第46話 ターニングポイント

 キックも決まり7点縮まったものの、点差は28点ある。そして相手の攻撃。ジョセフにはまだ余裕があるから、こちらの守備ポジションの変更にもセオリー通り攻めてくるはず。


「ランに備えてゾーンで対応、ロブソンのところを注意して!」


 円陣でハドルを組むカルナックに私がサインを送ると、予定通り4-3フォーメーションについた。ジョセフは様子見でモーションをかけてきたけど、誰も動かない。すると私の読み通り、ロブソンに向けてRBを走らせてきた。カルナックが相手の死角から飛び出して押さえ、1ヤードも獲らせない。


 距離を稼げなかったジョセフは2ndダウン、どう来るかしら?


「ランに備えてマンツーマンで対応、ロブソンのところを注意」


 さっきのプレーで目の前のWRとのやりとりに手を焼いていたロブソンをもう一度狙ってくると思った私は、再び敵の左翼をカバーする指示を出す。すると、今度はパスのフェイクを入れつつ、RB二人がかりで同じところを狙ってきた。ボールホルダーの動きは見えにくかったけれど、それは相手も同じ。マーカー二人とロブソンでなんとか対処した。


 残り10ヤード残したまま3rdダウン。予想では「もう一度ロブソンを狙ってくる」なんだけど、距離があるし、やっぱりパスかな? と、一瞬迷ったその時だった。


「ランに備えてマンツーマン、3人がかりでロブソンだ!」


 横からマスターが言ったの。あわてて私がカルナックにサインを送ると、マスターの言葉通り、相手は三度目のランを仕掛けてきた。今回はなんと2人のRBを盾にしてジョセフ自らが走ってきたの。


 ここがターニングポイントだったのかもしれない。ジョセフが壁の選手の外を抜け出そうとしたちょうどその時、彼の目の前にそれまでWRをマークしていたロブソンが飛び出してきたの。あわててジョセフがブレーキをかけた瞬間、横からカルナックの強烈なタックルが入る。


 そして、


 これまでサックされることなど一度もなかったジョセフが、ボールをこぼした。


「拾え!」

「走れ!」


 カルナックの声に押されるかのようにこぼれたボールを拾ったロブソンはそのまま無人のフィールドを独走し、ファンブルリターンタッチダウン!


「うおおおおお!」


 観客の声援と共にジョンのキックで21点差に詰め寄ったノーブラは、がぜん勢いづいてきた。


 ところが困ったのは私。そりゃラッキーで点が入ったのはうれしいんだけど、今のジョセフの心理状態がわからない。怒っているのか、それとも恐れているのか。だから彼がどうやって攻撃を組み立ててくるのか、見当もつかなくなってしまったの。


 そんな時、ベンチに戻って来ていたカルナックたちにマスターが言った。


「次はショートパス、マンツーマン、ティポーだ。これからはずっとマンツーマンで行け! ミオ、お前は攻撃を頼む」


「「「オッス!」」」

「お、おっす!」


 守備陣はマスターの声に押されるようにフィールドに走って行った。私はこの時、マスターの身体から何かオーラが出ているように思えたの。



 続く相手の1stダウン、ジョセフはマスターの予想通り右翼へショートパスを投げてきた。わざと間隔を空けていたティポーがボールに飛び込み、パスを阻止する。


「ラン、中央だ」


 マスターの予測はズバリだった。この時、きっとジョセフの気持ちは守りに入っていたのだと思うけど、マスターはこの流れ、このチャンスを逃そうとはしなかった。きっちり相手の動きを読んで流れをつかみ取りにいったの。そして自らカルナックに次のサインを送る。


 私は頭を切り替えた。点差はまだ21点ある。確かに流れは徐々にこちらに傾いてきたけれど、これから先は残り時間との戦いになる。相手もこちらの攻撃に時間を使わせ、プレッシャーをかけてくるだろう。


 そう思った私は当初の予定を変更し、勢いを殺さないよう、捨て作戦無しで攻めることを攻撃陣に伝えた。できるだけ相手の裏を突けるよう、ジョンやセンターくんと話し合い、最終確認を終えた時、マスターは相手の攻撃をシャットダウンしていた。



 かわってこちらの攻撃。相手の守備陣は深く構えてこちらのパスに備えてきた。それに対して私たちは地道にベンちゃんを走らせる作戦に出る。相手の手に乗って時間を使うのはしゃくだけど、ここで焦ってもしょうがない。このまま勢いを殺さず、手堅く距離を稼ぎにいった方が相手にプレッシャーをかけられると思ったの。


 こちらの勢いのせいか、それとも疲労が足を鈍らせたせいか、69ersからは前半のような出足の良さが見えなくなっていた。ノーブラはできるだけラインを割って時計を止めながら、地道に進撃していく。


 そして3回目のファーストダウンを獲得したとき、相手がタイムアウトを取った。選手を交代しつつ、守りに対する姿勢を確認したのだと思う。流れが悪いと感じたのかもしれない。ここが作戦の仕掛けどころとみた私は、もう一度選手たちとパターンを確認した。


 1stダウン、私たちはショットガンからフレックスボーンにフォーメーションを変えると、ジョンはモーションをかけて相手がゾーンで守ってくることを確認。そしてパスのフェイクを入れつつベンちゃんにボールを托し、左に走らせる。敵のディフェンシブラインが素早くカバーに回り、ゾーンを埋めるために相手LBが前に突っ込んできたところでベンちゃんは振り返り、バックパス。ボールを受け取ったジョンが、再びガラ空きになった右翼に向けてボールを投げると、予定通りトミーが待ち構えていた。


 だけど、ボールをキャッチしたトミーの横から敵のセイフティがタックルに来た。しまった! さすがに同じ方向に2回はマズかったか! と私がくちびるを噛んだとき、トミーは片手で相手を軽くいなして転がし、悠々とタッチダウン。


「よ、よし! 二つ目!」


 キックが決まった後に私がそうつぶやいたところで第三クオーターが終了したんだけど、これで点差は14。ようやく勝負になってきたと思った。エンドが変わって相手の攻撃が始まったけれど、守備を完全にマスターに任せていた私は、攻撃陣を集めて激を飛ばす。


「残り15分、攻撃は10分あるわ。あと2タッチダウン、絶対追いつくよっ!」

「「オッス!」」


「きみたちは今日、ここで35点差をひっくり返し、伝説になる!」

「「オッス!!」」


「相手が誰だろうが関係ない! 目の前の汚物を」

「「消毒だーっ!!」」


「わたしら無敵の!」

「「ブラウザバーックス!!!」」

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