ! ちょっとま……!」

 俺の制止は遅すぎた。

 恋人は寝かせてあったマリアちゃんと抱き上げ、そして。


 ちゅー。


「あらあら」

 恋人、目をぱちくり。俺もぱちくり。

 マリアちゃんが


「へあ?!」


 と変な声をあげた。

「だめだめ、マリアちゃん」


 恋人が眉をハの字にして、マリアちゃんのピンク色の小さな唇を指で抑える。

「パパとママの真似してるの? だめだめ。赤ちゃんは免疫がないから、お口のばっちい、移っちゃうよ」

 言うなり、恋人はアルコールを含ませたガーゼでマリアちゃんの唇周りを綺麗にぬぐい始めた。

 マリアちゃんはまだ変な顏してる。

「お口もゆすがせた方がいいかな」

「あ、いえいえ大丈夫です」

 さすがのナナちゃんも動揺を隠せないようだ。

「そう? じゃあ、お詫びにジュースでもあげようかな」

「助かります」

 恋人が台所に立ったのを見計らって、俺はさきゅに尋ねる。

「どういうことだ?」

 なんであいつは『くらっ』しないんだ?

「おらにもさっぱり……」

 おっちんしているマリアちゃんも「むむむっ」って顔して、考え込んでいる。

 で、おもむろに俺に手を伸ばす。


 ちゅー。


 くらっ。

「あい」

 こら、俺で実験をするな! ……にしても、本当あいつはなんで『くらっ』しないんだ?

 俺は、恋人の背中をじっと見つめる。


「なに?」


 振り向いた恋人が、不思議そうに尋ねた。

「あ、いや。何でも」

「……だうー」

 どうやらマリアちゃん。いたくプライドが傷ついたらしい。

「マリアちゃん、ほら、ジュース」

「だう」

 あっ、そっぽ向いた。あっ、またチャレンジする気だな。あっ、でも恋人引っかからない。うまくマリアちゃんの攻撃(?)をかわし、

「マリアちゃん、だめだめ」

 優しくマリアちゃんを諭す。


「あうー」


 マリアちゃん、相当不服そうだ。とうとうナナちゃんの腕に戻っちゃった。

「あっ……」

 恋人も寂しそうだ。かわいそうに。滅多に子供に嫌われるやつじゃないのにな。

 そんなことを考えてたら。

「そうだ。キスはだめだけど、よかったら、これ」

 恋人がマリアちゃんにペットボトルのおもちゃをさしだした。中にビーズが入ってるやつ。そう言えばときどき作ってるな。保育園で幼児たちを遊ばせるためだって言ってたっけ。

「だう?」

 マリアちゃん。きらきら光るそれを受け取って、上下にふりふり。ざっざっと音が鳴る。


「あいー❤」


 途端にマリアちゃんの顔が輝いた。


「だうだう、だうだう」


 声に合わせて、ふりふりふりふり。

 きゃっきゃっ笑いながら、無我夢中で遊んでいる。


「……」

 呆然とそれを見守る俺。そして、ナナちゃん。


「気に入ってくれた?」

 先ほどまでの不機嫌はどこへやら。再び恋人の腕の中に抱かれながら、マリアちゃんは満面の笑顔で答えた。


「あい❤」


「……」

「……」

「……マリア様?」

 ナナちゃんがおそるおそる声をかける。その声に、マリアちゃんはようやく正気に返ったらしい。


「! へあ!」


 と、また変な声をあげて短いおててをあげたり、下げたり。

「へっ!」とさきゅが笑う。

「こんなおもちゃに騙されるとは……。しょせん、赤子だべ」

 こら! そう言うこと言うんじゃない!

