ランキング、発表される!
「全悪魔の皆様~。ご機嫌うるわしう~」
そして現れた虫歯菌。いや、風邪のウィルスか? とりあえず、紫色の球体に手足がついてて、角みたいなの生えたやつが、天井近くを飛び回る。
「サキュバス部門、今年のランキング発表のお時間がやって参りましたよ~。僭越ながら、わたくしランキング・
ランバダみたいな略し方すな! 懐かしすぎるだろっ。あと、サキュバス『部門』って。
俺の心の叫びと書いてつっこみも意に介さず、手足の生えた虫歯菌は(あっ、よく見たら、生意気にも赤い蝶ネクタイしてやがる)、びらっと紙を広げた。そういや、小学校のころ、模造紙でこんなん作ったな。あれは、確かなんかグループに分かれて、それぞれ自由研究発表しようみたいなやつだった。あれ、絶対グループに一人はまじめ女子がいて、「ちょっと男子! まじめにやってよ!」って、なぜか男子が責められるんだよな。いや、実際男の子って、ああいう場面でついふざけちゃう生き物なんだけど。俺、あのときどうだったかな? やっぱ、なんか怒られた気がする。あ、そうそう。女子ってああいうのすごい綺麗に作りたがるんだけど、やる気のない俺が班のリーダーだったせいで、模造紙に黒い縦横ラインと文字だけの愛想のない作りになったんだったよな。で、まじめ女子(彼女は生き物係だった)が泣いちゃって、女子の何人かがその子をすごい慰めてて(女子ってなんで泣いている子がいると集団で慰めて、集団で原因を責めるんだろう?)、あと「伊藤! あんたちゃんと葵に謝りなさいよ!」って、クラスで一番でかい女子(ちなみに男子の間ではメスゴリラって呼ばれてた)に、怒られたっけな。
あのとき僕が泣かせてしまった
つい昔の記憶がするする出てきてしまった。
それもこれも、こいつのランキング表があのとき俺が作ったのに似てるからだな。
おお! 模造紙に手書き! 使われてるペンはサインペン!(きっと油性)
けどちょっと、長すぎやしないか?
すでに六畳の畳いっぱいに模造紙が……。
えっと、虫歯菌が持ってる端っこに書かれてるのが、多分栄えある第一位だよな。
名前は、ええっと、マリア?
え?
悪魔なのにマリア?
「わーっ、わーっ!」
彼女が床を占拠してる紙を必死に破いて回る。
おい、やめてくれ! 掃除が大変になる! それに明日は燃えるゴミの日じゃないんだ!
さらに悪いことに、虫歯菌のやつ、紙吹雪代わりにばらまきやがる!
「枯れ木に花を、咲かせましょう~」
枯れ木に花は咲かない!
やつを捕まえようと躍起になる俺の手を器用にかいくぐり、虫歯菌は彼女へと紙吹雪を撒きながら、高らかに叫んだ。
「今年の~、違った、今年も栄えあるワーストワンは~。じゃんじゃかじゃーん、じゃんじゃんじゃんじゃんじゃかじゃーん!」
彼女の頭上にいつの間にか用意されていた黒い薬玉が、ぱっかーんと割れた。
「と・め・さ~ん!!」
「きゃーっ!」
彼女の口から悲鳴が上がった。
へえ、名前「とめ」っていうのか。
え? 一位マリアなのに? そこからもう負けてんの?
頭の中にいっぱい疑問符が湧いている俺の頭の上で、それは叫んだ。
「と、いうわけで~。だめなサキュバス、略してだめさきゅ❤ に、罰、ばつ、バツ~!!」
「きゃーっ!」
あっ。さっきより大きい。この世が終わったみたいな悲鳴だ。
「では~」
あっ、いつの間にか虫歯菌のやつ、杖みたいなの持ってる。なんか、虫歯菌のミニチュアみたいなのが先にくっついてんな。それがくるくる、くるくる、俺たちの頭の上を回る。なんかハエ叩きで落としたくなってきた。えっと、ハエ叩き、ハエ叩き……。
押し入れに向かいかけた俺の頭上で高らかに声が響いた。
「ラーメン、タンメン、ワンタンメン!!」
……全部ラーメンだけど。
あっ、目ぇ合っちゃった。虫歯菌が降りてきた。やつ、にやりと笑って。
「どうです? 魔法の呪文っぽかったですか?」
え? 今のやつ、俺へのアピールのためだったの!? なんで?
俺の驚きと疑問が伝わったのか、虫歯菌は俺の顔の前まで降りてきて、もじもじしながら説明を始めた。
「じつは……。わたくし、人間の前に現れるのは初めてでして」
あっ、そうですか。
「しかも、とめさんのワーストワン10年連続記念じゃないですか。こんな栄えある日にとめさんが人間の前にいると聞いて……」
ワーストワンって、栄えある日じゃないと思うけど。あと、『とめ』連呼するたび、彼女派手にヘコんでるけど。
「わたくし、張り切って、おしゃれもして参りました!」
虫歯菌が赤い蝶ネクタイを引っ張る。ああ、そう……。
「では、盛り上がってきたところで~」
いや、盛り上がってるのはあなた一人……、いや、一匹? ですけど!
「ほい!」
虫歯菌が勢いよく杖を振り下ろす。なんか球体にトゲトゲいっぱいついたやつ落ちてきた。さっきの呪文は意味なくても、杖には意味あったのかな。
のんきに考える俺の前で、球体トゲトゲは彼女の上に雪のように降り積もる。(きれいな表現使ってみたけど、実状はコントみたいだ)
「きゃー!!!!」
特大級の悲鳴ごと、彼女は埋もれた。
「もしょ、もしょもしょもしょもしょ」
虫歯菌、口で言うのか。しかも小声か。
おしゃれな蝶ネクタイ用意するくらいなら、楽器とかi padとか、なんか音源用意したほうが良くないか? 安月給なのか? それとも経費じゃ落ちないのか?
「きゃーっ。きゃーっ。きゃーっ」
そういえば、さっきから彼女の悲鳴も「きゃーっ」だけだ。他にないのか? 「やーん」とか、「いやー」とか。
そんなこと考えてる間に、もしょもしょがもぞもぞに変わってきた。
彼女に山のように降り積もっていた球体トゲトゲも少なくなってきてる。
なにがおもしろいって、この一連の騒ぎがちゃぶ台とテレビの隙間で行われてることだよな。ちなみに、俺の立ち位置はちゃぶ台挟んでこっち側。安全な立ち位置。まさしく、立って半畳、寝て一畳。そう、人が人と生きていくためにパーソナルスペースなんていらない。ただ、隣に触れあえる体があれば。
もぞもぞ、もぞもぞ……。
さっきから、いろいろ考えてみてんだけど、意外と長いな……。
もぞもぞ、もぞもぞ。
もぞもぞもぞもぞもぞもぞ。
ようやく山の一番てっぺんが盛り上がってきた。
もぞもぞもぞもぞもぞもぞ……。
いや、早く出て来いよ。もったいぶらずに。
さっきから「もぞ」の二文字並びすぎて気持ち悪いわ。
――と。
ぴょこっ。
小さな女の子が顔をのぞかせた。
球体トゲトゲがころりんと、女の子の頭のてっぺんから転がり落ちる。
「ぱんぱかぱーん! ぱんぱんぱんぱんぱかぱーん!」
虫歯菌がまたくす玉割った。今度も黒いやつだ。
つか、さっきのやつといい、いつの間にうちの天井にそんなものを。
「きゃーーーっ!」
今まで一番大きな悲鳴が上がった。
小さな女の子が、ムンクの叫びしてる。
「10年連続ワーストワンのペナルティ! とめさんには、3才児になっていただきましたー!!」
へえ。意外とたいしたことない。
「では、また来年お会いしましょう! あっ。とめさん改め、とめちゃん。がんばってね。では、また来週~!」
くるくる辺りを飛び回って、虫歯菌は消えた。
つか、来年と来週、どっちだよ。
「どーしてくれるんだべ!」
そうだ。一瞬忘れてた。
「こんなにちっちゃくなっちゃったべ!」
たしか、3才児だっけ。
あ、いたい、いたい。手ェちっちゃくても、ぽかぽか叩かれると痛いな。
とりあえず。
「むきゅう!」
遠慮なく抑えこんだところで、どうしよう。
「いたたた! いたいべ!」
手の下で柔らかな塊がじたばた暴れる。
いかんいかん。こんなことが恋人にばれたら殺される。ちょっと手を緩めて……。
ぐわっぶ!
「いや、痛いわ」
ぺちんと頭をはたく。
「うきゅうっ!!」
と彼女は鳴いた。
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