 俺が注意するより、マリアちゃんが怒る方が早かった。

 マリアちゃん、持っていたペットボトルをさきゅに向かって投げつけた。赤ん坊の力だとなめてかかってたら、これが大間違い。なんと、ペットボトルはさきゅの額にごつんと当たってしまった。

「何すんだべ!」

「だうー!」

「ああ! だめだめ!!」

 急いで恋人が、マリアちゃんの手を止める。俺もさきゅの小さな体をぎゅっと抱いた。

 さっきの振る舞いがよほど恥ずかしかったのか、マリアちゃん、とうとう火が点いたように泣き出した。


「だうー!」


 その声があんまり悲しそうで。

 俺はなんだか、普通の赤ん坊ではないマリアちゃんが、ものすごくかわいそうになってきた。

「マリアちゃん、よしよし、よしよし」

「だうー、だうー、だうー」

 マリアちゃんは、恋人の首にかじりついて泣いている。

「マリア様、マリア様」

 ナナちゃんも、ものすごくおろおろしている。

 俺は思わずさきゅをにらみつけ、叫んだ。

「さきゅ! 謝りなさい!!」

「な、何だべ」

 さきゅがたじろぐ。


「悪いことしたら、ちゃんと謝んなきゃダメだろ!」


 自分で思ってた以上に、大きな声が出た。場がしんとなる。

「……あ」

 しまった。なにやってんだろ、俺。

 さきゅだって、ペットボトルが当たって痛い思いしたのに。

 さきゅの顔を見ると、一生懸命涙をこらえてる。


「……吉嵩」


 恋人がそっと俺の名を呼ぶ。

 マリアちゃんも泣き疲れてきたのか、いまはひっく、ひっくとしゃくりあげているだけだ。

「さきゅ」

「な、何だべ」

「そのおもちゃ、とってあげて」

 畳の上に転がったペットボトル。さきゅはそれにちらりと目をやって、ゆっくりとそれを手に取る。

「さきゅ」

「ん?」

「マリアちゃんに、からかってごめんなさいは?」

「……ごめんだべ」

「マリアちゃん、ほら」

 マリアちゃんは涙に濡れた目で、それをじっと見ている。口をへの字に曲げて、それを見ている。

「マリアちゃん」

 優しく、恋人は言った。

「何も恥ずかしいことはないの。好きなものは、ちゃんと好きって言って、いいんだよ」

「……あい」

 マリアちゃんは小さな手でそれを受け取った。理央が優しくその手を包んで、ペットボトルを上下させる。

「ほら。がらがら~、がらがら~」

「あい」

「楽しいね。がらがら~、がらがら~」

「あい!」

 マリアちゃん、ようやくにっこり笑った。で、恋人は言った。

「さ、マリアちゃんも、さきゅにごめんなさい、しようね」

「……あい」

 マリアちゃんは、ちょっと頭を下げて、さきゅの頭を小さな手でなでなでした。


「で、吉嵩」


「……はい」

 俺は小さな声で返事をする。

「吉嵩も、ごめんなさいは?」

「……さきゅ」

 さきゅが顔を上げる。俺は、彼女の目をまっすぐ見て言った。


「ごめんな」


 さきゅは小さな声で「うん」と言った。


「さ、みんな。ちょっと遅くなったけど、お昼にしよう」


 昼飯の後、皿洗いを手伝う。

 マリアちゃんは、あのおもちゃをいたく気に入ってしまったらしく、ひたすら『だうだう』している。……魔界って、赤ん坊用のおもちゃとかないんだろうか。今度、さきゅに聞いてみよう……そんなことを考えながら、ひたすら手を動かす。


「……」

 

 隣の恋人は、何も言わない。


「……」

 

 どうしよう、気まずい。


「ねえ、吉嵩」

「な、なに?」

「さっきの吉嵩、お父さんみたいだったね」

「そ、そうか?」

「うん。怖かったけど、格好よかった」

「そ、そうか?」

 いまはただの無職の男だけどな。


 きゅっ。蛇口を閉める音がした。


「好きなものは、ちゃんと好きって言っていいんだよね?」


 ――え?


 恋人は、ちょっと顔を赤らめる。


「吉嵩、大……」


「だうー」

「やー! それ、だめ!!」


 背中でマリアちゃんとさきゅの声が聞こえた。

「あらあら」

 タオルで手を急いでふくと、恋人は二人の子供の元へと向かう。

 ちょっと残念だと思った俺の前で、


 ――にやり。


 二人の小悪魔が申し合わせたように笑いやがった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る